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第十段:庭の七竈(三)

     三

 (そら)満神道(みつしんとう)本殿前に、怪物(たこ)が現れた。いつものように本殿にて夕づとめをしていた信者たちは、商店街からはみ出した、数本の太い足を見るやいなや、怖れ、おののいた。年かさの信者は、神々の怒りにふれてしまったかと、世の終焉に憂い、嘆くばかりだった。

「ニョニョニョニョニョ~!」

 雄叫びとともに、丸い頭が商店街のゲートを天井すれすれに突破した。

「逃げろー!!」

 吸盤と足を不気味にくねらせて、(たこ)が押し寄せてきた。信者たちの悲鳴がわきあがり、神聖なる場に禍々しい気が満ち満ちてゆく。さらに、白い雲が、暗く重い色合いを持って濃紺の空を覆いつくした。

「神様がた、何卒、鎮まりくだされ。鎮まりくだされ……」

 年かさの信者は掌を合わせて、本殿に祈った。

「行いは改めます。何卒、何卒…………!」

 暴れる(たこ)を、止めてくだされ。老いたる者の切なる願いは、果たして届くのか―。

「火すれば、花だっ! はなびボンバー!!」

 溌剌とした声が、行き交う悲鳴を貫いた。そして、怪物に、鮮やかな緑の火花が炸裂した。

「ニョニョニョ!?」

「いー加減くたばれってんだっ、このタコ助っ!!」

 一人の少女が、疾風のごとく(たこ)の前に躍り出た。先ほどの元気あふれる声の主だ。

「おお、我らをお助けくださったか…!」

 乾ききった唇を震わせて、年かさの信者が安堵した。

「だ、だれだっぺ!?」

「あんた、失礼なこど言うじゃないだ! あの娘さんは」

 乳呑み児をおぶっていた信者の女性が、夫をはたいて少女に向かってひざまずいた。胸元に「唯我独尊」と毛筆書きのプリントが施されたトレーナーの少女の正体は……。

「この土地一帯を持っでて、議員と官僚を出しでらっしゃる夏祭家のお嬢さん、夏祭(なつまつり)(はな)()さんだっぺよ!」

 女性がそう言うと、周りの信者や通行人が華火へ五体を投げ出して、一斉に「ははあ」

と拝みはじめた。

『夏祭様、どうか私たちをお助けくださいませエー!!』

「うるせええええええええええええーっ!!」

 百人近くいるであろう群衆を、華火はどでかい一言で黙らせた。

「てめえら、他力本願のイミはき違えてんだろっ! 往生したくねえなら、とっとと失せろってんだ、てやんでえーっ!!」

『ははあー!!』

 群衆は少女の叱咤にかしこまって、さっさと安全な所へ避難しに散らばっていった。皆を見届けた後、華火は歯をあらわにして笑った。

「けっ、てめえなんざ、あいつらをあてにしねえでも倒してやらあ…って、どわっ!」

 闘志を燃やしていた華火に、(たこ)の足がアッパーをお見舞いした。体重の軽い彼女は、いとも容易く跳ね上げられた。空中で止まったかと思うと、今度はとんでもない速さで、華火の体が地をめがけて降下していった。

「どわあーっ!」

 このまま地面にぶつかると、かすり傷ではすまされない。だが、華火は怪我したって平気そうだった。

「骨の一本や二本折れたって、病院行きゃどーにでもなるぁっ!」

 意に反して震える体を奮い立たせ、華火は身の行方を自然にまかせた。そして、参道の一地点に衝撃音がとどろいた。

「痛って……くねえ?」

 おかしい。あたしは、石畳に直ぶち当たった。なのに、あんで何ともないんだ? 言いしれない奇妙さは、すぐにほぐれていった。華火の足元に黄色い布が幾重にも敷かれていたからだ。見慣れたこの色に、華火の瞳はたちまちに光り輝いた。

「ふう、なんとか間に合ったあ」

「華ちゃん、お待たせしてごめんやで」

 大学への入り口側から、二人の女性が登場した。放課後に会えそうなアイドル風の衣装をばっちり着こなした、赤と黄色のヒロインだった。

「やまとは国のまほろば! ふみかレッド!」

 手を振りかざし、勇敢にポーズを決める。風にはためく膝上丈のスカートが、彼女に秘められた活発さを表していた。

「言の葉の すずろにたまる 玉勝間、ゆうひイエロー!」

 胸の前に組んだ両手を広げ、優雅にポーズを決める。彼女の奥ゆかしさを物語る、足首までのスカートの裾が風でひるがえった。

「やることやるのは、いーけどよ」

『?』

 名乗りを一通り聞いた華火が、なりふり構わずふみかレッドにチョップした。

「遅えっ!! どんだけ孤軍奮闘したと思ってんだ、ったく」

「な、な、何もぶたなくたって」

 頭のてっぺんをおさえるふみかレッド。この時ばかりは華火に腹を立てた。が、

「信じて待ってたあたしの気持ちも、ちったあ考えろよな」

 うつむいて、照れた顔を懸命に隠しながら言うところを見て、許してあげた。独りで戦っていて、心細かったのだろう。

「それで、あちらにいてはるんが、今回のお相手やね?」

 ゆうひイエローが、前の巨大な生き物に手のひらを向けた。(たこ)が、長く太い足を踊らせて、空満本通りを通せんぼしている。

「油断大敵っ、こいつ、技くらわせてもびくともしねえんだ」

「どういうことなの?」

 華火が、ひどく悔しそうに言った。

「フツーならボンバーで、火吹いてどーんっと一発なのによ、今日はなんか調子悪いんだ。こんじゃ、ただのおもちゃ花火だっての。ヒロインに変身してねえからか……?」

「そ、そういえば」

 ふみかレッドは、(はな)()が普段着だということに気がついた。これまでに戦ってきたが、必ず変身して臨んでいた。変身、といってもユニフォームに着替えるだけで、不思議な力を宿しているわけではない。この衣装じゃないと、戦えないのだろうか。中学生の頃に国語で読んだ、猩々緋(しょうじょうひ)の服折と唐冠纓(とうかんえい)の兜ではあるまいし。

「わかった。華火ちゃんは休んでて」

「むう。あたし、まだイケるぞっ。花火攻撃がムリなら、素手でやってやる」

 華火は地団太を踏んだ。親切で言ったつもりが、彼女には戦力外だからいらない、と受け取られたらしい。どうしよう、とふみかレッドが戸惑っていたら、

「ここからは、うちたちに任せとき」

 ゆうひイエローが、優しく華火に呼びかけた。

「華ちゃんが戦えるていうんは、よう伝わってる。せやけど、技が効かへんからには、素手でいったら危ないだけや。ごめんやけど、下がっててほしいねん」

「あたしだって、ヒロインだ。逃げたくねえ」

 その場を動こうとしない華火。だが、ゆうひイエローは折れなかった。

「逃げる逃げへんの問題やないねんで。華ちゃんには、華ちゃんにできることがあるから、なぁ?」

「あたしにできることか?」

 そう華火が訊ねると、ゆうひイエローが頭を縦に振った。すると、華火が、二人に決意のまなざしを見せた。

「おう。やってやる」

「華火ちゃん」「華ちゃん」

「の前に、状況確認だっ。タコ助が出たわけ、教えるぞ」






 華火の話によると、タコ、もとい、以下の通りだ。

 母の買い物を手伝いに、華火は空満本通りに来ていた。大方の用事はすませ、後は晩御飯のおかずの食材だけだった。娘がよく働いたので、華火母は、娘の大好物、きゅうりを使いタコの酢の物を作ることにした。きゅうりは買えたが、肝心のタコがどの魚屋をあたっても売り切れだった。途方に暮れていた時、

(たこ)(たこ)はいらんかね~」

 親子の前に、桶を提げた天秤棒をかついだ男がふらふら歩いてきた。当世には珍しい、振り売りの魚屋だ。渡りに船だと、華火たちは迷わず買おうとしたが、どこからか「待った!」がかかった。

「その鮹、よおく見てみなさい。足が切れているわよ」

 桶の中をのぞくと、その通り、ところどころ足がぶち切られた(たこ)がうごめいていた。しかも、体に赤みがさしていて、とても新鮮な品物にはみえなかった。

「お粗末な物を売って儲けようとするなんて、商い人の風上にもおけないわ。丁稚奉公から出直してきなさい!」

「ひい、二度としませ~ん!!」

 魚売りは、滝のように汗を流して逃げ去った。

「もう少しで、下手物をつかまされるとこだったよ。ありがとうね」

「いえ、たまたま通りすがっただけですわ」

 ご婦人はゆっくり振り返って、華火母にまぶしいスマイルを送った。純白のライダースーツと、指通りなめらかなショートカットで、華火は何者かすぐに当てた。

「あ! ハタハタまゆみっ!」

「ふふっ、魚扁に雷じゃないわよー。私の名前は萬葉仮名と平仮名で、安達太良まゆみ」

 ウインクしてツッコミと自己紹介をしたこの人が、日本文学課外研究部隊の顧問だ。これでも准教授の位をもらっており、『萬葉集』の研究では頭角をあらわしている。

「歌の文句じゃないけど、いみじくかわいくない魚屋さんだったわ」

 まゆみ先生は、大きなため息をついた。さらりと言っているようだったが、明らかに声色に怒りがにじんでいた。

「おい、まゆみ?」

(たこ)に代わって、成敗したいものね! 今すぐにでも捕まえて、殴ってあげましょ。(たこ)だけに。耳にできるくらいお説教もしたいわ。(たこ)だけに。ん、意味違うわね。タコ? (たこ)? (たこ)! タコ! (たこ)! (たこ)! (たこ)! (たこ)ー!!」

 アーケードの下で、先生の絶叫がつんざいた。華火は背すじに寒気をおぼえた。


 あのヘンな力が、出る!!


 華火の勘は当たった。まゆみ先生の体が真っ白に光り、その光が天に昇った。

「華火、あんたの部活の先生、どうなってんだい!?」

「んなこた、あたしにきくんじゃねえよ母ちゃんっ」

 まゆみ先生に秘められた、特別な力がはたらいたのだ。何というしくみなのか、先生の力を暴れさせるきっかけは何なのか、どうにも見当がつかない。些細な事で反応するし、逆に、常人なら動揺するであろう事には平然としている。くしゃみをしただけで、鼻の長い内供(ないぐ)を召喚したのは、さすがに呆れた。

「けっ、化けもんのお出ましってか」

 母ともめているうちに、商店街に大きな(たこ)がのしのしとやってきた。あの魚屋が売っていた(たこ)の親玉みたいなものだった。

「ふんぎゃあ~!!」

 早速、(たこ)の餌食にされた者がいた。さっき先生に撃退された魚屋だ。存分に殴られて、ついにはアーケードの外へ放りだされて、星になってしまった。

 これでまゆみ先生の鬱憤は晴らされた。しかし、(たこ)の暴走はおさまらず、本殿側へ脱走した。華火は、被害を広げないため、先生の力を止めるため、勇気をふりしぼって(たこ)を追い、ここに至るのだった。



「これまた、タイムリーな事件やなぁ」

「ちょうど共同研でしゃべってたんですけど」

 何いってんだ? とポニーテールをはねさせる華火。しかし、事態は事態。放ったらかしにしても、巨大(たこ)は海に帰りはしない。

「とにもかくにも、(たこ)、倒さなきゃね」

安達(あだ)太良(たら)先生の力は、うちたちしか抑えられへんもんな」

 通りにのさばる(たこ)を見すえ、ふみかレッドとゆうひイエローは、本題にとりかかった。



―いざ、戦闘開始。



 先をきって走るは、ふみかレッド。おばけ(たこ)に、果敢に攻めこむ!

「まずは懐に入るよ!」

 接近戦に持ち込むことに決定。だが、しかし。近寄るにはあのじたばたする足が邪魔だ。

教祖(みおや)(さま)、すみません」

 ふみかレッドは、道に落ちていたいくつかの石をつかんだ。本殿に敷かれた玉砂利だ。

「未信者だけど、人助けのために使います!」

 ぱっと左手を開き、ふみかレッドはその上に石を六つ並べた。

「ことのはじき・六花閃(ろっかせん)!」

 並べた石を、右手で一斉にはじき、襲いくる足をなぎはらう!

「これなら、いけるかも」

 技に確信を得て、ふみかレッドは猛攻撃に出た。

二花撃(にかげき)! 三花撃(さんかげき)!」

「ニョニョ~!!」

 立て続けに繰り出されるおはじき六連発が、(たこ)を着実に追いつめる! 

四花撃(よんかげき)!」

 これで、二十四の石を飛ばした! …………はずが、ふみかレッドが今しがたはじいた

石は、たったの三つだった。

「うっ、また失敗した」

 今度こそ、あの伝説の技を完成させられると思ったのに……。目分量で石を取っていたのが原因か。六花閃(ろっかせん)の進化版への道のりは険しい。

「でも、いいや」

 技は失敗したが、作戦は成功した。あの大きな(たこ)の頭のそばへたどり着いたのだ。足をよけながら、相手に乗っかるのは難しそうにみえて、案外易しかった。

「けり、つけさせてもらうよ」

 髪に留めていた円い飾りを外し、手のひらへ厳かに置いた。ふみかレッドの必殺技が、これより発動する!

「やまと歌は、天地だって……わ、わあっ」

 決着の寸前に、ふみかレッドは足をすべらせてしまった。なんたる失態。

「ふ、不安定すぎる」

 ぬるりとして、踏みしめるたびに沈み、蠕動する表面。ぬかるみにせっけん水をかけたら、きっと同じ体験ができるだろう。感触もさることながら、魚介類独特の生臭さが鼻につく。当分は、(たこ)への食欲がわかなくなりそうだ。

「これじゃあ、けり、つけられないよ…………」

「レッド、あきらめるんは早いでぇ!」

 後から走ってきたゆうひイエローが、髪に結んでいたリボンをほどき、(たこ)へ投げた。

()き事、禍事(まがごと)、い継ぎい継ぎて(もはら)善き事、(ぜん)()の舞!」

 数メートルはある黄色いリボンがあざなわれ、細長い縄になった。縄は、そのまま鮹へ伸びてゆき、かたく対象を縛り上げた。

「これ以上は、暴れさせへんよ」

 身動きがとれなくなった(たこ)。拘束は、ゆうひイエローの得意分野だ。

「あ、ありがと!」

「どういたしましてぇ」

 と、ゆうひイエローは会釈して、(たこ)にあがり込んだ。

「さて」

 ふみかレッドの隣に立ち、ゆうひイエローはメガネの位置を正した。

「そこの(たこ)もどきさん」

「ニョ?」

 ふいに名前を呼ばれ、(たこ)の目玉が黄色のヒロインに焦点を合わせた。

「うちはあえて、あなたのことを『(たこ)もどき』言うたんです」

 もどき、とはどういう意味なのだろう。ふみかレッドは首をひねった。対して、ゆうひイエローは控えめな笑い顔を見せた。

「簡単なことですよ。よくご自分の足を数えたらどないですかぁ?」

 足の数と聞いて、ふみかレッドは仲間の意図を読みとれた。なるほど、ヒロイン一、頭の回転が早い人だけはある。

「ウニョ、ニョ、ニョ」

 (たこ)は、縄に邪魔されながらも懸命に自身の足を数えはじめた。

「ニョ、ニョ…………ニョ?」

 異変に気付いたのか、(たこ)は目玉を白黒させてあわてている。かかった、とゆうひイエローは、相手をあおりに出た。

「六本しかありませんよねぇ。本物の(たこ)なら、足は八本あるはずですよぉ」

「ウニョッ!?」

 真実を突きつけられて、(たこ)はますます狼狽した。

「赤、タコって十本足だったよな」

 本殿で逃げ遅れた人を世話していた(はな)()が、上にいるふみかレッドにこう訊ねた。

「え、八本だよ?」

「マジか」

「十本足はイカじゃないかなあ」

「朝は四本、昼は二本、夜は零本、ってやつは?」

「それ人間。というか、最後は三本。勝手に幽霊にしちゃだめでしょ」

「だーっ、足の数とかイミ分からん!!」

 二人が勝手にやりとりしている傍らで、ゆうひイエローが詰めに入ろうとしていた。

西鶴(さいかく)の『世間(せけん)胸算用(むなざんよう)』巻四の二『奈良の(にわ)(かまど)』にもありますように、足が六本の(たこ)など、神代(かみよ)の頃から見たことないんです。いいえ、あり得ないんです。……もう、理解していただけますよね?」

 たれ目だったのが急につり上がり、ゆうひイエローが(たこ)に鋭い視線を送った。

「ウギョギョギョー!!」

 水もないのに泡を食ったような様子で、(たこ)は縛られた体をあちらこちらへねじらせた。勝機は、もはやヒロイン側にあり。

「機知縦横っ、黄色、すげえ冴えてるぞっ!」

「うん」

 ゆうひイエローは、いつでも頭が切れている。膨大な知識と、目にしたものを絶対に忘れない記憶力。覚えているだけじゃない。蓄えた知をここぞという時に活用できるんだ。本人は大した事ないと謙遜していても、努力で積み重ねられた知は、確かにあの子の実力を裏付けているんだよ!

「イエロー、あとひと押しいこう!」

「エセタコ助に、ガツンと言ってやれっ」

 仲間たちの応援を受けて、ゆうひイエローはさらに自信が満ちていった。律儀に二人に礼をして、彼女は堂々と物申した。

「あなたが『(たこ)』と名乗る資格は、ないんですよぉ! さあ、堪忍してもらいましょうか」

「ニョ、ニョ~…………」

 ここまで畳み掛けられたら、潔く「(たこ)もどき」だと認めるしかない。おこがましくも(たこ)として暴れていた「(たこ)もどき」は、とうとうしょげてしまった。

「レッド、仕上げやで!」

「ラジャー!」

 大変長らくのお待たせ。完全に動きを止めた(たこ)もどきに、ついにとどめをさす時が来たりけり。

「疑うたらあかん! ゆうひジャッジメント!!」

 (たこ)もどきをくくっていたリボンが、ゆうひイエローの手に戻り、今度はふみかレッドの腰にきつく巻きついた。

「そぉれ!」

 余ったリボンをしっかりと持って、ふみかレッドごと空へ投げ上げた!

「おい、必殺技かけるヤツ、ミスってるぞっ!」

 秀才のゆうひイエローが、相手と味方を間違えた!? (はな)()が声を大にして注意したが、かけられたふみかレッドは、

「い、いや、間違ってない。間違ってないよ」

 これでいいと、自ら望んでもっと高く跳躍した。

「それにしても、考えたよね」

「せやろ。レッドやったらのってくれるて信じてたもん」

「ふう、イエローってば突拍子もない事、思いつくんだから」

 白い空を上昇する赤のヒロインと、白い地を踏みしめる黄のヒロイン。二人が編み出した勝利の結末への道とは、いったい。

『足場は、空中でも作れる!!』

 リボンが伸びきったところで、ふみかレッドは再び髪飾りを取った。

「やまと歌は、天地(あめつち)だって動かせる! ふみかシュート!!」

 最高点から、赤い髪飾りが一筋の雷となって鮹の脳天に直撃した! 一瞬にして、一蹴。(たこ)もどきは白い煙となって空気に溶けてゆき、はかなくも消えてしまった。

「ただいま!」

 空から赤服の女性が、おばけ(たこ)もどきの跡に舞い降りた。女性の周りには、黄色いリボンが羽衣のように風にふくらみ、たなびいていた。

「おかえり、ふみちゃん」

 リボンと同じ色の服の女性―夕陽(ゆうひ)が、赤服の女性を迎えた。

「なんとか、倒せたね」

安達(あだ)太良(たら)先生、ご無事やとええんやけどぉ…」

「安心しろいっ、まゆみだったら、母ちゃんが引き取ったぞ」

 存在を忘れるなと言わんばかりに、華火が夕陽とふみちゃんの元へ駆け寄った。

「あたしん家の静養室で、絶賛介抱中だっ!」

 親指を立てて、華火は二人に「良し!」のサインを見せた。まゆみ先生の真似だ。

「あはは、あんな大きな(たこ)もどきさんに()うたら、たこ焼き食べたなってきたわぁ」

「わ、私は遠慮するから」

「えぇ? なんでなん?」

「ったくよ、食い意地張ってっとまたデブるぞ。夕陽」

「ふえ!? うち、太ってるん!?」

「おう。メガネ巨乳デブだっ」

「なんやてぇ!?」

 両腕を振り回して、夕陽が華火にポコポコ叩きかかる。華火は舌を出して走り、鬼ごっこしているように楽しんでいた。ふみちゃんは二人の後ろで、

「……夕陽ちゃんの胸の脂肪、ちょっと分けてくれてもいいのにな」

 風に紛れて、ひとりごちていたのだった。

「有り難や、有り難や」

 (そら)満神道(みつしんとう)本殿の陰より、年かさの信者がふみちゃんたちに拝礼していた。この信者、実は空満神道の書物を管理している、偉い人なのだ。彼は、今日の出来事を、編纂している空満神道の逸話集に加えようと考えた。

 神々が召した足六本の(たこ)から人々を、この地の少女が守り、その勇気に応えて降臨した赤衣の天女が黄衣の天女と助け合い(たこ)を帰し、神々の怒りを鎮め、人々の行いを改めさせた、というのは、どうか。この逸話は、後に大学の必修科目「(そら)満神(みつしん)道学(とうがく)」にて学生に語られることとなるとか、ならないとか。

「あの、華火ちゃん」

 自分たちが伝説になるとはつゆ知らず、ふみちゃんは戦いの前から引っかかっていたことを訊ねた。

「通信入れたの、私と夕陽ちゃんだけだったの?」

「いーや。姉ちゃんらにもかけたぞ」

 河豚のように、華火はふくれっ面をした。

「来るっつってたのに、来なかった。あいつら、どこほっつき歩いてんだろな」

「講義でそないな歌教わったなぁ。『萬葉集』巻四の五二七番歌、大伴(おおともの)坂上郎女(さかのうえのいらつめ)や」

 夕陽が華火の心情に近い和歌を口ずさもうとしたら、

「オ待ちナさいサイ、ビジテリアン大祭☆」

『!』

 商店街の方から、恐るべき速さでペダルをこいで、黒髪の乙女が三人の前に参上した。 フリルとパフスリーブで可愛らしさを強調させた撫子色の衣装が、彼女と非常に相和している。

 黒髪の乙女は、華火に負けないぐらいの声量で、名乗りをあげた。

「こよい逢う人、皆美シキ☆ もえこピンク! ト」

 乙女の後ろで、青白い顔がぼおっと浮かんだ。荷台に腰かけていたもう一人のヒロインは、

「原子見ざる歌詠みは、いおんブルー……」

 と、もえこピンクとは対照的な消え入りそうなトーンで言った。

「イザ尋常ニ、バトルスタート☆ っテ、あにゃ?」

 ハンドルを握ったまま体を浮かせて、もえこピンクが辺りを見回した。だが、相手の気配がしない。どこだ、どこだと探している彼女に、華火が唇をとがらせた。

「足切りタコ助なら、とっくの大昔に倒しちまったよ」

「ぴぎゃーっ、ソーだッタんスか!? 恥ずカシー!」

 本殿の前にも関わらず、もえこピンクは車体を揺らして思う存分にわめいた。ヒロイン唯一の信者にしてあるまじき行為。

「萌子宅デいおりんセンパイと夕食のラーメン作ッテたんスよ! デコレーション終ワッて、イザいただきマス☆ ってトコでSOS入ッてキタんデス! まゆみセンセか!? ラーメンか!? 究極ノ選択じゃナイっスか!!」

 腰まであるつやつやした黒髪を振り乱し、もえこピンク改め萌子(もえこ)は、出遅れたいきさつを力強く語った。のだが、

「紆余曲折っ、晩ごはんをとっちまったわけだな」

 華火には、言い訳にしか聞こえなかったようだった。

「グスン。だカラ、マッハで食べテ、フルパワーで見参シタんスよ。しかしbutしカシ、間ニ合イまセンでシタ……」

 這いつくばって、拳を地面に叩きつける萌子。悔しがる後輩を、ふみちゃんは気の毒だなあと思った。

「ま、まあ、来てくれるだけでも嬉しいよ」

「皆サマ、すみまセンっス」

 自転車から降りて、萌子は華火達にお詫びした。変わり者だが、けじめはしっかりつける。そこが彼女の良い所だ。

「デハ、無事ニ解決シたノデ、帰リまショウっス☆」

 日本文学課外研究部隊の御一行は、商店街へと連れ立った。

「ラーメン、戻しそう……です」

「姉ちゃん、酔ったのかっ!?」

「喉元に、空満スタミナ味、上がっている……」

「ヒャハッ、いおりんセンパイ死にカケてマスよ、ガチのリバースっスか!?」

「駅まで、我慢する……です」

「はなっち、ココは協力シテ、センパイをシェイクするっスよ」

「よっしゃ、振りまくって醤油ベースのスタミナスープ、胃に返してやるっ」

「ファイトー☆」

「ゲロに負けんな、姉ちゃーんっ」

「やめて、出る……です」

 吐きそうないおんブルーこと唯音(いおん)に、萌子と華火がとんでもない荒療治を施していた。

「そーだ、ふみか、夕陽」

 つま先立ちするかジャンプするかして唯音をゆすっていた華火が、何か思い出したようだ。

「てめえら、学校から来たんだろ? カバンとかどーしたよ」

『あ!』

 訊かれた二人は、仲良く声を揃えた。

「そういえば、荷物、置いてきちゃったんだよね」

「共同研究室、もう閉まってるかもしれへん。二〇三教室には着替えがあるんやで。どないしよぉ……」

 夕陽は、通信機の時計を確かめた。十八時四十二分、閉室まで残り三分だ。走ってもここから研究棟まではとても間に合わない。あきらめて、帰路につくしかないのだろうか。

「ふみセンパイ、ゆうセンパイ、萌子ノ愛機使ッテくだサイ!」

「ほえ!?」

 ふみちゃんは、萌子にハンドルを押し付けられた。

「絶対天使専用機、『銀河レールウェイ ☆ ナインナインナイン ☆ トゥインクルナイト』デス。マックススピード出セバ、ヨユーでキョドケンに行ケルっス!」

「お、恩にきるよ」

 例の専用機は、見事にパイロットによって改造されていた。ボディはもちろん、カゴやメタル部分もピンク。目を凝らすと、ラメが入っていたり、星やハート型のスパンコールが敷き詰められたりしていた。これだけ飾りつけられていたら、学内で目立つこと必至だろう。よくぞ盗難に遭わなかったものだ。いや、かえって盗むのをはばかるか。

「夕陽ちゃん、後ろ乗って!」

「ふえっ、はいぃ!」

「い、行くよー!!」

 ありがたく、使わせてもらおう。ふみちゃんは友人を荷台に座らせ、サドルにまたがった。

「間にあってえええええー!!」

 力の限り、ペダルをこぐ。きらびやかなピンク一色の自転車が、彗星のように宵闇の学内を駆けていった。





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