第六段:林檎ヨリモ美シキ(四)
四
「狡兎三窟っ、どこにいやがるっ!?」
ポニーテールを振り乱しながら、周囲を見回すグリーン。諸手の指の間に四つずつはさんだピンポン球大の武器は、ブルーの発明第六十六号、時分の花。隠されたスイッチを押して衝撃を与えれば、ドカン! と爆発する、元は護身用の道具だ。
「こーなりゃ全方位ぶつけてやらぁっ!」
八つの方位に、花火玉を投げつける。蛍の灯りよりも派手に、緑色の火花が、けたたましい音をあげて飛びちがう。
「当たったか!?」
グリーンの戦法は、火力と数。複雑な技巧は要しない、押して広げて、燃やし尽くす! 煙がおさまった頃には、焼き焦げた林檎ができあがって…………いなかった。
「相手する気ねえっつーことかよっ!」
歯がみして、腰から葉のように広がる布の内より次の玉を取る。
「かくれんぼしてんじゃねえっ!!」
「頭を、冷やす……です」
花火玉を叩きつけようとしたところを、細身のヒロインが阻止した。
「邪魔すんなよ、青姉っ!」
「やみくもに撃つ、非効率的……」
「人が食べられちまってるんだぞっ、効率考えてる場合かってんだ!!」
ブルーの曇った瞳が、さらに深く曇る。拍子で腕の力がゆるみ、グリーンにかけられた制限が外れた。
「率先躬行っ、快速急行っ! あたしは動くぞっ!!」
板張りの床を軽やかに跳んで、グリーンは得意の駆け足を始めた。
「…………!」
ブルーは、動揺を無の表情で閉ざして、仲間を追う。空気の抵抗をなるべく減らすように、低姿勢を維持。先を越せなくていい、勝てないことは最初から分かりきっている。手が届けばいい、触れられるまでに詰める。残り三十センチ、二十五、二十、十五…………。
「どわっ!?」
薄い体のどこから出せるのやら、精いっぱいの突っ張りを決める。グリーンを、より前方へ押し飛ばせた、成功だ。一瞬だけでも彼女を、宙に留めさせる。彼女にできた、余計な影から引き離すために。
「視野を、広く、持つ……です」
音にしては弱く、意にしては強い言葉に振り向けば、人のものとは思えない不気味に白い腕に絡みつかれる、いとこの姿があった。
「身代わりになったってのか!? ダメだっ、今助けるっ!」
すぐに足を地に着けて、走ってゆくが、ブルーは目をつむり「いらない」の意思を示す。
「青姉っ!」
「………………」
待ったをかけても、白き腕は容赦なくブルーを捕まえる。異様なまでに長くなり、折れ曲がって、呼吸させる隙間だけを作り、ぐるぐる巻きにして、本体の赤い実へ獲物を吸い寄せて、丸飲みした。皮に広がった波紋が止むと、果実は揺れてまたひと回り成長した。「人食い林檎め……マジの化けもんじゃねえかっ」
来てくれた相手に、爆撃の拍手でもやってやろうかと服の裏に指を這わせたが、おばけ林檎は、そそくさと影に潜っていってしまった。自身のぬかりに、舌打ちする。
「……やっつけてやるからな」
絶叫と悲鳴が交差する体育館を、グリーンはどこへともなく走りだした。
演劇部顧問、副顧問、島崎は封鎖された出入り口を開けようと試みていた。
「内鍵をひねっても、動かなかったのであります」
中腰を起こし、島崎は鉄扉を一旦離れた。仮装のマントがめくれ上がっているのは、身動きが取りにくくて邪魔だったからだ。アニメの世界における凝ったデザインは、現実で再現すると不都合が生じるものらしい。
一方、農作業着が源流であるスーツの近松先生は、体を張って突き破る方法をとる。しかし、外へ行くことを許してくれず、肩を打たせるのみ。
「おおかた、密室には効果があるのだがね。なれば」
ベルトに群青色の紐でくくりつけられた鞘より、刃を抜く。鍔の無い短刀に、島崎がはっと何やら気づく。
「士族だったのでありますか」
この国、本朝は、国民が政治を執り行うようになったのだが、華族、士族は廃れず生き残っているのであった。華族は、古都・陣堂で、国の象徴と定められた帝の御許で宮中に暮らし、士族は、首都・東陣を拠点の中心に、主に警官を稼業とし、国に仕えるようになった。
「落ちぶれて跡取りは、放蕩の末、しがない大学教授さ」
制限付きであるものの、士族は現代でも帯刀を許されている。煩わしい手続きを経た守刀を、二枚扉の間に突き立てる。
「折れては不味いであります、大切な刀でありますのに、先生!」
「大切ゆえに、ここぞという所で使うのだよ。危機を切り開くためにね」
刀は、いっこうに封を斬りむすべない。出入り口と格闘しているうちにも、部員達がまた怪異に取り込まれていく。
「ははは、手許が狂っているのかね。思うように捗らぬ」
口にするのをはばかられるが、近松先生は、今の状況を非常に怖がられているのではあるまいか。島崎には、そう考えられてならなかった。女子部員が、学祭の学科展示でおばけ屋敷をするのだと聞いて、先生が流し目をしながら冷や汗をうっすらかかれていた記憶があった。
「小生が、お支えするであり」
「島崎、近松先生と舞台左側のバスケットゴールまで、退避せよ」
見張っていた森先生が、気丈に指示を下す。
「先生は…………あ」
副顧問のくるぶしを、生気が感じられぬ手がすがりついていた。三人で逃げる予定が、崩れたのだ。
「森君!!」
「早急に、退避いただきたい。犠牲を、増やしてはならないのである」
妖しき腕は自在にねじれ、高潔な顔にまで伸びてゆく。
「ふぬう……………………」
害をなす物を切り捨てんという士族の信条と、私の部下に気安く触れたなという男の嫉妬が、近松先生にのしかかる。が、私情に左右されている場合ではないと己を戒め、島崎の首根っこをつまむ。
森先生は、彼の適切な判断に、怜悧な瞳を煌めかせた。
「自分の仮説が真であれば、この怪奇現象は呪いに属すると考えられる。これより、自分は生還の手立てを模索する」
「信じているよ」
顛末を傍観していても、好転しない。近松先生は、逃げ延びる道を選ぶ。
「行こうか、島崎君」
青年をぶら下げて、籠球の得点入れへ目指した。
「島崎君」
「……うはっ、はいであります!」
振り落とされやしないかと怖じている青年に、見所があることを若干期待して、助言を遣った。
「己が守るべき者は、剣となりて必ず守るのだよ…………絶対に、だ」
島崎君は柔く弱いが、私の轍は踏まぬだろう。今の彼には、守りたい者がすぐそばにいる。そして、次こそ私は、失敗はせぬ。
「森君の見立てが当たりならば」
「?」
呪い、古の本朝で盛んに用いられた、万の望みを叶える術。または、万の理を超えた奇跡。物を介したり、言葉を唱えたりして発揮される。信心が薄くなった当世では、使いこなせる人間は数少なく、有ることもだんだん知られなくなっている(本学では宗教学部と文学部の教員のみで情報を共有している)。空満、特に空満大学の周辺で最近行使された例が挙がっているようだ。
呪いは、ほとんどの人間に効く。ほとんど、なので例外もある。呪いを無効化する訓練を受けた士族と、稀にいる、神仏を徹底して否定する者だ。
士族の近松先生が学生達をかばいさえすれば、うらなりの腕が餌食にならずに済む。戦っているらしき「スーパーヒロインズ!」の勝利につなげられるかもしれない。
「負け戦は、御免なのだよ」
研ぎ直された顧問をうらやましく思いつつ、島崎は先だっての教えを反芻するのだった。
「あかん、どんどん食べられてもろてる……。グリーンの口癖を借りるんやったら、神出鬼没やな」
腕の出現に、何らかの決まりがあれば早く解決できるというのに。濃い影の穴を出でて、病める腕が人を捕まえ、林檎が飲む。ヒロインズの顧問が生むありえない現象には、日本文学がつながっている。林檎、父が連れていってくれたカテドラル、禁断の果実……ちがう日本文学や、林檎、まだあげたばかりの前髪が……「初恋」か。
「あの詩に、対抗のヒントがあるんやろうか」
「詩というか、影かもしれないんですけど」
自信なさげな発言をするレッド。こんな時は、鋭い読みを発揮したのだと、イエローは知っている。
「照明が当たっている所には、現れていないよね。舞台も。ピンクがなんとか守っているみたいだけれど、光があるからなのかなって」
光がござれば影がござる、逆も然りだったっけ。ややこしいね。ひとり言のつもりだったのだろうが、ちゃんと聞いていた。
「恋で目隠しさせるんは、闇やなくて光かぁ。レッドには新しい発見をさせられるわぁ」
有効な一手となるか。実践してみなければ、
「吉事か禍事か、いらしてくださったようやな」
暗い皿が、イエローとレッドを乗せる。バランスボールに匹敵するくらいに成長した林檎にお供えするため。
「レッド、通信機のフタを開けて真ん中のボタンを長押しや」
「うん」
互いの背中を向き合わせ、腕時計型の通信機を操作する。画面が点灯し、簡易ライトの役割を果たした。二人はじりじり時計回りをして、影と林檎に光を届かせる。
「腕が出されへんみたいやな、弱点は決まりや!」
ボタンを押し続ける指が痛くなるのをこらえ、ライトで照射を続ける。攻めのコツさえつかめたら勝利は遠からず。
まゆみ先生の力を鎮める糸口を見い出せたのは幸運であった。
「うわあ」「ひやぁ!」
もれなく不運つきで。赤と黄色のヒロインは光を使っていたにもかかわらず、搦め捕られてしまったのだった。
「効かへんかったんか!?」
「ううん、足りなかったんだ、たぶん」
赤い実に生ふる亡者の腕は、光が来ていない部分を通っていたのだ。
「ぎょうさん光が集められる所に……行かせな!」
まだ身体が地上にあるうちに! イエローは髪に結んだ黄色いリボン「結び玉の緒」にかじりつくように文字を書いてはちぎって飛ばし、ちぎって飛ばしては書いた。お話を書くためのネタをいつでも控えておけるように、ペンを携帯していて大正解だ。
「この文を考見よ! 反古の舞!」
イエローの武器「結び玉の緒」は、彼女の思うがままに長さや硬さなどを調節できる。編めば盾やバネを作れるし、切り離して刃の花吹雪や手紙にもなる優れ物なのだ。布の限界を超えているだの物理法則はどうしただのと深く疑うべきにあらず。
「丸投げして、ごめんやでぇ……」
やみくもに走っていたグリーンに、紙のような物がくっついた。視界を狭めたそれは、黄色い布きれだった。
「自暴自棄な攻撃だなっ、慎重派のあいつが」
ひっつかんで、捨てようとするも寸前でやめた。
「手紙っ?」
いきなり本文、受け取ったやつはとにかく読めってとこか。「舞台へ行くこと。影と林檎は光に弱い! 光を浴びせてしのぎ、迅速に舞台であまねく照明を灯せ!」光を当てまくればいーんだなっ。こっから舞台はちょいと走りゃヨユー。出くわしたら青姉作の通信機のライト機能でやり過ごせばいけるっ!
「あっちにゃ桃色がいる。あたしの花火とやつのビームで」
「失礼するよ、はなびグリーンさん」
たやすくかつがれて、意味不明になった。父親よりも年を取っていそうなおっちゃんが、筋骨隆々で、あたしを肩に乗っけて!?
「松えもん!?」
「危なかったね。もう心配いらぬよ、私がいる」
グリーンがさっきいた辺りに、細長い白い筒が影を突き破っていた……上の面が、ぼやけて黒ずんでいる。まるで切られたか折られたかしたようではないか。
「摩訶不思議であります。近松先生には、怪物は襲えないのであります。形を失っているのでありますよ」
「ヤマザキ、てめえ生き残ってたのか!?」
体勢の都合で、声だけは確かめられた。島崎はというと、近松先生の背広裾に取りついている。
「小生共も急報をもらったのであります。舞台へ参りましょうであります」
「私が送ってゆこう。私に触れていれば、影は手出しできぬ」
「おうよ、よろしくなっ!」
人食いの化け物を倒すため、グリーンは近松先生、島崎と劇が始まるはずだった所へ向かう。終幕は、もうすぐだ。
ヒロインになってみないか。「ホントウノワタシ」を探し中の与謝野・コスフィオレ・萌子は、まゆみ先生に言葉の魔法をかけられ、エキストラからヒロインに変わった。覆面の戦士・最終ヒロインとして、ふみかレッド達が困っていた際に見参していくうちに、ここでなら、と思い、もえこピンクに改め、仲間入りした。
怯える人々、迷える人々、悲しむ人々などなど……を安心させ、明るき道へ手を引き、笑顔にさせる! ヒロインという役割を選んだのだから、ワタシは誰かの光であれ! そう心がけてきた………………のに。
「ピンクは、ヒロインに至レテまセン……」
黒髪の乙女は、憧れのマキシマムザハートが授かった天恵聖物「麗しのカムパネルラ」を弱々しく握ってステージに立っていた。役者の位置をテープでT字の目印にした、いわゆるバミリを踏んで。スポットライトが、乙女を主役と認めているのに、嬉しくなさそうだった。
「部員サン、安全なトコロに誘導デきマセんでシタ」
聖なる杖「麗しのカムパネルラ」のビームで、林檎の魔手から守った。でも、かえってびっくりさせ、演劇部員は気絶してしまった。彼・彼女らは下手に、照明のもとで横になっている。
「黄色センパイと隊長ハ、食ベラれまシタ」
枯れ葉のようにつま先に落ちている、ちぎられたリボン。最後まで粘って、伝えようと頑張っていたのだろう、イエローの筆跡には必死さを感じられた。生き残っている者に、託した文……センパイは本物のヒロインだ。一緒に行動していた隊長も、負けないために戦況をよく見ていたのだと思う。
「林檎ヲ倒セバ、食ベラれタ皆サマは帰ッテ来ラレるんスか……?」
まゆみ先生の「特別な力」で引き起こされた現象は、ヒロイン以外の人を襲うことがなかった。今朝のように、岩を降らせて通行人を妨げることはあっても、だ。生み出された物を取り除けば被害に遭った人を助けられたし、召喚された相手を倒せば、まゆみ先生の力によるものはひとつ残らず消えて、いつもの状態に戻っていた。では、林檎に吸い込まれた人達は、どうなる……? 撃破した後、皆が助かってハッピーエンドになれるのか。何事もなかったように体育館は平和になっても、林檎の中にいた人達は、林檎ごと消されるので、ここにはもう帰ることはない悲劇で終わるのではないか。
「コワい、コワいんスよ……前向キに、シンプルに考エラれナイんスよ…………」
もえこピンクは、七変化して様々な戦闘法ができる。うち通常装備の「ヒロインモード」は、「麗しのカムパネルラ」で光の攻撃を駆使するため、今回の相手とは非常に相性が良い。活躍ができるというのに、ピンクは主役のバミリにてじっとするばかり。
「ヒロインの重サに、ツブされソウなんデス……」
「てめえにも、プレッシャーかかるってのあるんだなっ」
「!?」
上手より、うるさいけれど憎めない声が走った。
「感慨無量っ、そんだけ本気でヒロインやってるわけだ」
一本に束ねた髪をはねさせ、常磐色のヒロインが盛大に滑り込んた。
「独白シーンに乱入デスか、趣味悪イっスよみどりん」
「孤立無援が耐えられんかったくせに。降臨してやったんだぞ、ちったあ感謝しろいっ」
「エラっソーに」
頬をふくらませて、そっぽを向こうとするピンクに、
「まゆみを、信じてやれねえのか」
グリーンが、噛みつくようなまなざしをして言った。
「まゆみは、人にヤな思いをさせて喜ぶやつかっ? アレは、まゆみの気持ちとは関係なく暴れてるんだ、やっつけねえともっと食われちまう。まゆみはそんなこと望んでねえだろっ。あたしらが止めてやらねえで、どーすんだよ」
「止メタとシテ、演劇部サン、センパイ達、センセは!? 命ヲ守れナかッタ結果にナルかモシれナイんデスよ!? みどりんコワくナイんスか!?」
「世界はあったかい」
ピンクは、言葉を失った。小さな頃、両親にもらった「明るく生きる考え方」をなぜあの子が知っているの。他者との関わりで、裏切られたり、現実を突きつけられたりしたけど、信じ続けている「世の中のすがた」を、なぜあの子が口にしているの。
「だからよ、小心翼々とすんじゃねえよ。まゆみのもんなんだ、皆生きて戻ってくるって。あたしらがヘコんでたら本末転倒だろ」
「でも、ワタシ、誰も救えてない……」
「いるでありますよ、ここに!」
颯爽と、下手へ真夜中の空を彷彿させるマントが舞った。
「島崎クン」
マキシマムザハートと前世から深くつながっているヒーローである、アルティメットカイザー役の青年に、ライトがまぶしさを増してゆく。
近松先生、調光室へ着いたのでありますね。粋な演出をしてくださって。大団円、必ずや成功させてみせるであります。
「『ゲスタンニス・アイナー・マスケ』鉄の掟、一、主役とは」
別れ際に、先生は小生にかけてくださった。無論、空で答えた。
「主役とは、選ばれる座ではなく、掴み取る座である」
「うむ、行っておいで、アルティメットカイザー」
小生は、映像劇でアルティメットカイザーを演じた。しかし、今の舞台では、等身大の島崎戒でいたい。アルティメットカイザーのコスプレをした、島崎戒を。日本文学国語学科一回生、学籍番号二五二一一〇一六番、演劇部所属、好きな食べ物は、お茶漬けとアップルパイ、好きなアニメは「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」シリーズ、コミックイラストを鑑賞するのも描くのも大好きな、小生を観てほしい。
「朝、落石で囚われたのであります。小生は生涯が終わったのだと、絶望していたのであります。闇に堕ちかけた小生を、あなたは光差す場所へ掬い上げてくださったでありますよ」
傍らに倒れている部員へ視線を移し、また、もえこピンクに戻す。
「怪物を退けたのでありますよね。演劇部の為に。あなたがヒロインになって、戦ってくださっている……現実の絶対天使であります」
「ワタシは」
「与謝野さん……いえ、もえこピンクさん。あなたは天使であります。いつか、あなたの絵を描かせてくださいであります。それから」
素早く右手を天へ掲げ、単眼鏡をかけている方の目をかざした。
「挫けるな、もえこピンク! 愛無キ者は、聖なる光に嫉妬している。君の愛で、教えを説いてみせよ!!」
一条、二条、三条、ライトがピンク達を際立たせる。四条、五条、六条、舞台はさやかになり、この世の誕生を再現させた。七条、八条、九条、十条……闇も影も、暗きものはもう、逃げも隠れもできなくなった。
客席側に、育ちすぎた果実が据わっていた。運動会の大玉転がしに代用しても遜色は無い、最後の役者であった。
「愛無キ者ニ愛有ル教エを、麗しのカムパネルラ」
マキシマムザハートは、カワイく天恵聖物を呼ぶ。もえこピンクもハートに倣ってきた。でも、今宵は、涙のせいで厳かな調子になった。
「島崎クン、アト三歩クラい下ガッてテくだサイ」
顔をごしごしこすり、変身前のワタシを袖で待たせておく。フィナーレは、ビシっと決めるのだ。
「ヒロインなノニ、助ケラれチャいまシタ。スケッチは、いつデモOKっスよ。ハイクオリティに描イテくだサイ、愛有ル者ノ、約束デスよ☆」
大げさにターンし、島崎に敬礼を送る。照明がきつかったのか、彼はのぼせていた様子だった。
「みどりん!」
「おう」
「一蓮托生☆ 共闘シテもラウっスよ!」
へっ、とグリーンの唇に、戦いへの意気がこぼれた、
「やつに、アツい光をお見舞いしてやるぞっ、地獄ノ果テまでなっ!!」
ピンクのしなやかなバレエと、グリーンの曲芸的な演武が、舞台を萌えさせ、華やがせる。悲劇にて、終わらせはせじ、秋の実よ!
『ふれルガ、花だっ! もえこ・はなびコラボレーション!!』
愛の杖「麗しのカムパネルラ」を振るえば、星の輝きで織られた衣装へ早変わり。撫子ハートや羽で飾られた甘い撫子色のドレスと、山を走れて崖も登れる、機動性バツグンな常磐色のドレスが、結末に披露するのが惜しいほどに映えていた。
「思ひも寄らぬ感、催してやらあっ!」
目立ちすぎる隠し玉・打ち上げ砲を林檎へ見せつけるグリーン。筒に投入した物は、お祭りを熱狂させる爆弾花火だ。
「流星ノ道ヲも照ラス、明キ道☆」
大砲を支えてあげながら、ピンクが発射の音頭をとった。
『幽玄無限 ☆ ヘブンリィギャラクシーエクスプレス ☆ スターマイン!!』
林檎のためだけに、いさよひ・情け・休み抜きで花火が炸裂する。緑系統、桃色系統の火が、林檎に咲き乱れ、焦がしていった。はなびグリーンの火焔ともえこピンクの光線が無作為に打たれ、時には合わさり、焼き尽くした。
飽きずに人を喰らっていた果物は、最期、真っ白い光を放ち、種も仕掛けも無く消滅したのであった。
「めそめそタイム二次会かっ? ほらよ」
グリーンが、燃え尽きそうなピンクを押し、観客席側へ行かせる。コラボレーション技が終わり、二人のドレスは解除されていた。
「にゃ……!」
肥やしにされていた人々が、点々と寝かされていた。
びおらブチョー、じゅりりん、おせろん、呂見クン、森センセもダっタんスか。ふみセンパイ、ゆうセンパイ、ほへ、いおりんセンパイ。まゆみセンセ、いびきカイてマスな。
「なっ、杞人天憂だっただろ。あきこ」
「本名禁止だっつーの」
ピンクとグリーンは笑い合って、ひな壇を下りた。




