第一段:これも日本文学課外研究部隊(三)
三
―かくして、現在にいたるわけです。ただいま、鼎人対策円陣会議の真っ最中。
「デ、ドーしマス?」
「倒すしかねえだろ」
「やけど、むやみに手ぇ出すわけにいかへんで」
「あくまで、一般人……です」
「逃げてばかりじゃ、状況変わらないよ」
「まゆみを起こすこともできねえ」
「マータ振りダシっス」
「あかん、頭ん中こんがらがってくるわぁ!」
「落ち着いて、黄色さん……」
「とにかく、あの人たちを何とかして、先生を助けなきゃ」
「ヤっパリ、ソノ方向デいクシかナイっスよねー」
「毎度毎度、変なもん出してきやがって……」
話を続行する高校生ヒロインに、大きな影がさした。頭上に三本足が現れている、ということは……。
「みどりん、後ろ、後ろっス!」
傍らにいたピンクの注意で、本人が気づきサッと振り向いた。影の正体は、やはり鉄の器をかぶった、元・空大の無辜なる人。体を揺らして、今にでも襲いかかってきそう!
「どわっ、ばかやろこっち来んなっ!!」
とっさにベルトからボール型花火を出して、鼎に向かってまっすぐ投球! ドカン!! 火花が散り、薄緑の煙が周囲に広がった。
「ゴホ、ゴホッ、相変わらずものすごい威力だね」
「派手ニやっテクれまシタな、みどりん。ケホケホケホ」
風向きのせいで、私たちまで巻き込まれてしまった。すさまじい火力の制御は、今後の課題になりそう。
「いくらなんでも、直接当てることないんとちがう?」
リボンの端で口元を押さえながら、イエローがたしなめる。
「おい黄色、あたしが襲われても良かったってのかよ」
「そんなん言うてないけどぉ……ぐすん」
グリーンに気圧されて、メガネの奥でうっすら涙をにじませる。もしかすると、煙がしみたのかもしれないけれど。
「皆さん、見て……」
『?』
平静を保っていたブルーが、一点を見つめていた。煙の切れ間から、横たわる人物がその身を現していた。衝撃を加えられて倒れることには先ほどと変わらなかった。しかし、首より上が明らかになっている。眠ったような顔の周りに、金属片があちらこちらに落ちていた。
「完全に、気を失っている……です」
体をゆすり、叩いても動かなかったらしい。
「鼎のせいで暴れていたんやね」
散らばった破片と倒れた人を交互に眺めるイエロー。つらそうに両手を胸の前で組んでいた。一方、ピンクは現場を行ったり来たりして、何度もうなずいていた。
「ツマり、カナエを割レバ動キが止マルってワケっスか」
やっと問題の解き方を知ったとたん、辺りに妙な静けさが漂いはじめた。今まで動かないままだった鼎人たちが、目覚めたようだ。不気味なくらい音を立てず、網を抜けて私たちに向かって、歩を進める。
「また、近づいてきたよ……」
ヒロインズを囲むように、じりじり大勢の相手が迫る。操られた空満大学の人々と、相対する時が、来た。
「さて、赤。どーすんだ?」
グリーンをはじめ、隊員たちの熱いまなざしが私に集まる。こうなれば、言うべきことはただ一つ。
「鼎を壊して、全員助けるよ!」
『ラジャー!』
―いざ、真剣勝負、開始。
「俊成さま、見ていて、ください……」
両手で空気弾ピストルを包み、祈るブルー。まぶたを閉じ、一言二言つぶやいたあと、思いっきり目を見開き、鼎人の海に飛び込んだ!
「世の中よ 未知こそなけれ 質量いる! いおんキャノン!!」
うごめく相手勢の頭部へ、的確に空気弾を撃ってゆく。後からやってくる者たちにも動じることなく、目標を貫いては、粉砕する。一人一人の動きが分析されているかのごとく、次々と弾が相手を捉え、命中を繰り返す。
「鼎無くなり 深草の里……ですね」
解放された人々が数十人、彼女の元で寝息を立てていた。
群れをなす鼎人を、堂々と見すえる小さな戦士。
「てめえらっ、そんなもんかぶってたら、いつか鼻と耳がもげるぞっ!」
不敵に笑い、緑のヒロインは両手に武器を複数構えた。衣装の色と同じ球体を四方八方へ飛ばし、かけ声を発する!
「火すれば、花だっ! はなびボンバー!!」
ドン! バン! ボカン!!
濃淡の違う緑の火花が、幾人の頭に散りゆく。球体が炸裂しては、鼎がひび割れ、はらりはらりと舞い落ちた。
「一切衆生っ、救ってやるのがヒロインってもんよっ!!」
善人も悪人も、鼎人も、グリーンが駆け抜ければ、いかなる柵からも解放されたのだった。
「痛いかもしれへんけど、堪忍してくださいね」
髪飾りをたなびかせ、イエローは決意を帯びた表情を見せた。金属器に隠された人々の素顔を思い浮かべて、地に足をしっかりつける。集中、そして―。
「疑うたらあかん! ゆうひジャッジメント!!」
目がつり上がったと同時に、黄色のリボン「結び玉の緒」がとぐろを巻いた。長き帯は風に乗り、まっすぐに伸びる。
「はあああっ!」
片足を軸にし、回転。鋭さを帯びたリボンが、時計回りに周囲の鼎を斬りさいた。布きれが金物を制する、夢か幻か。否、現に生きる戦士の技である。
「カナエの呪縛、解イテみせマス☆」
さまよえる人々に、今、もえこピンクが愛の救済を施す!
「アツい血汐、ふれてくだサイ☆ もえこチェンジ・マキシマムなヒロインモード!!」
脱ぎ捨てた警官服の下には、通常のヒロイン衣装。いずこにマキシマムな要素がひそんでいるのか。
「愛無キ者ニ愛有ル教エを! 天恵聖物・麗しのカムパネルラ☆」
ピンクが手にした、一本の杖。先端にハート・星・羽を組み合わせた飾りがついた、少女趣味な武器。懐かしのアニメ「絶対天使☆マキシマムザハート」の主人公・ハートが愛用した初期装備である。
「イッきマスよー!」
鼎人に向かって、「麗しのカムパネルラ」をバットのように振るう。爽快にも鼎があっさり砕けてゆく。愛に飢える操られた者共に、マキシマムピンクの説教がこれでもかと浴びせられる!
四人が懸命に戦っている。ぼうっとしてはいけない!
「私もやるよ、やります、やらせてください」
足元にあった小石を握りしめ、おはじきの要領で目に止まった相手へ弾く。
「ことのはじき・花醒!」
顔の部分に風穴を開けた。威力はさほど大きくないものの、停止させる手立てとして効果あったようだ。
「ことのはじき・六花閃!」
今度は連続発射で迎え撃つ。一度に六つの石を弾くこの技は、使いこなすために相当な時間を費やした。全て異なる鼎を穿つことに成功。
「このまま軌道にのるよ!」
単体で来れば花醒、複数なら六花閃と場合に分けて鼎人を倒し続けた。
ヒロインズの活躍により、鼎人が本来の姿に戻っていったのだった。
「よっしゃ、あと一人っ!」
ポニーテールを大きく振って、意気込むグリーン。
「うちの記憶が合うてたら、最後は土御門先生ちがうかな」
「ほへー、ヨく観察シテるんスね!黄色センパイ」
「そないに褒められたらぁ……」
顔を赤らめたイエローを、ピンクが不思議そうに見つめる。あの雅な土御門先生が、鼎を……。だめだ、想像するだけで吹き出しそう。
「一〇八人目、接近……です」
噂をすれば、土御門先生が。よたよた歩きで、失礼ながらもかわいらしい。
「とっとと壊して、まゆみ助けるぞ!」
指の関節を鳴らし、グリーンが花火を手にしたその時、相手がつまづき、仰向けに倒れてしまった。効果音をつけるなら、「ぼてっ」だろうか。
「おい大丈夫かよ、ハゲ御門」
武器をしまい、翁に駆け寄った。あまりにもひどい転び方だったので、心配したらしい。まあ、結構なお年だものね。
「今が、好機……」
グリーンの情けにお構いなく、ブルーが空気弾ピストルの引き金に指をかける。すると、
「チョっとタイムっス!」
ピンクが天恵聖物「麗しのカムパネルラ」を高々と上げて、制止した。ハートのブローチ付きの小さな帽子から、折り畳み式の携帯を取りだす。
「おいおい桃色、こんな時にいじくんなよ。行儀わりいぞ」
「スミまセン。あまりニモ、レアっスから……」
シャラン、シャラリン。おしゃれなシャッター音が鳴る。
「ツッチー待チ受ケにしタラ、単位もらエルと思ッタんスよ」
八の字まゆで「へへ!」と舌を出すピンク。願掛けが悪いとは言わないけれど、ちゃんと努力して合格しようね。
「で、誰がハゲ御門打つんだ?」
本題に戻る。
「私で、よければ、やる……」
ブルーが手を挙げた。随分やる気ですね。
「いやイヤ、ココはピンクがいきマスよ」
センパイの手は汚すまいと、ピンクも立候補。
「おいおい、そこはやっぱあたしだろ」
二人に割りこんで名乗り出るグリーン。
「うーん、私やろうか?」
皆の意図がなんとなくつかめたので、挙手。では、オチをお願いします。
バリン。
「あはははは、ごめんなぁ。うち、ついやってしもたわぁ……」
妖艶に目を細めて、リボンをくねらせるメガネっ子。そこは「うち、やりますぅ」で「どうぞー!」の前置きが欲しかったなあ。
「物を壊すゆうの、やってみると楽しいもんやねぇ。あはは」
あの、イエローさん。背後からどす黒いオーラが出ていますけど。日頃の鬱憤がたまっているんだろうか。優秀なお方の心が、ときどき理解できなくなるよ。
「とりあえず、これで全員、だね」
「赤さん、十二時の方向、見て……」
ブルーより警告。安心するのは、まだ早かったみたい。
「誰か、来る……です」
またしても、頭部が鼎の人物。白い服を着て、足を浮かせて直立したまま進んでいる。天から糸で吊るされたみたいに。
「ココで急展開、いわユル思ワヌ伏兵ってヤツっスか!?」
「違うよ、この人は……」
数歩先で止まり、地に降りる。白雲を呼び、鼎人を生み出し眠りに落ちた張本人。
「……まゆみ先生だ」
―決着の時が、今ここに。
「まゆみと戦うのかよ」
グリーンが舌打ちして、うつむいた。降ろされた腕が、かなしく震える。
「ヒロインとシテ、つらスギる展開っス……」
「麗しのカムパネルラ」を抱きしめてくずおれるピンク。敵の正体が大好きな人だったことを知って衝撃をうける主人公さながら。
「うち、安達太良先生はどないしても傷つけられへん」
奥ゆかしいイエローに戻ったのはいいけれど、さっき容赦なく土御門先生に技かけていたよね?
「……」
ブルーはブルーで、「倒せない」って無言の意思表示してますし。どうして肝心なところで弱気になるかなあ、皆。
先生を救えるのは、私だけ。その事実に半ば目を背けたくなるけれど、やらなきゃ。
「良き人の 良しとよく見て 良しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見……」
先生が好んで口ずさむ「良し! の歌」を私も言ってみる。快いリズムに、励まされた気がした。やまと歌の効き目、むべなるかな!
「まゆみ先生、けりつけさせていただきます!」
髪飾りを外して、手のひらに乗せる。初めて変身した日、先生からいただいたおはじき型のパッチン留め。赤のチェック柄がとても気に入っている。
「やまと歌は、天地だって動かせる! ふみかシュート!!」
バシュン!
手から離れたおはじきが直線を描き、鼎の足と胴の間を貫通した。撃ち抜かれた場所から、瞬く間にがらがらと音をたてて崩れたのだった。
鼎が砕け落ち、中より知っている顔が現れる。切り揃えられたショートヘアが静かに風にそよぎ、気持ちよさそうに眠る、私たちの司令官だった。
「改めまして、こんにちは。まゆみ先生」
白い雲が、恐るべき速さで消えてゆく。その代わり、大空には、やさしい茜色が塗られていた。
「ふああ……。あらー、私ったらまた寝てたの?」
先生が大きく伸びをして、起きあがった。頭が軽くなったことを訝しみ、周りに落ちていた金属片を見つける。
「やだもう、鼎が割れてるじゃないの。三日間夜なべした傑作だったのになー」
まゆみ先生は、残念そうに鼎のかけらへ謝った。というより、それ手作りだったんですか。
空を見上げ、少し黙ってから私たちへ向きなおり、先生が語りかけた。
「鼎が気がかりだったあまり、学内に鼎人がうようよ現れる悪夢につかまっていたわ。鼎抜きでは五十三段は無理ね。もう日も暮れているから、寸劇は次回にやりましょ」
ウインクして、笑いかけてくださったんだけれど……。
「ごめんなさい! まゆみ先生、五十三段はパスさせてください」
「え?」
先生が首をかしげた。「意外なこと言うわね」な顔つきまでする。
「うちからもお願いいたしますぅ」
「他の段を、希望……です」
「なあ、安達太良まゆみ。一生のお願いだっ、絶対に五十三段はやめてくれっ!」
「もえこ、鼎ノ劇ヲ阻止スル為ナラ、悪魔にデモ魂売りマス!!」
「んん? あなた達、苦しそうに見えるんだけど、どうかしたの?」
次々と懇願されて、目を丸くするまゆみ先生。苦しくさせた原因は何ですか、なんてとても言えないなあ……。暗くなった空のせい、とでもしておこうかな。