第五段:鯉しなば(五)
五
一日の中で、朝が一番好きなんだな。特に、晴れてる日! カーテンのすき間がら射しでくる、やわらかぐてキラキラしだお日さまの光を浴びると、よ~し、今日も頑張るぞ~! って元気がわいでくるんだな。エネルギーを満タンにしで、お布団はねのげて、ごはんをしっかり食べで学校へダッシュするんだよ。部活やっでたころは、もすこし早起きしでトレーニングとか試合に行っでた。体いっぱい使っで走っで、汗を流しで迎える朝が、トコは大、大、大、大、大好きなんだな!!
トコのお家から空高までは、歩きで二十分、走っで五分で着ける距離なんだな。トコはもちろん、いつも走って登校してるんだな。別に、遅刻ギリギリに出てるわけじゃないんだな。五分を三分に、三分を二・五分に……ってどんだけ速く行けるか勝負したいからなんだよ。試合の相手は、昨日のトコ! 勝負も楽しいけど、たまにはタイムのことナシにしで走りたい。今日はそんな気分だったから、自由に走ってみたんだな。
「すんげく不思議な夢だったんだな……」
枯れ葉ばっかし付けた街路樹の右側を通りながら、昨日起こったことを思い出してたんだな。
ヌシさんに悩み相談してもらっでたら、トコ、鯉さんになっでて、なっちゃんに釣りあげられちゃったんだな。そんで、なっちゃんに包丁でザクっといかれるとこでまた真っ暗になっで、明るくなっだと思ったら、保健室のベッドだったんだな。保健の先生に聞いだら、校門前で倒れてたのよって言ってたんだな。今まで死んだよに眠っでたから心配してたんだって。受験勉強のつめすぎだ~、ちゃんと寝なさい~っておこられちゃっただよ。
「んだ。トコ、疲れてたんだよ」
体は正直なんだな。どっかで無理してたら、休みたいよ~って助けを呼んでるんだな。引退前だったら、すぐに気づけたんかもしれないんだな。トコ、体のSOSサインを聞くのがにぶってただね。
道路を抜けて、交差点に出たんだな。車道との境い目に花壇が並べてあるんだな。花壇には、赤と白のパンジーが植えてあったんだな。空満神道の信者さんがお世話してるんだって。ここまで来たら、空高はすぐそこ!
「ラストスパートだ~!!」
門へ向かって、一気にスピードをあげたんだな。一人、また一人、登校中の子たちをぬかしてくんだな。
「ゴール!」
空高に到着! 校門を過ぎたとこで校舎の時計をチェックしたんだな。タイム、三・一四秒。ちょっとだけラッキー・数学はニガテだげど、この数字は何を意味してんのかは知ってるだよ。
なんかいいことありそだな~って、スキップしてたら前に知ってる子が歩いてたんだな。でっかいスポーツバックをかけた、飛び出たポニテの小っちゃい女の子。
「なっちゃん、なっちゃんなっちゃんなっちゃ~ん!!」
トコ、手を振ってなっちゃんとこまで走ったんだな。
「……なんだよ」
眠そうな目をこすって、なっちゃんがこっちを向いてくれたんだな。
「なっちゃん、遅くなってゴメンなんだな!」
カバンから一冊のノートを出したんだな。昨日届けなきゃいけなかった、なっちゃんの忘れ物なんだな。
「英語のノートかよ……」
あくびしながら、なっちゃんはノートを受け取ったんだな。すぐにバックにしまおうとしたんだげど、
「おう?」
ノートの表紙すぐ下に何かはさまってんのが、気になったみだい。
「えへへ~。見て見て~なんだな」
「はあ……?」
おかしな顔をして、なっちゃんは表紙を開いたんだな。はさんであっだのを目にして、
「おい、これ」
なっちゃん、口をぱかって開けて、はさんでた物に指をさしたんだな。指の先には、色鉛筆で描いでる鯉さんが、ルーズリーフの池からおすまししてたんだな。くすんだおうど色に見える金色の、立派なおっきい鯉さんが。
「ヌシか……?」
「んだ! なっちゃん、この前いとこのお姉さんにヌシカッコいーって話してたがら、好きなんかなって」
「………………」
絵を鼻の先まで近づけて、なっちゃんはそのまま動かなかったんだな。穴が開きそうなぐらい見でから、今度は肩と手を振るわせてたんだな。
「やっぱし、イマイチだっただか……?」
なっちゃん、だんまりしちゃっでるんだな。難しそうにヌシさんとにらめっこしでるだよ。トコ、怒らせちゃっだ……?
「ゴメンなんだな。あんまし似て」
「好き」
「なぐて」って言い終わる前に、なっちゃんに先越されちゃったんだな。しがも、空大でサークルやっでる時みだいな明るい声だったんだな。
「愛月撤灯っ、この絵のヌシ、すげえ好きだっ! 容姿端麗っ、イケメンぶりとちょいカワなところをとらえてる」
ほらコレっ! って、なっちゃん、トコにも絵を見せてくれたんだな。
「ええ~!! 気に入ってくれたん!? マジでなんだな!?」
「真実一路っ、大マジだ」
なっちゃんが、親指を立ててニッて歯を光らせてたん……!? えっ、えっ、えええ~っ!! なっちゃんが、なっちゃんが……!!
「なっちゃん、笑ったんだな」
……なっちゃんが、喜んでくれたんだな。トコに笑顔を見せただよ。あの、「ムリ」って口をとんがらせてた、なっちゃんが!
「すんげくかわい~いんだな~!」
「だっ、バカヤロてめえ、あたしはヌシの絵にっ」
バッと顔をノートで隠したなっちゃん。だげど、もう遅いんだな。トコ、しっかりこの目に焼きつけてたもんね!
「ね~なっちゃん、もいっかい見せてなんだな! も~いっかい、も~いっかい」
「はやしたてんじゃねえよ! 誰が見せてやるかってんだっ!」
なっちゃん、あっかんべ~して、トコから逃げよとしたけど失敗したんだな。トコが通せんぼしたから。体のでっかさなら、トコの方が勝ってるだよ! なっちゃんにこれしたの、最初に会った日以来なんだな。トコ、なっちゃんにお友達になってみせるって、宣誓したんだ。でも、やっど分かったんだな。あの日からトコはなっちゃんと……。
「え~。ダメなん? トコとなっちゃんはお友達なのに?」
「はあ? てめえといつ友達になったんだよっ」
腕の間をくぐろうとしたなっちゃんを、トコは寸止めしたんだな。手をにぎって、離さないよに。
「出会った時から、なんだな」
なっちゃんの動きが、ぴたっと止まったんだな。
昨日、夢でヌシさんが教えてくれただよ。広い世界で、限られた生涯の中で、出会えたのには、縁があったからだって。
「なっちゃんとトコは、もうお友達だったんだよ」
つないだ手を引き寄せて、なっちゃんを抱きしめたんだな。なっちゃん、抵抗しないでトコの腕の中に入ってくれたんだな。
「もう、『友達いらない』はナシなんだな」
「……まだんなこと覚えてたのかよ、尼ヶ辻」
フッ、ってなっちゃんの息が胸にかかったんだな。あったかくて、くすぐったいんだな。まるで、なっちゃんの心を映したみたいだよ。
「これからも、よろしくなんだな」
トコ、なっちゃんにニコってしたんだな。そしたら、なっちゃんもトコの真似をしてくれたんだな。恥ずかしそにしてたけど、ホントに心の底から笑ってたんだな。
「ところでなっちゃん。さっき、トコのこと初めてちゃんと呼んでくれただよね?」
「ソレがどーしたよ……」
「ちょ~ハッピーなんだな~!!」
なっちゃんが、トコの名前を他の子と間違えないで呼んだ! これは大事件なんだな!教室に入ったらさっそく平端と前栽に報告なんだな!
「なっちゃんの初『尼ヶ辻』、いただきましたなんだな~!」
「うるせえっ、燃やすぞガマが辻っ!」
「ガマが辻さん? どなたさんのことなんだな~?」
「てめえのこった。コラいつまでもベッタリしてんじゃねえ! ハズいだろがっ」
「ヤだよ~」
「はーなーれーろーっ!!」
「い~や~な~ん~だ~な~」
くっついたり離れたりして、トコとなっちゃんは下駄箱広場までかけっこしたんだな。一番好きな時間に、一番友達になりたかったなっちゃんと、さわぎながら隣りあって走ってる。トコ、夢みたいだよ。いんや、夢じゃないんだな。こうしてなっちゃんと風になってることは、ウソじゃなぐてホントのこと、現実なんだな。
放課後、なっちゃんと古池の周りを全力ダッシュしてみよっかな。タイムとか強さにこだわらないで、走りたいだけ走るんだな。ヌシさん、しっかり見ててなんだな!
〈次回予告!〉
「オ帰リナさいマセ、近ちゃんセンセ☆」
「ただいま、与謝野さん。メイドの恰好、似合っているよ。一体、どんなご奉仕をしてくれるのかね?」
「へへ! センセが望ムことナラ、ス・ベ・テしチャいマース!」
「ははは、嬉しいなあ。では、さっそく遊んでもらおうか」
―次回、第六段 「林檎ヨリモ美シキ」
「ほへー、何シテ遊ぶんスか?」
「恋の杯を酌み交わす、という大人の遊びだよ」
「近松先生、学生を弄ぶ行為は即刻止めてもらいたい」
「やあ、森君でないか。君もどうかね?」
「断固として、拒否する!」




