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第五段:鯉しなば(三)

     三

 下校のホームルームの後、平端(ひらはた)前栽(せんざい)と帰る準備しでたら、時進先生に呼び出されちゃったんだな。

「これから職員室へ来てもらえませんか」

「は~い」

 トコ、平端たちに先帰っといて~って謝っで、先生についていったんだな。

 職員室って、学期始めの生徒面談と用具入れのカギを借りに行くぐらいしか用事ないんだな。きっどコレは、古典で絵描いでたことのお説教なんだな。時進(ときすすみ)誠三(せいぞう)先生、普段は優しいんだげど、怒ったらコワいっで後輩から聞いたんだな。やだよ~。

 中に入っで、怒られるん覚悟しで背筋のばして立ってるど、

「尼ヶ辻さんは、夏祭さんの近所にお住まいでしたね」

 意外なことを言われたんだな。

「すみませんが、夏祭さんにこれを届けてもらいたいんです」

 先生が、自分用の机に置いてあっだノートを手に取ったんだな。ムダな物がなぐって、きちんと整理してあるんだな。隣の机なんかプリントの山がいっぱいそびえ立ってるだよ。

「ノート?」

「はい。先ほどLL教室に忘れてあったそうなんです。本人に返したかったんですが、帰られてしまいまして」

 いやあ、って力の抜けた声をもらしで、先生は恥ずかしそうに笑ったんだな。うっかりさんなんだな~。

「担当の先生から、明日は小テストがあると聞きました。今日中に返さなければ、勉強に苦労するでしょう。ですので、尼ヶ辻さんにお願いしたいんですが、よろしいでしょうか」

「オッケ~なんだな! トコ、ダッシュで届けに行くんだな」

 なっちゃんのお家なら、方向オンチのトコでも分かるだよ。だって、なっちゃんのお家は、空満一でっかいお屋敷だもんね。 トコにまかせてなんだな!

「ありがとうございます。それでは頼みましたよ」

「は~い。 先生、さよならなんだな~!!」

 もらっだなっちゃんノートをしっかり持っで、トコ、職員室すぐ近くの階段を駆け下りたんだな!


 トコ、早くなっちゃんに渡すことばっかしで頭ん中がいっぱいだったんだな。上履きを下駄箱に投げ入れで、さっさとスニーカーに足突っこんで勢いのまま走っでたらさ、

「そんなにスピードを出すと、怪我するわよ。尼ヶ(あまがつじ)さん」

 後ろから声かけられたんだな。

「委員長さん」

 トコのクラスで学級委員しでる、田原本(たわらもと)さんなんだな。首都の難しい大学受けるってうわさだげど、講習の帰りかな?

「もうすぐ入試を控えているというのに……。急ぎなの?」

「んだ! なっちゃんちにノートを届けるんだな」

 無いとテスト勉強でぎなくなる大切な物だもんね!

「なっちゃん……、夏祭(なつまつり)さんのことかしら」

「そだよ」

「よほど親しくなりたいのね……」

 三つ編みの先っぽをクルクルさわっで、委員長さんがトコに近寄ったんだな。一歩踏みこんだらつま先が当たるぐらいだったんだな。

「尼ヶ辻さん、ひとつ忠告しておくわ。あんな人と友達になっては駄目よ」

「え、どしてなんだな?」

 わからないの? って、トコの目をのぞきこんできたんだな。

「自分があんな人と同類に思われてしまうからよ」

「委員長さん……?」

 何を言っているんだな? 最初、聞き間違いだと思っていただよ。でも、間違いじゃなかったんだな。

「がさつで、暴力的で、ふてぶてしい態度で不真面目。同じクラスにいるだけでも耐えられないのよね。クラスの雰囲気が乱れてどうしようもないわ」

 信じられないんだな。面倒見が良ぐて、礼儀正しい委員長さんが、なっちゃんのことをひどく言っでるんだな。なんでなんだな……!?

「お家が土地持ちで山まで持っていて、親が市議会議員で裕福な育ちだからって、いい気になりすぎじゃないかしら。内部進学できたのも、学校にお金を積んだからでしょう。自分の実力でもないのに、大きな顔ができるなんて信じられない」

 委員長さんは、わざとらしぐため息ついたんだな。

「そ……そんな言い方はないんだな。なっちゃんは、悪い人じゃないんだな! 委員長さんは誤解してるんだな!」

「誤解?」

「委員長さんは、なっちゃんのこと、全然分かってないんだな。なっちゃんは、ケンカしなぐで、お姉さんたちと仲良しで、まっすぐないい人なんだな!」

「いい人、ね」

 ふ~ん、って軽く鼻で笑っで、トコのことを見下げてきたんだな。

「なんか変なこと言っただか?」

 トコ、声を低めにして委員長さんをにらみつけたんだな。だげど、委員長さんはまっだくひるまなかったんだな。というか、逆に余裕そに笑ってたんだな。

「それは、尼ヶ辻さんしか知らないことでしょう。周囲の人たちに理解されていなければ、それこそ誤解よ」

「…………」

 そんなことない、って反論したかっだのに、トコ、委員長さんの語気に押されちゃったんだな……。

「周囲の人たちに『この人はいい人だ』と受け取ってもらえなければ、いくら言ったって通用しないの。だから夏祭さんは『いい人』じゃないのよ」

 何でも知ってるかのよに、委員長さんはつらつら説いてったんだな。

「馬鹿よね、誰ともつるみたくないって片意地張ってて、ぶっきらぼうな振る舞いをして。それじゃあ、いつまでも誤解されても仕方ないわ。永遠に世間の落ちこぼれとして生きていくことでしょうね。私と違って」

 委員長さん、勝ちほこった顔をしたんだな。……トコ、ガマンできなくなったんだな。そだったんだ、実はヤな人だったんだ……!

「委員長さんは、いい人に見られたいから、ずっと今まで……」

「当たり前じゃない」

「!?」

 ……当たり前? よくしれっと言えるもんなんだな。そのにやにやした顔、ぶっとばしたくなるんだな!

「知らないの? 世間では、見てくれが全てよ。いくら性格が良くても、見てくれが悪ければ『悪い人』だと評価されるの。あと、学力も大事よね。多くの人は、学力の高さが人柄の良さと思っているから。そのために、私達は学校で勉学に励んでいるのよ。落ちこぼれにならないために」

「そんなの、おかしいんだな! 大事なのは、中身なんだな。カンジが悪くても、勉強ができなくても、中身がよかったら、皆に信用してもらえるんだな!」

 外見だけ良く見せたらいいとか、ひきょうな人が考えることなんだな! 学力の高さが、その人の良さ? ふざけてるんだな! 勉強ができても、悪口いったり、ウソついたりする人のどこが「いい人」なんだな!?

「おかしな道徳でもふりかざすつもり? 意外と物分かりが悪いわね。いいわ、ずっと知らないままで。これからたくさん損をすればいいのよ」

 風に三つ編みをなびかせで、さげすむよにクスクス笑いをする委員長さん。トコがあんだけ違うんだって叫んでも、涼しい顔してスルーしてるんだな。

「ああ、すっきりした。ずっと受験勉強していてストレスがたまっていたのよ。あまりためこんで爆発させてしまうと、せっかくの努力が水の泡になるものね。聞いてくれて、どうもありがとう、尼ヶ辻さん」

 まただ、またあのにやにやなんだな。私が正しい、絶対なんだっていうカン違いした自信にあふれでるカンジだったんだな。トコ、今日この時間で、委員長さんのこと大キライになっただよ。

「今日の事は、誰にも言わないでよね。まあ、言ったところであなたが不利になる一方だけど。成績優秀の学級委員長と成績が中の下の部活バカさん、皆がどちらの言う事を信じるか、あなたでも考えたら分かるでしょう?」

 って言って、委員長さんは、何事も無かったかのよに帰り道を歩いてったんだな。

「……許せないんだな」

 平端だっだら「はア? 聞こえねー」ってスルーでぎるんだろな。前栽だっだら「委員長さんも闇の部分あるんやねー。なんかわざわざウチにストレス発散してくれて、おつかれっすー」ってやりこめるんだろな。もう、乾いた声しか出せなかったんだな。なっちゃんを一方的に「悪い人」って決めつけてたこと、すんげく腹立ったんだな。

 許せない気持ちが高まりスギで、アスファルトを踏みけったんだな。ただがむしゃらに、走りに走ったんだな。

「きゃっ!」「わっ!!」

 しまっだ、ぶつかっちゃったんだな! 

「ごめんなさいなんだな!」

 トコ、早く立っで、ひっくり返っだ相手を起こしたんだな。

「あいたたた……」

 その人、おしりをさすってよろめいでたんだな。小柄で白いスーツの女の人……、なっちゃんのサークルの先生だったんだな!

「ケガありませんか!?」

 先生を支えで、お洋服についてた砂ぼこりをはらうの手伝ったんだな。

「ええ、大丈夫よ」

「ホントに、すみませんなんだな!」

「いいえ、謝るのは私の方だわ。ごめんなさいね」

 明らかにトコのせいなのに、先生は優しく笑ったんだな。髪から、甘い香りがしたんだな。お花の香り、かな。

 先生、うまく立ち上がっで、伸びをしたんだな。

「私事だけどスランプ状態でねー。次の文学PRの寸劇、どうしようかなと考えにふけっていたのよ」

「そなんですか」

 なっちゃんとお姉さんたち、サンドイッチマンのほかに、お芝居もするんか~。PRって、なんでもしなきゃいげないんだな。

「あらー、なにかしら」

 トコの足元から、先生がなんか拾い上げたんだな。ハっ! ソレは……!

「いみじくかわいらしい絵ね。鯉?」

 なっちゃんに描いてた「ヌシさんシリーズ」なんだな! カバンのチャック、開いたまんまだっただか~! すんげく恥ずかしいんだな~!! でも、鯉だって分かってもらえで嬉しいんだな。

「鯉の絵かー……」

 散らばってた絵をかき集めで、ながながと見てたんだな。それがら手を止めで、なんにもしゃべんなくなったんだな。

「もしもし、先生?」

 どしたんかな、まさが、どっか痛くなっだんじゃ……、

「降りてきたわー!!」

 びっくりしだ~! 急にでっかい声あげないでくださいなんだな~!!

「ふふっ、ふふふふふっ。次回作は『雨月物語』に決定よ! 鯉ときたら秋成抜きでは考えられないわ。良し!! まずは配役から決めましょ。そして」

 そして、の続きを聞く前に、地面がぐらついたんだな。めまいかなって思っだら、揺れが激しくなっただよ! 大変、地震なんだな!!

「先生、ふせてなんだな!」

 トコ、先生をかばいに行ことしたんだげど、先生の体がピカッ! って真っ白に光ったんだな。化学の実験でアルミニウム燃やした時みだいな、まぶしぐて直視でぎない光がきたんだな!

「せん……せ……い……」

 光が広がっで、一面が白ばっかしになったんだな。変だな、めまいがするだよ……。地震だったはずだったのにな…………。







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