第五段:鯉しなば(二)
二
もう授業が終わっで、放課後なんだな。平端は寮の当番で、前栽は塾で先にいっちゃっだ。トコは、特にやることないがら、まっすぐお家に帰ることにしたんだな。とか言ったけど、そろそろ受験が近づいてるんだな。テレビとかマンガに手を出したくなるのをガマンしで、勉強しよ!
カバンをかけ直して、大学側の横断歩道で信号を待っでたら、
「おーい、早く来いよっ。おいてっちまうぞーっ!」
「なっちゃん?」
トコの反対側の道路を、なっちゃんが横切ってたんだな。学校では聞けない、明るいカンジの声だったんだな。でも、確かになっちゃんだったんだな。長~いポニーテールをはねさせて、弾むよに走ってたんだな。
「いっちにっ、いっちにっ!」
なっちゃんはセーラー服でもなぐ、ジャージでもない、緑色の動きやすそな服を着てたんだな。どっかで着替えたんか……あ、そか、サークル活動やってんだな! んだんだ、納得したんだな。
だげど、一つだけ変わっだとこがあったんだよ。なっちゃん、前と後ろにダンボールをつけてたんだな。コレって、サンドイッチマンってやつなんかな? だって、背中の方のダンボールに、こんなこと書いてあったんだもんね!
若き時は、血気うちにあまり、心・物にうごきて情欲多し、
身を危めて砕けやすき事、珠を走らしむるに似たり。
『徒然草』
なんか、哲学っぽい文章なんだな。「つれづれなるままに」ってゆるく始まるやつだよね。なっちゃんが選んだんかな? このシャープな字、なっちゃんの字だからさ。すんげくシブいんだな~。
なっちゃんが元気に走ってるんに、姿勢を低くして忍者みだく走ってる青い服の人が続いたんだな。この人もなっちゃんと同じよに文章入りのダンボール付けてたんだな。なんかの呪文じゃないんかってぐらい、字がびっしり列を作ってたんだな。
はしるはしるわづかに見つつ、心も得ず心もとなく思ふ『源氏』を一の巻より
して、人も交じらず几帳の内にうちふして、引き出でつつ見る心地、后の位も
何にかはせむ
『更級日記』
コレ、知ってるんだな! 二年ときに習ったんだな。んと、名前忘れだげど作者さんが子どもん頃に『源氏物語』読みたい~! っていってたら伯母さんがプレゼントしてくれたんだよ。前栽が「引きこもり系文学少女かい!」とかツッコんでたんだな。
あ、よく見だらなっちゃんの親戚の人なんだな。細っ、細いんだな! んで、薄いんだな! ダンボールとの間隔が異様に狭いんだよ! 風に吹っとんじゃいそうでハラハラするんだな。
「『源氏物語』、全巻ほしい……です」
親戚さんのつぶやきが聞こえたんだな。機械みたいな話し方なんだな~。『源氏物語』ってどこで買えるんだろ。きっとでっかい本屋さんとか、エラい人が常連さんの古本屋さんとかにあるんだろな。
「んだ……?」
トコの目に、ピンク色がちらついたんだな。なんだろって二度見しだら、モールとかスパンコールとかですんげくデコってるピンクのダンボールが、なっちゃんと親戚さんとおんなじルートを走ってるんだな。
ピンクばっかしのダンボールには、メルヘンチックな字が乗っかってたんだな。
走れ! メロス。
『走れメロス』
そのまんまなんだな! 太宰治が書いたんだよね。難しい漢字が多くで、テストの書き取りで苦しんだよな気がするんだな。
「どうして走らないといけないの? んもう」
四人目は、フツーのお姉さんだったんだな。あえて特徴をいうんだったら、赤い服と、チェック柄の缶バッチみたいな髪飾りなんだな。このお姉さんには、何て書いてあんのかな?
難波津に み舟はてぬと 聞こえ来ば 紐解きさけて 立ち走りせむ
『萬葉集』巻五・八九七番歌
『萬葉集』か~。額田王とか柿本人麻呂とか、そんなカンジの人が出てるやつなんだな。トコ、そん中の、なんとかのさらす手作りさらさらに~、っていう歌好きなんだな。さらさらさら~って音が気持ちい~んだよ。
「ふう、ふう……、みんなぁ、待ってぇー」
なっちゃんたちがいってすんげく時間が経っでから、メガネのお姉さんがやってきたんだな。だいぶバテてるんだな。そんでも全力で走ってるみたいなんだげど、歩いてるんとあんまし変わんない速さなんだな。だがら、体をはさんでるもんが、イシキしなぐてもよ~く読めるんだよ。
利にはしる人はお足を大事がり
『俳風柳多留』(川柳)
思ったんだげどさ、俳句と川柳って何が違うん? 五・七・五いっしょなのに、別々の名前ついてんのは、おかしいんだな。ていうか、胸、おっきいんだな! 走るたんびにダンボールの下でゆさゆさ揺れで、ジャマそなんだな。わ~、あっちで男子たちが鼻の穴広げてるんだな。やらし~んだな。
「ゆうひイエロー、自分のペースでいいわよ。あと少し、頑張れ!」
「はいぃー」
メガネのお姉さんをメガホンで励ましながら、自転車に乗った女の人がそばについてきたんだな。白いスーツとハイヒール、もしがして先生なんだか? 大学の先生って、もっどなんか、キビシそうなおじいちゃんっていうイメージしてただよ。
「文学PRは、体が資本! 走り込みで基礎体力を上げるわよ!」
女の人は首にかけてたホイッスルを吹いて、器用にペダルこいでたんだな。荷物置きんとこに「日本文学課外研究部隊、絶賛走り込み中!」ってのぼりが立ててあったんだな。
「日本文学課外研究部隊、か~」
あれが、なっちゃんのサークルの名前なのか~。カッコい~んだな……! それに緑、青、ピンク、赤、黄色って、五人レンジャーっぽいんだな!
なによりも、なっちゃんが楽しそに走ってたんが嬉しかったんだな。空大で個性的なお姉さんたちに囲まれで、にぎやか~にやってるなっちゃんを見れてしあわせだったんだな。
いつか、なっちゃんとあんなカンジに笑いあえる日がくればい~んだな……。
「おっはよ~なんだな!」
今日もなっちゃんに、元気に朝のあいさつ! えへへ~、トコ、なんだかいつもよりテンション上がってるんだよ~。だって、昨日は~、
「昨日はたんまげたんだな! なっちゃん、かわいい服着て、お姉さんたちと走ってただね~。背中に文章が書いてあっだげど、あれ、古典だよね? 一人だけ現代文だったけど」
「……」
あんれ? 反応があんまし良くないんだな。そだ!
「あの自転車乗ってだ女の人、サークルの顧問の先生? キレイだね~。髪の毛ツヤツヤで、目がパチッとしてで、女優さんみたいだったんだな! オトナの女性ってやつなんだな!」
「………………」
あんれれれ? なっちゃんの目が、眠い通りこして死んでるんだな。くちびるが、どんどんとんがってきてるんだな。しばらくしだらなっちゃん、口の先を少しだけ開いで、
「……帰れ西ノ京」
それだけ言っで、ジャージにくるまってだるまさんになっちゃったんだな。がが~ん。なっちゃん、今日は、あんまし気分良くないみだいなんだな……。もしかしで、サークルの話がいげなかったんかな。
「ごめんなんだな」
そんだけ言っで、回れ右したんだな。あれ? おかしいんだな。足が重いんだな。スニーカー、軽量モデルなんだげどな。なんでだろ、トコのぜんぶが重いカンジするだよ。おやつ、食べスギたわけじゃないのにさ……。
「しょぼぼんぼんなんだな……」
今日ほど授業終わるんが遅かった日は、無いんだな。囲碁部の男の子と名前間違えられたんは、別にヘコんでないんだよ。なっちゃんは、人の名前覚えんのニガテっぽいがら、仕方ないなっておいとけるんだげど……。無言で返されたんがツラかったんだな。だって、昨日はしゃべってくれてたのにさ……。なんで、なんで…………?
「おいトコ、テンション低スギ!」
「いでっ!」
後ろから頭はたかれたんだな! こんなことしてくんのは、
「平端ぁ~。もう、驚いたんだな~!」
「めんごめんご」
やっぱし。でも、当の本人は口笛ふいてとぼけてるんだな。
「ちょっとは反省してほしいんだな」
「えー」
「まーまー許してやってよ。ハタさん心配してたんやって」
また後ろからもひとり来たんだな。カバンと内嶺教育大学の赤本持ってた、十文字の剃りこみがトレードマークの前栽だったんだな。
「トコ、一日中落ち込んでたやろ? ウチもヒヤヒヤしてたんだぞ」
前栽は、平端とでトコをはさみこむよにしで肩を並べてきたんだな。
「ヒヤヒヤするこど、あっただか?」
「ありまくりですよ。ほれ、ハタさん言ったって」
漫才のネタ始めるみだいに、前栽が平端に手を向けたんだな。
「英語の訳でヘマするし」
「関係代名詞を疑問詞で訳しとったな」
「地理でボケかますし」
「カルデラをカルメラに聞き間違ってたな。うまそうやけど」
「ヤバかったのは、現文」
「朗読当てられて読んでたんは、『藤野先生』じゃなくて『こころ』! 学年いっこ戻ってね」
「頼みの体育じゃ、トラック逆方向に走ってさ」
「長距離エースの名が泣いてたぞー」
「うひ~」
平端のストレートなツッコミ攻撃からの、前栽の詳しい説明マジックが、トコにクリティカルヒットしたんだな。
「こんなんで、お先やってけるのか?」
ひじでグイグイ押してきで、平端がせまってきたんだな。前栽も赤本を開けながら寄ってきたんだな。
「内部進学ていったって、テストやるんでしょ? 気抜いてたらマズいよ。なっちゃんと行くんやろ?」
「んだ。でも、全然仲良くなれなぐて……」
トコ、何度もおしゃべりしたんだげど、なっちゃんはあんまし嬉しくなさそなんだな。どしたら、サークルやってる時みだいに笑っでくれるんだろ……。
「六年もおっかけてたら、コツぐらいつかめるもんじゃないのかよ?」
「う~」
コツ、か~。そんないぎなりきかれでもさ……。平端からの「六年」が、ずっしりくるんだな。でも、ぶっちゃけるど、トコ、なっちゃん歴長いわりには、つかめてないんだな……。
「参ったなこりゃ……」
くっそー、って、平端が頭をかきむしってたんだな。しっかりしでなぐてごめんなんだな。
「コレ、素朴な意見なんだけどさあ」
『?』
前栽が赤本から顔をあげて、ふと言ったんだな。
「なっちゃんが喜ぶような話題をフれば、いいんじゃないか?」
「お、前栽さんがめずらしくありがたいお言葉を」
指を鳴らしで感心してだ平端に、なんだとーって、前栽がニコニコしながら頭を抱きこんで腕ロックしかけたんだな。
「なんかないんか? なっちゃんが「わーい」てなりそうなネタ」
前栽が技をかけたまんま、たずねたんだな。
「わーいってなるネタか。ん~と、ん~と……」
考えてる間に、平端が「ギブギブ」ってもがいてたんだな。それはおいといで、なっちゃんが、わーいってなるネタ、ネタ、ネタ……。ん~と……。
「……知らないんだな」
ズコー!! とかいう音がつきそなぐらい、前栽と平端がずっこけたんだな。
「トコ、緊急ミッションだ。なっちゃんが喜ぶネタ探れ」
やっど前栽から自由になっで、平端が指令を出したんだな。
「食いもんネタでも、テレビネタでもなんでもいい。とにかく入手してこい。いいな?」
「三日経っても見つからんかったら、からあげチャン一週間おごりな」
「え~」
ネタ探すんはやるけど、からあげチャンはカンベンなんだな。というか、これ以上からあげ食べてたら、また太るだよ?
「トコ、ウチに太るぞとか思ってないやんな?」
歯を見せで、前栽が関節をバキバキ鳴らしたんだな。わ、絶対技かけよとするつもりなんだな~!
「いやいやいやいや、ぜっ、全然そなこと思ってないんだな!」
「おし、許す」
よがっだ、技かけるんやめてくれたんだな。
「うら、なっちゃんとの青春がかかってんだろ、さっさと行け」
って、平端が、トコの背中をすんげ~勢いで押したんだな。
「はい~!」
下駄箱の前まで飛ばされて、トコ、急いでミッションを始めたんだな!
って、テンション上げて出てったんだげど、ネタはどこに落ちてるだか? なっちゃんが喜んでくれそな話題……。走ること、は、なっちゃん好きだげど、それは反則な気がするんだな。走ることは、マジメに語り合いだいから……。
「いーって、いーって! 今晩泊まりに来いよっ」
「ハっ!?」
今、なっちゃんの声がしたんだな! トコサーチアイ、起動なんだな! さ~で、なっちゃんはどのへんにいるんだな……?
「いだ!」
空大の敷地の方で、なっちゃんが親戚さんと歩いてたんだな! トコ、バレないよにそ~っと、そ~っと、後をつけてみたんだな。
「深謀遠慮はいらねえっ! おばちゃんには、はなび様が直々に連絡してやっからよ」
「いいの……?」
「おうよっ!!」
お泊まりの話しあいをしでるみだいだったんだな。親戚さんはよぐなっちゃんとこに通ってるんだか。
「それより聞いてくれっ、古池のヌシなんだけどよ」
「あの、鯉……ですか」
「驚天動地っ、まさかのイケメンだったんだっ!」
ええ~っ! え、え~っ!? 落ち着けなんだな、トコ。古池って、学校の裏側にあるお池だよね。あのお池に生き物がいたんだ~! しがもヌシさんだってさ! すんげくでっかい鯉さんなんだろな~。
なっちゃん、コ~フンしてほっぺた真っ赤にしで、
「クリクリで、澄んでる目っ! ふっくらしたクチビルっ! 極めつけは品のある身のこなしっ! 文句ナシ、恨み・ねたみ・そねみナシの一騎当千、天下無敵のスーパースターイケメンなんだっ!!」
ヌシさんについてアツ~く語りだしたんだな。
「ネタ、ゲットなんだな!」
なっちゃんが喜ぶネタは、鯉さんだったんか~! こんなに早く見つけでい~んかなって思うけど、運が良がったんだよきっど。んだ、明日の朝イチに、平端と前栽に聞いてもらおっ!!
『コイ!?』
平端と前栽が、ものすんげくおっきな声を出したんだな。特に平端なんか、飲んでた桃ジュースを噴き出しちゃったんだな。
「古池にいるヌシさんのことだよ」
「あーびくった。そっち系かよ」
朝っぱらからインパクトありスギだろーって、平端が、口元を牛乳パックを持っでない方の手でぬぐってたんだな。そんなびっくりすることないだよ~。自分の席で寝てるなっちゃんに聞こえないよに気いつけで話しだのに。
前栽は前栽で、手作りの英単語帳にくぎ付けでさ、
「ほーん、Carpの方やったんだねえー」
とか言ってんだげど、開いてるとこは、全然「Carp」じゃないし、文字がすんげく多くて、意味フクザツそなやつだったんだな。
「なっちゃん、ヌシさんのこと、イケメンだって言ってただ」
『イケメン?』
二人とも目が点になってたんだな。
「鯉にイケメンとかブサメンとか存在すんの? イミフだわ」
壁にもたれて、平端がジュースを吸い上げてたんだな。最後らへんだったもんで、ズズズーって音たててたんだな。
「なっちゃんは、意外にも不思議キャラやったのですな」
「マジそれだわー」
話に入りながら単語帳をめくっでる前栽に、平端が相づちうってたんだな。
「それ、トコも思ってただよ~」
なっちゃん、タダものじゃないんは分かってたんだげど、ヌシさんにベタボレしでたんか~。鯉に恋するなっちゃん……。わ、ダメなんだな、オヤジギャグなんだな! 今の、ナシ!!
「で、尼ヶ辻選手はどんな作戦に出るわけ?」
ストローをかみながら、平端がきいてきたんだな。
「待ってましたなんだな!」
そ~いうと思って、トコ、作戦内容を描いてきたんだよ~。
「コレなんだな!」
順番に並べたルーズリーフ四枚セットを、二人に見せたげたんだな!!
〈トコの、嵐を呼ぶお絵かき大作戦!!〉
①ヌシさんの絵をいっぱい描く!
②なっちゃんにあげる!
③なっちゃん喜ぶ!
④ヌシさんの話で盛り上がってお友達!
「……なるへそ。案外イケそうなんじゃね? お絵かき大作戦」
平端が作戦の紙をくり返し眺めで、あくびまじりでホメてくれたんだな。
「トコ、絵心あるもんなあ。③のなっちゃんのデレ顔、激カワイイやんか」
「前栽、マジでなんだな!?」
「マジ、マジ。これいけるよ、いけるって!」
「ありがとうなんだな! トコ、今度という今度は、なっちゃんとお友達になるんだな!」
やる気満タン! カワイい鯉さんの絵なら、トコにまかせるんだな! 次の授業が始まるまで、できるだけいっぱい描いてみるんだな!
「よーっし、ヌシさんの絵をいっぱい描ぐぞ~!!」
大好きなヌシさんで、なっちゃんに喜んでもらうんだー!!
「ヌシさん、ヌシさん……」
トコのルーズリーフに、鯉さんがいっぱい泳いでるんだな。でも、あんましカワイくないんだよ。いつもだったら丸っこい目とか、のんびりしたお顔がすんなり描げるんだげど、気合い入れてやろうどすっど、うまくいがないんだよな。
「傑作じゃないど、なっちゃんに見せられないだよ……」
「尼ヶ辻さん」
「はいっ!?」
わっ、たんまげた~! 時進先生が前にきてたんだな! 眼鏡を光らせて、ルーズリーフをのぞいてるんだな……。
「授業中です。絵でしたら、休み時間でも描けますよ」
そうだったんだな。今は古典の時間だったんだよ。ちゃんと聞いとかなきゃって、切り替えてたはずなのに、トコ、気づいたらまたヌシで頭いっぱいだったんだな。
「ごめんなさいなんだな、先生」
「次から気をつけてくださいね」
「はいなんだな」
そだ、反省! もうしないって決めで、真面目に授業受けるんだ。えっど、本を開くんだな。あんれ、どごまでいっでるんだっけ? みんなの机を見よとしだら、
「教科書一八六頁、『夢応の鯉魚』二段落目です」
先生が、自分のを見せて教えでくださったんだな。ありがどうございます。
「それでは尼ヶ辻さん、読んでください。『一とせ病に係りて』から、どうぞ」
「はい! 『一とせ病に係りて、七日を経て忽ちに眼を閉ぢ息絶てむなしくなりぬ。』……」
「そこまでです。読んだところを訳してください」
え~っ!? そんな、いきなり現代語訳はムズかしいんだな。言葉を辞書でいっこずつ調べていかないど……。
「ひととせ? 一年のことかな?『一年間病気にかかって、七日が経ってたちまち目を閉じて息絶えて、むなしくなってしまった』?」
「大体は合っています。ですが『『ひととせ』は果たして『一年間』なのでしょうか。そして、『むなし』は、現代とは別の意味があったはずですよ」
「別の意味って、え、えっど……。すみません、覚えてません!」
『むなし』って、他に意味あったのか~……。時進先生、『あと少しだ、頑張れ』って目で応援してっけど、トコ、ここでギブアップなんだな。
「『むなし』については、後ほど解説します。テストにも出しますから、必ずおさらいしておいてくださいね」
トコのばか、ばか、ばか~! 古典は読むの好きだげど、意味をとることはニガテなんだな。頭、良くなりたいんだな。そしたら、もっと古典が、勉強が楽しくなんだろな。
「では、違う人に補足をお願いしましょう……」
先生、トコの席から離れていっちゃったんだな。誰を当てるんかな?
「夏祭さん」
「ん……?」
「先ほどのところを詳しく訳せますか。はい、下を向いていないで」
「おうよ……」
なっちゃんは、寝かけてた体をゆっくり起こしたんだな。んで、ため息ついて、開きっぱなしの教科書に目を落としてたんだな。
「さあ、どうですか」
「『ある年に病気にかかって、七日経ってたちまち目を閉じて、息絶えて亡くなってしまった』」
あっさりとそんだけ言って、なっちゃんはまたうつむいたんだな。だげど、先生は穏やかに笑って、
「はい、良く出来ました。『日本文学課外研究部隊』に入ってから、自然な訳が出来るようになりましたね」
なっちゃんのこと、ホメてたんだな。そっから先生、満足したカンジで教壇の方へ戻ってったんだな。
「そうです、『ひととせ』とは『一年』の他に、『ある年』という意味もあるんです。また、形容詞『むなし』は『死ぬこと』の遠回しな表現、つまり婉曲表現を持っておりまして……」
黒板に書いであった本文と現代語訳を写しながら、トコ、解説を聞いてたんだな。鯉さんに夢中になってだもんだがら、書くとこ大量にあるだよ~。しがも、トコ、写すん早くないがら、書き終わりかけだら、また新しく写すとこが増えてって、あたふたしちゃうんだな。
トコ、やりだいことができたら、そればっかしになっで余裕なくなるクセがあるんだな。試合近い時だって、フォームのことばっかし考えてて授業のことほったらかしで、上の空だったんだな。そんなんだがら、トコ、成績あんまし良くなんないんだよ。頭いい子は周りを見れる余裕があっで、集中しなきゃいけないとこ集中できるから、やったとこ忘れないしテストで高得点とれんだろな……。
「はじめからしっかり聞いとけばよかったんだな……」
ひとりごとみだいなこと言っでみたげと、トコには似合ってなかったんだな。自分にダメ出ししてがら、ちらってなっちゃんを見たんだな。教科書を壁にしで、首から下しか見えなかったんだな。朝からあんな調子だったけど、最近寝てないんかな? サークルではしゃぎスギて、疲れちゃってるんかな。でも、訳はデキてたけどさ。
「尼ヶ辻さん、写せていますか? 右半分消しますよ」
「わ~、まだ消さないでくださいなんだな~!!」
クラスのみんなにドッ、って爆笑されたんだな。別に冗談言ったんじゃないのに~!
「古典、やっぱしニガテなんだな……」




