第四段:ねてもさめても(一)
一
今日の二限目、いきなり休講になってしもうたわぁ。「音楽理論基礎B」、楽しみにしてたのにぃ……。
休みになったものは仕方ないから、図書室にでも行ってみよか。空いた時間は、しっかり使わせてもらわなあかん。うちは、A・B号棟からてくてくと、研究棟を通り過ぎて目的の場所まで歩いていった。そしたら、ちょうど図書室の前で、背中から何かが聞こえたんや。
「…………ひさん……」
最初、気のせいかなぁて、放っておいたんやけど……。
「ゆうひさん……」
うちのこと呼んでる?しかも、よう知ってる声やわ。
「夕陽さん……」
「はい!?」
振り向いたら、やっぱり見慣れた人やった。黒いベストとズボン、白のカッターシャツいうシックな服装。しかも手足が長くて、至るところが細い女の人やったんや。
「あれま、唯音先輩」
唯音先輩は、うちと同じ「日本文学課外研究部隊」に入ってはるんや。うちの担任の先生・安達太良まゆみ先生が顧問をされてる、日本文学の面白さをぎょうさんの人に伝えるための集まりなんやよ。
「ふええ、どないしたんですか?」
あかん。すばやく動きすぎて、メガネがズレてしまった。ネジが弛んでるわけやないねんけどなぁ。普段通りにさっさと位置を戻して、うちは先輩に改めてごあいさつした。
「すみません……です」
ゆっくりとおじぎして、先輩がささやくような声で謝りはった。
「そんな、謝らなくてもええですよぉ。うちがぽけーっとしてたんです。こちらこそ、すみませんでした」
「今、いい……ですか」
「いけますよ?」
ちょっとだけ、胸がどきんとする。だって、唯音先輩を見てると一瞬かっこいい人やなぁって思てまうもん。下手に気取ってる男子より数倍ええビジュアルやからなぁ。物語に出てくる貴公子を現実に再現させるんやったら、先輩みたいな人やわ!
「教えて、ほしい事が、ある……です」
あれま。そんなん仰るなんて、畏れ多いですよぉ。でも、今日の先輩様子が変やな。すごく焦っているような気するけどぉ……?
「うちで良ければ、力になりますよぉ」
「言いにくい話、申し訳ない、どうか、聞いて……です」
びっくりしたんは、先輩の言葉が多かっただけやない。話す時に恥ずかしそうにしていたんや。クールな唯音先輩に、あるまじきこと。―これは、ただ事やない!!
「はい。聞かせてください……」
うちは、おそるおそる訊ねてみた。そしたら、先輩がだんだんうちに寄ってきはって、真顔でこう言いはったんや。
「恋文の、書き方、教えて…………です」
コイブミ、こいぶみ、恋の文、懸想文、艶書…………ラブレター。
ラ……、ラブレター!?
「うえええええええええええええええええええっ!?」
あかん、つい遠慮なく叫んでしもうたわぁ! 通りすがりの人が「お昼どきに何や!」てにらんではる。はわわ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!!
せやけど、黙ってられへんやんかぁ。あの唯音先輩がラブレター!? ふえええ、えらいこっちゃ……。




