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第二十段:けふ咲く花の いやしけ吉事(よごと)(四)


     四

 卯月もそろそろ下旬に入ろうとしていた。

「週の始まりは、背筋がしゃんとなるわね」

 研究棟の廊下に、白いハイヒールが鳴る。

「朝の太陽は、良し! まるで、はっさくのようだわ」

 白いスーツを上品にまとい、ネックレスに通った銀の弓矢が輝く。

「悔いのない一日にしましょ」

 藤色の組紐飾りを結んだ鍵と、源氏(げんじ)(こう)御法(みのり)」が彫られた板のストラップをつけた鍵を握り、気の赴くままに作った曲を歌う。組紐は彼女の個人研究室、源氏香は彼女が所属する学科の共同研究室を開ける物だった。

 右手に、日本文学国語学科の研究室が並ぶ。

 二〇七号・国語学担当、真淵(まぶち)丈夫(ますらお)准教授。真淵は研究棟にあまり姿を見せない。兼務している附属空満図書館の研究室にいらっしゃることが多かった。それでも突然不在になるので、学生達が目撃情報を送り合って学内を走り回るのだ。

 二〇六号・中世文学担当、宇治(うじ)紘子(ひろこ)准教授。扉に貼っている所在ボードと課題ポストは、いちご柄でかわいらしい。マスキングテープに最近凝っている様子。趣味のお菓子作りと手芸で、学生が気兼ねなく訪ねられるよう工夫していた。来月、学科サークル「中世輪講(りんこう)」を始めるのだとか。

 二〇五号・近現代文学担当、(もり)エリス准教授。受け持つ四回生から卒業後についての相談が急に増え、心を砕いている。副顧問を務める演劇部「ゲスタンニス・アイナー・マスケ」のクラブオリエンテーションで、初めて脚本を書かれた。入部者が歴代最多の快挙を成し、次回作の構想を練っているそうだ。

 二〇四号・近世文学担当、近松(ちかまつ)初徳(そめのり)教授。卒業式以降、あまり見かけていない。戯曲の仕事で立て込んでいると伺っている。ご自身が手がけた長編ラジオ劇に出演することが決まった。監督(女性)が、教授の声に惚れ惚れして役を足させたのだとか。

 二〇一号・中古文学担当、土御門(つちみかど)(たか)(あき)……教授。王朝(おうちょう)文学講(ぶんがくこう)読会(どくかい)に今年、一回生が二人入った。風の噂によれば、他学科の三回生が興味を持っている、と。数学科の男子だったか。立て直しに貢献したのだから、ご褒美をくれたって罰が当たらないはずだ。一週間、青垣(あおがき)(やま)盛りカレーライスはどうだろうか。昼食をかけた勝負、今年度は教授にまだ勝てていない。余談だが、本日、方違(かたたがえ)により二限は臨時休講である。

「ああ、おはようございます」

 後方で、扉がひとりでに閉じる音がした。主任の(とき)(すすみ)(せい)教授が二〇八号を出られたのだ。主任といえば、脇に抱えている書物。題名が何か、彼女は毎日楽しみにしていた。

「おはようございます。『続・新日本語文法』ですか。ご子息との共著ですわね」

「はい。長男が、前著の不足部分を補ってくれたんです。子は親を追い越すといいますが……研究者としては、新米です。教えるべきことが多くて苦労します」

 主任は老眼鏡の奥で、穏やかなまなざしを注がれていた。占いに一喜一憂する雅なつるつる教授とは大違いの黒々とした髪だ。実は、五人の子の父にして六人の孫の祖父である(全員、男)。

「ご子息は五人とも、社会で活躍していらっしゃいますわよね。巣立っても、気にかけるものですか? 私は親になっておりませんから、あまり……」

「この世にいる限り、子を思わない日はありません。先生が、出会ってこられた学生を、卒業しても意識されているように」

 首を少し傾け「そうでしょう?」と主任が目配せした。

「世話は妻に任せきりでしたので、偉そうに親とは何かと語る身の上ではないですが」

 主任は本のジャケットに印字された「時進誠一(せいいち)」を二本の指でなでて、顔を上げる。

「『スーパーヒロインズ!』の皆さんを、これからも見守ってくださいね。これは、主任として命じたものではありません。分かりますね、安達(あだ)太良(たら)まゆみ先生」

 校歌が国原(くにはら)キャンパスに、一限目の始まりを知らせた。



 新学期は、そぞろ神に憑かれやすいのか。

「柄にも無いよね……」

 I号棟図書室にて、大和(やまと)ふみかは「9門・文学」の書架を前につぶやいた。

「でも、こうした方が、活動の時に楽だし」

 古典、上代文学、と目を移し、『萬葉集』の見出しが差してある列にかがむ。二限の「日本文学演習A」で先生が出した謎を解くための本を求めていた。

「お母さんには、熱でもあるんじゃないの? なんてびっくりされたけれど」

 上着の袖をつまんで、ふう、と息をはいた。三回生になって最初に登校する日、赤いパーカーから赤いスタジアムジャケットに替えた。母が仕入れてきた特売品をこだわりなく着ていたふみかが、自分で店へ足を運び、選んだ物だった。母・歌子(うたこ)は複雑な心境であった。遅ればせながら娘がおしゃれに目覚めたのは喜ばしいが、明日の天気は豪雨だ。娘の椿事で、洗濯物が干せなくなったではないか。

 母の肝を潰させる変化が、もうひとつあった。

「ふみちゃん、おつかれぇ」

 ふんわりした髪に黄色いリボンを結んだ秀才・本居(もとおり)夕陽(ゆうひ)が、肩に軽くふれた。くたびれていなくとも会えば「おつかれ」、日本文学国語学科生の慣わしである。

「『ことのはじき』と『敷島(しきしま)』のダブル、普段着にもよう合っているわぁ。ふみちゃんには、赤やよ」

「親の反応は、いまいちだけれどもね」

 スタジアムジャケットの他に、日常でもパッチン留めを付けるようにしたのだ。顧問の贈り物で赤地に黒いチェック柄の円いおはじき「ことのはじき」と、故祖母との思い出が詰まった辰砂(しんしゃ)のおはじき「敷島」が、親子または夫婦のように隣りあっていた。

「電車の中で読む本を、探していたん?」

「ううん、演習でちょっとね」

 『萬葉集』で最も多く詠まれている花は、なあに? 反対に、少なく詠まれている花は? 我こそは答えむ! という人は来週この場で教えてちょうだい。

「『萬葉集』にみられる花について取り上げている資料やね。多いんは(はぎ)や思うんやけど、少ないは、なぁ……」

 黒縁メガネのブリッジをおさえて、夕陽は本の列に指をかざしてゆく。自然に手伝ってくれて、ありがたい。

「まゆみ先生って、じっくり調べさせたり考えさせたりする問題がお得意だよね。一回の最終試験は、まさかの校外」

「『日本文学講読A』やろぉ。せやせや、大問(だいもん)五、歌碑一基(いっき)を見つけに行って、その歌を解説せよ、やったねぇ。範囲は、(みね)(のべ)(みち)(そら)(みつ)ルート。九十分まるまる、手足をフルに使って答えたなぁ」

 驚異的な記憶力を持つ夕陽が、忘れるはずはなかった。

「伝説のテストて語り草になっているんやから、安達太良先生は偉大やわぁ」

「いろんな意味で常軌を逸した先生だからね」

 ふみかと夕陽の担任は、放課後でも枚挙にいとまがない伝説を持っていた。それもそのはず。だって、まゆみ先生は……

「ふみちゃん、この本やったらどないかな?」

「いけそう。ありがと」

 他に調べてきた人がいたら、答え合わせしよう。

「ついでに『万葉秀歌』上下借りよう……う」

 意識せずとも視界に入ってくる、まゆみ先生の著作。それらの右に、安達太良弓弦(ゆづる)氏の新書が続く。

「親子で配架されているんかぁ、素晴らしいなぁ。新刊のコーナー見てへん? 先生の()本入っていたで」

「『萬葉の冗談』だっけ。(まきの)(だい)十六について書いているみたいだね」

「ぱらぱらめくってみたんやけど、文体が今までのより硬めやったで。お父様の研究を追った形やからやろか。おなじみの著者写真は、お父様とのツーショットなんやよ。安達太良先生が二十歳のお誕生日を迎えられた時のやて」

 成人したての担任を、ふみかは頭の内で描いてみる。それなりに初々しかったのではないか。振り袖も白だったのか? ぽわぽわした綿毛みたいな襟巻きをして。そういえば、あれの名前は何だ? 狐あるいは羽毛?

「じゃあ、借りてきます」

 三冊と、ついでに『萬葉の冗談』を窓口に持ってゆくと、

「…………」

 仁科(にしな)唯音(いおん)が入館した。

「唯音先輩」

「ふみかさん……?」

 コバルトブルーの三つ揃いが、細長い身体をぴったり包む。見入っていたふみかは、真後ろの学生に列ができていることを指摘され、急いで貸出手続きを済ませた。

「ふう、面映(おもはゆ)かったよ」

「私が、原因……ですね」

「そ、そんなことないですから」

 職員が「お静かに」と人差し指を立てる。ふみかはうつむいて静かに夕陽の元へ戻った。

「あれま、先輩やないですか。こんにちはぁ」

 深々とおじぎする夕陽に、唯音も同じ動作をした。

「白衣は着てはらないんですね」

「C号棟で、洗濯している……です」

 今年から修士課程の唯音は、図書室横のC号棟に数日泊まり込みで研究していた。

「気分転換に、DVDを、借りる……」

 ついてくる? と唯音は目だけで語りかけた。湖のような瞳は、映した者を引き込む魅力があった。

「二階ですよね、ご一緒させていただきますぅ」

 唯音と夕陽の後ろに、ふみかはとぼとぼ歩いた。いわゆる映像資料を閲覧したことがなく、この機会を逃せばのぞかないままだろう。足取りが重い理由は、今年度二階に設けられた学習スペースにあった。

「変わった形の机を置くんだったら、新書と文庫を増やしてほしかった」

 踊り場で夕陽が振り向いた。

「アクティブラーニングゾーンやね。確かに、違和感あるやんなぁ。うちも初めは、静かにせなあかん場所で講義や討論するんはどないやろぉて思っていたわ」

「でしょ。あと、洗練されすぎた雰囲気がやだ。空満だよ、ど田舎ですよ? 流行りに乗っかったからって、名門校には及ぶわけないじゃない」

「辛口……ですね」

 唯音がせせらぎのような声を発する。

「新しいものを取り入れないと、経営が傾く一方なのはなんとなく分かるよ? 私立だもの。だけれど、そこじゃないというか……」

 ふくらはぎの痛みに、ふみかは口をつぐんだ。

「学生の意見に耳を傾けたくても、大学にはやむにやまれぬ事情があるんやよ。行政も似たようなんとちがうかなぁ?」

 体育館側(ふみか達から見て左)が音声・映像資料と視聴ブース、中央は新書と海外文学の文庫、例のアクティブラーニングゾーンは研究棟側に配置されていた。アクティブラーニングゾーンは、さらに「オレンジゾーン」と「ライムゾーン」に分かれ、前者は予約制で少人数の講義やプレゼンテーションに、後者はグループ学習など自由に利用できる。

「カーペットの色で仕切っているから、分かりやすいわぁ」

 夕陽は頬に両手をあてて、妄想をふくらませた。憧れの人にある文庫をすすめられ、頁をめくってゆくとカードがはさまっていた。「午後四時半に、ライムゾーンへ」流麗なペン字に、沁みる乙女……楕円の机と矢形の机を合わせて、秘めやかな勉強会…………。

「あの、夕陽ちゃん、帰ってきてくださーい。意識に羽が生えていますよー」

 後は執筆ノートに書き留めていただこう。

「本に、メッセージカードを、はさむ、参考にする……です」

「どういう場面で使うんですか」

 メモを取る唯音に、ふみかはため息をついた。明晰な頭脳をお持ちなのだから、もっと有益な情報を吸収してもらえないだろうか。

「映画を見るんですか? それとも、山岳とか深海?」

 癒されたいのなら、動物もありだ。ふみかは土曜の早朝に、録画していた犬の番組を流す。黒い柴犬と秋田犬だといっそう活力がわく。

「タスバー・ギートン……」

 聞き覚えのあるような、そうじゃないような。小首をかしげるふみかに、夕陽が教えてくれた。

「昔の喜劇俳優やよ。無声映画によう出ていたんや。子どもの頃、ローカル局で傑作選やっていたわぁ」

台詞(せりふ)が、無くても、面白さが、伝わる、技術を、知りたい……です」

 ごっそり全巻抜き出して、唯音は淡々と回れ右をした。ふみか達は歩調を速めて追う。

「貸出は三十点までですけど、期限までに消化できるんですか」

「三日あれば、全て、鑑賞可能……」

「夜通しご覧になるんですかぁ? お身体を休めた方がよろしいんやないでしょうか」

「睡眠時間は、五時間確保、している……です」

 一階窓口へ、首に下げていた学生証を提示して、唯音はその場で固まった。

「ヘッドホンを、付けなければ、ならない……です」

「音量を小さめにしたら、うるさくないんじゃありませんか? 研究室なんですよね?」

 夕陽がポン、と手を打った。

「あのお話、進んだんですね!」

「な、何よそれ」

「ふみちゃんは席を外していたやんなぁ。先輩は、額田(ぬかた)先輩に二人暮らしせぇへんか持ちかけられていたんやよ」

「うそ!?」

 いつの間にか手提げ袋にDVDを入れ終えていた唯音が、会釈する。

「先週末から、引っ越した……」

 共同生活になると、いくら友人といえども配慮しないとならない部分がある、か。

「お友達と新生活て、るんるんですねぇ。えぇなあ、うちもやってみたいんやけど、両親との兼ね合いがぁ」

 押し切れそうにもない反対をされるだろう。下手したら、結婚相手に同居を強いるかもしれない。

「お祝いしたいね。欲しい物あれば、教えてください。あ、私たちの予算を超えない範囲でお願いします」

「ペアの食器やろうかぁ……。スープセットみたいなレトルトはあれば楽やんね」

「…………」

 唯音は、張った手提げ袋で顔を隠した。



「おツカれデス☆」

「よっ、おつかれ」

 研究棟二階の空き研究室二〇三号、通称・二〇三教室で、与謝野(よさの)・コスフィオレ・明子(あきこ)夏祭(なつまつり)(はな)()がふみか達を迎えた。

「だいぶ待たせてもろたかなぁ?」

「心配無用っ、あたしら今着いたとこっ」

 華火が軽やかに椅子から降りて、窓際の白板に本日の予定を書いた。右半分は既に、明子が描いた少女漫画風な隊員の似顔絵で埋められている。

「まだ慣れないんだよね、華火ちゃんの私服」

 この間まで附属高校の制服であった。

「大学生ってよ、毎日の格好考えねえとなんないんだよなっ。その点、セーラーは楽ちんだったっ」

 達筆な「出張! 都々逸(どどいつ)大会」に、華火は満足した。ミントグリーンのトップスとデニムの短いキュロットスカートが、活発な彼女にぴったりだ。

「面倒ニ思わナイでクだサイ! コーデヲ組ムのハ、乙女ノ楽シミにシテ嗜ミなんデスよ」

 袴からのぞく編み上げブーツでわざとらしく足音を立て、明子が諭す。近代の女学生コスフィオレ(コスプレ)にはまっているそうだ。牡丹柄の着物は、和裁を習い始めたばかりだとは思えない完成度である。

「これ、姉ちゃんに選んでもらったんだっ。あたしよかセンスあるだろっ?」

 当の姉ちゃん―従姉妹の唯音は、まあそれほどでも、な視線を華火に送った。

「ウェイト、今後モいおりんセンパイにオマかせスルんデスか?」

「うげ」

 明子は両手を腰にあてて、唇をへの字に曲げた。

「図星っスな!? 花ノ女子大生デスよ!? ココで女子スキルをアップしナイで、いつスルんスかー!」

「無理して上げるもんじゃねえっての……。ってか、学生の本分は勉強だろよ」

「単位ゲットしツツのスーパー女子デス☆」

「落としといてえらそうに言うなよな、与謝野明子。しかも専攻科目っ」

「にゃあーにーをー!!」

 明子と華火は室内をぐるぐる、追いかけっこを始めた。

「前より仲良くなっていない?」

 窓際に寄って、ふみかが夕陽に訊ねた。

「日本文学国語学科の先輩と後輩やもん、どないしても距離が縮まるやんかぁ。合宿であんなことがあったんやで、パーフェクト・ザ・ニコイチ」

「ああ……」

 新入生歓迎合宿、毎年卯月第一週に学科別で行われる。この地で開かれた「空満神道(しんとう)」の大教会に一泊して新入生同士、先輩とのつながりを深めるのだ。

 幹事は二回生全員、学科の特色を出したレクリエーションを用意する。そのひとつ「パーフェクト・ザ・ニコイチ」は、一名の鬼役が特定の服装や趣味などを口頭で伝え(例えば、メガネをかけている、読書が好き)当てはまる人同士で手をつなぎニコイチ(二人組)を作り、輪になって並ぶ。誰とも手をつなげなかった人が次の鬼になり……を当分繰り返す。明子と華火は偶然にも八回、ニコイチになった。

「付き合うたらえぇねん、て周りにはやされたんやて」

「私たちみたいだよね、一回の時、女子の皆に『大和夫妻』ってつけられたじゃない」

「なんでかふみちゃんがお父さん役やったなぁ。合宿中によう二人でいてたから……」

「い、いやあ、でもね、そんなんじゃないでしょ。まあ、古典でけっこうあるけれど、同性の恋は。別に、いけないとは思わないよ?」

「公共の福祉に反してへんかったら、やろぉ」

「うん……。向こうは悪意があっていじっているわけじゃないって信じたい、けれども、色恋沙汰の方面に持っていかれるのは、正直きつい」

 ふみかは天井に顎を上げて、少しして戻した。明子と華火は、唯音の腕をつかんで取り合っていた。

(はらえ)で心を『読め』たら、くよくよしないですむのかな……なんてね。かえって疲れそう。もしするとしても、行使できにくくなっているもの」

 ふみかの掌ににじんだ「祓」は、薄まっていて緋の鮮やかさを失っていた。

「うちも、障りを(はろ)てからアイデアが、あんまりぶあーて浮かべへんなっているわ」

 夕陽が髪を飾るリボンと鈴に「祓」をひねり出すも、淡くて儚い蒲公英の色にあせていた。

「やけど、弱まってえぇんとちがうかなぁ。障りはもう来ぉへんねんや、うち達が日常を送れるようになった証拠なんやよ。神様の力を、うち達がいつまでも自由に使うものやない」

「……だよね」

 二人は目配せして、唯音を助けにいった。夕陽が明子を、ふみかが華火を引きはがす。

「けんかはおしまいやでぇ」

「違いマス! 明子ハ、はなっちニよる苦役カラ、センパイを解放シヨうト」

「はあっ? 苦役を課してるのはてめえだろっ、メイド服の猫耳に脳波センサー付けろとか私利私欲っ!」

「はい、はい、訳なら後で聞くから離れて。先輩が痛がっているよ」

「明日は、筋肉痛……です」

 とりあえずごたごたを収め、衣服の乱れを整えていたら、

「あらー、ここだけ春の野分(のわき)が訪れたのかしら? にぎやかな声が廊下にも響いていたわよ」

「ほえ」「…………」「だっ」「はうあぁ」「へにょ」

 切り揃えられた短髪と目力強めの化粧、白いスーツにストラップハイヒール、弓矢を象ったペンダントがきらりと光る。司令官と呼ばれたい顧問の名前は、

「毎度毎度いきなり入ってくるんじゃねえよ、あらたしまゆみっ!」

「ふふっ、夏祭さんの語彙は日文に来てますます増えているわねー」

 魅惑の不惑による、余裕の笑み。さあ、顧問の名前は……

「どんな時でもまっさらな態度で臨む、私の名前は、安達太良まゆみ!」

 カメラが三台以上置かれている体で、司令官はキレのある様々なポーズを決めた。

「あなた達、今日も楽しく文学PRを始めましょ!」

 明子は軽快に敬礼をし、夕陽は背筋を伸ばしてうなずき、華火は犬歯を見せて笑い、唯音はゆっくり目を細めて、ふみかは照れくさそうに返事する。それから各々のロッカーを開けるのであった。


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