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第二十段:けふ咲く花の いやしけ吉事(よごと)(三ー二)

「わー、すげ。マジで同じ顔じゃん」

「双子っていわれてもおかしくないよね」

 平端(ひらはた)前栽(せんざい)にびっくりされ、冬籠(ふゆごもり)凍莉(こおり)は平らな胸を張った。

「至極当然ですのっ! なんてったって凍莉は(はな)()の」

「だあーっ、タンマ、タンマっ!」

 夏祭(なつまつり)華火が相方の口をふさぎ、駅ホームの隅に連れ出す。

「ややこしくなっから、あたしのコピーとかあんドーナツとかは禁止だっての」

「あんドーナツ? アンドロイドですのっ、失礼千万ですのっ」

 逆さにしたソフトクリームみたいな髪の先っぽを握り、あごの下まで持っていって凍莉はふくれた。

「真実一路っ、一切合切洗いざらい打ち明けますのっ!」

「だーかーらー、ヘンなとこ律儀にすんなっ!」

「ひゅうう!」「むうう!」

 にらめっこする小柄な二人を、平端と前栽が面白そうに眺めていた。

「トコが友達になろっ、て思うの分かるわ。なっちゃん、かわいいもんな」

 平端がキャスケットのつばに指をかけて、ふすっ、と笑う。休日なので濃いめにメイクをしてきた。自慢の厚い唇には、特に気合いを入れて、ピンクゴールドのグロスを塗った。髪を結んでくっつき防止は万全だ。

「妹要素がぐいぐいきてるやんね。なっちゃんの魅力、大学では伝わってくれよー」

 前栽は、骨太な腕に力こぶを作った。特徴であった剃り込みは、去る受験と、入学すぐに行われた学科内クラス振り分け実技テストで養生せざるをえなくなった。美容室は皐月の連休に予約済みである。担当の美容師(密かにアタックしている)と、どういう路線で剃るか話し合い中だ。

「すのーちゃんのヘアピン、オシャレじゃね? 雪の結晶、どこで買ったんだろ」

「すのーちゃん! 平端、早速あだ名つけましたか」

「ですの、ですの、つってるから、すのーちゃん。名前だって北国ぽいし」

 その「すのーちゃん」が、「なっちゃん」と肩を組み、足並み揃えてこちらへ戻った。両者とも底抜けに明るい顔をしていた。

「どした?」

 平端が怪訝そうに訊ねる。

「なんもねえよ、なんも。なっ、こおりっ?」

「ひゅひゅひゅっ、そうですわっ。ねっ、華火っ?」

 火炎と氷雪がせめぎ合う情景が、平端には見えた。あーね、競争でなら通じ合える仲か。陸上やってていっぱいいたよ。

「おたくらがうらやましいわ」

 とりあえず二人をなでた。ご利益ありますように。

「前栽、トコはまだ決めらんないカンジ?」

「そうやね」

 自動販売機に視線を移して、前栽は手を振った。 

「トコー、もうええぞ、電車が来る」

「ええ~!!」

 トコ……尼ヶ辻(あまがつじ)とこよが、鳥の巣みたいな頭をおさえて走る。五人の中で身体能力(おまけに背も)が高い彼女は、三秒あれば充分だった。

「ごめんなんだな~。スポドリかオレンジサイダーかで迷っでだら、ミルクセーキが誘惑しで……」

「着いたらまた見てこいよっ、凍莉がアイス足りねえっつってるし」

「とこよもアイスにしますのっ。シェアできて一石二鳥ですのっ!」

「得すんのてめえだけだっての」

 乗り降りする人々を通すため、五人はなるべく奥へ詰めた。目的の駅まで、あと三駅。

「グラウンドでは鬼神(きしん)になんのに、普段はおとぼけなんだよな」

 平端の言葉に、前栽が太い首を縦に振る。

「熊、タイタン、風神エトセトラ、トコは行く会場の先々で異名呼びされるんやわ」

「たくみらにはねえのかよ?」

「ウチか? なんやと思う? 大砲。がっはっは、そのまんまや!」

 砲丸投げ専門の前栽たくみは、華火に口をがばっと開けて胸を叩いてみせた。

「そんで、平端は」

「ストップ。なっちゃんとすのーちゃんにクイズってことで」

 目をしばたたかせる華火と凍莉に、とこよがほんわかとヒントを出してあげる。

「平端は走り高跳びとハードルが得意なんだな! んで、部内ではお色気担当だよ」

 あっさりしたピースサインを送る平端。正解なるか?

『はいっ!』

 挙手と声が重なった。

跳躍仙女(ちょうやくせんにょ)だっ!」「飛翔(ひしょう)美人(びじん)ですわっ!」

 前栽があわてて手帳を出し、ペンを走らせた。大学入試英語リスニング正答率九割の実力である。

「はい、ブー」

 解答に平端のきらめく唇がすぼんだ。

「正解は、ホッピングバニーっす。しだいにめんどくなって、短くバニーにされた」

 お色気要素は、おそらくハイレグ衣装のうさぎ耳・しっぽ美女を連想して、だろう。

「パチパチ弾けるキャンディー入りのアイスみたいですのっ! 凍莉ハマってますのっ!」

「あたしは、米国(アメリカ)コミックのヒーローっぽいなって思った」

 なんだかんだウケが良かったそうで、平端は面映くなった。

「平端のはシャキン! てしでて、前栽のはどっしり! てカンジですんげくうらやまし~んだな。トコは、ずんぐりむっくりなんだな……」

「熊イケてるじゃねえか、天下無敵っ、山の王者っ」

「ううう~、なっちゃ~ん!」

「どわ、こら抱きついてくんなっ、とこよっ!」

 前栽の「熊が捕食しとる」に、平端と凍莉が吹き出した。


 日曜だけあって、遊園地は老若男女であふれかえっていた。

「最初、何乗るー?」

 前栽が、案内図を皆の前に広げた。

「どこでもいっすよ。誰か行きたいとこあったらそっち優先で」

「それなら凍莉、氷点下ツアーを希望しますのっ! メロンフローズンを付けて!」

 凍莉は、寒い場所と冷たい物に目が無い。名は体を表すの典型である。

「あたし、ボルケーノコースター乗ってみてえんだけどっ」

「氷点下ツアーが先ですわっ!」

 ゴングが鳴りそうだったのを、とこよが優しく止めた。

「氷点下ツアー、トコあんまし入っだことないがら、始めはソコにしよ。次コースターで気分アゲて~、スプラッシュアドベンチャーとハイ&ローはど~かな。なっちゃん、ごめんだけど、いげる?」

「お……おうよ」

 保育士かっ! とツッコむ平端を、前栽がおかしさのあまり叩いた。関西出身者に多い反応だ。なお、相手を痛めつける行為ではないことを申し添えておく。

「そんじゃ、ハイ&ローの後にごはん、で! おやつはフリーやから、ウチはからあげチャージします!」

 入園して早々、爆笑がやまなかった。



「ひゃはー、イノセント・ソウルが破壊さレテ永久消滅シたアークエンジェルズが、ハートの捨テ身技『極上(ピュアフル・)(イノセント)(ラブ)』デ復活、絶対(ぜったい)天使(てんし)十人再集結シーンにハ、涙ちょチョぎれマシたな☆」

「ソレ、らんちデモ九度聞イたゼ」

 頬杖をつきながら、山川(やまかわ)・フィギアルノ・豊子(とよこ)がフォークの先を明子(あきこ)に向けた。

「インパルスと共闘スル激アツ展開モ、外せまセン! リピートしマス、ディスク初回生産限定DXセット予約しマス!」

 大スキなアニメへの情熱は、温度を上げる一方だった。  

 二人は「劇場版☆★ 絶対天使 ☆ マキシマムザハート cross 必然悪魔 ★ ミニマムジインパルス」を観に行った。明子は「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」を、豊子は「必然(ひつぜん)悪魔(あくま) ★ ミニマムジインパルス」を愛好しているため、新たなる伝説をこの身に焼きつけようと、喜び勇んで馳せ参じた(しっかり封切り日の第一回目をおさえて)のである。

「きゃすと、すたっふヲ続投シタのニハ、高ポイントだッたナ。パク」

「にゃにゃ!! 明子のフランボワーズ!!」

「イーだロ、ひとつグらイ」

 ショートケーキの苺であれば、罪が重かっただろう。豊子がつまんだタルトには、ぎっしりフランボワーズが敷き詰められていた。まさか下にチョコレートムース生地があるとは、外からでは分からない。

「でしタラ、代ワリにソレくだサイ」

 豊子のレアチーズケーキにちょこんと乗った緑の葉みたいな物に、フォークを立てようとした。

「なッ!? あんぜりかヲ!? 不平等だゼ!」

 皿を手前へ引く豊子。一枚しかないアンゼリカが、いくつもあるフランボワーズと同じ価値だというのか。

「アトよっつクレるナラ、譲っテモ構ワナいゼ?」

「ぐにい……タルトの縁ヒト口デはダメっスか? ザクザク食感スよ」

『…………』

 長からむ黒髪と短き銀髪がしばらく静かになった。小さな攻防戦が、ラウンジで起ころうとしている。

 互いの皿を見つめ、二人は同時に口を開けた。

『ア!』

 双方、窓を指さしたのだが、

『!?』

 妙だと気づき合った。

「とよりーぬモ、プランAデシたカ」

「あきぴーにパクらレルとはナ」

 さも外に珍しい光景があるように注意をケーキから逸らせて、アンゼリカ/フランボワーズをいただく、古典的な作戦だった。

「パクっテまセン」

「NO★ ミーの〇.〇三秒後ニしたゼ」

 ウェイトレスと他の客に、微笑ましくも惜しそうなまなざしを注がれていた。二人が日頃受けていた「美少女なんだけど奇行に走るんだ。ちょっと無理だわ」のサインだ。

『…………』

 明子と豊子は、仲良く背筋を伸ばした。

「ゴソっと取ッテくだサイ」

「ユーもナ」

 半分こして、矛を収めたのであった。

「デ、映画でーとノ相手、彼じゃナイのは、ほわい? 絶対天使ふぁんナンだロ? わざワザ必然悪魔派のミーヲ召喚シテ、楽シいカ?」

「男女ペアはマズいっスよ。浮き名ガ流れマス」 

 「中古(ちゅうこ)文学研究C」で習った言葉を使ってみた。好きな近現代文学で固めたかったが、いつか中古文学担当のスキンヘッド教授に「古典のセンスあり」と言われたことが忘れられず思い切って受講したのだ。

「ヤマしいトコロでもアルのカ? タダのヲタ仲間ナンだゼ、島崎(しまざき)氏ハ」

 同級生の名を口にされて、明子は身を縮めた。

「一対一ダト、いろイロ気まズイじゃナイっスか……」

「いろイロ?」

 豊子の顔が近づく。黒い六芒星の眼帯にも気迫がこもっていた。

「島崎クンが明子ヲどう思っテルか、トカ……探リ合イにナリそうデ、コワくナイっスか?」

「男ガ女ト二人きりデ遊ぶコトを選ぶ理由ニ、多少ノ下心ハあル。仮ニ、彼がユーに恋愛感情ヲ抱イテたラ?」

「聞キタくアリまセンよ!」

 耳をふさいで頭を振る明子へ、豊子は切り込む。

「こすふぃおれトあにめ好キなトコにキュンとシタ、なンテ言ワレるノガ苦シイかラ?」

 明子はもっとオーバーに振った。

「ソレ言ワレるノハ、仕方ないデスよ。ソウじゃナクて、長ク関ワッてミテ、ホントウノ明子に幻滅サレたラ、申シ訳ナイんデス。明子ニ(いだ)いテタ夢ヲ壊すコトじゃナイっスか」

「タイしたコトないユーに恋シタ彼ヲ、結果とシテ失望させテシまウ。ソレに負イ目ヲ感ジる……カ」

「ハイ」

 豊子はストローをくわえ、ブラッドオレンジジュースを音立てずに吸った。

「失望スルのだっタラ、本気デ愛してナイと思うゼ」

「にゅ?」

 ライチフレーバーティーのカップを持ち上げたまま、明子が首をかしげた。

「恋愛ヲ語レル身分デはナいガ、コレだけハ分カるゼ。相手ノ裏・醜イ面に目ヲ背けナイで許ス、が、マジらぶ」

「達観してマスな……」

 いつ、どこで知ったのだろう。始めから豊子に組み込まれたものではないはずだ。

「実体験ダ。合こんデ痛いホド経験サセらレたゼ」

 多量の涙を流す豊子。彼女の通う私立女子大は、モテ率高しとネットで評されていたけれども、長続きするかは別物のようだ。

「ちなミニ、何人デスか」

「内密ニぷりーず★」

「おけー☆」

 耳打ちされ、明子は噴火してしまいそうだった。

「ステップ(のぼ)リツめてマスな、とよりーぬ」

 豊子は小悪魔めいた微笑を浮かべていた。

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