第一段:これも日本文学課外研究部隊(一)
ものぐるほしきことども 序
空満大学でひそかに注目されている、「日本文学課外研究部隊」。今年の神無月より、日本文学の魅力を伝えるため、キャンパスのどこかであれやこれやと活動している。ちなみに、私が所属する日本文学国語学科の一部では、ありがたいことに応援してくれているらしい。
文学PRを目的としているはずが、ほとんどが戦闘という危なっかしい事態に。それもそのはず、「スーパーヒロインズ!」という別名を持っているから。どう考えても戦隊ものにしかみえない。さらに、この呼び名をつけた人(誰とはいわないけれど)が戦いの根源となっているから、厄介なところ。このままじゃ、私たちただの「戦闘集団」になってしまうよ……。
みんなに「日本文学課外研究部隊」の本当のことを分かってほしいから、これから始まる「ものぐるほしき事ども」を見届けてもらいたいんだ。あ、「ものぐるほし」とは、「普通ではない」という意味だよ。これも古語なんだよね。
私たちにとっての「普通」と、みんなにとっての「普通」。お互いの違いが、少しでも無くなることを願いたいな。
空満大学 文学部 日本文学国語学科 二回生 大和ふみか (日本文学課外研究部隊・隊長)
一
問題:キャンパス内に鼎をかぶった一般人たちが、あなたに襲いかかってきました。さて、このような事態に対しあなたは、どのような行動をとりますか。次の三つの選択肢から一つ選びなさい。
①全員を倒すため、戦う
②一般人たちがなぜ襲ってくるのかを考える
③そこにいる他の人に全てまかせて避難する
今度の定期テストには絶対に出ないと思うけれど、私、大和ふみかならば、即決で③と解答する。というか、「鼎をかぶった人」が日常に現れたら、それこそ世紀末だよ。一人なら、まだいい。 同じように笑いをとった人が、三大随筆のひとつに出てくるから。でも、それが何十人となると……ふざけているんじゃないか、って抗議したい気もする。今すぐにそうしたかったんだ。なのに、どうして―、
「どうして私がこんなことにー!?」
大勢の「鼎をかぶった人」を背にして、ただいま全速力で走り続けている。別にその人たちを怒らせるようなことしてないのに、長いあいだ追いかけまわされて、正直困っているんだけど。
「まったくもって、しつこすぎるよお!」
一定の距離は保っているけれど、かなりの数で(しかもおかしな格好)迫ってくるため、通常より走りにくくなっている。多勢からくる、ある種の「威圧感」が私を襲っているのだろうか。というか、こんなに走らされるの、体力テスト以来だよ……。
「はあ、はあ……誰でもいいから、助けて!!」
あーあ、自分の立場にあるまじきセリフを吐いてしまったな。これが一般人なら誰もとがめたりしないけれど、あくまで私は「スーパーヒロイン」なんだよね。学園アイドルみたいな恥ずかしい衣装をまとった、正義の味方です。
「これでも元は大学生なんですけどー!!」
キャンパス全体に訴えるつもりで口走ったところで、簡単に助けがくるとは大間違い。いや、だって……。
「襲ってくるの、ここにいる人全員なんだよお!!」
ドドドド、ドドドド、大勢の足音が重なって、地ひびきが起こる。なんだろう、だんだん体の力が抜けてしまう。集団で来られて追いつめられる獲物のようだね。今なら分かる気がするかも。
「はあ、はあ……。も、だめ……」
これ以上、体力が持たない。おとなしく飲み込まれるとしようか。目を閉じて、すべてをゆだねる体勢に入ったら、
「鼎の子 そこのけそこのけ リボンが通るぅ!」
どこかで聞いたような句を朗々と読む声がした。その直後に、ビタン! バタン! 何かを引っぱたく音。まぶたを開けてみると、黄色の帯があちらこちらに翻り、鼎人を一蹴していた。それを操るのは、私と似たような恰好をした、メガネの女の子。
「イエロー!」
彼女は私に気づいて、たなびくリボン越しに柔らかく微笑んだ。追っ手が減ったところを見計らって、合流。
「なんとか間におうたわぁ」
ゆっくりと話して、イエローはずり落ちかけのメガネを上げた。数メートルは伸びたはずのリボンは、縮んで蝶結びになり、髪飾りとして元に戻っている。
「もう、ひどいよお。先に逃げるなんて」
「ごめんなぁ。様子見るための作戦やったんやよ」
二人並んで、ひとまず休憩。息つく間ができて、ほっとする。周りには、ぐったりとした鼎人が、ばらばらと横たわっていた。かぶっている物のせいで、顔が隠れているから、この人たちの動静が把握できない。まあ、大人しくなってくれて助かったよ。
「ピンチを切り抜けた、て言いたいとこやけど……」
イエローが不安げに遠くをながめながら、声を震わせた。まさかとは思うんですけど……その、「まさか」なことが起こりそうな予感。
「えらいぎょうさん仲間がいてはるみたいやわぁ……」
トトトト、がドドドドに変わって、耳を傾けなくてもはっきり分かるくらいに聞こえた時、鼎人・第二群が三、四メートル先に迫っていたのだった!
『ええー!?』
まだ、いたの? というか、空満大学にこんなに人がいたっけ? 少人数制がきいてあきれちゃうよ。
「あわわわわ」
さっきより明らかに多い鼎人に、腰を抜かすイエロー。足もメガネも笑っているようだ。そうこうしているうちに、追いつかれてしまう!
「逃げず・逃げて・逃ぐ・逃ぐるとき・逃ぐればぁ……」
「逃げよ!」
懐かしき下二段活用をつぶやき、混乱するイエローの手を無理にでも引っぱって、私は駆けだした。
ああ、前にもあったなあ。ヒロインズになりたての頃、今と同じようにイエローの手を引いて、どこまでもどこまでも走った。あの時、相手は一人だったから何とかできたものの、大人数は厳しい。
「もうへとへとだよ……、はあはあ」
「うちも。あかん、限界……」
お互いに足がもつれ、体力も底をつきそうに。鼎の足が背中にちょん、と触れるか触れないかの瀬戸際。
「万事、休す・窮す・急す・給す・急須ぅ???」
あげくの果て、イエローが膨大な記憶を大胆に披露する始末。これぞ、絶体絶命?
「そこどけっ、あ、前言撤回! そこを男時っ!!」
元気良くかつ幽玄な言葉に振り返ると、小爆発が次々と起こった。緑色の爆撃に、鼎人が「ぐえ」「おうわっ」などわめきながら、次々と宙へ投げ出されていく。なんだか、気持ちがいい。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃー」
翻弄される鼎人の群れから、少女がこちらへ飛び出してきた。風にたなびくポニーテール、さわやかな緑の衣装。
「よっ、助けにきてやったぞ!!」
『グリーン!』
良いタイミングで助けが来て、二人いっしょに喜んだ。戦闘力が高い仲間がいると、心強いね。
「援軍は、あたしの他にもいるんだっ」
見とけ、と向こうを指さすグリーン。後衛だけとなった鼎人の中に、紛れているの?
「才気煥発っ、みせてやれ、青姉っ!」
ボン、ボボンッ!!かけ声に答えるかのように、号砲が鳴り響いた。止んでまもなく、目の前の残軍がひとり、またひとりと倒れていく。崩れゆく鼎人の向こうで、長身の戦士が直立していた。私たちと同じような恰好の、やせ形のヒロイン。
「多勢は無粋……です」
静かにつぶやいて、握っていた三角形の武器をそっとなでた。合っているようで間違った慣用句を、ありがとうございます。
「青姉、でかしたぞっ!」
すばやく駆け寄って、「青姉」に飛びつくグリーン。
「先輩、無粋やなくて無勢ですけどもぉ。ともかく、ご無事で良かったですぅ。」
「鬼ごっこは、こりごり……」
よじのぼってくるグリーンを光の無い目で一瞥しながら、一息つくブルー。今まで走り続けていたせいか、青白い顔にほんの少し赤みがさしていた。
「しっかし、きりがねえな。どんだけいるんだよ」
「見た限り、一〇八……です」
「うええええ、多すぎますぅ」
大体何人くらいなのか予想していたけれど、実際に聞いたらとてつもない数だと感じられる。
「しかも、煩悩と同じだし」
「一人ずつ鐘ついたら年明けそうやね……」
「ってしゃべってるうちに、もうお目覚めみてえだ」
『!』
花火や空気弾を受けて倒れたばかりの鼎人が、もう立ち上がっていた。よろめきながら、一人、二人、四人、八人……ぞくぞく再起してゆく。体を左右に揺らしながら、私たちに向かってくる!
「退くぞっ!」
軽々とブルーから降りて、私の背中を勢いよく押した。
「もう逃げるの三度目なんだけど……」
「つべこべ言ってんな! 下じきになりてえのかっ!?」
「ご、ごめん!」
声高に叫ぶグリーン。今度は呆けているイエローをぐいぐい引っぱる。
「青姉、黄色をたのむ」
「分かった……です」
「ぬおうりゃりゃりゃりゃりゃー!!」
イエローを預けてから、グリーンは全速力をあげて走りだした。
「ああ、待ってってばあ!」
残りわずかの体力で、懸命に先頭に続く。高校生の標準をゆうに超えているグリーンの素早さには、とてもかなわないよ。ついて行けているの、ブルーぐらいだと思う。仲間に肩を貸しても、ちゃんと伴走しているから。
「へっ、負けてたまるかってんだっ!!」
「緑さん、競争、ではない……です」
「ううう、もう無理やわぁー!」
『ソコの鼎ヲかブッた皆サマ!』
突然のアナウンス。あまりにも個性のある口調に、呼ばれた者たちとヒロインが一斉に足を止めた。
振り向けば、芸術学部作・トーテムポールのてっぺんに堂々と立つ人物が。烏羽玉よりも黒くて長い髪を、巻いて束ねた女子。桃色の警官服を着た彼女は、自前らしい拡声器を右手に、決め顔を見せた。
『ヒロインに対スル迷惑行為の現行犯ニテ、ポリスモード・ピンクがまとメテ逮捕しマス☆』
とりゃっ!! と真下へ飛び降りざまに、左手で隠し持っていた物を落した。落下物は、握りつぶされたような形態から、平べったくなって蜘蛛の巣状に広がり、鼎人を一人残らず捕えたのだった。
結んでも腰まである髪を手で流し、五人目のヒロイン、華麗に登場。
「一網打尽っ!? 桃色、カッコよく決めスギっ!」
「へへ! ナニせ、ピンクは最終ヒロインですカラね☆」
やっと全員そろったのに、グリーンが頬をふくらませている。自分より後に加わったピンクに、いろいろ突っかかりたくなるらしい。
「いちおう心配したんだからな。感謝すんだぞ」
ピンクへさらに追い討ち。照れ隠しにそっぽを向くあたりが、かわいいんだよね。
「ほほう、嬉シイっスねー。逃走シつつココまで誘いコムの、正直ハラハラしタんスよ」
対して、ピンクは二頭身下のグリーンに、「よしヨシ☆」と撫でるふりをした。
「レッド隊長。ピンク、頑張ったっスよね?」
「う、うん。えっと、お疲れさま」
そっけない返事でごめん。褒めることに慣れていないもので。
「合計一〇八名、すべて逮捕、すばらしい……です」
「青センパイにモ感謝さレテ、ピンク、嬉シイでアりマス!」
指先がきれいに揃った敬礼に、私、脱帽するであります。
「これでちょっと休憩できるわぁー」
「そうだね。とりあえず、一段落かな」
網にかかった鼎人達のそばで、息を整えるとしようか。長いことキャンパスを走らされて、くたびれちゃった。たぶん、明日は筋肉痛で苦しむことになるんだろうなあ……。
さて、どうして私たちが、奇妙な覆面の大群に追いかけられていたのか?その発端は今から三十分もさかのぼらなければいけないのです。もちろん、聞いてくれるよね?