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川の彼方の地と五家族 2

天井に続く階段を見上げると、それはいつも見ていた物とよく似ていた。


翠土の季節になると、5家族から選出しされた若者は交易に精通した年長者に連れられて、東の地へと向かう。選出されるのは成人した、左の手の甲に赤い斑点の様な模様が出ている者と決まっている。人になる儀式を無事に終えた子供には何らかの色のついた文様が手の甲に浮かび、その中でも赤い文様が出る者の特徴は足腰が強く、屈強な精神を持っているとされている。長い旅路を終えて帰ってきた若者達は、自分たちの家族に自身が選んだ交易品、良い交易品を取りそろえる力、を品評される。価値のある物、家族に必要な物を見つける目がある、値段や物の状態を交渉する口がある、交易相手の信頼を勝ち取る頭がある、家族の繁栄を支える交易品を守り抜き家族に届ける心臓がある。一際大きな部屋に集まった家族に矢継ぎ早に品物を説明していく。この評価次第で次の交易の選抜から外されるかもしれない若者たちは必死に自分達を売り込み、手に赤い模様のない若者達は面白おかしく、時には冷やかす様に、彼らの売り文句に耳を傾ける。一際人目を惹いたのが海人から買ったと言って出されたものだ。丸みを帯びていて、内側に穴があり、やけに硬く、穴に息を吹き込むと奇怪な音がするそれに海の生物が住んでいた、若者は自慢げに海人から説明された話を反復した。初めて聞く単語を嬉々として語る様子に初めは他の若者も耳を貸していたが、次第にここでは使い道がないことに気付き、他の交易品の所へ行ってしまった。ポツンと残された若者はその後に集まってきた年長者に目の付け所は良かったなどと声を掛けられたが、下に向いた顔を上げられないでいた。貰い手のない巻貝は婆様に渡り、ア・ムルグがいつも訪れていた部屋に飾られていた。


つむじ風が形を成したら、きっとこの様に留まるのだろう。巻貝を前にしてア・ムルグはいつもそう思わずにはいられなかった。


塔の中はそれなりに暖かく外の気温と大差がない様に思えたが、巻貝の様なうねる階段の手すりに手を掛けると、それはとても冷たかった。とっさに手を引いてしまったア・ムルグの様子を見ていた4人は、大きく息を呑んで先頭に立つ声無しを見つめた。ア・ムルグは一度目を閉じ、幾ばくかも立たないうちに決心と共に目を開き、再び引いた手を階段の手すりに戻した。ゆっくりだが確実に上に登っていくア・ムルグを否定する者はなく、カ・ケシュ、シ・サセス、ヘ・ツンフ、ミ・ルシャは各々の速さでア・ムルグに続いた。人一人が登れる階段を上り終えるとそこには白い部屋があり、丸や四角が散りばめられた銀色の箱が堂々と部屋の中央に置かれていた。草原に囲まれたこの塔がその性質ゆえ孤独である様に、銀色の箱はこの部屋にとっての異物であるように思えた。5人は同時に銀色の箱に触った。誰が決めたわけでもないが、ただそうしなければいけない思いに駆られたからだ。銀の箱はとても冷たかった為、4人はすぐに箱から手を離した。1人は何も言わず箱に触り続けたが、箱が何かしらの反応を示しているようには見えなかった。


「ア・ムルグ・・・どうしたの・・・?」


誰かがその一人の名前を呼んだが彼は何の反応も示さず、ただ箱を触り続けた。


それが暫くの間続いた後、最初の異変に気付いたのは二人の少女の内の一人、艶のある長髪を垂らしたヘ・ツンフだった。彼女は銀色の箱に屯している他3人に尋ねた。


「ねぇ、私達どうしてここにいるんだっけ・・・?」


「・・・?あれ・・・?そう言えば、ここは・・・?」


その声に反応したのはミ・ルシャだった。ヘ・ツンフと同じ髪形をした小さい頃から怖がりの少女はすぐに隣にいた幼馴染の手を握りしめた。彼女は固く目を閉じて震えている。ヘ・ツンフはカ・ケシュとシ・サセス、二人の少年と声を出さずに目を合わせた。辺りを見回し、危険がない事を確認すると、ミ・ルシャにそっと語り掛けた。


「ルシャ、大丈夫だから、ほら目を開けて?」


「ツンフ・・・ごめんなさい。私、また、目を閉じてしまった。お父様からあれほど叱られたのに・・・でも、すごく怖いの。」


「ううん。ルシャだけじゃない。あんな思いをしたら誰だって目を瞑ってしまうと思うわ。でも、ここには危険がないから、ほら目を開けて?みんなも心配しているわ。」


恐る恐る目を開けた先には3人の心配顔があった。昨年ミ・ルシャに起こった悲劇は全ての家族の土楼で共有された。草原には比較的穏やかな草食動物が多いが、「知恵のある動物」ガフスは猛獣に分類され、この地域唯一の大型の肉食動物だ。彼らは縄張りを守ることで知られ、人との棲み分けを好むとされていた。これまで赤い海沿いの岩山地帯や、東の地へ向かう間に通る黄昏の森、とどのつまり、人の住めない地域に何らかの形で迷い込む事でしか見られることが無かった生き物だ。獰猛だと分類されるにはそれ相応の理由があるが、それはむしろ、犯してはならない禁忌を破った報いだと普通の人間だったらそう考えるだろう。


若い青葉が伸びだした頃の草原で、ミ・ルシャの双子の兄が彼女の目の前でガフスに噛み殺された。ミ・ルシャはガフスをその目で見てはいない。ただ双子の兄がそう叫んで、彼女を庇った事だけは知っている。沈んでいく微かな声は、目を開けてはいけない、そう繰り返した。声が聞こえなくなってもミ・ルシャは兄の言う通り目を瞑り続けた。ミ・ルシャは兄の死体を見ていない。葬儀はミの家族の、それもごく少数でひっそりと行われたからだ。そこには兄を見送ることを許された妹の姿はなかった。


ここには4人しかいない。目を開けて知ったその事実がミ・ルシャに更なる恐怖を与えたが、さっきの様にその現実に目を背けることは出来ない。彼女以外の3人が、その事実に触れない事にも恐怖を感じた。少しの会話と表情から3人はその事実に触れないのではない、その事実が3人の中から煙の様に消えてしまったのだと確信した。ミ・ルシャ以外、ア・ムルグを覚えている者が居なくなった。



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