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1日目④

 店を出て、約束していたハンバーガーを食べに向かっている。


「いやぁ。まさかババアって呼ばれるとは思わなかったなぁ」


 アサヒはさっきまで泣いていたのに、ケロリとしている。


「コマ、私ってそんなに老けてるかな?」


 アサヒが一歩先に出て、俺の前でくるっとターンをする。柔道をやっているからか重心がブレずに綺麗に旋回した。拍子にワンピースが捲れ上がる。あまり意識していなかったが、スラっと長い綺麗な脚をしていた。別に女子高生だろうとそうじゃなかろうとどっちでも良いのだが、いい脚だという感想を抱いた。


「俺は知らねぇよ」


「そういえば、大山さんが『本物とヤッとけ』って言ってたよね。マジで女子高生を紹介したりすんの? 入学したての時に稼げるバイトがあるって噂になってたんだ。これの事だったのかな?」


「だから知らねぇって」


 最近の女子高生は耳年増だ。あんな事こんな事、なんでも聞きかじっているのですぐに質問してくる。


「コマは二次元にしか興味ないんだもんねぇ」


 心がズキンと痛む。高校時代に女子にからかわれた記憶がよぎる。今思えば、アニメキャラのグッズを鞄に着けていたし、携帯のケースもアニメキャラだった。誰がどう見ても二次元大好きなオタクだと一目で分かる姿だったろう。


「うるせぇな。あんま調子乗るなよ。一週間だけの関係なんだからな」


「えぇ!? 次の街も一緒じゃないの?」


「何でお前と一緒に行くんだよ……知らないオバサンを探して、俺に何のメリットがあるんだよ」


 アサヒは「うーん」と声を出し、顎に人差し指を当てて考え込む。


「私と一緒に居られるよ」


 アサヒがニッコリと笑う。それがメリットになると思っているあたり、根がポジティブすぎるだろ、と突っ込みたくなる。


「じゃあ、一週間で離れたくなくしてみろよ。そしたら考えてやる」


「えぇ……自分が女子高生に好かれると思ってるの? 根がポジティブすぎるよ……」


 ドン引きした顔で俺を見てくる。なんというか、アサヒと話しているとペースが乱される。押せば引いていくし、引くと押してくる。手押し相撲だと一番相手にしたくないタイプだ。普段相手にしている人は、とにかく押すことしかしないタイプなので対策もしやすかったのだが、自分の交友関係が狭まっている証なのだろう。




「ほら、着いたぞ」


 アサヒに手玉に取られているうちにフレッシュナスに到着した。自動ドアが開くと、中から冷たい空気が漏れ出てくる。アサヒと同時に「あぁ……」と冷たい空気を堪能して声が漏れ出た。


「じゃ、遠慮なくいかせていただきやす! たくさん稼いでるんだからちょっとくらい良いよね? 私の世話、よろしくね」


 アサヒは欲望を丸出しにしてメニューを眺めている。一体いくら使う事になるのかと戦々恐々だ。レジの順番が回ってくると、アサヒはセットを二つ、更に単品のサイドメニューを三つ頼んだ。シェイクも二種類つけている。自分の昼飯の分も入れると、かけぱが二人雇える金額になった。やはりこいつはカフェで大人しくさせておけばよかった。


 複数回に分けてトレイを受け取り、四人掛けのテーブルに所狭しと食べ物が並ぶ。


「本当に全部食えるんだろうな?」


「当たり前じゃん。若者の胃袋をなめんなよ、ってね」


 この会話を最後にアサヒは一切しゃべらず、黙々と食べ続ける。自分の分は早々に食べ終わったのだが、目の前で美味しそうにハンバーガーを頬張るアサヒを見ているとなぜだか顔が綻んでしまう。アサヒはハンバーガー、ポテト、シェイクの順番に視線を移す。俺には目もくれない。一種の才能だと尊敬しながらアサヒの食べっぷりを眺める。


「顔、ケチャップついてるぞ」


 どうしたらハンバーガーを食べながら目尻にケチャップをつけられるのだろう。俺が右目を指さすと、アサヒも右目の方をいじる。


「逆だよ。左の方」


 アサヒは左目の目尻をぬぐった指をまじまじと見つめ、パクリと咥えた。ケチャップがさぞおいしいようで、目尻を下げて笑っている。本来ならば、俺の席には女友達か彼氏が座っているべきなのだろう。ヤクザの下っ端をしている落伍者ではない。


 そんなことを考えているとまた顔が暗くなっていたようだ。俺の貧乏ゆすりでテーブルが地震のように揺れていた。それを見たアサヒがシェイクを差し出してくる。


「ごめんね。シェイク、飲みたかったよね?」


 思考を止めたまま吸い込むと、ズズズと音がしてシェイクだったバニラ風味の甘い液体が少しだけ口に流れ込んできた。


「もう無くなってるじゃねえか! なんだよこれ!」


 アサヒはケラケラと笑っている。俺をいじるなんていい度胸をしていると思う。


「どうどう! コマ! 待て! まだ待てだよ!」


 犬のように扱ってくるので怒りゲージが沸々と高まっていくのを感じる。


「はい! どうぞ!」


 アサヒが時間をおいてもう一つのシェイクを差し出してくる。こっちの方はまだ中身が残っていたようだ。チョコレート味。さっきのバニラシェイクだった液体を中途半端に飲んだせいで口がシェイクを求めていたので、甘くて冷たくてジワジワと溶けていくシェイクが体に染みわたる。


「どう? 美味しいでしょ? コマって分かりやすいよね。シェイクが飲みたくてずっと貧乏ゆすりしてたんだよね」


 全く的外れな心遣いだが、なんだかんだで楽しんでしまっている自分がいた。

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