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1日目①

 目が覚めると、アサヒが朝飯を作ってくれて……なんてことは無かった。アサヒは俺のベッドを一人で占領してグゥグゥと寝息を立てている。


 一晩放置されて油の回ったアボカドバーガーをキッチンに持っていき、ラップをして冷蔵庫に入れる。昨日、ポテトを揚げて部屋に戻ったらアサヒは寝てしまっていた。よっぽど疲れていたのだろう。母親が居なくなり、探し回っていたのだ。身体よりも心の方が疲れているのだと思った。口ぶりから察するに父親はいなさそうだ。


 玄関に無造作に脱ぎ捨てられたアサヒの靴は俺のものより汚い。良く見る星印のハイカットの白スニーカー。汚れてグレーのようになっている。白かった紐も今ではシマウマのように黒と白のまだら模様だ。


 律儀にも、松本は家に帰った後にうちまで服を届けてくれた。真夏だというのに長袖を着ていて見るからに暑そうだった。リスカ跡か刺青を隠したいのだろう。他にも何人もそういう人を見たことがある。若気の至りというやつだ。若気の至りなのに、それからもずっとつきまとう。


 紙袋を見ると、ワンピースらしき服が二着入っていた。これでメイド服や制服を着てウロウロさせなくて済む。別にアサヒのことを思っての事ではない。自分の身を守るためだ。アサヒが目立たなければ目立たないほど、横にいる俺も目立たなくて済むのだから。


「おい。起きろ」


 アサヒを突いて起こす。メイド服を着たまま寝ぼけまなこをこすりながらむくりと起き上がる。


「ふぁぁ……おはよう。あ! ハンバーガー食べてない!」


 揚げたてのポテトを食べ損ねた事はすっかり忘れているらしい。


「ハンバーガーの事は諦めろ。仕事に行くぞ。これに着替えろ」


「おぉ。松本さん、本当に服持って来てくれてたんだ。都会なのに人の優しさが心に染みるなぁ」


「田舎から来たのか?」


「うん。どこかは言わないけどね」


「聞きたくもねぇよ。ほら、部屋にお別れしろ。今日で最後だからな」


 最初で最後の宿泊。昨日、そう約束した。アサヒは意外にも従順に部屋の四隅に向かって礼をしている。四隅への礼が終わると、俺の方を向いてにやりと笑いかけてきた。


「ちょっと寂しいなって思ったでしょ? やっぱここにいて欲しい?」


「そ、そんなことねぇよ。まぁ、本当にどうしようもなくなって、万策尽きたらもう一泊くらいさせてやる。野垂れ死にされたら寝つきが悪いからな」


「やっぱ根は優しいんだよねぇ。なんでヤクザの手下なんてしてるわけ?」


「言わねぇよ。お互いに、過去の話はしない」


「情が移るから? コマの優しい心が、親に逃げられた哀れな女子高生に同情しそうになっちゃうから?」


 俺を試すような言い方だ。別にこいつに好かれようとも、嫌われようとも思っていない。質問を無視して松本がくれた服を手渡す。


「三分で着替えろ。仕事に行くぞ」


「ムスカ?」


「無駄口叩くな。殺すぞ」


「おー怖い怖い。早く出てってよ。着替えらんないじゃん」


 大山さんの真似をしてみたのだが、アサヒには全く効いていない。俺の迫力が足りないのか、アサヒの肝が据わっているのか。自分的には結構頑張ったつもりだったのだが。





 着替えをすませたアサヒと二人でドヤ街に来た。日雇いで働いているじいさんや外国人が大勢道端に寝転んでいる。俺を見るなり、顔見知りのじいさんが話しかけてくる。


 顔見知りだが、このじいさんの名前は知らない。四本の前歯がすべて欠けているので「かけぱ」と勝手に名付けている。もちろん本人非公認だが、呼ぶときは「おい」か「じいさん」で通じるので困ることはない。今日いた奴が明日いる保証はないので名前を聞く必要もないのだ。


「コマ! 待ってたぞ! 人はもう集めてるからな。二十人でいいんだろう?」


「あぁ。全員ここに集めてくれ」


 かけぱの号令で二十人の手駒が俺を囲むように集まった。


「じゃ、今日はプラスタな。プラススタジアムの最新機種は5だからな。間違って4を買わされるなよ」


 全員が頷く。これでも毎回一人は間違えるやつがいるので、日本語が通じているのかも怪しいレベルだ。指示を出したら、二十人の手駒はゾロゾロと駅前の方に向かって歩き始めた。


「ねぇ。これ、何なの? 私の仕事って何? 太田さんだっけ。早くその人に会わせてよ」


「大山さんな。次は間違えんなよ。仕事は見張ってるだけだ」


「見張る? あいつらを?」


 アサヒは怪訝そうな顔をする。


「そうだ。今から家電量販店に行って、一人一つ限定のプラスタの購入待機列に並ばせるんだ。んで、一人ずつ金を渡して買ってこさせる。ブツを持ってきたら一万円を渡して終了、って訳さ。金を持ち逃げしないように見張る奴が要るんだよ」


「ニ十個のプラスタが手に入るわけね。それをどうするの?」


「売りさばくんだよ。今はまだ品薄だから二倍の値をつけても飛ぶように売れるんだ」


「それって転売じゃん! 私をそんなチンケな事に巻き込まないでよ」


「チンケとか言うなって。一台売れたら四万は儲かるんだ。右から左に流すだけで八十万の儲けだぞ。やらない方が馬鹿だろ」


「コマがこんな事をしなかったら二十人の人が正規の値段で手に入ると思うんだけど」


「皆が皆、早起き出来る訳じゃないんだ。仕事だってあるだろ? 俺はそういう人のために自分の時間を切り売りしてるんだよ。儲けは手間賃だ。タイムイズマネー。金があるやつが少しでも早く、自分が早起きをせずに手に入れられるんだ。ウィンウィンだろ」


「物は言いようって感じだね。私は手伝わないよ。今日で縁も切れるわけだし。その辺のカフェにいるから『仕事』が終わったら迎えに来てね」


 こいつは、どの立場で物を言っているのか分かっているのか。一泊させて、飯をおごって、お袋さんを探す手伝いまでして。女子高生とはいえ、世の中の厳しさを叩きこむべきだろう。こいつの今後のためだ。


「アボカドバーガー。ポテト付き。食べたくないか?」


 アサヒがピクっと反応する。ポテトを食べ損ねた事を漸く思い出したらしい。昨晩から焦らされているポテト。これに釣られない奴はいないだろう。


「食べ物で釣ろうって訳か。そんな単純じゃないんだけどなぁ」


「オニオンリングも頼んでいいぞ」


「み……見張ってるだけでいいんだよね? 犯罪とかじゃないよね?」


「犯罪なもんか。ただ、正規の方法で買うだけなんだからな」


 やはりガキはちょろい。身の回りで動く金額の額が違うので、ちょっと良いハンバーガーで簡単に釣れる。アサヒがやらなかったらかけぱに追加で三千円を払って頼むところだったので、安く済んで良かった。


「飲み物はシェイクね。Lサイズで。後は、パテも追加して、ポテトも増量。うーん……悩むなぁ。オーダーは店に行ったら決めるね」


 かけぱに頼んだ方が安く済みそうだ。ガキの食欲をなめていた。俺がそんなに食べたら一日胃もたれで動けなくなってしまう。

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