乗せてって
「え〜」
「だ〜か〜ら〜、後ろに乗せてってよ。だって、しょうがないじゃん。あたしの自転車の鍵見つからないんだもん。今日だけ。ね、お願い!」
「よりによって今日?暑いし、それに重たいじゃん」
サキの頼みを俺は渋った。夕暮れ時といってもお天道様が絶好調のこの季節、ひとりでも汗だくになるというのに後ろに人ひとり乗せて学校から家まで下校となると想像もできん。したくない。どんな凄惨な状態になることやら。
「ねぇってばぁ。ねぇ!聞いてんの?・・・・・・お願いします!神様仏様ナカツ様!」
「あーもう!わかったよ。今日だけだかんな。それに!この恩忘れんなよ」
「ははーっ」
「ほら」自転車をサキの方へ向けてやるとサキはよっしゃと白い歯をのぞかせて自転車の後ろに乗った。
乗ったには乗ったのだが・・・・・・
「何?それでいくの?」
「そだよ。一度試してみたかったんだよね、この乗り方」
サキは後ろ向きに座っているのだ。ちょうど自転車を漕ぐ俺と背中合わせになるように。
「おまえ、テレビの見すぎ。そんなの実際にしてる人見たことないぞ。それに危ないだろ、バランスとれねーよ」
「まぁ確かに実際にしてる人って見たことないね。でもさ!ドラマとかアニメで見たときからずっと憧れてたんだよね」
憧れるのはいっこうにかまわないが、だけどそのドラマとかのシチュエーションって恋人同士とかだろ・・・・・・?もしもしサキさん、わかってます?天然ですか?それとも、ワザとですか?もしワザとならそれって・・・・・・。ええぃクソ、わっかんねぇ。なぁ、どういうつもりなんだよ。
もちろん、こんなことサキに直接聞けるわけない。けど気にはなる。聞けるものなら聞いてみたい。だけどやっぱり聞けるわけない。なるべく考えないようにするしかない。
俺は変に意識しないよう心がけて自転車に乗った。
「安定性最悪だとは思うけど、とりあえずサキがそれでいいならそれでいってみるか。転ばないように俺も気をつけるけど、サキも気をつけろよ」
「了解了解っ。それじゃあ、しゅっぱーつ」
サキはこっちの戸惑いをよそになんとも無邪気な声を出し、足を地面から離した。
「へいへい。それじゃあお客さん、出発しますんでしっかり掴まっててくださいね」そう言って俺は足に力を入れた。
案の定、走り始めの自転車は酔っぱらったサラリーマンの千鳥足よろしくのふらふら運転だった。自動車が走らない河川敷を走っているからよいものの、スピードは出ない、転倒しそう。なにより後ろのサキがキャーキャーとうるさい。
「なぁ、やっぱり危ないよ。乗り方変えよう!」
「嫌!家までこれで行く。今やめたら負けな気がする!」
誰に負けるって言うんですか。
ぎゃあぎゃあ言い争いながらも俺もサキもこの乗り方のバランスの取り方をそれぞれ見つけたようで、スピードは相変わらず二人分のゆったりペースだがふらつきはなくなった。
中盤にさしかかるまでにいつもの三倍疲れた。我ながらすごい汗の量だ。これは帰ってからの最初の行動は決まりだ。シャワーしか考えられない。
走りが落ち着きだすと自転車特有の風が心地良い。サキも暑さで疲れたようで口数も減り、ペダルを漕ぐ音だけがなっていた。
この辺りから日差しでの暑さとは別に、俺は互いにくっついている背中からサキの温度を感じるようになっていた。この暑さは、まぁ、悪くない。
「告白されたんでしょ?」
静かになっていたサキからの突然の質問に思わず変な声が出た。
「急にどうした?藪から棒に」
「それ同じ意味。聞いたよ。というか女子の間じゃ噂になってるよ。二組のサイトウバシさんから告白されたらしいって」サキの表情はこの状態からは窺えないし、声は平坦で意思がまるで読めない。ただ、背中はやけに熱い。「それで、どうしたの?」
「断ったよ」
なるべくサラッと言ったつもりだ。それにしてももう噂になっているのか、やだな。
「 なんで? 」
「なんでって・・・・・・。そりゃまぁ色々。って聞くか普通?こういうこと」
「なんでよ?」
こういうとき、回りくどい言葉のない、単純かつ短い直球の質問は強いのだと身を持って知った。
「だからさ・・・・・・」あのときはよく考えていなかったが、たぶん理由はこれなんだろう。「つまんないから」
「つまらない?何、それが理由?」
「そう、そうだよ。えっとさ、ほら、俺の好きなものって自動車レースとか野球観戦とかだろ?サイトウバシさんってさ、そういうの全然興味ないんだよ。といっても、男でもレアな方だけどな。正直サキくらいだよ話わかってくれるの。サキは女子だから特に激レアだな。逆にサイトウバシさんの話には俺が全然ついていけなくってさ。だから・・・・・・」
「バッカじゃないの!そこは恋人同士の話ってものがあるでしょ。あ〜あ、サイトウバシさん可哀想。相手がこんな大馬鹿者って知ってたらきっと初めから告白なんてしなかっただろうに。ナカツ、あんたそれにしても馬鹿よ。千載一遇のチャンスだったのに。もうあんなにカワイイ娘から告白されるなんて二度とないかもよ」
「うるさいな、余計なお世話だよ。たしかにカワイイけどつまんなかったらしょうがないじゃん。相手にも悪いし。それだったら俺は、サキと一緒にいる方がずっと楽しいよ」
サキと一緒にいる方が。
この一言が空気を一変させた。まず・・・・・・、勢いだった。何だよサキ、急に黙るなよ。気まずいだろ。
トン。突然サキが背中を預けてきた。サキの重さを背中で受け止める。受け止めたその重みの分だけサキの体重が俺に移り、サキが軽くなっていくように感じた。ーー同時に、サキの心も軽くなっていくような気もする。
サキ、この背中は俺のことを想ってるという意味で預けてきていると勘違いしちゃってもいいのか?
「俺さ、やっぱりサキのことが一番好きなのかも」
言葉が漏れた。
ものすごい、間があった。
ものすごい間の後、サキは言った。
「 あたしも 」
「あたしの自転車、スペアキーはあるけどまだ学校だから明日の朝も乗せてってね」
サキの家に到着すると、先ほどの出来事はまるでなかったかのように明日も迎えに来てとしれっと言われてしまった。
ただ、顔色まで嘘をつけるほどの余裕はなかったらしい。サキは夕焼けに負けず劣らず耳まで真っ赤にしてしまっていた。
サキを降ろしてからの道中、自分の顔がものすごく熱かった。おそらく、さっきのサキと同じで真っ赤なはずだ。
まさか、俺もサキも熱中症だったなんてオチじゃないよな。
今日のことでサキとの関係は「恋人」に変われたのだろうか。火照った頭じゃぼんやりしていてよくわからない。
ただ、ぼんやりしながらも言っておきたいと思ってることがある。明日の朝、サキを自転車の後ろに乗せてやるそのときに。
「俺、きちんと告白したほうがいいのかな」って。
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