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呪華の詩  作者: 葵(あおい)
傷跡、癒えて
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魔導研究室

「ちょっと待ちなさ……」


「ライア様」


 後に続こうとするライアが呼び止められる。セリカに似た金色の瞳が僅かに揺らいだ。


「どうか……どうかセリカ様を、宜しくお願いします」


 悲痛な面持ち。その表情はまるで、自分の大切な人を誰かに託す時のよう。


「ルーシェさん、彼女の過去に何があったのですか?」


 数秒の沈黙の後、目を逸らしながら紡がれる。


「セリカ様が王国魔導師になられたのが二年前。レスティア王国に所属して半年経った頃のある任務で、セリカ様は仲間を失っています」


「え……?」


「正確には呪術師の手に落ちた街の奪還、七人の腕利き王国魔導師達での任務でした。その際にセリカ様を除いた六人は呪術師により……殺されました。それも、セリカ様を庇うように逃がした上で。その中にはセリカ様の親友もいました」


 それからです、と続く。


「彼女が一匹狼と呼ばれだしたのは。恐らく誰かと行動する事で、また失うのが怖いのだと思います。王国魔導師になり、たった半年でそんな経験をしてしまったセリカ様。明るくは振る舞って下さいますが、心の傷の深さは測り知れません」


「なるほど……大切な誰かを失う、そんな境遇まで同じなのね」


 弱々しく紡がれた独白は誰の耳にも届かない。


「それからあの子は、ずっと一人で?」


「はい、セリカ様は強い。いえ、強くなられた。その出来事以来、本来チームで当たる筈の調査や戦闘も全て一人で」


「その呪術師とは一体何者なのでしょうか? 昔から関わるなと親からは教えられ、話でしか聞いた事が無く疎いもので」


「我々と同じ魔導師です。決定的に違うのは、主に負の能力を扱う魔導師集団だという事。幼い頃から、自分達呪術師以外の魔導師は悪だと教育され、それ故に()を排除せんと好戦的な者も多いです。レスティアに対しても大きな敵意を持っています。もちろん全員が全員ではありませんが」


「……目的が読めませんね」


「力の誇示、とでも言うべきでしょうか。呪術師達は戦争を起こして、己が魔力で世界を支配する事を望んでいます。言わば彼等は戦闘のエキスパート、もし出逢えば戦わない事を推奨します」


 鋭さを帯びる瞳、注意喚起にも似た強制力がそこにはあった。


「見分けが付かないのでどうにもこうにも」


「見分ける方法ならあります。呪術師達は必ず、身体のどこかの部位に刻印が入っています。明ける事の無い夜を示す、月の刻印が」


「月の刻印……」


 顎に手を当て、脳内で話を反芻するライア。


「残念ですが、時間切れで御座います」


 強制的な思考の回帰。繊細に張り巡らされていた思考の糸がふわりと飛散した。


「時間切れ?」


 率直な疑問をぶつけるライアではあるが、すぐにその意味を理解する。噂の本人が痺れを切らして戻って来た為だった。


「ライア様、次に会う時は敬称や敬語はお辞め下さいね。立場上、慣れぬもので。約束ですよ」


「……解りました」


「それと、申し遅れました。ルーシェ・レイスフォードと申します。以後、お見知り置きを」


 一瞬だけ浮かべられた皮肉の笑みに、ライアは違和感を覚える。それからすぐに胸に手を当てて目を瞑り、軽い会釈がされた。


「彼女の事、わざわざ話して下さってありがとうございます。私はライア・ネ……」


「いきなり居なくなったと思ったらまだこんな所で……!!」


 言葉が遮られると同時に、ライアの頬が僅かに膨らむ。


「あら? 貴女が放って行ったのよ?」


 言い訳も虚しく腕を掴まれたライアは、優しく微笑むルーシェを横目に、無理矢理に連れて行かれる羽目となった。


「何の話をしていたの?」


「世間話よ。それよりセリカ、一つ聞いてもいい?」


「うん?」


「私と出会ったあの街で、街の人達に逃げ隠れた小屋の場所が突き止められたあの時……何故貴女はレスティア王国所属の魔導師を名乗らなかったのかしら?」


 短い思考。胸中に散らばる言葉を選び取りながら軽く唸るセリカ。


「それは、魔導師に対して良くない印象を抱く人もいるからだよ。私達が良かれと思って取った行動が、別の人に取っては良くない結果を招く事もある。善の押し付け合いって言うのかな? 因果とはそういうものだよ」


「よく頭が回るわね、私は単細胞だから解らないわ」


「じゃあ逆に質問。戦争はどうして起こると思う?」


「……戦争?」


 要領の得ない質問に首が傾げられた。


「いいから答えてみて」


「……対立する二つの勢力が、それぞれに正義を掲げているから? 自分が正しいと思っているからこそ衝突する、戦争なんてそんなものでしょう?」


 唐突な拍手、それは紛れも無くセリカによるものだった。


「百点満点。そう、己が正しいと思う者同士の衝突……それが戦争。それが個人か国単位かってだけ。そこに悪は存在しない。何故なら両者とも善を、正義を、掲げているのだから」


 うんうん、と大袈裟に頷くセリカの表情は満足気だった。


「つまりは、さっきの話もそういう事」


「なるほど? 解らないわ」


「いずれ解るよ」


「何か悔しいわね、私よりチビのくせに」


 十センチ程ある身長差。わざとらしく、見下ろすように言葉が投げ掛けられた。


「あのねえ。それは何の関係も無いでしょうが」


 見上げながらフグの様に膨らむセリカと、拗ねてそっぽを向くライア。そんな二人の眼前に姿を見せたのは年季が入った重厚な扉。だが取手やドアノブなど、いわゆる扉を開ける為の部位が存在しない。


「ここが目的地?」


「そうだよ、さっきルーシェが言ってた魔導研究室」


 手馴れた様子で、扉の中心部に手のひらが押し当てられた。


「あら、凄いわね」


 何かを読み取ったのか独りでに開く扉。その際、様々な魔導技術が垣間見え、紋章のようなものが現れては消えてを繰り返した。


「生体認証の類いだよ。厳密に言えば、魔力の波長を読み取っているのだけれど。開けられるのは王国魔導師と、城内の関係者で魔力の波長を登録している人だけ。だからライアには開けられないよ」


「何か悔しいわね、私よりチビのくせに」


「はいはい解ったよ。ほら、着いたよ」


 半ば呆れ気味に魔導研究室に足を踏み入れたセリカ。後ろに続くライアは周囲を見渡し異様な景色に目を細めた。

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