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呪華の詩  作者: 葵(あおい)
邂逅、終わりの始まり
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和解と妖刀

「お前等どういうつもりだ? 何故この街の習わしを破った」


 殺意の篭もった言の葉から護るようにライアを庇うセリカ。彼女は胸に手を当てて大きく息を吸い込んだ。


「皆さんよく聞いて下さい!! 先程の白い大蛇は神の使いなどではありません。人に害を成すただの魔物だと調査結果が出ています」


 (どよめ)く街人達ではあるが大半は怒号であり、素直に話が聞き入れられた訳で無い事は一目瞭然だった。顔を見合せた街人達は鼻で笑い、再び鋭い視線を二人へと回帰させる。


「そんなもの信じられると思うのか? 生贄を捧げる事によって、この街は代々から神に加護されて来たんだ」


「それは解っています、けれど……!! あの魔物は本当に神の使いなどでは無かった!! 言い方は悪いですが、街が無事だったのは偶然なんです」


 火に油を注いだのか激しさを増す怒号。見兼ねたライアが街人達の前へ出た。


「やったのは私、制止を振り切って勝手に飛び出したのよ。この子と面識も無かったし、完全に私の独断よ」


「お前が犯した事は神に対する冒涜だ、その命だけでは済まないぞ。そうだな、お前等二人分の命を差し出せ。それを生贄にすれば神も納得して下さるだろう」


 一人の男の意見に、街人達が次々に頷いた。


「……冒涜? どの口が言うのでしょうね」


「何を笑っていやがる小娘が!!」


「だって、その神は一体何処にいるのかしら? 私がこの手で斬り殺した筈だけれど」


 挑発じみた表情で尚も続く。


「同じ街の人間を生贄として差し出して、自分だけのうのうと生き残って嬉しいかしら? それこそ命の冒涜だと思うけれど」


「ぐ……餓鬼が……」


「その餓鬼の方が命の大切さを知っている、恥ずかしいと思わないのかしら?」


 たじろぐ街人達ではあるが、怒りの再燃に時間は要しなかった。


「生贄として差し出す親の気持ち、差し出される子の気持ち、家族と引き裂かれる気持ち、貴方達は解るの? 失う事の怖さ、悲しさ、心に残る傷跡の痛み……解るのかしら?」


 流れるような美しい動作で抜かれた刀。鞘から解き放たれた得物が夜闇を乱反射した。


「私は質問をしているの」


 穴の空いた屋根から突き刺さる篠突く雨が、刀身に降り掛かって煌めきを鈍らせる。


「……答えろ!!」


 若い女性とは思えない剣幕に、街人達は僅かに気圧されて後退(あとずさ)る。


「それでも解らないと言うのなら、私が今此処で全員殺してあげるわ。貴方達が崇拝する神様とやらの元へ送ってあげる。いいでしょ? この人数が生贄になれば、この街は未来永劫救われるかもしれないわよ?」


 大蛇との戦闘時と同じく、周囲の気温が強制的に下がり始めた。雨により濡れた壁や床は凍り始め、辺りには異様な魔力が蔓延する。


「こいつ……魔導師か!!」


 ふいに。怒号をあげ滾る集団の前に、息を切らした一人の女性が両腕を広げて立ち塞がった。


「もう、やめて下さい!!」


 突如として涙を流して訴える女性。ライアは未だ記憶に新しい女性を見て短い声を漏らした。


「リリー?」


「もう無益な争いはやめて下さい」


 生贄になる筈だった張本人の登場に、口々に話す街人達。


「私と母は、この方に命を救われました。本来生贄である筈の私を、赤の他人である私達を……命を懸けて護ってくれました。知らない人の為に命を懸けるなんて普通の人には到底出来ません。今まで私達は魔物を恐れるあまり、自分達の意思というものを完全に見失っていたのだと思います。大蛇は倒され、もうこの街に来ることはありません。これからは自分達の力で考え、行動し、しっかりとこの街を護っていく事が今の私達に出来る事だと思います」


 暫しの沈黙。言葉が届いたのか、洗脳が解けたのか、街人達は各々に武器を下ろす。殺す為に掲げられていた得物の切っ先が全て、殺意を無くして項垂れるように地を向いた。


「魔物を恐れるあまり洗脳されていた、か。後ろの姉ちゃんの言う通りただの魔物だったのなら、俺達は一体どれだけの尊い命を無駄にしてきたと言うのか」


 街人の一人が消え入りそうな声でそう口にする。過去を思い出し涙する者、魔物に対する怒りから拳を強く握る者、様々な後悔がそこには在った。振り返ったリリーは二人に対して頭を下げる。


「この街の呪縛を解き放って下さって、本当にありがとうございます。腰を抜かしてしまった母も、今は家に居て無事です」


「別に、私はこの街を護ろうだとか思っていた訳じゃなかったの。ただ、目の前で理不尽な理由で人が死ぬのを見ていられなかっただけよ」


「それでも、ですよ。本当にありがとうございました」


 述べられたのは心からの感謝、嘘偽りの無い想い。街人達は各々にその場を去り、先程までの競り合いが嘘のように静かな空気が回帰する。小屋の中に残ったのは三人。未だ止む事の無い雨が、天井の風穴から降り注ぎ続けていた。


「ところで、少しお聞きしたいのですが」


 そう切り出したリリーの手には、生贄が自身の心の臓を貫く際に使役される聖剣が握られていた。


「その剣は……」


 セリカは不思議そうな表情で聖剣に視線を落とす。


「この街で生贄の習わしが始まったのが、今から丁度百年前だそうです。百年前にある男がこの街に訪れ、この聖剣で生贄の心の臓を貫くようにと教えを説き、そのまま置いていったとお聞きしました」


「リリーさん、その聖剣を少しお借りしても宜しいですか?」


 静かに手渡された聖剣。


「これは……」


 ずっしりとした感触と共に、セリカの表情があからさまに曇る。

 

「これは聖剣なんかじゃない、むしろ妖刀の類いだよ。持っているだけで嫌な感じがする。まるで何かを引き寄せるかのような」


「まさか、その聖剣様があの大蛇を呼び寄せていたと?」


「あくまで仮説だよ」


 顎に手を当てて考え込むセリカに対し、リリーは気まずそうに口を開く。


「お二人は魔導師ですよね?」


 軽く頷く二人。


「もし可能であれば妖刀を処分していただきたくて。私達は魔力を持たないので扱い方とかもその……」


「もちろんですよ、一度持ち帰って色々と調べてみます。この妖刀を街に持って来た男の手がかりはありますか?」


「死霊使いを名乗っていたという事くらいしか」


「死霊使い? 聞いた事が無い。解りました、ありがとうございます」


 これは責任を持って何とかします、と聖剣が強く握りしめられた。


「それでは失礼します。改めて、本当にありがとうございました」


 リリーは深く会釈し、その場を後にする。


「じゃあ私もこれで」


 彼女に続こうとしたライアの腕が掴まれた。踏み出された足が地につく事は無く、引っ張られた為に動きが止まる。


「待って、ライア」


 まだ何かあるのかしら、と不満を孕んだ視線が向く。


「まさか貴女が魔導師だとは思わなかった。貴女に少し興味があるの。一緒に来ない?」


「やめておこうかしら? 私、協調性が無いからきっと迷惑かけるわ。口も悪いし目付きも悪いし」


 気怠そうに踵が返される。


「決した日……」


「何か言ったかしら?」


「十二年前のレスティア王国襲撃の件について、核心に近付けるとしても……?」


 律動的に奏でられていた足音が止まる。振り返ったライアは、何かを探るようにセリカの目を真っ直ぐに正視した。


「ごめんなさい、ずるいよね。けれど、傷を抉ろうだとかそういうつもりは一切無いの。ただ、私はレスティア王国所属の魔導師。一人で行動するよりも核心に近付ける可能性はあるかなと思ってね」


「……言われてみればその通りね」


 顎に手を当てて、考える素振りを見せたライアは肯定する。


「そしてその強さ、貴女に興味もあるの」


「ごめんなさい、レズっ気は無いの」


 目を細めた悪戯な笑みに対し、呆れからかセリカはため息を吐いた。


「貴女でもそんな冗談を言うのね」


「私の身体の半分は冗談で出来ているから。残りの半分も冗談」


「はいはい……」


 それで、と切り出したライアは僅かに首を傾げる。


「これから何処へ行くつもりかしら? まさか宛もなく誘っている訳じゃないわよね?」


「とりあえず一度、王国に戻ろうと思っているの。この妖刀も調べてもらいたいしね」


 豪華な装飾が施された妖刀。日本刀に酷似したそれは白を基調とした鞘に、抜けば不気味な程に透き通った銀色の刀身が姿を魅せる。


「あ、ちょっとライア……!!」


 強引に妖刀を取り上げたライアは軽く一振り。不自然な程に手に馴染む刀に驚きながらも、彼女はそのまま何度か振ってみせた。


「良い刀ね」


 刀身を映す蒼い瞳が満足げに煌めく。


「貴女まさか」


「私が使っているこの刀、斬れ味悪いもの。鍛冶屋で譲ってもらった余り物だし」


「肉厚の大蛇をたった一振りで倒した人が何を言っているの。この妖刀は危険だから王国で鑑定してもらうの」


 今度はセリカが無理矢理に刀を取り上げる。


「はいはい。それじゃあ行きましょうか、レスティア王国へ」


「そう言いたい所だけれど、今日はもう遅いからこの街で泊めてもらう事にして、明日に此処を発とう。心配しなくても大丈夫だよ? 王国魔導師である以上、空間転移魔法の修得は必須だから」


「あら、それは心強い」


「空間転移魔法は制約が多過ぎて大変なんだけれどね」


 ぽつりと独白。それから二人は他愛もない会話を交わし、街の宿へと向かった。

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