ヴァインバック家
「全く、何なのよもう」
訳が分からないと言わんばかりに眉を顰めるライア。レスティア王国城下町を散歩する彼女は、魔導師とすれ違う度に舐め回すような視線を浴びていた。
「ジロジロジロジロ、落ちつかないわね」
後頭部を雑に掻いたライアは、今し方すれ違った魔導師に舌を突き出した。前方から注意を逸らした彼女は、歩いていた誰かと衝突。短い悲鳴をあげた相手は尻餅を付いた。
「ごめんなさい、大丈夫かしら?」
即座に手を差し伸べたライアの瞳に映ったのは、まだ幼さの残る少女の姿。
「端的に言う、触らないで」
前髪が切り揃えられた日本人形のような美しい黒髪。血のような深紅の瞳の奥が揺らぐ。それは紛れも無い拒絶だった。何処かで会ったことあったかしら、と思考が巡らされるもそんな訳は無く。
「どうして? 私の不注意でぶつかってしまったから、せめて手を貸そうと思ったのだけれど」
意地でも手を引っ込めないライアと、意地でも手を取らない少女の視線が交わる。
「あんたからは呪術師の臭いがする」
投げ掛けられた言の葉に驚きを示すライア。
「よく解ったわね、昨日戦ったばかりなの」
「……戦った? 相手は?」
「アルデア・ヴァインバックだったかしら」
次に目を見開いたのは少女の方だった。
「端的に言う、よく生きてた」
座り込んだままの少女はライアを正視する。何かを見定めるような、そんな視線だった。
「確かに強かったわね、危うく殺されるところだったわ」
「端的に問う、どうして笑っていられるの?」
「端的に言う、別に死ぬ事なんて怖くないからよ」
言い終えた彼女は、一呼吸置くと首を横に振った。
「いや、違うわね。私には大事なお友達ができたんだった。端的に言う、前言撤回」
ねえ、と不機嫌そうな声を発した少女。
「端的に言う、人の口癖真似しないでくれる?」
「変わった口癖だったからつい、ごめんなさいね?」
それよりも、と痺れを切らすライア。
「早くこの手を取りなさいよおチビちゃん、そろそろ腕が痛いのだけれど」
未だ見つめあったままの両者。手を差し伸べるライアと、それを頑なに拒む少女。
「……ありがと。でも、おチビちゃんは余計」
冷戦のような状況下に折れたのか、むっとした顔で差し伸べ続けられていた手を握り返した少女は立ち上がる。
「あら? やけに素直じゃないの。あと一時間くらいは覚悟していたのだけれど」
そこでライアは気付く。そんなやり取りをする自身の周囲を魔導師達が囲んでいる事に。
「ライア、こっち」
突如として小さな手に込められる力。少女は手を握ったままライアを連れて、逃げるようにその場を離れた。
「ちょっと何処へ行くのよ!! 大体どうして私の名前を知……」
「端的に言う、今は黙って着いてきて」
少女に引かれるがまま城下町を走り抜ける。様々な路地や大通りを超えて、辿り着いたのは城の裏手にある緑が生い茂る薄暗い庭だった。見上げる程の大きな木の根元に腰掛けた少女は、周囲に誰も居ない事を確認すると安堵の息を吐き出す。
「何なのよもう。大体貴女は何者なのかしら」
「あたしはフィンドラ、王国魔導師」
「何処かで聞いた名前ね……」
セリカと出会ってからの記憶を順に辿るライアは、閃いたと言わんばかりに頷いた。
「微睡みの森の、カヤの結界を張った人ね」
「端的に言う、正解」
「結界術が得意なんでしょ? 並の術者じゃ解く事すら出来ないってセリカが言っていたわ」
言い、フィンドラの隣に腰掛けたライア。
「一秒間に千回、結界を形成する魔力術式の乱数が変化する。解き方を知らなければ、解く事なんてほぼ不可能」
「聞いただけで頭が痛いわ、結界術は苦手なの」
「端的に言う、ある程度学んでおいて損は無い。戦闘における防御にも応用が利くから。それよりもライア、あんたどうして街中で注目を浴びているか知ってる?」
隣に腰掛けるライアに視線が向けられる。
「そうそう、私はそれが聞きたかったのよ。けれどその前に、どうして貴女が私の事を知っていたのか教えてくれるかしら?」
「だから、街中で注目を浴びているから。一部の魔導師が秘密裏に、あんたとセリカを呪術師側のスパイだと広めている。魔導師には呪術師を恨む者は多い、後は解る?」
短い思考の末、口元を歪ませたライア。
「なるほど、私を殺そうとしている者がいるのね」
「端的に言う、セリカと一緒に居るのが祟ったのかもしれない。あの子は心を閉ざしていた分、周囲との関係をほとんど持たなかったから。周りからの印象もあまり良くなくて、一部からは気味悪がられていた。そんな子がある日突然知らない魔導師と、呪術師に纏わる妖刀を持ち帰ったとなるば疑われるのは当然」
「セリカはそんな子じゃないわ。あの妖刀だって、ラルに鑑定してもらうまでは得体が知れなかった訳だし。私を疑うのは構わないけれど、彼女の事を悪く言うのは赦さないわよ」
そういう訳じゃない、とフィンドラは語気を強くした。
「セリカは周囲との関係をほとんど持たないから、そこに付け込まれた。誰かが話を捏造して広めたのかも。彼女の事をほとんど知らない者が多いから、悪い噂が立ったところで否定する者は極小数」
「なるほど、汚いやり方ね」
皮肉の篭もった笑みを浮かべたライアは、隣に腰掛けるフィンドラに視線をやる。
「なに?」
「ならどうして、おチビちゃんは私を助けてくれたの?」
「結界の件だってそう、あたしはセリカと関わりがあるから、そんな子じゃない事くらい解ってる。だからあんたの事も助けた。そもそもその噂を広めた者にある程度の目星は付く。いや、目星どころか間違い無く解る」
誰なの? と問うライアに対し、フィンドラは虚空を仰いだ。
「端的に言う、ヘルマって男」
「知らないわね」
「知らなくて当然、王国魔導師だから。昔からヘルマの周りでは魔導師がよく死ぬ。それも決まって、今回のように噂が広まった人ばかり」
「その男が呪術師の可能性は? 今の話を聞いた限り、内部紛争で戦力を減らそうとしている風にしか聞こえないわ」
「恐らく正解。ヘルマは王国側からマークされていた。けれど決定的な証拠が掴めない。身体に月の刻印も無いし」
「となると、違うのかしら。益々解らないわね」
深い思考に小さな唸り声が上がる。
「あんたの言う通り、内部紛争で出来るだけ多くの戦力を削る……恐らくそれが本当の目的」
「削ってどうするの? 襲撃でもするのかしら?」
そこまで言い、ライアは何かを思い出したかのように目を細めた。
「おチビちゃん、王国パレードの件……呪術師が知っている可能性は?」
愚問と言わんばかりに首を傾げたフィンドラ。
「端的に言う、無い。開催は魔導師内の極秘事項。街の人達に知らされるのは開催の二週間前になってから。あと、おチビちゃんは余計」
「開催はいつ?」
「今からちょうど一ヶ月後」
「つまり、今現在は王国魔導師以外は知らないと」
「そう、それがどうかした?」
小さくため息をついたライアは胸中を吐き出す。
「アルデアが知っていたわ」
「え……? その話が本当なら内通者が居る事になる。恐らくヘルマで間違いはないけれど、よりにもよって王国パレードの件をヴァインバック家が知っているのは厄介」
聞き慣れぬ言葉に首が傾げられた。
「ヴァインバック家?」
「そう、ヴァインバック家。呪術師は二大王家が主な力を握る。いや、正確には握っていた。今や片方は廃れる所か消滅し、現在の勢力はヴァインバック家の一強」
ちょっと待って、とライア。彼女は脳内を整理すると、散らばった言葉を繋げて形にする。
「二大王家なんて聞いた事が無かったわ。という事は、アルデア・ヴァインバックはその末裔という事かしら? そしてそのヴァインバック家に所属する呪術師達が粒揃いだと?」
「端的に言う、どっちも正解。内通者がヘルマで間違いなければ、彼も恐らくヴァインバック家に付いている呪術師」
なるほど、と顎に手を当てたライアは、視線を流して脳内で話の整理をする。




