決意
「セリカ、貴女も属性持ちなんでしょ?」
赤黒い血の大鎌を指差し、率直に問うライア。膨大な質量でありながら華奢な体躯と細腕一本で振り回す様は、彼女にとっても衝撃的だった。
「そうだよ。貴女が氷であるように、私の属性は血。酷いよね、女の子なのに」
自嘲の混じった苦笑い。
「酷い? むしろ素敵ね。血は万人に流れる生命の源、それを力として行使出来るなんて素敵な事じゃない」
大鎌に軽く触れたライアは持ち上げようと試みるも、微動だにしない事に吃驚する。
「褒めても何も出ないよ?」
「あら、出ないのかしら? レスティアにあったドーナツが食べたかったのだけれど」
未だ座り込んだままのセリカに差し伸べられた手。躊躇い無くその手を取り、大鎌を支えに立ち上がったセリカは、いつの間にか群れを成した残党の道化狸達を抉るように見据えた。
「百と少し……という所だね。まだこんなに居たとはね。けれど、街の規模的に恐らくこれが最後」
道化狸の群は各々に爪や牙を剥き出しにし、獲物を喰らう瞬間を心待ちにしていた。
「タチが悪いわね、人の姿をしたままだから」
周囲を見渡し冷静に分析するセリカの隣で、臨戦態勢と言わんばかりに刀が構えられた。
「セリカ、貴女は下がってなさい。此処は私が殺る」
「冗談じゃない、だったら貴女の背中は誰が護るの?」
「自分で護るわよ。もう魔力もほとんど残っていないんだから、後ろで大人しく見てなさい」
表情を曇らせたセリカは俯く。
「此処で首を縦に振ったら、あの時と同じになるから」
だから、と小さく紡がれた言の葉。
「私は……私は……!!」
語尾が強く言い放たれ、俯いていた顔が上がる。その顔に一切の迷いは無かった。瞳の奥で揺らぐ決意は覚悟の証。共に戦う事を決めたセリカの想い。
「もう逃げないって決めたんだ」
身体を百八十度回転させ、自身の背をライアの背にぶつけたセリカ。
「だから、一緒に戦う」
その背に温もりを感じたセリカは、心の奥底から湧き出る感情に身を浸す。負ける気がしない、それが彼女の抱いた率直な想いだった。
「悪かったわね、セリカ。要らぬ心配をして」
「解れば宜しい。ライア、ありがと」
背中合わせの為に互いの表情を確認する事は出来ないが、両者共に口元には笑みが浮かんでいた。
「どういたしまして、セリカ嬢」
「それじゃあ行こうか、ライア丸」
「もっとマシなのにしなさいよ」
「お互い様だよ」
いつかのやり取り。
背中を反発させ同時に飛び出した二人は、各々に道化狸達を斬り裂く。飛び散る鮮血、短く吐き出される吐息、怒号に似た断末魔、振られた得物の風切り音、そして篠突く雨。様々な喧騒が混じり合い、今この空間は極限にまで張り詰めた。
互いが互いを気に掛け、互いが互いを護る。
「今度は偽物じゃないようね!!」
雨に濡れた艶やかな黒髪を靡かせ、セリカの背後に迫った道化狸を斬り裂くライア。確かな手応えを感じ、間髪入れず次の獲物へと視線を移す。
「偽物!? 後で詳しく聞かせてもらうね!!」
繊細な茶髪がセリカの表情を覆い隠すも、露出している口元は笑っていた。ライアに襲い掛かった道化狸が大鎌で両断され、胴体が真っ二つになった道化狸は悲鳴すら赦されず地に屈した。
互いが返り血塗れになった頃。魔力を惜しみ無く発揮した消耗戦は、それから五分と経たずに道化狸側の全滅により終結。
「生きてる?」
力の行使で疲弊し切った二人は広場の中央で座り込んだ。
「当たり前よ」
安堵も束の間、死体の山の中でゆらりと蠢く影。露になったシルエットは、死線のなか唯一生き残った道化狸だった。徐々に座り込む二人へと近付いた道化狸は、一定の間隔を空けて足を止めた。
「レイさん……」
悲痛な声を発するセリカ。胸元の黄色い花をあしらった首飾りが記憶を蘇らせる。ララドに着いた頃、二人を街の入口で迎えてくれた妊婦の女性だった。
「お願いします……お願いします……」
嗚咽混じりの声、レイは涙を流しながら何かを訴えるようにして歩みを進める。覚束無い足取りではあるが、その行先は確実に二人の元だった。
「お願いって、何をですか?」
「お腹に子供が居るんです、母親として死ぬ訳にはいかないのです。この子を立派にするまでは見守ってあげたいんです」
ただならぬ状態に目を細めるライア。
「警戒して、ライア」
「ええ、解ってるわ」
小声でやり取りをする二人の元へ更に近づくレイ。
「お願いします……私と私の子供の為に……」
その先に紡がれるであろう言葉に耳を傾けたライアは、最悪の展開を予測する。
「死んでください……!!」
突如として地を蹴り凄まじい速さで飛び掛かったレイ。鋭利な爪を剥き出しにし、獲物の心臓を一突きにせんと腕を突き出す。空気を貫きながらも一点にのみ力が込められた爪、それは寸分違う事なく心臓を射線上に捕らえた。
だが、ライアは動かなかった。
否、動けなかった。
「全く──」
そんな彼女の左手に握ってある刀が、セリカにより奪われたと思われた刹那、レイの首が刎ねられて地を転がった。
「死にたいの? 貴女は」
転がって尚開かれたままの目は、未だに涙を流したまま。止まっていた時間が動き出したと言わんばかりに我に返るライアに、刀が押し付けるように返された。
「敵に情けを掛けちゃ駄目だよ。殺しに来る相手なら尚更、情けを掛けて自分が死ねば意味が無いでしょ。そこにどんな理由があったとしてもね。貴女なら解っているでしょ? 自身が死ぬ事で悲しむ人がいる事も」
「ありがとう……」
何かに奪われていた意識を回帰させる為、何度か行われる瞬き。次いで、率直なお礼を述べたライアは刀を受け取ると感覚を確かめるように強く握った。




