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呪華の詩  作者: 葵(あおい)
邂逅、終わりの始まり
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生贄の習わし

「おかあ……さん……」


 頬の温もりに、意識は覚醒する。知らぬ間に流していた涙を袖で拭った女性は、自身が夢を見ていた事に気付く。


「またあの夢……もうあれから十二年も経つのに」


 大きな吐息と、口元に浮かぶ皮肉を孕んだ笑み。間接照明のみの薄暗い部屋で上半身を起こす女性は、天井を見据えて物思いに耽った。


 彼女はそのまま、近くのテーブルに置いてある水を一気に飲み干す。喉元を通過していく冷たさが、朦朧としていた意識を幾らかマシに覚醒させた。


「全く、同じ夢ばかりね」


 立ち上がり、時刻を確認した女性は鏡と対面。深い海を連想させる蒼い瞳、背中程までの艶やかな黒髪、左目には真黒の眼帯。


「……なんて顔してるのかしら」


 至極当然だが、其処に在るのは自分自身だった。左耳で暗闇を反射しながら揺れるのは十字架のピアス。そして黒のノースリーブ、黒のラフなショートデニム、全身黒を基調とした格好の女性は、入口に立て掛けてあった刀を手に取ると外へ出る。


 篠突く雨は弾丸の如く地を叩く。

 分厚い雲に覆われた空は僅かな月の光すら漏れ出ていない。


 まるでそれは彼女の胸中の代弁。


 土地勘の無い初めて来た街である為に、黒髪の女性は何処へ行く訳でも無く、見晴らしの良い広場へと歩みを進める。


「そんなに遅い時間では無いのに、人気が無さ過ぎる」


 何故だろうかと、女性の中で湧く単純な疑問。


 周囲の建物に目をやるも、明かりは一切灯っていなかった。雨による喧騒と明かりの無い街、それ等が合わさる事で異様な雰囲気が蔓延る。視界を悪くする雨と無機質な灰色基調の建物。何処か別の世界へ来たと錯覚する程の、色の無い景色が広がっていた。


「不気味ね」

 

 そんな錯覚を掻き消す為に細められた瞳が、雨音に包み込まれた周囲の状況を映す。空、舗装されていない荒れた石造りの道、灰色に枯れ果てて(こうべ)を垂れる木々、様々な箇所に探るような視線が向いた。


「独り言ばかりの私の方が不気味だけれど」

 

 (おど)けながらの独白。


 生活感だけは感じられる街や広場を超えた女性は、十字路を曲がり細道へ。そんな中、建物の近くを歩く彼女は強い力で引っ張り込まれ、狭い路地に尻餅をついた。


「貴女、どういうつもりなの!?」


 痛覚が痛みを認識するよりも早く降り注ぐ声。周囲に聞こないようにか、控えめな声色で怒鳴る黒いフードを纏う女性。背はあまり高くなく、大きな金色の瞳と肩程までの繊細な茶髪が印象的な女性だった。


 彼女は質問の答えを急かすように、今しがた引っ張り込んだ女性を睨み付ける。


「どういうつもりって、何の事かしら?」


「あのねえ……いい? 私はセリカ。どういうつもりで、あんなに危ない事をしていたのかって聞いているの」


 未だに座り込む女性の額が柔らかく小突かれた。何度か瞬きをして思考するも、彼女に思い当たる節は無い。


「ごめんなさい、何を言っているのかさっぱり解らないわ? 私はこの街の人間じゃないから」


 額に手を当てて首を左右に振り、大きくため息をつくセリカ。


「貴女、名前は?」


「……ライアよ」


「貴女は何者なの?」


「何者でもない、ただの流れ者よ。たまたま宿泊していただけだから」


「流れ者ねえ……この街の事は?」


 ふーん、と何かを探るようにして目が細められる。変な動作や感情の振幅は何一つ見逃さまいと、金色をする瞳の奥が揺らいだ。


「別大陸から船で来ただけだから何も知らないわ」


 再び大きなため息。同時に、諦めた様子で手が差し伸べられる。


「いきなりごめんなさい、私のせいでお尻濡れちゃったね」


 手を取ったライアは立ち上がると、汚れてしまったお尻をはたいた。


「傘も持っていないしそれはいいのだけれど、説明してくれるかしら? この街が一体どういう所なのかを」


「簡単に言えば支配され狂った街だよ」


 ゴミ溜まりの路地裏で、換気ダクトの起動音だけが雨音と混じって喧騒を裂く。二人を除く人の姿は皆無であり、それが街の異常さに拍車を掛けていた。


「支配?」


「そう、文字通り。この街には一年に一度、若い女性の生贄を捧げるという狂った習わしが存在する」


「生贄? 一体誰に捧げるのかしら?」


 周囲を見渡し何も無い事を確認したライアは、答えを急かすような素振りを見せた。


「神の使いと崇められている魔物に」


 皮肉な事に、と続けたセリカは僅かに瞳を淀ませる。


「この街では聖祭と呼ばれる行事なの。神の使いと呼ばれる巨大な蛇の魔物の前で、生贄に選ばれた女性が聖剣で自らの心の臓を貫く。その亡骸を魔物が喰らい、その年は何の厄災も無く街は護られる」


「何よそれ……下らない」


 突如として浮かんだ冷たい表情を見、セリカは言い知れぬ寒気を感じ取る。自身の背に凍った舌が這ったような、歪な寒気を。


 同時に彼女は思う。

 この子は本当に冷たい表情をする、と。


「私が貴女を引っ張り込んだのはね、その蛇の魔物がまもなく現れる頃なの。街の人達は我が身の可愛さに誰一人関わろうとしない。たった一人……ほら」


 誘導するようにして、視線は広場に向けられた。


「生贄のあの子を除いては」


 白いフードを被り正装に身を包む女性の右手には、豪華に装飾された白い鞘の刀が握られている。遠くからでも怯えていると解る程にその手を震わせながら、女性は今か今かとその時を待っていた。


「助けてくれてありがとう。ねえ、セリカ? あの魔物は本当に神の使いなのかしら?」


 あの魔物、と言ったライアの目に映る白き大蛇。鋭い眼は血走っており真紅に染まっている。鋭い牙を伝って地に堕ちる唾液が地を溶かし、地より白煙があがっていた。


「本当にそう思う?」


「だって貴女がそう言ったもの」


 身体を器用にしならせながら滑るように移動する大蛇は、獲物を探しているのか低い呻き声を発している。時折突出する三又に別れた舌が、話し込む二人の嫌悪感を煽った。


「あんな禍々しいものが神の使いな訳が無い。正体はただの人喰い魔物。律儀に聖祭の日はこの街に来る、ある程度の知能はあるみたいだけれど」


 二本の松明に似た明かりが灯される高台。そこに登った生贄の女性は、白き大蛇の姿を捉えて瞳の奥を恐怖で揺らがせた。


 自身を喰らい殺す、神という名の殺意に。

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