一章 【目覚め】
いつの間に眠ったのだろうか。体が重く、瞼を開けるのが億劫だ。こんなにも体がだるくて起きられない事なんて久しぶりだ。でもそろそろ起きないと紅葉に怒られてしまう。
あの優しい大切な人はちょっと呆れながらも起こしてくれるだろう。その声を聞きたいが為にこのままもう少し眠っているのも有りかもしれない。
そんな事を考えていたら、頬に髪が落ちて来て触れた。そこで一気に思考が鮮明になっていく。
「紅葉!」
勢いよく起き上がると、周りは瓦礫だらけだった。自分の周りは少し片付けられているのだが、砕けた分厚い壁の破片や家の残骸、恐らく地面だったであろうレンガや壊れた電灯。そして露わになってはいけないはずの、土壁が見える。
土壁は冷たい雰囲気を漂わせていて、砕けてしまっている空を投影させている天井の明かりが不気味に照らしている。ところどころに禍々しい色の長い何かが有りまるで鼓動するかのように点滅していた。まさかあれが根の一部なのだろうか。
「起きた。」
はっとして後ろを向けば、自分を介抱してくれていただろう少女が座っていた。頬に垂れて来たのは彼女の髪だろう。漆黒の長い黒髪に蝶のピンを前髪に着けている。綺麗な少女なのだが、表情は余り無く人形のような印象を覚える。折角綺麗な子だと言うのに、残念なことにそれが不気味な雰囲気に拍車を掛けている。
「っ!」
声を出そうとして喉に違和感を感じて思わず咽る。
「大丈夫?まだ繋がったばっかだから、喉に血が残ってたんじゃないかな。」
「・・・・は?・・!そうだ!紅葉!」
こんな事をしている場合では無い。この崩壊した場所が自分が居た場所ならば、紅葉はどうなったのだろう。あの時の光景はきっと死にそうになった自分が見た幻覚だ。急いで探さないと。
「この地区の人は、全滅したと思うよ。」
まるで考えていることが分かっていますとでも言うかのように、少女が言葉を紡ぐ。
「君は死んだ。でも僕の適合者だったから今こうしてまた生きてる。」
「さっきから・・何を言ってるんだ・・・?」
起きたばかりの脳が少女の言葉を処理することを拒んでいる。大体、死者を生き返らせる呪印なんて聞いた事も無い。
「アゲハ~。ちゃんと説明して上げないと分からないと思うよ~?」
ガラガラと言う音と共に、瓦礫の山の上に男が現れた。垂れ目の男だが、その左目は見えない。顔の3分の1程を眼帯の様な仮面の様な物で隠しているからだ。
彼は瓦礫から飛び降り、少女の横に着地するとまだ立ち上がれない自分に向かって手を差し出して来た。
「俺は柘榴。こっちの子は鳳蝶、アゲハって呼んで上げて~。君の名前は~?」
「こ・・紅鏡・・。あ、あの・・これは・・・?」
警戒しながらもその手を取り立ち上がる。柘榴と名乗った男はずっとにこにこと笑みを浮かべている。胡散臭い、と思いながらもアゲハという少女よりかは話が出来そうだと判断した。
「まずこの場所だけど、紅鏡が思っている通り君が居た地区だ。多分夢だと思ってるかもだけど~君の身に起きた事は全部事実だよぉ。」
それを聞いた瞬間に呪印を発動させる。本当にアレが夢で無かったのなら、種蟲が居て皆を危険な目に合わせて、紅葉を。
「お~。紅鏡の呪印は『鎧』か~。珍しい呪印だね~。」
一般的に「鎧」と呼ばれている能力の種類。体を鎧に包むのではなく、自身を鎧そのものに変化させて攻撃防御速さ全部を上げる事ができる呪印。鎧と呼ばれているが、どちらかと言えばロボットの様に見えるかもしれない。その呪印が紅鏡の能力だ。
アゲハが何かを言おうと口を開けたのが見えたのだが、そんなことを気にしている場合では無い。
二人を無視して一気に走り出す。崩壊した町は、よく見れば確かに自分が生まれ育った場所で間違い無かった。
間違いであって欲しかった
この町を守る為に必死に戦ってきたのに、彼女を守る為だけに戦ってきたのに。
僅かに残った街並みを走り紅葉の家の方へと急ぐ。
残骸には血肉が着いていたり、蟲の残骸が転がっていたり。だが不思議な事に遺体は転がっていなかった。
なら、もしかしたら何処かに避難しているのかもしれない。自分が生き返っているのと同じで救助されているのかもしれない。
「え・・・」
瓦礫が殆ど片付けられた場所が視界に入った。そしてそこに、大量の遺体が並んでいる。その近くで灰色の男が遺体を埋めていた。
ふらふらとした足取りでその方向に向かう。いつの間にか呪印を解いていて、カツカツと言う金属の音から靴が土を踏む弱弱しい音が耳に届いた。
「お前一人か。柘榴とアゲハはどうした。」
マスクを着けた顔の半分が見えない男が横目でこちらを見た。だが動きは止めずに遺体を埋める作業を続けている。
「嘘・・だ・・」
そこにある遺体は見覚えのある人たちだ。美味しいレストランを営んでいた陽気な小父さん、パン屋の小母ちゃん、いつも紅葉といつ結婚するのか聞いてきたお婆さん、最近子どもが生まれたばかりの若奥さん、そして
「も、みじ・・」
間違える訳が無い。ずっとずっと一緒に育って来た、大切な大切な愛しい人。どんな時でも優しく自分を支えてくれていた紅葉が、頭から縦に切り裂かれている。
「・・・悪いが、左半身は見付からなかった。恐らく蟲が食ったんだろう。」
男の声が聞こえたのだが、どこか遠くで聞こえたように思えた。右半分しか無い彼女に触れるが、一切の熱量は無く硬く冷たくなっている。
「あ・・ああ・・・ああああああ!!!」
大声を上げて泣いたのは、初めてだった気がする。止まることなく涙がずっと出てくる。どうやって止めれば良いのか全く分からない。
どうして、どうしてこんなことになったんだ。
灰色の男は泣き叫ぶ自分を放置して、住人達の墓を作り続けていた。