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青空崩壊録  作者: 八百九九
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プロローグ2 【日常の崩壊】


「紅鏡ー!おかえりー!」


 紅葉の明るい声が聞こえた。この声を聞くと、自分はちゃんと帰って来たのだと実感が出来る。


「ただいま紅葉。」


 自分よりも頭一つ分くらい小さな紅葉の頭を乱暴に撫でる。そうするとちょっと怒ったような声色で手を振り払われるのだが、これが帰って来てからの日課のようなものになっているので止める事は出来ない。

 紅葉もやられる事が分かっているのに近くまで寄って来るのだから、本心では嫌がっていないのだ。


「怪我はしてない?一週間掛かる任務だったから、手足の一本無くなって帰ってくるんだと思ってたよ。」

「おいおい酷い言い方だな~?この通り五体満足に帰って参りましたよ、お姫様。」


 既にあの約束から3年の月日が経過しているが相変わらず苗からの攻撃は続いているし、地上を取り戻せるような大きな進展も無い。だが、まだこうして生きている。

 

 紅鏡が就職した会社は「楽園(エデン)」と言い、人類が地下で生きていく基礎を作り上げた会社だ。蟻の巣の様に作られた地下世界を大きな壁で覆いそれを管理している。言い方は悪いが、人類の今の住処は蟻の巣キットと呼ばれていたアレに類似している。あれの透明ケースが管理されている壁と言ったところだ。

 楽園には沢山の呪印持ちが居て、苗が作り出した生き物を捕食する種蟲と呼ばれる化け物を日々退治している。壁で管理していても相手の方が力が強いせいか何処からか侵入されてしまうし、一部の地区は根によって壁が破壊されているとも聞いている。正直、人類が滅びるのも時間の問題なのだろう。

 

「俺が居ない間は何かあったか?」

「これと言って何も無いよ。地区壁にヒビとか、種蟲を見たとかそう言った話題も無し。平和そのもの。」


 そんな会話をしながら家へと向かう。道中でおかえりと言われたり、お疲れ様と言われたり、結婚はいつするんだとか茶化されたり。

 2人が産まれ育った地区は、所謂田舎と呼ばれるような場所だ。Nー23地区と言うこの場所は主に野菜や果物を生産している。

 呪印持ちが産まれることも滅多に無く、現在登録されているこの地区出身の呪印持ちも紅鏡だけ。


「お墓参りしてから帰る?」


 紅葉が横道を指さして足を止める。


「・・・そうするか。」

 

 紅鏡の両親は赤子だった彼と共に別の地区に移住しようとしていたのだが、その道中に種蟲に襲われて亡くなった。奇跡的に生きていた紅鏡を引き取ったのが、紅葉の母親。紅葉自身の父親もその時には病気で亡くなっていて、色々と複雑な環境であった。

 そしてその紅葉の母も、5年前に種蟲の襲撃に巻き込まれて亡くなっている。

 墓地に着くと、迷いなく奥の方にあるお墓へと向かって行く。


「お父さんお母さん、おじさんおばさん、中々来てくれない紅鏡をやっと連れて来たよ。」

「悪かったって。」


 紅葉の言葉にトゲを感じ取りながら、墓石をじっと見た。綺麗に手入れがされていて、まだ水々しい花も活けられている。


「紅鏡が居ない時、毎日来てたの。・・・無事に帰って来て欲しいって、守ってて欲しいって、毎日。」

「・・・・。」

「・・ねえ、まだ・・その仕事続けるの?」


 ぎゅ、と服の裾を掴んで来た彼女の瞳は涙ぐみ、声は震えていた。


「…ごめん、まだ辞めるつもりは無い。」

「…………うん、知ってた。…ごめんね、変な事言って。」


 へへ、と泣きそうな顔で笑う紅葉に心が痛んだ。それでも辞めるつもりは一切無かった。


「帰ろっか。」


 彼女の言葉に返事はせずに頷く。正直紅葉の優しさに甘えてしまっているという自覚は有る。何時かは添い遂げたいとも思っていても、まだ自分は色々な意味で弱い。せめて彼女を守れるだけの強さを手に入れてから。


 そんなことを考えていた時だった。


 とてつもない爆音と共に地面がぐらぐらと強く揺れる。立っているのは不可能な揺れで


「きゃあ!?」

「うわっ!?」


 完全に油断していたから、と言い訳をしたい。

 考え事をしていたから、と言い訳をしたい。


 でもそんな言い訳なんてもう意味が無い。


 あの時の自分を殴りたい、そう思っていても無駄。


「紅鏡!!!」


 紅葉の叫び声が耳に残っている。


 何故か隣に居たはずの彼女が下に見えた。自分がとっさに呪印を使って飛び上がったのだろうかと一瞬混乱したのだが、その答えは直ぐに分かった。


 自分の体が動かせない  飛び上がった視線が弧を描くように落下する  世界が逆さまに見えた



 そこで見えたのは、首を無くして血を噴き出し倒れそうになっている自分の体。

 その後ろで大きな土煙と共にいつの間にか立っていた種蟲と、血に濡れた種蟲の大鎌。

 紅葉の悲鳴と、崩れる自分を抱きとめようとしている細い腕。


 ダメだ、逃げてくれ

            声は出ない


 地面に落下する刹那、自分以外の血が噴水の様に上がったのが見えた。


  嗚呼 世界が真っ暗だ




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