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シフォンと茜

奇跡過ぎる。

にゃーちゃん…… 神。

二人が思っているかは別の話だし、男はきっと何も考えすらしない。

「シフォンのパジャマも部屋着も多くあるだろう? 茜ちゃんに貸してあげなさい 」

「にゃーーーーちゃーーーー 」

抱きつきたかった、抱かれたかった。

シフォンの額を右手で押さえつけつつ車に戻る。

「車戻してくるから、二人ともお風呂行きなさい。 お泊り用品はついでに買っておくから…… 」

茜が何を何処まで感じて考えたか、きっとにゃーちゃんには解っていた。


車が何処かへ走り出す様を見届けると、二人はさっきまでいた室内へ戻ろうとドアノブに手を掛ける。

「えっと…… 」

瞬間的に記憶を無くしているのではなかろうか? と疑ってしまう詩穂の鍵を探す仕草だが、今回は流石にすぐに見つけると鍵穴に鍵を入れることに集中し始める。

「詩穂、さ、ん? 」

声を掛けたくなるほど、詩穂の鍵穴に入れる手先の動きは定まらず挙動不審だった。

と同時に鍵を開けて、やや重い扉を開けて満面の笑みを見せた。

「茜ちゃが暫くお泊りー いえーい! 」

答えは簡単だった。 詩穂は不器用ではなく、好みの女の子を前に妄想していただけだった。

「か、ぞく、みたいだ、ね 」

少し力なくゆっくりと唇を和らげて笑顔を作った茜が続けて詩穂に言う。

「詩穂さ、ん、は、何で、守ってくれる、の? 」

意外な質問だったし、守ってくれるという茜のお姫様発言に鼻が疼いた。

「今日の事はにゃーちゃんがしてくれたし、あたしは何も出来なかったし、寧ろごめんね? 」

「詩穂さん、が、謝る、こ、とは、ない、です、よ? 」

相変わらず不思議な言い回しも詩穂からすればどんとこいなのだが、取り敢えずそろそろ室内に入らないと乙女の肌を狙う輩が現れるので流石に気にした。

「茜ちゃ…… 虫が入ってくると嫌だから二階に上がろう? 」

「うん 」

1階部分、所狭い店内は何人かまだ残っている。

雑音と感じない程度の話し声がやや耳についた。

店内に残っている人がいても鍵を閉めた。 このお店の正体が少し気になり茜は中心から隅まで目を配ると一つ一つのテーブルを囲むように人が手を動かしている。

「これって、まーじゃ、ん? 」

リアルで見たことも無い茜だからこういう喋り方なのか、天然なのか詩穂はもう気にならない様子で言葉に応えた。

「にゃーちゃんのお店は、喫茶店のような雀荘のような感じでね? この時間お店は閉まってなきゃいけないんだって 」

フロアの明かりも霞んで見える程、煙草の揺らぐ煙が二人には堪えるようで、カウンター裏の階段を足早で進むとカウンター内のメイド姿のスタッフに声を掛けられた。

「おかえりなさいませ 」

女の子にしては少し大きく感じる事に茜は違和感があった。

詩穂はすぐさま、ただいまと声を掛けて二階部分に足を掛けていた。

「詩穂さ、ん? 」

何処から何を聞いたら良いのか、解らなかったが聞きたかった。

「あの娘はね? 男の娘だよ。 びっくりした? 」

「ふぁっ? 」

何だそのラノベ展開は? と鈍い茜でも反応してしまうには充分なインパクト。

振り返り男の娘を確認しても自分達と対して変わらない見た目。

身長を抜かして言うなら、男の娘と言われないと解らなかった。

だからこそ茜の世界は揺れた。

「にゃーちゃんが一緒にいる人であたしも良くは知らないんだ。 悪い人じゃないからね? 」

「う、ん…… 」

今日一日が余りにも展開が多すぎて、目が回る程楽しかった。

終わりが来る事を考えるのが嫌で二階に上った茜は口を開けなかった。

「茜ちゃ? 」

「…… 」

気持ちを読めないまま空気が変わったのだけ悟り声を掛けた。

泊まる事が嫌なのかな? もっと早い時間に帰ろうって声を掛けたら良かったな。

詩穂は深読みして、無い胸と無い頭が破裂しそうになり呪文を唱えた。

「ごめんなさい 」

詩穂に使える最上級の愛の魔法を訴えた。

「ずっと…… 一緒にい、たい、ね? 」

俯きながら目を合わせず詩穂の両手を握り呟いた。

詩穂の頭の中は白い建物、屋根には十字架が光差し、重く鈍い鐘を鳴らしていた。

隠し切れない唇の波打つニヤケ顔を片手で抑え、詩穂は風呂場を案内しつつ話した。

「う、うん。 ずっとずっと仲良しでいてね 」

これ以上は言えない…… 勇気も無い。

二人が無言になる前に立ち止ると説明をする詩穂がいた。

「ここね? お風呂場だよ。 二階部分はね、にゃーちゃんがいる部屋とあたしの部屋でしょ? 後はお客様のお迎え部屋とかがあってね、今日はあたし達だけだし二階部分は鍵を掛けられるから入っちゃおうか? 」

「一緒に…… はい、る? 」

頭の中は現実なのか妄想なのか理解することは無かった。

シフォンの妄想はピークに到達、絶頂18禁ラッシュで茜の全てが……

「マジで? 」

茜の柔らかく力無い笑顔を前に、詩穂の中年モードが宇宙(そら)を仰ぎ右手の拳を突き上げる。

「女の子、どう、し、だから…… 良い、も、ん…… ね? 」

変わらず喋る間、顔を俯かせて話す茜。 一瞬詩穂は妄想の合間にゃーちゃんが何を言うか、足りない胸と頭で考えていたわけだが。

部屋にあるバスタオルと部屋着を二人分、光の速さを超えるくらいに階下に響かせ用意をしていた。

「あ、茜ちゃ? サイズ(胸だけが) ちょちょちょ、ちょっと合わないかもだけど、お風呂しちゃおっか? 」

余計な言葉はいらなかった。

にゃーちゃんはいないのである(鬼の居ぬ間になんとやら)

茜は恥ずかしげもなく嬉しそうに詩穂の意見を受け入れると、部屋着の上着を軽く眺めて言った。

「お腹出ちゃ、うか、も? 」

丈は合っているようだが、どうしても胸の高低差で詩穂の部屋着では茜は窮屈明らかだった……

「あ、茜ちゃ…… 」

詩穂は今から一緒にお風呂に入れる興奮もあって、余り貧乳を気にしない素振りだったが、明らかに茜と自身の差に気まずさがあった。

「う、ん? 」

自分の放った一言が、今日一で何よりも切れる鋭利な刃物であることに気付かない。

茜の無垢な笑顔を前に、詩穂はそれ以上言えなかった。

ただ何となく、貧乳は希望も夢も詰まっている。

あたしの全部はにゃーちゃんの!

そんな自己暗示を誇りに変えて、タキシードに身を包んだ紳士のようにお風呂場のドアに手を掛けた。

「じゃあ…… い、一緒に入ろっか? 」

瞬間すらなく茜の頷く姿を確認した詩穂の頭の中。

いいいいいいけない、いいいけない、いけないよおおおおおおおお!

詩穂の心の中、ミニ妖精達と詩穂が大パレードを行進中。

構わず茜が脱衣所へ先に踏み入った。

タイツと解っているのに、ニーハイの先を眺めただけで顎の骨が割れてしまいそうになるが負けじと詩穂も堂々と続いて扉を閉めた。

「ま、負けないもん 」

両手を後ろ向き、ドアノブに手を掛けて鍵を回した詩穂は誰かと戦っている。

誰か?

それは詩穂のみにしか解らない。 茜が迷わず詩穂の目の前で衣装に見えるフリル沢山の黒いゴスロリ服を脱ぎ始める。

「やっぱ、り、恥ずか、しい…… か、も? 」

女の子の恥ずかしがる顔も好きだ。

そんな詩穂の頭の中は、大砲が打ち込まれ応戦中……

勇気と剣を振りかざし魔王に切り込んだ。

「あたしはこのまま入りたいもん! 」

直球勝負というより欲望のみ、剥き出しの中身だけが茜に吐き捨てられたように見える。

が! 茜が返した言葉は純粋だった。

「自分…… お、友達、と、お泊り、も、お、風呂も、一緒、に、した、こ、と、無いか、ら? 」

鼻血は出そうだった、詩穂は人生至上無いくらい感動に巻き込まれて応戦した。

「あ、あたしもだから、大丈夫じゃないかな? 」

「そう? 」

茜は顔色一つ変えず詩穂に応えた。

逆に詩穂は自分の手刀を首筋に二回三回打ち込んだ。

年頃の女の子が窮屈に感じない程の広さの脱衣所なわけだが、窮屈に感じているのは小さな胸と大きな胸の差ではなく茜の後姿を眺める視線だった。

白い壁に映る影が微動だにせず自分の影と重なったまま。

それを見て茜が下着に手を掛けるのを躊躇った。

「詩穂さ、ん? 脱が、な、い、の? 」

電池の切れ掛けた玩具のように動き始めて焦った様子を見せる。

「ちょっ、つい見ちゃったよ 」

頬を赤くしてやっと服を脱ぎ始めた。 詩穂は行動しながらも茜を見ては照れる。

それを何度か繰り返し服を脱ぐ時間は大分掛かっていた。

「かわ、いい…… ね? 」

言われた詩穂は流石に恥ずかしくなったのか、視線を逸らして服を脱ぎ下着も脱いだ。

そして、口元を上げて笑顔を見せるとその先には、どうしても見たかった景色があった。

はずだった……

「んなっ! 」

バスタオルを胸の高さまでくるんで詩穂を見る茜。

金返せ! バカ野郎! と心の中が叫ぶ、叫ぶわけだがそれも良かった。

心がほっこりとして癒された。

詩穂自身は裸で対面しているわけだが恥ずかしさは忘れている。

「期待しちゃったじゃないか 」

素直なのかおっさんなのか解らない発言その刹那。

バスタオルで武装された鎧を急降下させて茜は笑顔を見せた。

「期待、どお? り? 」

お互いの時が止まった……

目が点になった。

茜がやや右下のほうへ俯いてしなければ良かったと恥ずかしい気持ちを押し出した。

その茜の前で自分の頬を叩く詩穂がいて、脱衣所は混沌に包まれることになる。

「お、お風呂入ろ 」

快進の一言だった。

「ね、え? 」

茜は大胆な行動と裏腹に俯いたまま感想を聞きたい素振り。

「茜ちゃ…… それ大きすぎるんじゃ? 」

反則というか何なのか、同じ歳でここまで山の差が出て良いのか?

詩穂は、妬ましく羨ましくそして何より満足に、緩んだ口元を手で押さえる事無くサイズを遠回しに拝聴した。

「え、ふ? くらいだ、と…… 」

レベルも未熟な勇者がラスボスを前に何処まで出来るか?

答えは、何も出来ないまま終わりである。

詩穂の初期レベルでは何も太刀打ち出来ない、ボスを目の前にして思うことは単純だ。

勝てる気がしないというよりも、生板の上のなんとやら。

「ア、アイドルも顔負けだね。 っていうか茜ちゃ、全部が凄すぎて眩しいよ! 」

両目を何故か閉じて斜め下に顔を向かせて勢いのまま喋りきった。

同時に、詩穂の硬直気味の身体首筋に掛けて、、茜の両腕が優しく重さを感じさせた。

抱き締められた事に気付いて目を開く。

「あ、りがと…… う? 」

耳元で弱く鈴が鳴るように聞かされた瞬間。

高木さん? 高木さん? 貴方はぶーですか? あたしはぶーです!!

子供の頃に好きだった緑色やピンク色の溶けないどろりとした液体を思い出した。

自分の無い胸全域に中身の詰まっているプリンをしっかりと受け止めて詩穂は流血した。

「あ、茜ちゃ…… 」

無敵と呼ぶには鬱陶しい程の笑顔と、直接言ってしまえば巨乳に鼻血は我慢ならず引力に逆らわなかった。

「詩穂さんも、かわ、いい、よ? 」

表裏なんて考える事無く心の中の何かが、地雷原の戦場を駆け抜けて一目散に茜というゴールを目指し純粋でいて凶悪な欲望が顔を覗かせた。


あーーーーーーーーーーーーーーーー


ちゅうしたい。


注意点ではないが二人は同級生女の子同士である。

抑えられない気持ちを心の中で開放して、詩穂はお風呂に入ろうと声を掛けたのだ。

その点だけで言えば、主演賞を取れる程の勇気と演技力ではある。

が! 説得力無く詩穂は抱きつかれたまま、茜の背に両手を回してお願いした。

「あ、もう少しこのままでもいいかな? って 」

止まる気配を感じさせない。 鼻血が止まるまでそのままで良いんじゃないか?

室内は空調も働いて、夏の夜中というのを感じさせない時間が流れている。

「お、ちつい、た? 」

優しい気持ちを二人とも感じ、浴室の引き戸を開けた。

来客も考慮されて造られた為、ちょっとした宿の風呂場と差はない。

「おお! 」

小学生低学年が発想する泳いで良いのかな? を一言で表すには充分で、詩穂も初めて見たとき、同じ事を思ったなと隣で共感する。

「にゃーちゃんのお風呂広いでしょ? あたしが初めて見たときね、泳いじゃったよ 」

泳ぐと言ってもたかが数メートルだろうか、お風呂の大きさも形も家庭で見るものではない広さに気分は上った。

「凄い、ね ?」

「にゃーちゃんは収入が入ると、周りのことに使っちゃうらしくて、お風呂もこんな風にしたらしい 」

並んで口ぽかーん……

気付いたように詩穂はシャワーの場所まで案内して、これも並びで腰掛けて石鹸やらシャンプーを二人で相談し始めた。

「旅館、み、た、い、だね? 」

数種類のシャンプーや石鹸を見て笑顔になる茜の背に、ボディソープを泡立てた塊を当てて背中を流す詩穂。

「あたしが使ってるのは、そこの棚のやつだよ? 」

平仮名で<しほ> と書いてある棚を見ると、茜が愛用している物と変わらない事に気付く。

「自分と、一緒で、すね? 」

「そうなの? 気が合うね 」

洗い流した背中に満足して隣に座り、髪を洗う為にシャワーを手にすると、茜がお返しに詩穂の背中を洗おうとし始める。

詩穂は髪を洗いながら、そんな悪いよ…… と雰囲気を出しつつも髪を洗う手は全く動いてなかったし、蒸気で曇り始めた鏡をそれ以上曇るなよと目を見開いた。

お陰でパッチリと開けた目に、悪意の無いシャンプー攻撃を受けて目が沁みた。

「髪も、あら、うね? 」

目が、目が今正に攻撃を受けている詩穂なのにお願いしたいし断る理由など無い。

「う、うん! 」

腰を掛けた足を内股気味で左右に折り、太股の中央に強く握った両手を置く、好きにしてくださいと背中方面の天使に期待した。

目が沁みて痛いのか、茜の行動に涙したのか、詩穂にしか解らないわけだが、とにかく詩穂の目は赤く充血していた。

お風呂がこんなに緊張することを知ったのは、大人になったような気がする詩穂だった。

二人とも身体を洗い流してお風呂に浸かると、お湯を掛け合ったり潜ってみたり、子供に帰る時間を楽しんでお話をした。

「宿題も課題もやらなきゃなー 」

「商業科は、宿題な、いよ? 」

学科の違いの天国地獄は知っていたが、夏休みのこの差と二人の胸の差は気持ちが萎えた。

良いなという気持ちを押し付けて、脱衣所で着替え始めるとドアがノックされてるのに気付いた。

「にゃーちゃん? 」

それ以外考えられないだろ? と状況が無いのに聞く詩穂。

「茜ちゃんの着替えお母さんから預かって来たから置いておくよ? 」

駐車場に車を置きに向かったと思っていたのに、茜の家にあの時間挨拶しに行ったんだ。

そんな電話一本で済む話じゃないのは解っていたけど……

泣きそうになった。

その気持ちも本当ではあるが、こうも考えた。

にゃーちゃんがあたしの裸を見たいんじゃないか?

そう思った詩穂は胸に一度手を当てて、裸のまま茜の荷物に手を伸ばすが、既に男の姿は無く階下へ続く扉も閉まっていた。

「にゃーちゃんいねえし…… 」

期待とは裏腹に何事も無く、茜に荷物の入ったバッグを渡す。

お互いの髪を乾かし合いながら、いつか本当の旅館にも行ってみたいね? と同じ気持ちで着替えまで終わらせて詩穂の部屋に戻った。

テンションが深夜独特の方向へシフトした二人は、眠くならないのを良い事に茜の好きなお話を沢山していた。 ゲームからアニメ、そしてラノベに至り本題が顔を出した。

「詩穂さ、ん? 麻雀する、の? 」

少し前に自分はネット麻雀では高段者と言うだけあって、詩穂も麻雀が打てるのか知りたい様子だった。 詩穂は少し考えた後に気まずそうに言う。

「リアル麻雀は打てるよ。 でもねにゃーちゃんが、麻雀を打てると言ったらダメって言うから、学校では話さないし知らないフリしてるんだぁ 」

にゃーちゃんの約束事が麻雀にあって。

一つは賭け事をしない事。

一つは教えない事。

麻雀の本質は賭事だからってきつく言われてるの。

「古い、んじゃ、ない ? 」

今ではテーブルゲームの一つとして、インターネット麻雀の需要も高く年少者から年配者までが参加している時代。

その多くは賭け事として栄えた遊びであり、博打が本質なのだと詩穂は教えられた。

「にゃーちゃんの考えは昭和の頑固おじさんだよ! でもね、周りの人とは違う何かがあってね? あたしだけは信じていたいのだ! 」

どれだけ歳の差があるかも解る会話で、茜は気付いた事が幾つかあった。

詩穂とにゃーちゃんは他人だ、そこはもう会話から聞いて取れる。 そして幾つか解らないけど、にゃーちゃんはおじ様だ。 どんな繫がりで一緒にいるんだろうか? 凄く気になるけど、流石に聞けず話を戻した。

「お、じ様、だ? 」

「あ、あたしは全然気にしないし、にゃーちゃんのお嫁さんになれたら…… 」

テーブルを挟んで喋る詩穂。 これ以上無い赤面を見せた瞬間、顔をテーブルに向けて両手で隠した。

茜は何だか真面目なお話しだし、なれるよと声を掛けるべきなのかもと頭の中を過ったが、許せない気持ちも同時に持ってしまった。 口をへの字に作り少し考えた。

「ね、え? 麻雀のテーブル見、たい、よ? 」

甘いお話は聞きたくも無く、自動卓と呼ばれるテーブルを実際に見てみたいと言ってみた。

「お客さんいなければ見れるよ! 」

詩穂は顔を上げて携帯を取り出して、何処かへ連絡のメールを入れているようだった。

程なく返事が来たようで画面を確認すると、降りて来ても良いとの返事だったらしく茜に笑顔を見せた。

「お店降りて来ても良いって! 」

「おお! 」

弱い発声で驚きを隠さない茜と、機嫌の良い詩穂は立ち上がり階段を降りた。

二人ともそれぞれ寝巻き姿、趣味丸出しのまま店内に到着。 フリルの付いたピンク色の寝巻き姿の茜は、乾かした髪をそのままにしてワンポイントのウサギのワッペンが大人に成りきれない少女の雰囲気を出していた。

それとは変わってロングの詩穂は髪を一つに纏め、上はキャミソール下はショートパンツの部屋着代表コスで、夏休みの野原を駆け回る虫取り少年のようだった。

その二人に最初に声を掛けたのはメイド姿の男の娘。

「お疲れ様です、お嬢様 」

品のある喋り方が何処となく低音気味、今ならこの人男なんじゃね?

と茜は考えたがラノベ展開だとこの後は、敵か味方になるだろうと考え、暫し忘れることにした。

「にゃーちゃん! 」

テーブルを磨いていた男の姿を見つけ詩穂は声を掛けたが、返事は無く店内の照明が暗いせいか男の機嫌は良くなさそうに感じる。

ちょっとした間の後に、男は口を開いて聞いた。

「二人とも今日の分の勉強した? 」

いきなり言われたのは答え辛いもので、詩穂の小さな胸は滅茶苦茶危機感。

不味い! 非常に厳しい、上でずっとお話ししてたと言えない。

でも嘘もつけない……

「今日の分の勉強…… してませんでした 」

詩穂はごめんなさいと言うのが先だった、しまったと後悔したが先走って結果だけを話した。

にゃーちゃんの両肩から力が抜けて、何かを諦めたように小さく息を吐いた。

「二人は勉強が嫌いかもしれないね。全て完璧にとは言わないけれど、与えられた約束事は守らなければね? 」

左手をテーブルに置いて二人の方へ体と顔を向けて話し始めた。

「仕事をするのも車を走らせるのも、この国で生きるという事もね。 ましてや学校にも校則という物があるでしょう? 守れない様な事は差程無く、守らない人が世の大半だよ 」

ルールが世の中にはあるんだ。 そのルールを守れない人は余りいない、だけどルールに縛られず守らないことを凄いだろ? という勘違いがある人もいる。 ルールや約束事を守れた上で個性を出す事の難しさ、そういう事に気付ける人間でありなさい。

意味が二人に届くかどうかも男には解っているのだから、それ以上も以下も告げず二人の興味であるテーブルを一台披露した。

四角いテーブル、ビリヤード台に貼り付けてあるような緑色のマットが天板にある。

インターネットの画面とまあまあ似ていた。 テーブル中央に双六を始められそうなサイコロが二つ、違和感を覚えたが初めて見た麻雀卓にドキドキ出来た。

茜はテーブルに近づくとサイコロが入った場所のスイッチを押したり、探偵のような素振りで小さく頷いたり覗いたりしてテーブルの周りを徘徊し始めた。

一方詩穂は、先程の勉強の件でにゃーちゃんの言葉の裏はどんな事だったのか?

ごめんなさいも言えば良かったとか、足りない頭と胸の中で沢山考えてしまいテンションが下がっていた。

「シフォン 」

男は詩穂の頭に手を置くと、それ以上何も言わずカウンタの中へ足を向けた。 グラスを取り出して飲み物を注ぐ手には感情は感じられず。

明日から頑張らないと嫌われる。 詩穂は思いやっぱりカウンタに向かった。

「ごめんなさい 」

グラスを並べてトレイに置いた物を詩穂に渡しながら男は少し笑って叱った。

「楽しいと思うことだけをしていたら、何処までも落ちてしまうだろ 」

「はい 」

やはりそれ以上は言わず四つ置かれた飲み物を、詩穂は披露されたテーブルへ置きに向った。

メイド姿の男の娘が椅子に座りだし、髪を一つに纏めて気合を入れ始めた。

正確に言うならカツラを一つに纏めただけだが……

「今日は僕が勝ちますよ! 勉強勉強っていつも言われて寝る時間も削ったんだ。 肌に悪いし、いい加減認めてもらわないと! 」

胸の高さまで小さく両手を上げて握るポーズを茜が見て、正直オカマさんっぽいなと引いたが、これは深く考えずにラノベ的妄想へシフトした。

この展開だともしや? 今四人いるのだから麻雀が出来るわけで、そうなるのでは!

茜はマックス興奮して血が珍しくたぎった。

男の娘の気合を他所に、にゃーちゃんの静かさは変わらず茜は我慢出来なかった。

そもそも、今が良ければそれで良いと後先考えないで、我儘に生きているボッチなのだから言うことは決まっている。

「あ、の…… 麻雀しま、す? 」

おいおいおいおいー! にゃーちゃんの機嫌は悪いのだよ。

幾らあたしの天使と言えども、今は控えておくれよ。

前髪パッツン、おかっぱボブカット。

エフカップのスーパーアイドルでも今は許されないぜ!

瞬間、その様に取り乱した詩穂だが顔はニヤケた……

そもそも女の子(美少女限定) が好きなわけで、心底否定など出来ないのだ。

「お嬢様打てるの? 」

男の娘はすぐさま食らいついて、茜に卓に着いてくれと仕草をする。 当然その流れを見た詩穂は参戦しようとするが、どうしてもにゃーちゃんの機嫌だけが知りたくて、椅子に手が掛からない。

「シフォン。 座って良いよ 」

男は呆れ顔通り越して、川の字のような縦線が入る程脱力した姿だった。

これは良い経験になるかな?

誰かがそう思い、真夜中の麻雀バトルが今始まろうとしていた。

テンションマックス組の茜&男の娘、ローテンション組シフォン&にゃーちゃんの火蓋が切って落とされる。

ルールを知らない者はいない。

リアル麻雀派の三人とネット麻雀高段者、説明は要らなかった。

「ネット麻雀は出来るようだから、今日は少し手を抜いて始めようか? 」

にゃーちゃんの言うことは先を見過ぎていて、男の娘と詩穂は何を言ってるかよくは解らなかったわけだが。

茜は少しバカにされたと思って食いついて話した。

「自分けっこ、う…… じし、ん、ある、もんね? 」

相変わらずのコミュニケーション障害に詩穂は小さな胸がきゅんきゅんした。

にゃーちゃんは、その台詞を聞いても誤発声と多牌少牌に関しては罰符ペナルティ 無しと決めた。 悪意の無いルール違反について今回罰は無い。

茜は言われた事に疑問しか浮かばなかったが、ゲームを始めたらレベルの違いに流石に気付く。 男の娘が親となって席に着く、その位置から右回りに、にゃーちゃん、詩穂、茜と言う席順に落ち着いた。 開始から配牌取りの時点で茜は戸惑い、馴染んだインターネットとは既に違うやり取りが多く、視界の全て即ち他三人を敵視して緊張感が圧し掛かった。

ネット麻雀との違いを理解し、茜は大分慣れて牌を切り出す。

もう少ししたらちゃんと出来るぞ、そう思った矢先に声がした。

「ツモ、4000、8000 」

詩穂がいきなり勝負手を決めた。 茜ならいつも和了役(あがり役)が言われるものだと思っていた為、何が起きたか最初理解が出来なかった。

詩穂は

【ツモ、タンヤオ、ピンフ、三色、イーペーコー、ドラドラ 】

倍満で上るとホッとした顔を覗かせた。 それと同じく親だった男の娘が口を開く。

「何で僕の親のときにいぃぃ、そういう手は彼奴にぶちかましてくださいってば! 」

感情というか本当だけが卓上で木霊して額から瞼の部分を両手で押さえて神にでもすがる女の子っぽい男がいた。

「ご、ごめん…… 」

にゃーちゃんに褒められたくて覚えた人間観察ゲームが詩穂の麻雀だった。

男の娘の今日までの道程と努力を、硬いハンマーを持ち飴細工を割るのと同じように粉砕した事は余り理解していなかった。

そのやり取りの間、茜は指を折って役の数を確認し点棒の支払いを一番最後に済ませて詩穂に言った。

「格好、良、い、ね? 」

大分決定的なリードを詩穂は物にして、更におにゃの子に褒められた(好きと言われたと同じ)わけで今日こそはあたしが目立つ日だと確信した。

8000点という大きくもない穴を開けられ男の娘は暫く腐った。

にゃーちゃんと呼ばれる男は片膝を付き、面倒そうに瞬間瞬間で牌を持ってきては切っている。 何を持ってきて何を切るか、思考よりも周りの判断が遅すぎて彼だけが退屈していた。

詩穂だけは解っているが、本人の行動も五秒かかる。茜は十秒くらいだろうか?

男の娘は五秒。 差して、にゃーちゃんは二秒掛からないで行われる。

高段者である茜も流石に速すぎて着いて行けないことを感じていたし、そもそもこの男は考えて麻雀しているのか疑問に思う。

間があったかどうか解らない、にゃーちゃんと言われる男から宣戦布告が静かに告げられた。

プラスチックの擦れる音がしたと同時に、サイコロの設置してある中央部分に点棒が優しく設置される。

ボカロとは程遠く、比べたら劣化した女の人の声とにゃーちゃんの声が重なった。

立直(リーチ) 』

声の後の空気が重く変わったのを茜は感じたが、テーブル上に並べられた捨て牌を見ても警戒心は無かった。 茜の手牌には危険と思われる牌が無かったわけで、攻撃される事は低いであろう事が解りきっていた余裕の時間だった。

「麻雀はさ? 」

にゃーちゃんは口を開いて続ける……


日本では博打で栄えた、そもそも発祥の地は中国では無いようだよ。

シルクロードを渡って辿り着くまではエジプトの政…… つまりは呪い事として生れ落ちたのさ。

正確かどうかそれは知らないし、興味も無いんだ……

ただ本来、占いやおまじないとして行われた儀式が、何故ここに来て麻雀として存在するのかをね?

僕は興味があるし、今でも麻雀をしている理由なんだよ。


何周繰り返されたかは解らない中で、茜は躊躇わず自分を優先する行為を取った。

「通る、よ、ね? 」

立直を宣言しようと牌を横に曲げる。

茜の手からしても安全性が凄く高いはずの行動が止められた。

「ロンだよ 」

茜の身体が一瞬硬直して微細な電気が流れる。

右腕の着物の裾を左手で押さえ、にゃーちゃんは鉄製扇子で手牌を一辺に倒した。

「エジプトでは呪い事、中国では龍を召喚したと言うね。 僕のこの和了(あがりて) はレッドドラゴンとでも言うかな? 」

茜から奪われたこれは

【リーチ、チートイツ、ホンイツ、ドラドラ】

にゃーちゃんは24000点を慈悲無く命を刈り取る事により、茜のプライドを死神のように根こそぎ持っていった。

「全ての事象から学ぶことは星の数よりもあるわけだ…… 」

それぞれが深く考えている中、ゲームに止めを制したにゃーちゃんだけが続いた。

「二人とも、もう寝なさい。 明日はちゃんと勉強しな 」

乾いていて冷たくて、夏の日を忘れられるほど無機質だった。

にゃーちゃんが何で茜ちゃんから直撃して、わざわざ茜ちゃんのプライドをへし折ろうとするのか、あたしには理解できなかった。

にゃーちゃんは意味の無い事なんてしないから……

静けさだけが周りを包んで、何かを言わなきゃと思い口を開いたのは詩穂だった。

「そろそろ寝ないとね、茜ちゃ? 今日は疲れているだろうし 」

「ネ、トマ、ならナ、ンセン、ス、だって、言わ、れる…… 事故ってや、つ? 」

会話途中のまま割って茜は言った。

きっとにゃーちゃんの終わらせ方が納得いかないのだろうけど、誰がどう見ても茜が投げた牌を貫いて息を止めただけで文句を言える代物ではなかった。

にゃーちゃんはそれを聞いて、なお一言言って取り合うことはしなかった。

「さあ、二人はおねむの時間だろう? 明日は勉強して終わったらまた考えなさい 」

誰も何も言えず、男の娘のカツラは微妙にズレていた。

「こんな終わり方…… 」

男の娘は続けて言いたそうだったが、カツラがズレていて説得力も無く更にキモかった。

「きっと明日もあるだろうから、待てば良いんじゃない? 」

不思議とにゃーちゃんは一言、卓上に漏らすと詩穂に二階に上れと言いたそうに目を向けた。

詩穂からしたら、絶対のにゃーちゃんなのだから茜をなだめて二階へ誘うわけで、すんなり受け入れておくれとにゃーちゃん以外の誰かに頼んだ。

「茜ちゃ…… 悔しいかもだけど、あの人は別物って思って? 」

茜は今までの感覚と違うリアル麻雀に戸惑ったが、詩穂に聞こえる声で言い放った。

「麻、雀、は自分、の、身体、の、一部だ…… か、ら 」

詩穂は背中の神経に氷を詰められた気持ちになるも二人で階段を後にした。

茜はレアケースに遭遇しただけと、自分の行動に間違いは無かったと主張したかった。

リアル麻雀とネット麻雀に決定的な違いが在る事を茜に言うべきか、言わないで茜と一緒に寝るかを両天秤に掛けた詩穂は、血の涙を流す勢いで言葉をだす。

「茜ちゃ? 」

リアル麻雀は人の動揺まで卓上にみえるんだよ? ネット麻雀って本来見えるはずの相手の挙動は見えない。

ネット麻雀では鳴きを入れる瞬間、タイムラグによって感じることが出来るでしょう?

だからにゃーちゃんはそういった迷いとか、考えの遅れや間を感じて、あえて茜ちゃんを捕らえたと思うんだ。

何でにゃーちゃんが茜ちゃんを倒しに来たか解らないけど、にゃーちゃんはきっと、茜ちゃんに何か残すために実力の差を残して傷付けたと思うのね?

あの人が思うこと考えることは深すぎて、あたしじゃ解らないけど、何かを伝えたかったはずなんだ。

茜からしたら良い迷惑だしどうでも良かった。 だけどもう一度戦える雰囲気ではないのが解っていたから詩穂の部屋へ戻った。

自分は詩穂さんに好かれている、それは解っている。

だから詩穂とお話して何が違うのか見極めたかった。

階段を上って揺れたのは気持ちも胸も有るにはあるが、詩穂がにゃーちゃんという男を余りにも神格視しているのが気に入らなかった。 そして少しだけ嫉妬した。

詩穂は自分のお友達だし、誰にも渡したくないのだから……

いい加減眠らなければと思うも聞きたかった。 にゃーちゃんは何で麻雀しているの?

それを聞いた詩穂は少しだけ戸惑い、口を開こうとしたが携帯に連絡が入り我に返った。

詩穂の携帯はにゃーちゃんからしか着信音がしないからだった。


鳴り止んだ音の切れ間、詩穂は携帯を確認することなく茜に先にゆっくりしてと伝えて部屋を出た。

階段を降りるとにゃーちゃんがカウンタ席に腰掛けて、グラスを手に持ちアルコールを嗜む姿がある。

「にゃーちゃん……? 」

今日の事のどれを言われるか、心当たりが在りすぎてそれ以上は言わず隣に座った。

詩穂の背丈からするとギリギリ脚が床に着かない、カウンター席は詩穂のお気に入りの場所。

「お友達が出来て良かったね 」

そう言うとにゃーちゃんはグラスに飲み物を注いだ。

「うん 」

話された事は勉強しなさい、麻雀は賭け事だから理解した上で付き合いなさい。

簡単な事だった。

「物や行為に依存してしまうと落ちるとこまで落ちてしまうからね 」

それがどういうことか理解するには頭も胸も足りない詩穂だった。

「明日からちゃんと勉強します 」

「そうね 」

硬く渇いたものがぶつかり合う軽い音が幾つか鳴った。

後ろ中央付近のテーブルで、男の娘がカツラを脱ぎ捨てて牌を並べ直していた。

「あそこで7索連打がなあ…… 」

茜の刺さった局を一人で思い返している中年のおっさんに見えた。

メイド姿に髪型はソレであるから、罰ゲームを食らったいじめられっ子の影に見える。

「お友達は大切にしなね。 ただ何も言えない関係を築くのはダメよ 」

「はい 」

やっぱり解らないけど、茜ちゃんを大事にするというのは言われずとも理解してるのだから。

まだ茜ちゃんも起きてるかもしれないし部屋に帰ろう。

おやすみなさいを二人に告げると階段を上り部屋へ帰った。

いつもは気にせず開けるドアを、音を立てないようゆっくり開けた。

「おかえ、りん? 」

茜は枕を両手で抱き締めて詩穂を待っていた。 赤面の詩穂の心の中はきゃわわわ、と可愛いでいっぱいだった。

「茜ちゃ、めっちゃ可愛いよ 」

狐目な茜の瞳が一瞬開いて笑顔を見せる。

「詩穂さ、ん、も素敵、です、よ? 」

今なら暴走列車も片手で止められるくらい詩穂はテンション上った。

寝れない…… 今日はもう寝れない!

そう思うのに明日もにゃーちゃんに嫌われるような事をしてしまうかもと気付いた詩穂は部屋の電気を最小にした。

「茜ちゃ、あたしのベッド使って良いからね? あたしお客さん用のお布団取ってくるから 」

全部を喋りきらないまま茜が詩穂の手を握った。

「一緒、が、良い…… の 」

「んぐっ 」

詩穂の脳内はえっろいテロ行為に耐え切れなかった。

また鼻血出したらあたし変態だ…… 冷静に考えて一呼吸置き茜の顔を見た。

「お風呂、のぼ、せ、ちゃった? 」

茜がティッシュを取り詩穂の鼻にそっと押し当てた。

あたし…… もう駄目だ。


目が覚めたのはお昼前だった。

「お、はよ 」

横になったまま眠い目を擦る茜が、詩穂の胸をきゅんきゅんさせる。

「茜ちゃ眠れた? 」

上体をゆっくり起こして両腕を伸ばしたら、言われなくても大きいと解る胸ばかり詩穂はちらりと見てニヤケた。

「た、ぶん? 」

今日は気持ちを切り替えて勉強をしないとだから、二人は焦り屋さんとのんびり屋さんに別れて着替えだの髪を直すだのと準備中。 女の子だから急いでも30分、詩穂は前髪が決まらない事を気にしては直し、茜は髪を二つに分けてツインテールにした。

「きゃわわ 」

詩穂は前髪を直し満足と同時に茜のツインテールにどっきゅんした。

「そ、う? あり、が、と、う? 」

二人とも戦闘体勢を整えて階段を降りると、男の娘がおはようございますと顔を見せる。

今日はまた凄い事になって息を呑んだ。 腰元まで開いたスーパースリットな赤黒いチャイナドレス。 夏場なのに黒タイツまで履いて腰まで掛かるロングウィッグ。

見た目は完全に女の子というより大人の女を感じさせる威圧感である。

「ふぁ! 昨日、よ、り素敵だ、ね? 」

「タイツ暑くない? 」

男の娘は綺麗になるなら暑いのも平気。

涼しい顔でありがとうと言うと、カウンターへ作業をするために戻った。

にゃーちゃんの姿は無く、詩穂は朝食と昼食のどちらで済まそうか? それを考えつつも行動出来ないまま。

「うーん? 」

それしか出なかった。 顎の辺りを右手の人差し指を当てて考えてると、男の娘がカウンターテーブルの上に食事を用意した。

「お食事の用意が出来ましたー 」

何故? 語尾を伸ばしてトーン高めに言ったのか、詩穂は若干苛立ちもしたが右側の下唇を噛んでストレスを殺した。

「あ、ありがと 」

気持ちを隠せなかったかもしれないと気にはしたが、詩穂は茜とアイコンタクトでちょっとイラっとしちゃったよとアピール。

「素麺、おいし、そ、うだ、よ? 」

二人並んでカウンター席に座り、いただきますをハモらせた。

「色付き、の、欲しい、な」

数本の色を着いてる麺をおねだりする茜。 詩穂も本当は欲しかったが断れずに、良いよという仕草を見せた。 茜は口を開けて詩穂へ身体を向ける。

「あー、ん 」

来たー、キタキタキタ。 これはリア充の中でもランクの高いアレですかあ?

ニヤケ顔を抑えつつ、小刻みに箸を揺らせて茜に色つきの麺を食べさせてあげた。

「詩穂さ、ん? 」

お返しをされた瞬間に、口を大きく開けすぎてしまい、詩穂は麺を噛む事を忘れて喉に流し込み、むせた。

起きてから既に楽しい、食べ終わったら勉強しないとな。 勉強って何でしないといけないんだ?

そんな疑問を感じたわけだが、にゃーちゃんに嫌われるような事をしちゃダメだ。

我に返った詩穂は急いでご飯を食べようと思い、箸を急がせたものの咳き込んでまたむせた。

落ち着きゆっくりと食事をする茜と対照的で、そのやり取りを眺めていた男の娘は温かく笑っている。 食事を終わらせた二人の食器を慣れた手つきで男の娘は下げた。 シンクに向かって食器を洗う仕草を見せると、蛇口に手を掛ける前に自分のカツラを外して洗い物を始めた。

「ふぁ!? 」

カツラを濡らせたくない男の娘の癖を、詩穂は知っていたから驚きもしない。

茜は男の娘のやり取りを見て、やっぱりあの人はラノベっぽいなと思うのだった。

そして全くやる気のしないイベントを消化しなければと、お腹いっぱいになって重い脚を二階へ運ぶ二人。

「茜ちゃ? 今日はお勉強始めないと、にゃーちゃんに×っころされるから 」

伏せ字になる勢いではあるが、小さくされど聞こえるように告げると両肩の重さは増しつつ、空気も重く感じさせる雰囲気で部屋のドアを開けた。

商業科、普通科で課題も宿題も違う中、すんなりとテーブルに目的を進めるのは茜だ。 何処から手を付けたら良いのか? そこから頭を抱える詩穂。

やはり極端ではあるが、消化しようとする気持ちはシンクロしてはいた。

「茜ちゃ? 茜ちゃんは何でも出来ちゃうね? 」

何処から手を付けたら良いのか解らないまま、手を止めてしまうのだから助けてくれという気持ちを込めて詩穂は話す。

「自分、は、夏、休み? 期間? や、ら、なきゃ、いけ、ない、事、は簿記の、資格に、関して、だけだから? 」

目的が一つだけの少女は迷い無く見せ場を披露して、課題も沢山の詩穂を置いていこうとした。

だがそれを良しとしない詩穂は茜の脚を引っ張りまくる。

「じゃあ、じゃあさ? 茜ちゃ? あたしの課題も手伝ってくれる? 」

表情変えず茜は面倒臭いという顔もせずうんと頷く。

詩穂はそれを見て、にゃーちゃんに怒られないぜ! ざまー、と勢いづいた。

「ありがとう 」

 心の底から感謝した。 そして心の底からこの後どうしようしか考えなかった。

茜は課題を早々に終わらせると、詩穂の宿題を手伝いさっさと終わらせてしまった。

課題は本人がやるものだから、茜は自分の携帯ゲーム機を起動し、所謂乙女ゲーをやり始めベッドを占領し始めた。

要領悪くいつもギリギリの攻防を繰り広げる詩穂は、まだ課題を終わらせる目処も無く、勉強は何でしなければいけないのか? そこに拘り考え、自分の行動を制限したままフリーズした。

既に時刻は夕方で、茜はゲーム二週目を迎える前に詩穂に話し掛けた。

「詩穂さ、ん? 自分に、麻雀、お、しえ、て、ね? 」

詩穂は課題に追われてそれ所でもないし、ましてやネット麻雀高段者に教えるほど自分は打てないと思ったから間が開いた。

「リアル麻雀とネット麻雀の違いくらいなら、茜ちゃに解るように言えるよ? 」

考える事無く伝える事が出来る。 教える事が出来るのはそれくらいだった。

何だかんだ今日一日を通してやらなきゃいけない(怒られない量はやったぜ) と思う作業をこなした二人は、麻雀に対しての違いを話し合いだす時間に突入していた。

「茜ちゃ? 茜ちゃの単純な弱味はね? 」

まずは打つスピードであり、牌の並べ方であり間であると詩穂は言い切った。

少しだけ告げることの躊躇いはあったものの、詩穂と決定的に違う差は間であったから詩穂はそこから伝えた。

インターネットの麻雀では牌を鳴くことも、そうでない事も時間で解ってしまうし、何より相手の動揺や癖というものが、インターネット麻雀では出にくいのがひとつ。

詩穂の麻雀は、相手の観察が一番にあって自分がどう動くかは二番目と忠実に守り確立したわけだからプレイスタイルが違うと茜に告白した。

茜は、そもそもがゲーム感覚で実力を上げたプレイヤーであるから、麻雀は全部の局和了(上がり) に向かうゲームだし、それが麻雀と思う打ち手だった。

二人が話す事噛み合わない事といえば、目に見えない流れというものを意識してその場にいるか、目に見えない流れというものはそもそもが無いのか、大きく別つ意見は、まずここだった。

デジタル思考かアナログ思考かな話だが、茜と詩穂引いてはにゃーちゃんの実力の差は見て取れた。

そんな宗教染みた話なんか期待していないのは茜だけが思う話だが、詩穂は構わず続ける。

牌を鳴くときもだけど、鳴くやり方でもう一つの面子が透ける場合もあるし、その行動が相手からしたら狙いやすい事もある。

インターネット麻雀では決して解らない相手の動揺や癖というのも、リアル麻雀ではそれら全てが気付ける事もあると詩穂は言う。

「茜ちゃ? 茜ちゃは綺麗に萬子、筒子、索子、字牌と並べるでしょ? 」

それ事態が癖であって、にゃーちゃんからしたら何を並べている。

何処から何を切り出して、欲しい牌がここら辺だろう?

とかも考えて打っているんだよ。 そう言いたかった。

茜からしたら当然寝耳に水だが、少しは素直なようで詩穂に聞いた。

「詩穂さ、んも、そ、う、い、うの解る? の、か、な? 」

「あたしはにゃーちゃんのような人間感情察知機能はないよ 」

あの人はひたすら別物で、もしかしたら人ではないのかも……

とすら詩穂は思っていたがそうは伝えずに自分は未熟だと告げた。

詩穂が大体で言いたい事は、インターネット麻雀では自動的に並べられる姿。

萬子、筒子、索子、字牌というのもリアル麻雀にはないということ。

茜の理牌(牌の並べ方)はゲームのように決まってしまっていて、次に切り出される何かがある程度絞り込まれてしまう。 と同時にそこを狙い打つ事も、にゃーちゃんからしたら簡単であることがまず言いたい。 でもソレが難しい。

結局はにゃーちゃんはあたしたち高校生からしたら、幻想世界の住人であって化け物染みた何かを持って生きていると伝えたかった。

茜はその話を聞かされて、なお自分は負けないと詩穂に決意を現した。

インターネットとリアルでは勝手が違う。 圧倒的な感覚の差というものを詩穂は茜に教える事は出来なかったのかもしれない。

夕飯のメニューを聞かれるまでに話し合った麻雀の話は、お互いにとって無駄でしかなかったのかもしれない。

夕飯をお腹に収めた美少女達の数時間後、打ちのめされて気付くわけだが。

二人はまず

「夕飯何がいい? 」

と聞かれたにゃーちゃんの台詞に

「お肉! 」

と言い放ってハモった。 にゃーちゃんのお財布が悲鳴を上げるのも間違いなかったはずなのに、エアコンの効いた室内ですき焼きでもしなさいな? そう言うと、詩穂の部屋にコンロとお肉セットを男の娘に運ばせた。

何故か男の娘の頭はヅラが取れていて若干気持ち悪かったが、部屋でお気に入りの美少女と夕飯を食べられる詩穂は機嫌が良かった。

持って来てもらった結果だけに、ありがとうとさっさと言い放ったが、お肉が少ないんじゃないのか? と思う苦い思いを言えないまま二人で分担を始め楽しんだ。

宿題自体は既に無く明日からは課題を終わらせるだけの二人なのだから、夕食を済ませればこの後の時間に、にゃーちゃんを倒してやろうと心の中で悪魔がお互いに囁いた。

それがにゃーちゃんの逆鱗に触れるのか、一夜漬けでにゃーちゃんを倒せるのか?

ネット麻高段者の美少女とリアル麻雀玄人の美少女。

下克上の舞台が始まるのだが、今はすき焼きを作るところから始まってるわけで暫くは食べ終わりそうにも無いことが作った事もない二人をあたふたとさせた。

「茜ちゃ? すき焼き作った事ある? 」

「あ、る、わけ、ないでしょ、う? 」

まあjk二年目の二人には壁も高く食欲を満たすまでは程遠かった。

二人で悩む事暫く……

お互いが携帯レシピを検索中。

「おお! あたしこれなら見て作れるかも! 」

そう最初に口火を切ったのは詩穂で、画面を何度も読み返し頷く頷く。

上へ下へ目を配らせて更に頷く姿勢を可愛いなと思い、茜は暫くその様子を観察しながらコンロに火をつけて時間を進ませている。

牛脂といわれるサイコロの形をした脂の塊を、二つ三つと投げ入れて小気味いい音を鍋が立て始めた頃。

「茜ちゃ! もしかして作れる感じ? 」

いい加減作れる気持ちに浸っていた詩穂は、茜の慣れた手つきに気付いて質問してしまった。

茜は言われた瞬間に動揺はせず、このままお肉を入れてしまえと脂が引かれた鍋へ肉を投下した。 当然作ったことは無い。

「今、み、た…… もんね? 」

少し自身無さそうに言う茜。 それとは真逆にお肉を引いて、熱が伝わる前に砂糖を入れてと順調に暴走をしては先走る。

「茜ちゃ、本当に器用だね 」

「そ、う? 」

照れてはいるも茜は一瞬のミスも許されない状況下、調べた事を順番に消化して詩穂と協力して作り上げた。

完成に至っては二人とも両手を挙げて喜んだが、味を見る前なので大きい胸と小さい胸の二人は同じく不安を抱えた。 そんな中で二人とも覚悟を決めたのか、いただきますと手を合わせ、同時にお肉から箸をつけたのが性格の根本を垣間見た瞬間だった。

「いただきます! 」

お互いの卵を割りあって、食器の中に卵を落とす。 素敵で小さな時間を惜しんだが食べてみれば納得の味。

「お、いしい、ね? 」

「うん! 」

二人の次からの箸の進め方も、食べる時間の掛け方も似てすらないまま。 ゲームやアニメ、昨日の麻雀のお話しと夢中で過ごす。 時間を掛けて沢山沢山今を惜しんで食事を楽しんだ。

茜は時折、何処か陰を落とす表情を見せるものの、それに気付いては話掛け方が解らない詩穂は少しだけ寂しい気持ちになったが、大切にしたいお友達……

彼女はあたしが守るんだ!

そう決意を確認して茜の顔を覗いては、胸と顔を見返してニヤケていた。

「茜ちゃ? ずっと仲良くしてね 」

そう言う事で茜の何かを和らげたかった詩穂は、いつもは緊張して言えない台詞をしっかりと言えた。

「うん。 詩穂さ、ん。 側にいてね? 」

思春期の少年が赤面して顔を俯かせるように、詩穂は俯いてニヤケて自分の鼻の辺りを手で押さえながら何度も首を縦に振った。 全力で上下した。

「ずっといるよ 」

パレードが心の中で始まり、鐘が鳴り響く妄想が爆発した。

茜ちゃ、大好き! 一生一緒にいたいおーーーー!

心の声を茜は知らないし、二人は女の子同士。

ここまでは誰しも解るお話。

「ごちそうさまー 」

女の子二人が食べる量も、たかが知れているしそうは多くなかった。 なのに食事から二時間ほどが経過、いい大人なら晩酌をして寝ようかと頃合は見て取れる。

二階から二人で片づけを分担し、交互に降りては上ってを繰り返した間。 一階部分のお店であるフロアに客足が無い事を確認した茜は、詩穂にこの後また麻雀が打ちたいと言い出すタイミングを見計らっていた。

「お風呂しよっか? 」

晩酌など無い二人だから自然な流れだし、何も悪い事は無いが詩穂の顔は少しだけ頬に熱を持つ言い方だった。

「う、ん 」

その顔を見ても茜は詩穂を好きで一緒に入りたいと思い返事した。

前日ほどの大きな展開は無いものの、詩穂の心の中は凄かった……

その一言でいっぱいになるほど刺激が強かった。

アール指定でもなければ、18禁展開でもないのだが……

詩穂の想像もとい妄想は思春期の少年のそれを軽く越えるのだから、詩穂は大満足で髪を乾かしてはニヤケた。

「詩穂さ、ん? 」

最中、少し聞き取り辛い声の大きさで茜は詩穂に話し掛けた。 ドライヤーを止めて茜へ身体を向けると、そのまま茜は詩穂へ抱きついて麻雀を今夜もやりたいとお願いする。

詩穂はにゃーちゃんが何て言うか解らないな? と疑問は持ったが、茜を抱き返してお願いしてみようか? と余韻を楽しんだ。

そのやり取りの際、二人が裸であったかどうかは二人だけの空間のお話。


宿題も課題も済ませてる、にゃーちゃんの機嫌を悪くさせる事はないのだが……

詩穂は何処か腑に落ちないまま、それが何か解らないのに階下へ足を運ばせて話しに行こうと決めた。

階段を降りようとした、その様子を気にして耳を澄ませば男性の話し声が聞える。

「良い娘達じゃないですかー 」

少し煙っているようで、アルコールの匂いと空気を嫌いながら茜の手を握ってカウンタへ降りた。

そこには男の娘とにゃーちゃんが向き合い、お酒を飲んでいる姿だけが覗く事が出来た。

私達の話をしていたとすぐに気付いて、本題は言えず一言声を掛けるしか出来ない。

「にゃーちゃん…… 」

声に反応して無造作に髪を流した頭を二人へ向けた男が、右手で持ったグラスの中の氷をゆっくり回っているのを見ながら詩穂へ声を掛けた。

「やあ、そろそろお休みの時間だろ 」

にゃーちゃん大好き詩穂はご機嫌斜めを空気で悟り、思考回路は直ちに自分の部屋に逃げなくては! (もう寝なさいって言われてる!×っころされる!)

さてと、避難、避難。

そういうわけだから、茜ちゃ? 愛の巣へ帰りましょ?

「麻雀…… し、ま、せん、か? 」

あ、茜ちゃ? 不味いよ。にゃーちゃんの機嫌は絶対悪い。

「茜ちゃ? 明日明日、明日のほうが良いよね? 」

「や、です 」

俯いて肩に力が入ったまま両手を握って立つ茜。

しばしフリーズし、何で空気呼んでくれないの?

とにゃーちゃんの機嫌と美少女の我儘を両天秤に量り、両手で頭を押さえて天井の照明を見て現実から逃げた。

ひたすら時間よ、過ぎておくれと詩穂は祈ったわけだ。

が、夏場の空気とは思えないほどひんやりして、誰かの怪談話を必要に感じないほど背筋が凍った。

そこに助け舟を出したのは男の娘で、にゃーちゃんのグラスに強めのお酒を注ぐと聞こえるように、僕が麻雀したいと言おうと思ったと笑顔を見せる。

「昨日のはちょっと大人気ないですよ! 僕だって見せ場を作れたのに、今ね二人を僕が呼びに行こうと思ったんですよー 」

男の娘がにゃーちゃんを倒す為の、人数合わせとして二人を呼びに行こうとした。

だから、二人を巻き込む形で僕が闘いたいんだ。

言葉の表面上ではそう捉えられるやり取りを、不機嫌そうなにゃーちゃんは見回していた。 カウンタから出てきて何をするかと思えば、グラスの中のアルコールを一気に飲み干して静かに男の娘に近づいた。 茜だけがボーイズラブ的なアレを期待し大きい胸が高鳴ったが、零距離に達したにゃーちゃんは男の娘の頭に手を置いて髪を撫で下ろした。

はわわわわわわわ!

詩穂と茜はこのやり取りを刹那的思考で最上級に連想、妄想を繰り返し広げたが頭の中の結果とは違った景色が男の娘を襲った。

重力に逆らわずカツラを取られ、無残な髪型の男の娘だったオカマ姿だけが二人に写った。

笑いを堪えられず詩穂は笑った、茜はやっぱりこうなるとキモイかもと引いた。

「何でウィッグ取っちゃうんですかー! 」

お前が下らん優しさを二人に掛けるからだよ……

「シンデレラも二人も12時までだ、今からなら3回は打てるだろ 」

普通の人たちが麻雀をすると大体一度のゲームで一時間ほど、この四人ならそう無理な時間配分でもない。

,にゃーちゃんの機嫌が何で悪いのか、詩穂は心底解らなかった。

だが連日の麻雀バトルが茜の我儘で始まることになる。

「けーちゃ? ごめんね? 」

詩穂は男の娘の名前を呼びたくなかった。 男の娘って何? そんな価値観が詩穂にはあったし、正直無理あんだろ? と思える格好の時イラッとしてしまうから……

だけど男の娘のしてくれた行動でここまで来れた。

詩穂は小さな胸がときめいて、名前を呼ぶ事が出来た。

「だって僕も打ちたかったもーん 」

気にしないでいいよという感情が伝わってきたものの、得意に顎を上げて喋ったシルエット。 照明が当てられ微妙に髭がちらりと見えてきた。

詩穂は、やっぱり素直になれず笑いも堪えた。

本来彼の行動を察してありがとうを言わなければいけない茜は、誰に言われるも無く既に椅子へ腰掛けてやり取りを眺めていた。

「好きな場所に座りな、僕は最後で良いから 」

そう言うとカウンタの中へ人数分の飲み物を用意して、にゃーちゃんだけがアルコールを持ち最後の席へ着いた。

依然、機嫌は良くなさそうで詩穂は何処からしくじったのか、そればかりを気にして黙っていたが、少しずつ集中してテーブルの中心を眺めた。

ぼさぼさ髪の男の娘は、にゃーちゃんに灰皿を渡そうと席を立とうとしたが止められた。

「この娘達の前では吸わないから良いよ、ありがとう 」

詩穂はそういうにゃーちゃんの行動が好きだ。

なのににゃーちゃんの考えてる事は殆ど理解できない。

一方的なやり取りがいつもあって、詩穂はよく悩んでは頭が混乱した。 麻雀は個人の性格が物凄く反映されるもので、これを理解できたらにゃーちゃんに近づけるんじゃ?

そう考え覚えるようになった。

打てると言われる頃には相手の性格が解るようになり、観察する事への大事さを理解できた。 なのににゃーちゃんの考える事、成す事未だに詩穂は全く掴めないままだ。

「賽を振りなさい 」

テーブル中央にあるサイコロの入った場所。

そこのボタンを押すと勝手にサイコロは運命を決める。

誰が振るかも申し合わせなく茜はすぐに手を伸ばした。

出た賽の目は5、茜が親を取りゲームは始まった。

「お願いします 」

四人の声はその場に言われ、時間にして5分経たずに茜が不慣れに両手で牌を倒した。

「ツ、モ? 」

【タンヤオ、ピンフ、赤】

2600オールから始まると、男の娘が次に1300を茜から上って、茜の親は流れた。

「持ってきたー 」

見えない運のやり取りを、ギャンブルやスポーツで言うと流れと呼ぶ。

それを持ってきた。 そう男の娘は言って親番を迎えた。 数順にして男の娘は手元の収納部分を開き1000点棒を取り出すと、テーブル中央にそれを置いた。

「リーチ! 」

その言葉よりもテーブルから発生する声の方が美声だったが、詩穂は迷わず無筋である危険と思われてもおかしくない牌をテーブルに置いた。

迷い無く男の娘の宣言はスムーズに行われた為に、詩穂は逆に危険と思われる所は全部無いと読んで前へ出た。

数順にして茜が置いた字牌、西を男の娘は捉えて牌を両手で倒した。

「12000ですー 」

茜の身体は少し止まった。 麻雀経験者は誰しも振り込むという事に抵抗感や敗北感を持つ。 茜も例外なく動揺を隠せなかった。

【リーチ、チートーイツ、裏ドラ、裏ドラ】

ドラが乗らなければ4800点の手だが、出て上るには待ち頃の字牌を手に入れたのだからリーチだった。

詩穂こそ本当は、その前から上れていたが牌を倒す事はしなかった。

なおも男の娘は点数を稼ぎ40000点を越えてゲームが続いた。

「僕の時代が来たー! 」

上機嫌のオカマにしか見えなかったが、茜は死に体で詩穂も1000点代。

にゃーちゃんの動きは無く、依然無言のままお酒を飲み続けては牌を切るだけの機械だった。 次局を男の娘が二度鳴くと、誰でも緊張が走る局面を迎えた。

白、撥と男の娘のテーブル右隅に並べられ、茜の1ソーをチーした。

麻雀で言われる最高の攻撃に大三元というものがある。 テーブルにはまだ中が見えていない。 緊張が走る中、にゃーちゃんが全て牌を倒してリーチを宣言した。

「オープンしてあげるよ 」

相手に待ち牌を見せてリーチを宣言するのはローカルルールだが、にゃーちゃんは敢えて牌を全て倒してリーチする。

男の娘の当たり牌は字牌の中と4索。

にゃーちゃんの当たり牌は4索と7索、字牌の中。 男の娘に当たられない形で、男の娘は窮屈な闘牌を迫られる。

「何で僕の邪魔をするんですかー! 」

大三元を目指すうち方をした人は誰しも経験があると思うが、捨て牌が一色傾向になりやすい。

男の娘は大三元を目指し更に最短で勝ちに来たのだから、にゃーちゃんからしたらガラスで透けているような闘いをさせられているに等しかった。

「ん? けーや、お前の待ちは僕と一緒かい? 」

虐めと言うより公開処刑であることは、麻雀を打てる人には解るし場は笑いに包まれた。

案の定にゃーちゃんの当たり牌を男の娘が引いてしまい、役満払い(32000点払い)をさせられて一気にモチベが消え失せた。

「何これ…… 僕の流れは何処いったん? 」

茜の死に体と並び、口から何か出てるような半開きを男の娘は見せて黙った。

巡ってきた親番の詩穂は、限定条件で行動するしかなく小さな胸が締め付けられる。

にゃーちゃんを倒すには、男の娘と茜からは当たれない。 限定された世界、やり辛い事が世の中のアレがダメこれはダメというものに似てるな。

何故かそんな事を思い浮かべて、テーブル中央のボタンを押した。

詩穂は数字を並べる事が好きだ、一つの数字が隣同士に繋がる。 家族だったり恋人だったり、連想しては卓上に並べて欲しがった。

自然と幸せの形は両面で、隣同士の数字の結び付きを気に入る打ち手になっていた。

リーチという決意表明をする事を苦手とする詩穂は、この限定条件の中出来る事をしようと与えられた配牌という素材を大事に育て上げ12000点を作っていた。

身を潜め男の娘から見逃し、茜から見逃し数順後、牌を倒したのは茜だった。

500、1000。

【ツモ、タンヤオ】

この状況下、詩穂の努力はあっさり摘み取られ、顔に出さないものの茜の行動を非難したかった。

にゃーちゃんはそれを見届けて賽を振ると、一回目の終わりを早々に告げた。

男の娘から9600点を心無く討ち取って終わらせた。

「二人とも約束は守らなきゃね 」

終わらせたにゃーちゃんは、点棒を整理しただけだった。

詩穂は約束を守っているのに何故!?

疑問しか沸かず、余計に悩んで二回戦へ突入したのが動揺を隠せないまま。

詩穂は独り、無い胸に手を当てて考えたが思い当る所は無く心は沈む。

にゃーちゃんは、いつも物事の本質を語ろうとしないし、何処か周りの人には伝えたところで意味もあるまいと諦めた行動を感じる。

「にゃーちゃん? 」

詩穂は今回までの流れの中、本気で解らず何も出来ないままゲームが進んでしまう。

麻雀という世界もにゃーちゃんという世界もすれ違う気がして、つい答えを求めてしまい、更にはそれが迂闊だったと最後気付いてしまった。

「毎日しなさいと言ったのは勉強だけではないだろう? 」

それを言うと、前回勝負を決めたにゃーちゃんが次のゲームの開始を告げる為、テーブル中央のボタンを押した。 戦慄した。

茜はきっと毎日連絡すると約束した事を既にしていない。

すぐに気付いた、詩穂はそれ以外に見当たらなかった。 当の本人は差して動揺すること無くこの場に溶け込んでいるが、気付いた詩穂はすぐに聞いた。

「茜ちゃ? ママに連絡したよね…… ? 」

信じたかったけれど、それを言ってあげるのが友達なんじゃないのか? そこは気にし過ぎた事と、あたしは悪くないよ!

と言う自己防衛的な伺い方が逆に自分を苦しくさせた。

「…… し、て、ない 」

どうせ連絡しても意味なんて無いでしょ?

茜からしたら連絡しようがしまいが変わらない事に、いちいち連絡するつもりも理由も無いわけで。 何故今更聞いてくる? 今が良ければ良いだろう? そう思った。

そして、そう態度に出していたし、今更これ以上話してこなくて良い。

一方的にその話題は振ってくるな! と、態度を露にした。

「ぇ…… 」

小さく漏れて動揺したが、茜の機嫌も悪そうなのとやっぱりここが原因かと解ったのが傷ついた。

パチンと乾いた音が聞えたと思うと、にゃーちゃんが卓上に牌を切り出した音だった。

普段感情を乗せてテーブルに音を立てないゲームをするのが、にゃーちゃんなのに詩穂はこのやり取りは致命的なんじゃ? そう思い、今すぐに麻雀を止めて、茜に言わなければと思う事が幾つもあった。

なのに茜は、何事も無いようにゲームを進める。 自分の番が回ってきてしまう。

男の娘はメイクも落ちてきて、というより溶けてきて青年になっていく。

この時点で自分以外全ての方角がカオスで狂いそうになった詩穂は、ご立腹のにゃーちゃんに助けを求めるしかなかった。

牌をテーブルに切り出しながら、言葉を漏らす。

「にゃーちゃん…… 」

にゃーちゃんは表面上何もないように、秒速で牌を持ってきては切り出すだけで、特に何も言わなかった。

数順した時茜はリーチを宣言し、同順にゃーちゃんに追いかけられた。

 「捲り合いなら運の差とでも言うのだろう? 君は超個人的主義者で愚か者だ、周りが何をどうして自分があるのか? 少しは考えなさい 」

左手で右手の裾を捲くり、右手で鉄製の扇子を持ちながら牌を一辺に倒す。

倒れた先に12000点が突き刺さった。

茜は何を言われても、何故そう言われなきゃいけないのか?

今ある世界が今一、ふざけてるとしか思えないまま深い傷を残された。

「別、に、連絡、す、る、必、要…… な、い、で、しょ? 」

ここに泊り込んで良い事になったのも自分がした事ではないし、あんたが勝手にしたのだから自分には関わりないでしょ?

誰もの耳にも冷たく聞える言葉だった。 何でここまで周りの事を考えもしないのか?

正直、詩穂には解らなかったしにゃーちゃんのリミットブレイクが近いのではないか?

焦りだし麻雀をするのか? 茜を止めるのか?

自己判断出来ずに頼れる人へは言い出し辛いし、男の娘をみてアイコンタクトをしてしまった。

空気重すぎてヤヴァいんだけど?

にゃーちゃん、約束の事気にしてんの?

そう視線を投げたのに、男の娘は顎に生えた髭を爪で抜きながら

「わ・か・ら・な・い・よー 」

と空気読まず口パクで返したものだから、詩穂の何かに油をぶち込んだ。

こいつだけには負けたくない!

にゃーちゃんと茜、詩穂と男の娘だった人。

変に対決ラインが動物の縄張り争いのように巡らされて、二回目のゲームが進む……

茜だけが持ち点のない場、状況下で詩穂は気持ちを直し、男の娘だけには負けないと気合を入れた。

ゲームが進むにつれてにゃーちゃん以外の点数は平たく、三人共に一万点後半くらいで誰にもトップが取れる状況だ。

親番の詩穂は手牌が二個ばかり集まる対子トイツ)手牌になり苦しんでいた。

【チートイツ、トイトイ…… んー? んー? リャンペイコー? 】

見れる役と可能性を考えて手牌をいっぱいに広げる事で、詩穂の好きな繋がりを作り始め順が進んでいく。

「ぽ、ん? 」

茜が役牌を鳴くとその場が動き始め、男の娘からはテンパイの気配が窺える。

詩穂の手もあと一枚埋まれば上れる手で、真直ぐに走りたい。

その間が悟られてにゃーちゃんから声が掛かった。

「リーチ 」

男の娘はその声に溜め息を漏らし、肩の力が一気に抜けた。 詩穂は男の娘がこの局面、戦いに来ない事が確実と思い、当たられても良いとまっすぐに走った。

にゃーちゃんに当たられない牌を男の娘が抜いて打つと茜がそれを鳴いた。

「ぽ、ん? 」

にゃーちゃんの当たり牌は解らないままの詩穂からしたら、危ないと思う牌を茜が切り出す。 その牌が詩穂の欲しい牌で、自分にも危険と思われる物だから、茜ちゃも前に出てると焦った。

茜から当たると詩穂も茜も次のゲームでトータルプラスにすることは難しい。 思った矢先、茜が切った牌が当たり牌となる形で詩穂の手牌は攻撃に出た。

茜ちゃ! 出さないでね!

リーチへ行くのは不安で息を潜める。 その順で茜は同じ牌を手牌から切り出した。

詩穂は迷わず見逃してにゃーちゃんに当たられませんようにと、危険と思われる持ってきてしまった牌をテーブルに打ち込む。

「ろ、ん? 」

一瞬の間に詩穂は、茜ちゃがあたしから上ったんだ…… そう息を呑んで手配を確認すると

【タンヤオ、ドラ 】

の2000点……

トップがリーチを打ってきた状況で、この手で来ちゃったのかと思ったが詩穂は点棒を茜へ渡した。

にゃーちゃんが手牌を倒して麻雀牌をテーブル中央に戻すとき、詩穂は見逃がさずショックを受けた。

にゃーちゃんはテンパイしておらず、ただ三人の身勝手を眺めていただけだ。

何で試されているのか解らないまま、四人の点数も平たくなり南場が進んでいく。先ほどの東場で終了した後だし、上出来に見えるが誰が何を上っても良い平たさ。

 ここまでの道のりに心が削られていた。

最終局、男の娘があっさりと700,1300点を上り男の娘がトップ。

 「ツモピンドラー 」

 メイクも何も無い男の娘だった者が、うっすら髭を生やした顎笑いを見せて詩穂はムカついた。

 最後のゲームで詩穂がトップ、茜はにゃーちゃんをラスにしてトップがトータル条件。にゃーちゃんがラスを引くことはまず無い。

 詩穂は男の娘にだけは勝たせないと心に決めた。

 麻雀を終わらせてから茜ちゃとお話しなきゃ……

 その事もあり決着を急ぐ。

 ラスあがりの男の娘が機嫌良く賽を振り出した。

数秒間の乾いた音が、詩穂には長く感じ茜を見て不安になった。

ゲームが始まり進む中、にゃーちゃんは落ち着いた声で話し始めた。


「学校にもさ 」

校則があって守らない者には罰がある。

社会に出てもそれは会社内の規定だったり法律という物で、この国にはこの国が良しとした枠組みがあるんだよ。

その決まりごとの隙間がどの国にも、どの組織にも例外なく存在していて大人はそれをグレーゾーンと呼ぶのさ。

法律では良いとされていても、実際問題それが病気に繋がる事。

僕で言えばそうだな、煙草とアルコールといった所かな?


「リーチ」

話の合間ににゃーちゃんが宣言し次の順上がりが告げられた。

8000、16000。 【四暗刻】 比較的見られる役満(麻雀の最高役)を上り、男の娘はカツラの無い頭を掻き毟って絶句した。

「だから何で僕が親のときにーーー 」

詩穂は、ざまあと思うし笑いたかったが、にゃーちゃんの言う繋がりが見えてこなかった。

詩穂の親は流局し、にゃーちゃんの親でゲームは始まった。

そして状況が難しく進む中で茜は動じず、、この状況から何を考えてるかは見えない。

それでもなお三人が手を進める中で、にゃーちゃんは誰にでもなく話している。

国の(まつり)において全てが正しいか?

答えはノーだ、だからこそ大人と呼ばれる年齢と成れば投票権が与えられるし、言わばこの先の国の在り方を決める意見を言えるようになる。

世の中は全てにおいて不平等で不誠実さ、僕らだって誰しもが生まれてくる場所も権利も権力すら選べてはいないだろう?

麻雀の配牌というのは、それらが生まれる瞬間の不平等に似ているね?

役満ばかりを目指せる配牌なんて漫画の中それでしかない。 そんな奇跡染みた何かに生きている上で何度も何度も体感なんて出来ない。

麻雀というのは賭け事でしかないかもしれないが、見方によっては人生の縮図かな?

自分を見つめ直す場所でもあるんだよ。 当然、麻雀というゲームにすら、約束事は存在するしまたさっきの話のようなものさ。

 「ツモ 」

 にゃーちゃんが宣言し、また点差は離れるだけになる。 中央のボタンを押したにゃーちゃんが言う。

 無機質に局の始まりを告げた瞬間だった。

 「珍しいね。舞い降りたこれは君達に何を残したんだい? 」

 16000オール……

 にゃーちゃんが牌を倒して、男の娘が大嫌いな食べ物を強制的に食べさせられたような顔をして今夜が終わった。

 手牌だけで言うならただの 【ピンフ、ツモ】

親の第一打、ツモと言われれば役満……

 何が何だか解らないまま、男の娘より詩穂は上になれたが納得いかない終わり方に席を立つのは一人だけだった。

 「三人とも寝なさい 」

 にゃーちゃんは怒ってる素振りも無く、ただそう言うとカウンタの中へアルコールを取りに行き、一息にそれを口へ流し込むとお店から出てどこかへ消えてしまった。

 「僕は寝る時間にしては早すぎるー 」

 不満というか何処から突っ込んで良いか解らないほど、男の娘だった人に詩穂は大変言い辛かったが最後の一言を告げた。

 「けーちゃんも…… 頑張ったよ。 お風呂入って寝たら? おやすみなさい 」

 何ていうか別次元過ぎて、麻雀が嫌いになりたかった。 側で茜は立たず、ぼそぼそと小声でテーブルに何かを言っていた。

この後何を話したら良いだろう? それだけが不安で、迷いだらけでにゃーちゃんを追いかけたかったが……

追いかけて外に出たら、怒られるのも解っていたから部屋へ帰らなきゃ……

それしか選択肢は無かった。


13階段というけどあたしも今そんな気分かな……

 茜を連れて部屋へ戻る階段の長い事、茜はずっと黙ったまま……

詩穂は元々真面目なお話は凄く苦手。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう? と部屋に着いてしまった。

「猫さん、チート、過、ぎ 」

茜はまず麻雀の話から口を開いたが、詩穂はそんな話はどうでも良く、本題にどういこうか迷っていた。

「あ、茜ちゃ? あのね、ママには毎日連絡してね 」

約束を守れない人、その殆どは守れないではなく守らないだけで気付かないだけ。

だけど、嫌われたくない詩穂はやんわりと茜に言う。

茜は黙ったまま、何故連絡しないのかは言わなかった。

そして明日から連絡するとも言わないまま、また麻雀の話を始めた。

「詩穂さ、んは、麻雀、どうやって、覚え、たの? 」

噛み合わないやり取りが少し怖いと思ったが、詩穂はそのまま話に乗る事は無く茜を見ていた。

「茜ちゃ…… 」

テーブルを挟んで二人は座ったまま、茜は詩穂の目を見る事無く黙っている。

詩穂は何でこんな簡単な約束を守らないのか解らなかったし、せめて理由を話して欲しかった。

「茜ちゃ…… ? 」

もう一度名前を呼ぶと茜は詩穂の事を見ないままに返事をした。

「自分、別に連絡したく、な、いです 」

何でかを聞いても理由を話す事無く、俯いて黙ってしまう。

詩穂はこれ以上、無理に聞いても無駄だと感じ諦めてしまった。

「茜ちゃ? そろそろ寝ようか 」

今日はもうこれ以上何を話しても難しいぞ、そう思い寝る事を提案したが、茜は首を縦に振らずに黙ったままだった。

数分間、二人の時間は夏の夜に羽音を立てる虫の音だけが聞えていた。

詩穂は耐え切れず茜に謝る。

「ごめんなさい。 あたしがお昼に茜ちゃに言えば良かった 」

連絡を一つするだけで誰にも迷惑が掛からなかった事なのに……

「別に 」

茜は自分が嫌だと思うことには、ひたすら不機嫌なだけでそれ以上は何も出なかった。

詩穂は正直困った。 約束事が難易度高いもので、本人が守りたかったのに守れなかったと言うならまだしも、誰でも出来る簡単なことを守らなかったから……

忘れてたとかなら、まだ可愛いけど連絡したくないって? 何で?

詩穂は明日もどうしよう、にゃーちゃん怒るかなと、美少女とにゃーちゃんの間で板挟みになって困った。

時間がどう過ぎたかは意味をなさないまま、その日二人はテーブルを挟んで寝てしまった。

起きて詩穂は話の続きをしたかったが、茜はその話を匂わせるだけで黙ってやり過ごす事を繰り返す。

日課にしなければいけない勉強をしようと、詩穂は机に向かおうとするが相変わらず勉強嫌いで、手際も悪く何から手を付けるか迷うばかりで溜め息をついた。

部屋にはテーブルと机、勉強するにはスペースが充分すぎるくらいあるが、溜め息そして落胆。

茜は課題を済ますと携帯ゲームを始めて時間を過ごしていく。

昨日の件で詩穂は茜に相談するのも気まずい為、茜から何か話しかけてくれないかなと、小さな胸の中は期待が大きかったが変化は無く詩穂の部屋のドアが二回、三回と軽く叩かれて声がした。

「二人とも、洗濯物は自分達でしなさい。 朝とお昼のご飯も二人でやりなさい 」

やはりドアを開けずに二人に話し掛けた男は続けて話す事があった。

二・三日にゃーちゃんは家にいないこと。 その間夕飯以外の事は自分達ですること。勉強して空いた時間で遊ぶ事、その程度だった。

余裕だと確信する詩穂はすぐさま返事をして茜に声を掛けた。

「茜ちゃ? ご飯どうする? 二人で作ろっか? 」

「作った、こと、な、い、もんね? 」

簡単なものなら作れそうな年齢だけど疑問を持たないまま、詩穂は仲直りの切っ掛けを発見する事が出来たと思い喜んだ。

「じゃあ、一緒に作ろう! 」

茜は言われるといつもの笑顔に戻り、詩穂に抱きついた。

「う、ん 」

一種脳内に麻薬が打ち込まれるような感覚が詩穂の身体中に走りまくった。

それはもう詩穂の心の小宇宙が爆発する勢いだが、このままだとあたしは変態さんになってしまう。

緩みっぱなしの口元を押さえて、二人は朝食作りを開始しようと開店前のお店、一階カウンター部分のダンジョンへ進んだ。

共にレベル1と言った所、冷蔵庫を開けてもぱっと浮かぶイメージは無かった。

「あ、茜ちゃ? 冷蔵庫は不思議なダンジョンだね 」

平たく言うと、何を作れるのか浮かばないと言いたい詩穂の戯言だ。

「魔王、が主人公、とかラノベ? っぽ、いね? 」

伝わっていないのは茜……

さて何が作れるのか?

「僕が作ろうか? 」

悩んでいるとテーブルを清掃中の男の娘がメイド姿で二人に声を掛けた。

詩穂は男の娘のメイド姿が見慣れてる事もあり、チャイナ服や着物よりはイラッとしなかった。

正直困ったものの二人で作る事を決めているため、男の娘には頼れないまま空間は静けさを保っていた。

それを察知した男の娘は材料を一つ二つ慣れた仕草で取り出す。

「じゃあこれでご飯作りましょ 」

両手を顔の近くで軽く合わせて二人に声を掛ける。

それは何とも言いがたい屈辱を感じたのか、詩穂は出された材料の前でどうしようか悩み、茜は材料を携帯に打ち込んでレシピを探した。

二人は同時に答えに辿り着いた。

「炒飯いけるんじゃ、ね? 」

そうだ、ご飯に卵、ネギにベーコンと考えていくと比較的簡単に作れるのはそこだった。

男の娘のヒントで気付いたんじゃない、二人で気付いたんだ!

顔を見合わせて二人は男の娘に向かって言う。

「炒飯!? 」

男の娘は、女性がやるであろう仕草で右手を髪に当てて笑った。

「それも正解ですー 」

語尾を伸ばす事と音符がつきそうなテンションが詩穂はイラッとする。

良いか? 今から二人の愛の料理を見せてあげるからね!

そう気合を入れて詩穂は茜にアイコンタクトした。

向き合い二人は首を立てに振り、フライパンを温めて同時に卵を溶き連携を見せる。

男の娘は隣で小気味良い音を立てながら料理を始めた。

横目に二人はそれを見るも負けないぞという気持ちが勝って、携帯先生に教わった通りの手順で事を急ぎ決着した。

少し遅れて男の娘もご飯を作り上げて御披露目会が幕を上げた。

どう見ても炒飯なのだが、具はバラバラお米は焦げ焦げ食欲をそそるとは言えない。

二人のお皿と対峙したのは、目玉焼きとベーコン。

炒めた野菜の付け合せにオニオンスープ。

負けた…… 男の娘に負けた……

当然二人はそう思った。

男の娘はスープを三人分のマグカップに入れて二人に渡した。

「料理も麻雀も、僕のほうが上だしー 」

屈辱だった。 詩穂だけは間違いなく敗北感を感じた。 否、それは茜も同様麻雀という部分では意識が繋がった。

「麻雀って三人、で、も? で、きる、でしょう? 」

カウンターのテーブルに並べられたご飯を三人で並んで食べようとしている。

そんな一息の間に茜は男の娘に挑戦状を叩きつけた。

詩穂も当然、茜に乗っかる形でご飯を食べながら男の娘に言った。

「食べ終わったら卓を三麻用にしてよ! 平日だしお客さん来ないでしょ 」

女の子二人の食べる速度は速かった。

食器のぶつかる音も意気込みと思えば可愛い小さな音だったが、男の娘はペースを乱さずに、お客様の来店までだよーと流すように挑戦状を受け取った。

そんな中始まった、三人の美を掛けた戦い……

一人は男の娘、一人は巨乳美少女、一人は貧乳美少女。

論外は一人だが、戦場は今三人によって切って落とされた。

ルールはオーソドックスな萬子抜き、19萬は抜きドラ、北ドラのもの。

三麻に慣れてないのは詩穂だけ。 ネト麻ではどちらでも打てる茜は、リアル対応できるかだけが不安要素だった。

男の娘は慣れた様子でテーブルをセッティングし、少し笑って二人を見下ろした。

「僕だって君達くらいには負けないもーん 」

無い胸を張って、腰に片手を添えてポーズを取るメイド姿。

男の娘は飲み物を準備するから場決めしといてねと余裕を見せる。

意気込んだ茜は躊躇わず賽を振り、茜のスタートでゲームは始まった。

三人ともお願いしますと声を出し、最初のゲームは軽く男の娘が上って終了した。

詩穂はいつも打っている麻雀と、勝手が違うし三麻は好きではなかった。

好きな攻撃方法が無くなってしまうようにも感じる。

三麻では詩穂の走り方は自身で戸惑うばかりだった。

「リーチ 」

茜は迷わずリーチするとツモ上り、男の娘と並ぶが点差といっても三人離れてるわけでもない。

詩穂は三麻の都合や、やり方に気付き始めていた。

三麻は牌効率を意識したほうが圧倒的に早い。

四人で戦うよりも遥かに点数稼ぎが楽だよね?

という事は? いかに高得点を目指すでは無くて最速を目指すかが?

三麻のコツなのかな?

そう思うと詩穂はいつもの重い腰とは別に、効率を考えて周りを意識した。

恐らく、同レベルの男の娘の打ち筋は、周りを気にせず自分を追及するやり方。

茜は絵合わせパズルのような感覚で不要牌が単純に並べられる効率型、詩穂は牌効率を意識しつつ待ち頃のタイミングまで考えて場を進めていく。

三麻と四人打ち麻雀の違いは大きいものの、人間観察、自分観察の場であることは変わりないな。

そう思うと大分楽だった。

「持ってきたー 」

男の娘がそう言うと、リーチを宣言された。

詩穂からしたらラッキーなこの現象、迷わず詩穂もリーチを仕掛ける。

「あんたばかりが主役なんじゃないからね! 」

そう言うと男の娘から跳満を直撃し、男の娘はいつも通り腐って潰れた。

「彼に気に入られるだけあるよねー 」

どうでも良さそうにコンパクトを持ちながら、オークルのファンデーションをパフパフ顔に塗りたくり口を尖らせた。

「じ、ぶ、んとの勝負? で、すね? 」

「茜ちゃ! 負けないよ 」

上って上られてを繰り返し、僅差で茜がゲームを勝ち抜けた。

詩穂は手加減しないで打ったし、素直に負けを認めてネット高段者は流石だと思えた。

「勝った? もん、ね 」

「茜ちゃ、負けたよ 」

笑顔で男の娘は、よくぞ自分を超えてくれたと両手を腰に当てて二人の健闘を称えた。

二人は男の娘の祝福はどうでも良く、協力して二人でやっていけば麻雀だろうが料理だろうがなんとかなるのでは? とそう考える事が出来た。

ただ悲しい事に二人が意識下でたくらんでいた事は、二人で打倒にゃーちゃんであり、それは所謂コンビ打ちというイカサマに近いものだった。

閃いてゲームは終わり、最初の客がお店を開けたものだから二人は引っ込む事を決めた。

会議室な詩穂の部屋。

萬子待ちは上にくっつけるでしょ? 筒子は真ん中?

索子は下で曲げるのね! これでお互い振り込む事は無いな!

二人で簡単にお互いの行動を伝え合うためのイカサマを考え始め会議。

リーチのときに宣言牌を置く位置で、待ち牌の種類を教えるというものだ。

簡単でお互いに解っていると攻め方も変わってくるし、麻雀を打てるようになると一度は通る道だが二人は今夢中に不正行為を考えた。

勉強よりも何よりも今が楽しくて仕方ないし、二人の意思を打ち手が意思疎通して出来てればにゃーちゃんぶっ殺せるんじゃね!?

小悪魔二匹が生まれた所で男の娘が部屋のドアを軽く叩いた。

「お勉強してますかー? 」

「してるよ! 今色々と忙しいの! 」

詩穂は瞬間で返事をし、さっさといなくなれオーラを出した。

空気を読まない男の娘はお菓子をいっぱい持ってきて、飲み物も用意してくれた。

「ご褒美ですー 」

両掌をお腹の前で広げて召し上がれとポーズする男の娘。

それを見て若干イラッとするも、茜はお菓子が気になって仕方ない様子だった。

だからではないが素直にありがとうと詩穂は伝え、自分の部屋の冷蔵庫に飲み物をしまいこんだわけだ。

にゃーちゃんが行方を眩まして三日ほど経ち、二人は麻雀の話を中心に不正行為ばかりを考えては入念に打ち合わせた。

約束事であった家事も炊事も若干詩穂が優先してやる形ではあったが、こなしつつにゃーちゃんの帰りを待ちリベンジの機会を待っていた。

「ただいま 」

詩穂の部屋をノックして、ドアを開ける事無く男は声を掛けた。

にゃーちゃんだ!

詩穂は猫のように俊敏な動きで、ドアを開け男に飛びついた。

が、それはにゃーちゃんの荷物を持つ男の娘の背中で、詩穂は瞬間に気付き自己嫌悪し仰向けに力なく倒れた……

「何であんたもいるのよ? 」

「ふん、僕も帰りを待ってた一人ですー 」

その語尾を可愛く上げて言う素振り。 めちゃめちゃ腹が立つ詩穂だったが、数日間男の娘の協力でにゃーちゃんが出した課題もクリアし、茜と一緒にいられるのだから心の底から憎いとは思えなかった。

「詩穂、さ、ん 」

一言声を掛けられて、仰向けに倒れた詩穂を茜は膝で介抱した。

テンション上りっぱなしの詩穂は、このままもう少しいても良いかな? とダメな下心を悟られないように、茜の太股に顔を埋めてちょっとだけニヤケタ……

自分の部屋に向かうにゃーちゃんの後姿だけを詩穂は見ていた。

機嫌の悪そうな雰囲気を感じる事は無く少し安心した。

連日夜のご飯はお店のカウンターで、男の娘が作って食べさせてくれた。 今日は茜と詩穂で夕飯を作るサプライズを計画していた為、このやり取りの後街へ出る準備を開始したのだ。

茜は相変わらずのゴスロリファッションに日傘を準備して、詩穂は前髪パッツンゆるふわカールのガ―リードール風な露出多め上等ファッション。

日焼け止めは二人ともお互いに塗った。

詩穂は至福の一時であって、茜は町へ出る事も至福だった。

二人の微妙なバランスは絶妙に絡み合い、目的はにゃーちゃん打倒であるが、今日までの恩返しも兼ねて今夜は二人で作ろう! そうしようと計画を立てた。

にゃーちゃんが好きな料理は余り知らない…… ポテトサラダにカレー、エビフライにハンバーグ。 子供が好きそうな物は全部好きそうだが、二人にとってはレベルが高く更に考えるとにゃーちゃんが作る料理も美味しいのだ。

迂闊なものを披露すればあの人は素直に機嫌を悪くする……

それは付き合いの短い茜ですら解る事になり、緊張が走る中二人は街に繰り出した。

「これ、な、らよ、ろ、こばれ、そう? 」

グラム数千円の挽き肉を見て茜はほざいた。 既に予算オーバーするし、質に拘ると二人の夏とお小遣いが終わる事を遠回しに茜に告げる。

「あ、茜ちゃ、センス良いと思うけど、今日の料理の予算はね? うん 」

頼む気付いてくれ! と詩穂は思い、声を掛けると渋々ではあるが茜は納得した素振りで隣のトレイを取り出さずに見つめた。

「…… 」

これで、良い、んじ、ゃね?

そう聞こえなくもない茜の取ったトレイ。 既に出来上がったハンバーグがラップに包まれていた……

感謝の気持ちを込めて料理しようとお互いで決めたことなのに、既にレンジでチンするダメな主婦の行動や思考に似た茜に迷わずストップを掛けた。

「不味いって! 茜ちゃ! それはいろんな意味でアウトでしょ! 」

「そ、う? か、な…… ? 」

茜は、私達が作るよりはきっと美味しいんじゃないかな? そんな疑問を持ちつつもダメと言われた事に取り敢えず従っておこうと一歩引いたのだ。

「だって、二人で成長した結果を見せないと、恩返しにならなくない? 」

茜はそれを聞いて恩返す必要って在るのか? が疑問になったが詩穂の言う事も無くは無いので返事をせず解った振りをした。

大分迷ってカオスなやり取りを繰り返した結果、携帯の先生と相談し無難に素材を集めて購入することに成功した。

「これで美味しいって言われれば、にゃーちゃんに麻雀しようって言えるね!? 」

「おぉー、麻雀、で、きる、のですか? 」

そういう目的であったか!? と霧が晴れたような茜は、更に気合を入れて料理も頑張ろうと少しだけ思った。

会計を済ませて何故か詩穂だけが買い物袋に荷物を詰めていると、その後ろでリベンジに燃える茜のポーズと言葉に萌えた……

胸の高さまで両腕を上げて軽く握った手を止めて茜は言った。

「(麻雀も料理も) 頑張る、ん! 」

それを見て聞いて詩穂はニヤケタ……

この日は何かが変わるだろう、うん、間違いな……

そう思う詩穂はにゃーちゃんが好きな食べ物に、アボカドが在ったことを思い出しその時帰宅した。

夏の暑さのせいです…… あたしが悪いんじゃないもん!

失敗したーーー!

顔面血の気が引き口は半開き…… 脱力のまま無になる。

あたしは何でアボカドを買わなかったのだ!?

アボカドとポテトでサラダを作ればにゃーちゃんに喜んでもらえた気がする。

材料を見直して、ハンバーグからサラダまで作れる事を二人で確かめて、家のカウンター内で頭を抱えてしゃがみこむ。

「何処、か、具合、わ、る、いの? 」

茜に言われるも、元気な詩穂は大丈夫だよと茜に返すものの。

自身の材料の選び方に後悔した。

「サラダを作る時にアボカドが入っていたら、にゃーちゃんが喜ぶはずだったんだ 」

詩穂は多くを語らず、やっちまったよとアピールした。

茜は解さず材料を取り出して洗い出しを始めた。

「野菜、は、自、分、が、洗うね? 」

携帯を片手に野菜を取り出す茜を見ると、食器洗い用の洗剤をジャガイモに付けて泡立てている。

「あ、茜ちゃ! それ死人出るから! 」

間髪を入れ止めるも、茜は何故止める? そう言いたげに詩穂を見る。

「茜ちゃ? 野菜を洗うときは水洗いで良いからね? 」

詩穂は多くを言わず簡潔に伝える事に集中した。

この頃には、茜の非常識さというか、子供過ぎるところも詩穂は大分解っていて、理由を詳しく伝えるよりもまず結果から言わなければと感じていた。

初めて茜が食器洗い担当になったとき、洗濯機に食器をぶち込んだ行動を見て、詩穂は気付いた。

茜ちゃは家事をした事がなくて、ママも教える事はしないんだ。

だから責めたり、何かを言う事よりも少し年下の女の子と接してるような気持ちを持たないと駄目なんだと感じていた。

「まずハンバーグを作ろう! 」

詩穂は気を取り直し、野菜を切り出すと茜に調味料をお願いし二人でタネ作りを開始した。

順調そのもので携帯一つあれば、無敵だとお互いが感じていた。

形作りをし、サラダ作りをし、スープか味噌汁か考えてスープを選択した二人。

一時間過ぎ二時間掛かりそうな所で、四人分の料理は完成し二人は飛び跳ねた。

その頃店内にお客もいない。

男の娘だけが閉店支度をしていて、頃合的にはいいタイミングだ。

詩穂はにゃーちゃんを誘う為メールを送信。

【夕飯作ったんだよ、皆で食べよう! 】

そう一言メール、無駄に小さい胸をドキドキさせた。 秒速で返って来たメールを開いて確認すると、わかったと一言だけ返ってきただけで何故か詩穂は落ち着かなかった。

「猫さ、ん? 来る、の? 」

茜は詩穂の顔色を窺うも、気負わず聞きたいことだけ聞いた。

「多分すぐ来ると思う…… 」

そう言うと詩穂は心臓破りの坂を全力疾走したように、息を切らせる如く動揺を隠せないまま、ラスボスを倒そうとする勇者一行の気持ちの如くにゃーちゃんを待った。

にゃーちゃんは甚平姿で首にクロスのネックレスを着け、右手に指輪をし髪型は気にしてないような無造作ヘアでお店に降りてきた。

「にゃーちゃん 」

詩穂はにゃーちゃんに声を掛けると、料理頑張ったんだよ? アピールも出来ないまま並べた四人分の料理があるカウンターへ座らせる。

閉店支度を終わらせた男の娘もやり取りに気付き、並べられた料理を見て声を掛けた。


「二人で作ったの? 美味しそうに出来たね。 あっ! 僕の分も用意してくれたの!超ぅ嬉しいー 」

両手を軽く胸の前で合わせた行動に詩穂は少しイラッとしたが、それよりも超ぅと言う可愛いアピールにイラつきを隠せなかった。

それでもにゃーちゃんのいない数日間。

お世話してくれた男の娘なのだから文句は言えなかった。

「詩穂、さ、んと、一緒に、作った、んだ、もんね? 」

腰に両腕を回して右足を後ろに組み、にゃーちゃんと男の娘に茜は努力したことを告げて、ヘッドドレスのレースを揺らしながら席に座った。

詩穂はにゃーちゃんの好きな飲み物を、男の娘にはミルクティーで良いやと、投げやりに軽く用意して二人を席に案内した。

四人並んで食事会をする瞬間は緊張したものの、にゃーちゃんは用意された料理を平らげお酒を大分飲み二人に言う。

「美味しい食事をありがとう、この後麻雀したいのかい? 」

見透かされた事よりも、思ったことをそのまま言うにゃーちゃんに美味しいと言われた事が詩穂には意外だったし嬉しかった。

麻雀する事まで言い当てられた事に若干怖さを感じたわけだが。

詩穂も茜も食事半ばであって、すんなり答えようにも気まずさがある。

「自分、達、猫さ、ん倒すも、んね? 」

茜は相変わらず、空気を読まないで本題を告げる。

にゃーちゃんは機嫌を崩さず返した。

「それは楽しみだね。 麻雀というのは運の奪い合い、僕が絶対強者ではないからね 」

準備が出来たら呼んでおくれ、そう言うとにゃーちゃんは部屋へ戻っていった。

詩穂はちょっと気まずいなと思いつつも、愛の共同作業初めてのお料理イベントに満足し、三人で夕飯を楽しんだ。

食事を終えて男の娘がにゃーちゃんを呼びに行く。

「麻雀であの人を倒すのは難しいかもねー 」

今まで男の娘がにゃーちゃんに勝ったとこを見た事もないし、この数日間男の娘相手に詩穂か茜が勝ち越してきたのだからお前が言うんじゃねーと、ムカッとしたが自分で声を掛けにいくのは気が引けたので詩穂は甘えた。

「今日は、詩穂さん、と、自分が、勝つ、よ、ね? 」

打ち合わせ通りイカサマをしてでもにゃーちゃんに勝とうね? と言われた気がした詩穂は、罪悪感を感じながらも先ず倒すのがあたしたちの正義! そう思い込み誓った。

「うん、たまには一矢報わなきゃね 」

そう言うものの、これで良いのかな?

自分に疑問を持つも茜ちゃと共に勝つぞ! と決意する。

程なくしてやる気を感じさせない男が甚平姿で降りてくる。

二人の顔を見て言葉を置いた。

「男子三日見ざればってやつかな? 」

「自分、お、とこ、の子、じゃ、ないもん、ね? 」

意味を理解してないまま茜は戦闘モードを剥き出した。

茜ちゃ! にゃーちゃんにそういう姿勢は油を注ぐだけだって!

そう思いつつ詩穂も戦闘モードにシフトし、にゃーちゃんの目を見れないまま席へ座った。 (後ろめたさ半端ねー…… )

男の娘は二人のご褒美も兼ねて、時間終了で決めず5回ゲームが終わるまでをルールに提案した。

「んー、それでも良いけど明日もちゃんと勉強してね? 」

にゃーちゃんはルールに縛られる事は気にしないまま、大分飲んだ後なのにカウンター内の冷蔵庫を漁りビールを飲みきった。

詩穂から見ても酔ってるなと判断できる量をにゃーちゃんが飲んでいる事が勝機を見出してテーブルに誘導する。

「シフォン? 珍しく座順(座る場所)まで決めているね? 」

そう言ったにゃーちゃんは誘導尋問だが、詩穂は焦って返した。

「にゃーちゃんに迷惑掛けたらいけないかなと思って 」

「そっか…… 」

にゃーちゃんは疑問を持つ素振りはしないまま、愛用のタンブラーに氷すら入れず、冷えたウイスキーを注ぎ始めた。

座順は詩穂、茜、男の娘、にゃーちゃん。

詩穂は茜のサポート兼攻撃役、茜は徹底的に攻める役、男の娘はにゃーちゃんに身動きさせないための役と、考え打ち合わせ勝つための布陣を作り上げて今回の麻雀を戦う事にした。

にゃーちゃんは特に何を言うわけではなく、サイコロを二度振って親を決めだした。

ゲームは五回、時間にして五時間程……

成果が見極められる今回、二人は静かに殺気を押さえ、男の娘は伸び始めた髭を気にし始めてゲームは始まった。

「さあ、起親(チーチャ)も決まったね、シフォン君からだ 」

にゃーちゃんに言われ詩穂はゲームを開始する。

詩穂の親で先ず点数を稼ぎたい。 与えられた配牌から詩穂は、狙える攻撃手になり迷わずリーチした。

宣言した牌の位置から茜だけは待ち牌が解る。

当然ノータイムで茜は不要牌を打った。

それを見た男の娘は成長したんだね! うんうんと軽く頷き詩穂に当たられない牌、現物を打ち出して早々にこのゲームから降りた。

にゃーちゃんも迷わず不要牌を切り出して、茜と同じ種類を打って前へ出ている。

そして、にゃーちゃんが話し出した。

「シフォンのリーチは珍しいね…… 」

詩穂の麻雀は防御率が高い、観察行動型の打ち筋。

にゃーちゃんは今回の行動を見て違和感を覚え話し出す。

「僕のいない間、勉強も約束事もした上でそうしたのかな? なら、今回は良いかな 」

含んだ笑いを見せて、詩穂は少し動揺するも当たり牌のでないまま巡目だけがゆっくり進んでいく。

にゃーちゃんがサイドテーブルに置いたグラスを空にして、再び卓上へ呟いた。


シフォンの麻雀は誰かを傷付ける行為ではなかった。 僕が考えた事はこれを通して、人間の表も裏も学びなさいだったかな?

だからまだ教えてない事もあるし、禁じている事もあるよね?

大人は皆、窮屈だ……

ルールに縛られて生きるのが義務であって、自由を選んで生きるという選択肢を取れる人は極めて少数さ……

「にゃーちゃん…… 」

君たちは若い、今出来る事、今見えているだけの事が全てだろう?

だけど僕は老いたのかな……

見えないものまで見ようとしてしまうし、他人の嘘も隠し事も許せないし許さないのさ。

詩穂は小さな胸の奥、心臓を素手で掴まれる気分になったが、顔に出さないようにゲームをすすめた。

「もう逃げ切れないかも…… 」

男の娘はそう言うと、詩穂の当たり牌を投げ打った。 にゃーちゃんから出て当たる事が理想だったが、詩穂は手前の自分の牌を両手で倒した。

「ロン、18000 」

早々に決着が着く点数を男の娘が喰らってしまい、いつも通りおっさんモードに突入した。

「ほらっ! やっぱり僕からでしょー 」

それが当たり前と思い込める程パターンと化したやり取りに男の娘が萎えた。

男の娘が手の届く場所へ点棒を優しくおいて、明後日の方向を見ながら誰かと話し始める。 いつも通りの独り反省会である……

「まあ、数日間僕が鍛えてあげたんだしー 」

誰にも見えない誰かと会話しだしたのを見て、詩穂はキモいなと思い茜にアイコンタクトしたが、茜は男の娘の方を見て声を掛けた。

「エアー友達、とお話、で、きる、の? かな? 」

エアー友達と言う茜を見て詩穂は、やっぱり茜ちゃは変わってるなと思ったが勢いのままゲームを進めた。

早々に詩穂は勝負を掛けて、またもリーチを宣言。

「リーチ! 」

宣言牌を置いた位置を茜は確認すると、またもノータイムで危険度の高い牌を打った。

その瞬間、にゃーちゃんが口を開いた。

「けーや! 萬子ワンズ)以外通るぞ、押してみろ! 」

自信のある言い方で当たっていただけに、二人だけの時間は一瞬止まり詩穂と茜は動揺し隠せなかった。

にゃーちゃんにしてみれば解りやすいトリックだった。 リーチを宣言する牌の位置で当たり牌の種類を教えている。 前回の当たり牌の種類、位置を確認し、今回の茜の切り出した種類の打ち方で、にゃーちゃんは当たりが透けて見えてしまった。

男の娘はそれを聞いて俄然やる気を出した。

筒子(ピンズ)が通るならシャンテンですー 高いですー 」

にゃーちゃんの言葉を信じて男の娘が詩穂に歯向かった。

詩穂は元々、リーチすることが性格に向いてないため、一気に弱気になり茜にアイコンタクトする。

茜ちゃ? やヴぁいよ! 茜ちゃ、いけないの?

助けを求めるものの、茜は詩穂の当たり牌を持っていないという素振りを見せて首を横に振った。 そしてゲーム進行から邪魔しないように逃げるだけだ。

「ロンですー 12300(いちにいさん) 」

胸の高さで両腕を軽く曲げて喜ぶ男の娘、詩穂は男の娘に打ち込んでしまった。

瞬間、茜が倒した配牌から詩穂の当たり牌が見えて詩穂は驚いた。

あたしの当たり牌持ってなかったんじゃ……

見間違いと思い茜の親でゲームは再び進み始めた。

詩穂は激しく動揺し上手くゲームを進められなかったが、茜は顔色を変えず小さな笑みを浮かべてリーチした。

「リー、チ? 」

男の娘は茜の牌を同じく打ち合わせ様子見、にゃーちゃんは危険性を考えず手を進めているようで、ノータイムでまたも牌を打つ。

「多分ね…… 君の当たり牌は本当は萬子のはずだ。 だが違うね…… 」

そうなのだ、茜のリーチが今まで通りなら萬子が当たり牌。

だが、にゃーちゃんは違うと言う……

意味が解らないまま詩穂は萬子以外の牌を選択し卓上に打った。

その刹那、衝撃が走った。 二人のサインではこの牌は不要牌なのに声が掛かった。

「ろ、ん? リーチ、ピンフ、タンヤオ、ドラ、裏? 」

詩穂は、茜に12000点払わされ、今見ている景色が解らなくなった。

茜からしたらにゃーちゃんに見切られてる以上は無駄だと思っただけで、そこに気付かないまま詩穂は打ち込んだだけ、単純明快ではあるが詩穂は茜が見えなくなった。

「あか、ねちゃ? 」

点棒を茜に手渡すと、茜は詩穂に言う。

「す、ぐ、ばれちゃった、か、らね? 切り替えて、い、く、しか、ない? 」

言われた事は解るのに、物凄く冷たい現実主義者の言葉を詩穂は受け入れられず戸惑った。

茜のゲームは続き、サインに意味のないまま茜のリーチが再び告げられた。

「リー、チ? 」

男の娘は当たられまいと逃げる。

にゃーちゃんは変わらずノータイムで危険牌を置く。 その際、置き方が変わっていて、いつもなら音を立てずに置くのに、今は音を立てて置いた。

茜は置かれた牌を見ても、何も言わず目線は動かなかった。

点数が欲しい詩穂はこの局、リーチをしないものの前へ出ようと思い、危険牌を置いた。

その際茜は置かれた牌を見て、一瞬自分の配牌に目線を通した。

それを見逃さず、小さく笑った男が言う。

「偶然とは面白いものだね、僕の当たり牌も同じ所なのかな? 」

そう言ってにゃーちゃんは牌を曲げた。

「リーチだよ 」

男は宣言し、千点棒は投げられた。

茜は当たり牌ではないそれを卓上に置くと、非情に感じる声が刺さった。

「君の我儘は全てを壊すんだ、その芽を僕が刈ろう 」

ロンと宣言し、茜の欲しかった種類の牌をにゃーちゃんが受け取った。

にゃーちゃんは鉄製の扇子を瞬く間に音を立てて開くと、そのまま扇子を自分の配牌にスライドさせて倒した。

「君もその種類の牌を欲しかったのだろう? 」

8300点を茜から奪うと、奪われた本人は小さく声を出した。

「自分の、当た、り、牌は、違う、もんね? 」

そう強がると手牌を周りに見せないように倒して次のゲームへ進む。

「僕の親番ですー 」

サイコロを振りながら機嫌よく男の娘は右手を挙げた。

僕が主役だと言いたい男の娘の仕草を詩穂は見てイラッとするも、茜の勝手な行動というか裏切りを感じてしまい悩んだ。

「シフォン? 麻雀は思い出したかい? 」

にゃーちゃんに教えてもらった麻雀は、コミュニケーションツールとして人を見るためのゲームだ。

今は楽しいところを探しなさい。 そこから見えてくる人の性格や人間とは? を感じてもなお、麻雀に興味があるなら追求するんだよ?

そう言われた部分を、フレーズ、フレーズで思い出して詩穂は意識を変えた。

あたし何をやってるんだ! あたしの当面のライバルはあんただった!

機嫌良くリーチを掛けた男の娘に、詩穂は危険牌切って追いかけた。

「僕の親のときに頑張らなくて良いですー 」

口をぷっくり膨らませ、やいのやいの駄々を言う男の娘に詩穂は歯向かった。

「あんたには上らせないからね! 」

詩穂はリーチをするとすぐさま、男の娘から当たった。

「一発で16000 」

「あああああああああああああああ! もおおおう! 」

このまま男の娘が沈んで詩穂がトップで一回目が終わった。

男の娘の顔が老けた。 ストレス障害を疑うほどに。

ソレとは逆にいつもの詩穂に戻れた気がした。

二回戦が始まる前に、にゃーちゃんはお酒を探しにカウンターに向かい、男の娘はメイク直しに忙しくする。 ファンデーションのノリが悪いのか機嫌と比例してるのか?

室内に粉が舞い詩穂はイラッとする。

茜は今回の不正行為の不成功振りに疑問を持ったが解らないまま詩穂に話し掛けた。

「詩穂さ、ん? 同じ、ことを、やっ、ても無理っぽいね? 」

「うん、きっと見つかるね 」

二人で編み出したイカサマ行為はまだある。 それを今回するか考えて二人は話した。

「エ、レベー、ター? 」

「それいく? ぐーちょきぱーは? 」

「全部、やっ、て、も良い? よん 」

茜は悪い事をしているとは思わないままの顔でそう言う。

二人で作り上げた連携技を全部やってみよう!

モチベを落とさず、二人は手をお互いにとって見つめあった。

「惜しいというかね? 君たちはズレてるんじゃないかな? 」

ビール6缶を手にぶら下げて、ゆっくり席へ着いたにゃーちゃんは言う。

何で不正行為をする事で強くなろうとするんだい?

勉強せずして頭は良くも成らんでしょうに……

世の中、学歴じゃないと決め付けて良いのは、高学歴の人間がそれを体感したとき。

世の中お金じゃないというのもね、自身がお金持ちにでもなったときに言う事さ。

世の中愛だと言える人間は、それはそれで正解なのだろうね。 違いが解かるかい?

君達は楽しているだけで強くなろうと言うのかい?

麻雀なんて物はね、強くあろうとしなくて良いものさ。

全ての事から逃げて良い訳ではないよ。 ただ、全ての事に立ち向かう必要もないさ。

それが解ってくるまでに、人間とは何かを考えて生きられる事が難しいのさ。

お酒が温くなってしまう前に始めようか?

「シフォン、賽をふりな 」

二回戦は二人で考えたイカサマ行為をフル回転させるつもりで話は決まっていた。

男の娘もにゃーちゃんも公認の中、イカサマ麻雀が始まった。

「二人ともこれが終わったら気付こうね 」

そう一言言うと機嫌は悪くないのか、ビールの缶を持ち男は飲み始める……

詩穂は気持ちを直し賽を振ると、奇しくも前回と同じ親番からスタートした。

当然、打ち合わせ通りアイコンタクトすると、牌を切り出しながら麻雀卓の下で茜に不要牌を渡し交換する。

これを繰り返す事数回、男の娘は自分の手に集中して気付かないままだが……

一人お酒を飲みながら笑うにゃーちゃんがいた。

「二人はエレベーターガールのようだな 」

瞬間動揺する詩穂、もうバレてると感じた。 ぎこちないものに変わったが茜はエレベーターガールという言葉に反応し、コスプレを想像しては今度着てみたいなと一人で夢中になった。

卓の下で不要牌をやり取りする不正行為を麻雀ではエレベーターと呼ぶ事がある。

皮肉にも二人が考えた不正行為を、にゃーちゃんはそう言い当てて話した。

間も無く詩穂はリーチを打って出ると、先ほどの不正行為と同様、宣言牌を曲げた位置で、当たり牌の種類を一瞬茜に伝えた。

茜はそれを見逃さず、ノータイムで危険牌を打つ。

当然、男の娘は前回の痛手もあり逃げるのみ。

にゃーちゃんは新しい缶に手を付けて牌を曲げた。

つまりリーチと宣言して追いかけてきた。

「シフォンの当たり牌は索子だね? 見逃さなかったよ 」

言葉通りならにゃーちゃんは索子待ちを読んで追いかけてきたわけだ。

詩穂はそのまま牌を持ってきて卓に置き、茜は詩穂に打ち込まない形で牌を卓に置いた。

瞬間にゃーちゃんは牌を倒す。

「リーチを掛けてあげたのにね 」

扇子を開かないまま、一文字に配牌をスライドさせて倒すと口を開いた。

「シフォンの待ちしか解らないものね? 」

僕はシフォンの待ち牌を出さない人と打っているわけだね。

簡単だよ、簡単なことだ……

付け焼刃というに相応しい二人のイカサマ麻雀を利用してにゃーちゃんは茜から12000点を拾い上げると、笑みを見せて二人に言う。

「楽な道っていうのはさ? 楽なのかな? 」

棘の道って言うのは本当に障害でしかないのかな?

それはね、歩いた人間でなければ解らないんだよ。 キリストが磔にされて、なおゴルゴダの丘を目指したのは何故だい?

君達は何を見てどう感じて生きているのか、自分で考えたりはしないだろう?

もう少し世の在り方というものを二人とも疑ってみなさい。 見えている事だけで判断して良い事なんて歳を取れば取るほど、窮屈に苦しくなる程に無いのだからね。

二人は完全に理解不能のまま、酔っ払い説教上戸に打ち負かされていた。

茜は自分の思うようにいかない麻雀に苛立っていた。

ネット麻雀では情報のやり取りが上手くいくことが多いのに、現実世界ではネット麻雀で言う所の事故が多すぎる。

その事故というか確率的には無いのじゃないのか?

という固定観念を逆手に取られたり、イカサマ麻雀という不正行為をすぐさま見破られたり、何かとチート臭いこの男の全部が茜は怖く感じ始めた。

元々ポジティブぼっち(前向きメンタル独りぼっち)の茜だが、この家に来てから調子が狂い始めていた。

毎日好きな事しかやらない、それが自分の人生で多くは持てないし一個の物しか持てないと思い込み続けて生きているのに。

茜が与えられたことは多すぎて、生まれて初めての体験が多く、考えると頭がついてこないほど時間の流れ方が変わった。 勉強して、家事をさせられ、好きな事をしたいけど出来ない時間。

今までのバランスも崩れて、好きな事をしたいのに、今度は好きな事をしていても思うように全く上手くいかない……

そう考えても今麻雀の最中、茜は賽を振りゲームを開始した。

萬子はグー、筒子はチョキ、索子はパーね? 二人で考えた欲しい牌を教える不正行為である。

茜は自然に欲しい牌があるときにテーブル上に左手を置く。

グーなら萬子、チョキなら筒子、パーなら索子と簡単なもの。

不正行為はイカサマです、悪い事ですよー? そういう意識が茜には元々薄く、今回もまた自然とそうするのが、性格に出ているわけだ。

詩穂は合図を確認すると、少し考える素振りを演じて茜をサポートする。

「ちい? 」

「ぽ、ん? 」

単純自然な感じに見えるものの、茜の目の前に座る男は三本目のビールに手を出して薄く浅く笑みを見せていた。

まだ追いつけると読んだ男の娘が牌を卓上に打ち込むと、茜がそれを当たり5800点奪った。

「助かったー 」

このくらいの点数ならドントマインド! どんと来い! そうテンションを崩さず、男の娘はやる気を持って座っている。

 続いて、また茜がゲームを進めると、にゃーちゃんが喋りだした。

「人と向き合う事はさ? 」

お互いの良い所だけではなく、悪い所まで見えるものさ。

例えばそうだな? 君は完全無欠の美少女さ、それはシフォンもそうだけど。

「にゃーちゃん! 」

ニヤケ顔全開で席から立ち上がった詩穂は、にゃーちゃんの右手掌でおでこをぱちんと打たれて座らされた。

 反省モードのシフォンを無視しながら、にゃーちゃんは続ける。

「だけど、君達だって完全無欠ではない筈なんだ 」

自分の思い通りにならない事に腹を立てたりもすれば、自分の都合ばかり押し通そうとするときもあるかもしれないね?

時として、その程度の事でも誰かは傷ついて涙する事もあるし、小さな約束事すら守らない習慣病のせいで大事な信用や愛情まで失う事もあるんだ。

風が吹けば桶屋がってやつだよ。

「うん…… 僕は依存症と言っても良いと思うよ 」

ギャンブルにせよ、煙草やアルコールといった嗜好品であってもさ。

どの様な事、誰にでも人間は依存する生き物さ。

それをどう向き合って誰かを傷つけることの無いように気付くか? 生きるのか? これが人としての倫理ってやつだと僕は思うんだ。

あぁ…… これは僕の正義の刃であって絶対的な答えではないよ?

「ち、い? 」

「ちぃ? 」

茜がゲームを進める間もにゃーちゃんは話す。

「聞くよ? 」

君達二人はさ? 家族が麻薬中毒に侵されたとして、果たして本気で止める事が出来るかな?

僕はね? 本気で止められて、今がある人間だ。

君達はお互いを本気で止める事が出来るかな?

「…… 」

「にゃーちゃん…… 」

二人とも答えは出せないままだ。

「切る牌が無いですー 」

男の娘は、難しい話をしているなと自分の都合ばかり考えて行動していたら、茜が立て続けに手を進めた為迷う事になった。

「彼女が鳴いて、索子を打ってきたろ? 当たり牌は索子の打った牌周辺だよ 」

茜が今当たれる状態ならそこしかないと、にゃーちゃんは男の娘に言った。

男の娘はそれを信じて押してきた。

「次、リーチだなー たはー 」

何その新しい可愛い子振り? ムカつくんだけど?

詩穂は男の娘にイラッとしたが、茜がいけそうな局面邪魔しないように、にゃーちゃんの打つ牌を合わせた。

断言された茜は、何故見透かされているかが不思議に思うのと、自分が上れば問題ないと前向きになり何事も無いように進めた。

「誰しも無くしてしまう前に気付かなければいけないのさ…… 」

手牌の短くなった君がいつまで逃げられるか見てあげるよ。

千点棒がテーブルに置かれ、機械音が緊張を告げた。

「リーチ! 」

詩穂はにゃーちゃんに合わせて当たられない牌を打って逃げた。

自己都合ばかり考えてる茜は、一枚目先ず勝負に出た。

にゃーちゃんはそれを見る事無く、六本目のビールに手を付けて飲みだした。

「ここは僕も勝負ですー 」

男の娘は空気を読まずリーチを宣言し、二件リーチと茜の勝負になる。

「負け、ない、も、んね? 」

超上級者とオカマ、もとい男の娘相手に茜は次も勝負した。

「それですー 」

二度目はあっさり刺されてしまい、男の娘の4200点に食われてしまった。

それを詩穂はムカッ腹立て、次の親(男の娘の有利なゲームを) 絶対潰す!

と意気込んだ。

ハイテンションでゲームを始めた男の娘だったが、足取りは重いようで無言……

透けて見えるような進行状況を詩穂は感じて、12000点を作り上げて息を潜めた。

「やっと形になってきたー 」

そう言って切った牌を詩穂は見逃さなかった!

 「あんたの形なんてゴスロリかメイド服でしかないんだよ! 」

 何でそこまで言うのか三人とも目が点になり、詩穂の倒した手を男の娘と茜が確認した。

「たんぴん、さ、んしょ、く、いー、ぺーど、ら? 」

黙って跳ね満の12000点……

「ああああああああああああああああああああああああああああああ! 」

男の娘は二回戦も折れた……

前髪ぱっつんゆるふわカールを、詩穂は右手でかき上げて決めた。

「あんたには負けない! 」

形ばかりが一人前になる詩穂を見て、にゃーちゃんは少しだけ笑うのが見えた。

それに気付いた詩穂は、男の娘から点棒を受け取るも気まずい空気。

「ご、ごめんね? 」

顔真っ赤で俯いたままだが男の娘は返した。

「勝負の世界だから良いんですー 」

救われた気持ちになり詩穂は男の娘の顔を見ると、それをウインクして気にするなと送ってきた男の娘を見てしまった。

やっぱこいつダメだあー! 詩穂の心もぽっきり折れた……

そして緊張の瞬間…… 男の親が回ってきた。

「この局で終わるかもね…… 」

配牌を取り出しながら字牌を一打に、にゃーちゃんは言う。

詩穂はこのまま走り抜ける状況で、手牌と相談したが難しい局面だった。

鳴いていかないと追いつけないのに上家は(かみちゃは) にゃーちゃん……

先ず甘い牌はあたしに降りてこない、そう思った矢先から詩穂の欲しい牌をにゃーちゃんが打ち込むと迷わず鳴きを入れた。

 「ちー 」

 鳴いたときに詩穂は思う、にゃーちゃんは一色手だ!

男の娘の腐った判断力だと、にゃーちゃんに鳴かれる……

急いだ詩穂は茜にサインを送り、二人のどちらかがこの局を決めようとアイコンタクトする。

お互いの手牌は短くなったが、二人とも上れる形は出来ていた。

このまま押し切れると思ったその時、にゃーちゃんは千点棒をテーブルに置いた。

「捨て牌から読めるのも限界はあるんだよ 」

単純に一色手の捨て牌、にゃーちゃんは索子の本線に字牌がありそうな手牌に思う。

詩穂は現物を切り現状維持、茜は危険度高い牌を持ち少考する。

前回、【メンホン】 に打ち込んだ場面と似ている事から、壁(情報)を頼りにしないと決めた茜は、萬子の面子を抜いて逃げた。

男の娘は戦いに参加する気力は無さそうで、口を尖らせて現物打ちして逃げ回っている。

「逃げていられる間は逃げたくもなるのかな 」

逃げ道なんてものは本当は無いのさ、そこを探すくらいなら前へ出る勇気を持つ事が大事なときもあるのかもしれないね……

人は優しさを勘違いしているよ、その言葉は誰の為になるんだい?

救われたと思うだけで、何も変わらない甘ったるい言葉を心が飲み込む。

くだらない人間の中に身を置きたくなるのかもしれない。

本当にその人を思うなら時として感情をぶつけてでも解らせる事や、嫌われてでも怖れない勇気がその人を成長させる優しさじゃないのかな?

まあ、解らないだろうね…… 君達は小さな世界のアリスというやつさ。

ただただ、不思議と思う僕の世界に迷い込んだ小さく無力な女の子だ。 失う前に気付く事は生きていく上でどれほど難しい事かもね……

茜は聞き流しているものの、負けたくない気持ちが先走り、場に二枚切れている字牌を打ち込んだ。

「君は立ち向かって来ているんじゃない、深く物事を考える事を放棄しただけの人間なのさ。 向き合うということは感情のぶつかり合い、君の打ち込む牌はただの勘違い 」

そして倒されたにゃーちゃんの上がりは24000点、この流れを止める事無く二回戦は説教上戸のおじ様が取った。

二人はいつも通りの結果に、疑問しか浮かばないまま三回戦を迎える。

にゃーちゃんは三回戦の始まる前に席を立ち、お酒を探しに店内のカウンターへ引っ込んだ。 酔っているのか物音を立てるのは珍しい……

男の娘は腐りながらも三人分の飲み物を作りにカウンターへ行く。

詩穂はイカサマをしない方がいけるんじゃないか? どうせすぐバレると思い、茜に話し掛けた。

「茜ちゃ? 私達のイカサマ余裕でバレてない? 」

「そ、う? 」

残り三回戦は平打ち(普通に打つ事)のが良いのでは?

「正々堂々のが良いんじゃないかな? 」

「そ? 」

詩穂は茜の気持ちが全く解らなかったし、茜の思うことは茜本人も言わなかった。

そんな中、男の娘とにゃーちゃんは飲み物を持ち席に着くと、三回戦の始まりが告げられる。

「ここからが君たちの本番かな? 」

にゃーちゃんが賽を振り、この男の親番で始まった三回戦。 圧倒的なにゃーちゃんに歯向かえない状況になった。

「ツモだね、6000オール 」

「こんな待ちでも持ってくるものだ、1700オール 」

「これもだね、700オール 」

「4300オールでこの勝負は終わるかな? 」

圧倒的だった。

無駄のないツモ上がりばかりで誰も手に負えない三回戦。

男の娘は場の状況に萎えて、さっきから見えない誰かと会話を繰り返すだけ。

女の子二人は追いつけない悔しさと、にゃーちゃんの無駄の無さから絶望しか生まれない。

「二人のイカサマのお礼で、僕もこの回はイカサマをしているよ 」

いきなりのカミングアウトに二人は見抜けないまま、最後に決められたのは役満。

ツモ上がり。

「16000オールだね、四本付けかな? ラストだ 」

そう言うと、にゃーちゃんがしていたイカサマを披露した。

先ずはね? お酒を探しに行った時に隣のテーブルから同じ色の字牌を抜いたんだよ。

最後の大三元(役満) はそれで上ったのさ。

僕の指輪はさ? 握り込んだ牌を落とさない為の指輪さ。

常に二枚抜いて、手の中に隠して行うんだ。

君達の二倍早くね、僕はゲームを進めていたわけさ。

君達は捨て牌を全部覚えていられるかい? 答えはノーだよ。

何故なら僕が抜いた牌を覚えてないだろう?

イカサマは、バレなければしていいのかな? 違うよね?

ルールの元に僕らは僕らを曝け出して生きている。

それは現実での社会もそう、今ここでの麻雀もそうさ。


だけど社会は醜い。


君らのような何も知らない女の子は、大人という毒に当てられて傷つく事ばかりさ。

麻雀はどうかな? やっぱりルールを守らなければ手痛いしっぺ返しを喰らうんだ。

気付く事が大事だよ、人を見て信じるなと言うんじゃない。 その相手の本質を見抜く努力をしなければ、君達は傷付いてその後の出会いに陰を落とすばかりさ。

信じる事で救われる事は思いの外少ない。

信じない事で救われる事もない。

バランスもタイミングも微妙で難しいのが、僕達の世界の事象であるけども僕らは生きているのさ。

嘘も隠し事も僕らはしてはいけないんじゃないかな? 小さなことから大きく人は変わるものさ、向き合いなよ、これからの自分に。


そう言うとあっさり三回戦が終わってしまった。

イカサマ駄目じゃん、てかにゃーちゃんがイカサマ出来るとか初めて知ったし!

驚くというよりこの人は何でも出来るんだな、流石あたしのにゃーちゃん……

詩穂はそう思い何故かニヤケたが、茜はチート行為に被害者意識しか持たず、次からは指輪を外してとお願いしようと考えた。

男の娘はもう次から二回トップを取る以外勝ち抜けられない為、そんなの無理だしーと開き直ってヅラを取った、まあ言ってしまえば不貞腐れた。

「ここからは君達の新しい世界だろう? 成長を見せてみな 」

そう言うと賽を振るにゃーちゃん……

運命は茜の親から始まった。

配牌ツモ共に悪くない茜は、欲しい牌を詩穂にサインした。

茜ちゃ…… それでもあたしは茜ちゃの味方だよ。

不正行為の何たるかを詩穂は今教わったと思っていた。 ソレにもかかわらず茜に協力してしまった。

それを見たにゃーちゃんは、下らないコントを見せられたように笑う。

「ち、い? 」

おそらく上れる形で茜は牌を打ち、男の娘は茜に注意しながらゲームを進める。

「それが学んだ事かな? 」

にゃーちゃんはノータイムでリーチを掛ける。 宣言された牌は、詩穂と茜のやり方で返された。 にゃーちゃんの当たり牌は索子だと合図されたわけだ。

素直に見れば、筒子待ちの両面といった感じだ、なのに迷うことになる。 茜がテンパイして打った牌は鳴いた色と別の牌。 こちらもまた索子が当たりとサインされる。

詩穂はリーチを警戒するが、索子を茜に振り込もうと、抜いて打ってみたら茜の上がり声が聞えた

「ろ、ん? 」

その瞬間だった。

「だろうね? 僕も当たりだよ。 ダブロンってやつだね。 僕の声は二人には届かなかったかな? 」

そう言うと鉄製の扇子を一思いに開き、配牌を一閃して倒す。

12000の痛手を詩穂は負ってしまい、にゃーちゃんのテンパイ合図を信じてしまった事とルールを守ろうと思った考えを曲げた事に悔いを残した。 更に茜は2900点を詩穂から受け取る。

なおもこの場がどうしたら良かったのか? 答えを見つけられないまま、男の娘の親が始まる。

「どうせ僕二回トップを取っても死んでるしー 」

やる気の無い台詞を敢えて堂々とほざきつつ、長めに賽を振る男の娘。

詩穂は答え探しに捕らわれて、茜のサインを見られないまま、ゲームが進んでいった。

茜は即リーチを打つとサインしたように見えた。

詩穂がそれを見逃して、今回のゲームから逃げたのを見ると茜は小言を言う。

「裏、切っ、た? 」

数順した後、にゃーちゃんに千点上られて次へと流れた。

詩穂は言葉の意味よりも自分がどうしたいか? どうするべきなのかに迷い、茜に返す言葉が見つからなかった。

「麻雀はね、四人でするものさ。協力もあることはあるのだろうけどね 」

今この場でしている麻雀はコンビ打ちでもなければチーム戦でもない、それは現実でもそう。 そこに向き合った上、自分がどうしたいか考えた上で全てがあることを知りなさい。そう言いたいだけなのにね……

「ロン、18000 」

茜の強引な押しに迎え撃つ形でにゃーちゃんが殺しに掛かった。

今までの全てを否定され奪われた気持ちが、茜に芽生え理不尽なこの男が苦手になったのが確定する。

このまま、にゃーちゃんがトップで終了……

 「五回戦をするまでもないけど、僕が出来る君達への授業を始めようか 」

これはおさらいだね……

にゃーちゃんが親になり、手牌を確認すると牌を見せたままゲームを進めた。

持ってきた牌だけは伏せて、手牌は様変わりしていく……

にゃーちゃんがリーチをすると、空になった酒瓶を一瞬覗きながら話す。

「これだけ見えていてもさ? 」

僕の当たり牌がどれなのか一点で読めないだろう? 人の心と一緒さ、だからより多く人を観察するべきだし深く読まないといけない。

軽く人を信じてしまうとお互いが駄目になるのさ、そこに気付かないまま自分の道だけを歩こうとするとこうなるんだよ。

「そこから出ると思ったよ 」

言われた茜はにゃーちゃんに刺さってしまう。

18000点を払わされ既に何も出来ない状態、詩穂も思考がぶれていて、もうこのゲームをする意味も無いように感じた。

好きだなんだ、趣味だなんだと人は何かにつけて依存して、抜けられないまま失うことがある。

ギャンブルも一つ、趣味もそうかな。 アルコールや麻薬は代表格だね。 この麻雀も依存性の高い遊びさ、ゲームやアニメも依存するほど面白く考えて作られている。

そりゃあそうさ、売れないものを作っても会社なんてすぐに潰れてしまうからね。

依存した果てに待っているものは、全て無くした後悔に気付くか気付かないかだけの世界の終わりだよ。

人はね? 無くしてしまったら、もう戻る事は無いよ。 その悲しさに気付いて、依存に向きあわないといけないのさ……

向き合う上で友達なら向き合わなければ、恋人なら向き合わなければ、それらがあるにも関わらず気付かない振りして依存してしまうのが君達二人だよ。

大事な存在なら二人とも見て気付きなさい。

「おやすみ、今日はこれで終わりだ 」

今日はと言ったにゃーちゃんが開いて見せた手は12300点、茜だけを狙い打ち終わらせた。 無言のまま席を立ち部屋へ戻るにゃーちゃん。

首を切り落とされた感覚についていけないまま、黙ってにゃーちゃんのいなくなったテーブルに詩穂と茜だけが残った。

薄暗い店内の麻雀卓に残されたのは、言葉の意味を考える貧乳美少女と、被害者意識しかない巨乳美少女二人。

どちらが声を掛けるでもなく時間は過ぎていくまま、詩穂は茜に言った。

「あたし達のやり方って間違ってたかもね? 」

笑顔を見せて誤魔化そうとは思わなかったが、少し笑って声を掛けた。

「そ、う? 」

茜の本当の意思は見えないまま、言葉の投げ方を探して少し考える。

「にゃーちゃんの言う事ってさ? 」

素直じゃないというか、考えさせたいから答えを告げる事を余りしないんだよ。

何であの人がそう言うのか、そういう言い方なのか解らないけど、あたしもいつも考えては時間が経った後に気付く事が多くて、あの時はこうだったのか! って。

だからね、今日のにゃーちゃんのやり方というか言い方には意味が在ると思うんだ。

茜ちゃがあたしを裏切ったって最後の方言ったよね?

あれね? あの時あたしサインを見落としてたのと、不正行為が麻雀にとって致命的なんじゃないかと思って動けなかった。

茜ちゃは麻雀上手いと思うんだ。 だけどそれはリアル麻雀とは違ってネットの世界だけなんだ。

リアル麻雀ってさ? ネット麻雀と違う駆け引きがあるし、もっと言うとね? 賭け事ですることもあるから……

「もう、い、い」

茜はそんな事聞きたくなかった。 体の一部と思うことを数日間否定されて、尚プライドもへし折られて何を考えろというのか意味不明だった。 そう言って思うと、もう駄目だった。

席を立ち二階へ上ろうと仕草を見せた為、詩穂も一緒に部屋へ戻った。

当然戦意喪失した茜を見て、麻雀がどうというよりも詩穂は自分のことを話そうか迷って黙った。

その間茜は、自分の身体の一部と思う物をここまで否定するのは何でなのか? 苛めでしかないじゃないか、ただ自分から全て奪うつもりか? そう考えては反発する気持ちしか持たないまま、詩穂の気持ちを考える事はなく、暫く二人はガラステーブルを挟んで無言のままだった。

部屋の冷蔵庫から、男の娘が用意してくれた飲み物を出してコップを二つ用意した。

詩穂は息を数回大きく吸って吐いて、カミングアウトした。

「あたしさ、リスカだったでしょう? 」

茜は聞いているのか聞いていないのか、リアクションしないままずっと俯いている。

「いつだったかな…… 」

あたしね家庭がめちゃくちゃでね、まあ荒れてたんだよね。

どうしてそうなのかなんて説明出来ないけど毎日寂しくて悲しいしかなかった。

そう言っても未成年だし十代でしょ? 家を出たくても出れなかったんだ。

何かあってもあたしはリスカする事で逃げるしか無かったんだ。

傷はもう消えないまま残っていて、にゃーちゃんがリストバンドをくれたの。

理想が高いって言うのかな…… あたしはお金を欲しがったけど、一線はどうしても越えられなかった。 だからあたしは歳を誤魔化して夜のお仕事を始めたんだ。

お仕事と言えば聞こえは良いけど大人たちは皆、その場の女の子を値踏みするというかね? 隙在ればやってやろうって、そういう人達が多くいる世界だった。

早く家を出たい一心で、あたしはそんな場所へ取り返しつかないことをする手前だったの。 あたしでも解るくらい大人って純粋に汚れていたんだ。

遅かれ早かれ、その世界にいたらあたしは駄目だったかもしれない。

ある日酔い潰れて何処かの公園でね、にゃーちゃんに会ったんだよ。

しつこくアフターを迫るお客さんから逃げた日だったの。

気持ち悪いやつでごめんね……

謝る事でしか自分を守れないまま、話そうとする気持ちを勇気を探した。


「……」


その時から変な人でさ、あたしが酔い潰れて食べたものや飲んだものをベンチにしがみついて吐いてる間。

ずっとブランコに腰掛けて、煙草を吸ってあたしを見てたんだって……

あっ! 見てたって言い方なのはね? あたし余り覚えてないから……

声を掛けられたのかどうかもわからなくて、気付いたらこのお店のこの部屋にほぼ裸で寝かされていたの。


「……」


その時に、あたしの人生は終わったって思って、キレまくってお店に降りていったの。

にゃーちゃんは誰かと電話してて、その間男の娘にちょっと待ってて! って、あのテンションで言われてさ、ふざけんなオカマ野郎って暴れてた。

殴りかかったし、蹴ったし噛み付いたかもしれない。 覚えてないけどね……

あいつのエクステを引っ張って、ずる剥けになった頭をあいつは気にする事無く。 少し困った顔であたしを抑えてた。 あの顔はあたし覚えてるんだ。

幼稚園の先生みたいな顔してた。

にゃーちゃんの電話が終わって開放されたときにね? 先ずにゃーちゃんが言ったんだ。

「やあ、昨日でやり直す道は見つかったかな? 」

どんな話をしたか解らないし、この人と何があったかも解らない。

この人はあたしに手を出してない。 そう確信できたんだ。

何かね? あの人って感情を読まれまいとするというか……

興味ないことに対して冷静なんだよね。

優しくないわけじゃないんだ。 ただ普通の人が思う優しいとは質が違うんだ。

言ってしまえばあの人は、あたしに興味なんて無いんだ。

なのにここまでしてくれた意味はあたしには解らない。

それでね?


「……」


あんたのゲロまみれの服も下着も僕が洗濯したんだよ! ってさ、あいつに言われてムカついたんだよね。 頼んでねーしって。

でもね? 不思議とさっきまであった。 やっちまったって気持ちは無くて…… にゃーちゃんのお話をカウンターで聞いたんだ。

「落ち着いたならそこに座りな? 」

そう言われてカウンターの椅子に座ったの。

最初に言われたのは、吐き出して止まらない様子だったからここに連れてきたって。

にゃーちゃんが服を脱がせて…… 全部ね、してくれたんだけど。

その間の話は恥ずかし過ぎて何を話されたかは覚えてないんだ。

ただ大事なものは失ってなくて、さっきまで電話してた先があたしの家だって事は理解できた。

後の事はね? あたしの仕事は辞めさせられて、にゃーちゃんのお店に住むことになって……

本当に信じたい人には、嘘も隠し事もしちゃ駄目って約束をさせられたんだ。

未だにあたしはにゃーちゃんの期待を裏切ってしまうこともあるけど、あたしはにゃーちゃんに救われて環境を変えてもらったんだ。

あの人の考えてる事はまるで解らないけど、あたしには神様と変わらないから……


「……」

「だからね? 茜ちゃ? 」

この先を二人で考えていけたら良いと思う……

詩穂は言いたかった。

「今日は、も、う、寝る 」

ただそれだけで押せども返ってくる暖簾のように、茜の心には響かなかったかもしれない。 それは夏の空気を忘れさせるほど乾いた返事だったから……

解らなかった。

自分が話したことが良かったのかも、自分の行動が正しいのかも……

だけど、あの日に言わなければ一生言えなかったんだ。

後日また声がした。

「シフォン? 僕は、また消えるから約束事は守りなさいね? 」

答える間もなくにゃーちゃんは消えた。

数日間、麻雀のない生活を送った頃、全部で二週間は経ったのかな……

茜ちゃはいつもゲームばかりしていた。

にゃーちゃんが帰ってきた日だった。

「ただいま 」

ドアをノックして、開けないまま言われるのはもういつもの事。 脊髄反射であたしは飛び出して抱きついたけど、あいつの背中だったのも言わず何とか…… 茜ちゃの膝枕を堪能したのも言うまでもない……

でも、なんかあたしの不安だけが大きくなるんだ。

茜ちゃ…… 人と向き合うことは自分だけじゃなくお互いが傷つくこともあるって、にゃーちゃんが言うよ?

だけど茜ちゃ…… 茜ちゃの本当があたしには見えないんだ。 この数日間すれ違った訳じゃない。 一緒にいたし、お風呂も一緒だ。

仲の良いお友達以上に沢山の時間を過ごしたはずなのに……

時折見せる茜ちゃ……

約束を破る事や隠し事に、あたしは疑問を持っていたのに言うことは出来なかった。

にゃーちゃんが言うように向き合うということが疲れる事でも、傷つく事でもあたしは茜ちゃを無くしたく無いなら、あたしが茜ちゃを止めなきゃいけなかったんだよね?

いつでも一緒にいたい大事な大切なあたしのお友達だよ。


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