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友達なんていらない

「暑いぃぃぃぃ 」

 坂道のアスファルトを照らす陽射しに耐えながら、ソフトクリームを口に運んでは愚痴を言う。 サバンナの中オアシスを目指す獣のように足取りは重く、手に滴る液体を舌で救いながら、やはり不快指数を上げる言葉を出すだけ。

 「暑いぃぃぃ 」

 通っている学校まではすぐそこというのに、変わりはしない気温に向かっては無力さを否定したがった。 つまり耐えられないほど暑いのだ。

 坂道をふらふらふらふら、左に右にと感情のままダラダラと力無くも抵抗する。

 「あっ? ごめんね! 」

 前を歩いていただろう同じ学校の生徒に、追い抜き様ぶつかってしまい声を掛けた。

 「べ、つ、に…… 」

 構ってくれるなという気持ちを、ぶつかられた生徒は前面に押し出した対応だったはずだ。

 「それって何を読んでるの? 」

 「ラ、ノベ…… 」

 暑いと愚痴を言い続けた本人は、ぶつかってしまった事を謝り話しかけた。

 そして相手の反応も空気も気にすることは無く質問した。

 「らのべ? 」

 そう言い放つより、相手は足早になる。

 「急ぐ、か、ら…… 」

 「あたしも急ぐよ! 」

 この日、この瞬間が二人の出会いだった事はもう間違いない。

 「あたし詩穂、川井詩穂 」

 「…… 」

 詩穂がこの微妙な “ 間 ” を気付いたか解らない。

 「茜…… 茶畑、で、す 」

 言葉少なめ、声小さめに口を開いてくれた。

 主人の帰りを待ちわびた小動物のように詩穂は反応を返した。

 「わああ、茜ちゃん? 何科? 終業式終わったら又お話しよ? 」

 彼女の物怖じしないことは悪い事ではない、むしろ良い事に近いと思われる。

 ただ誰にとっても歓迎されることでもない。

 「別に、い、い、で、す 」

 断りを入れたニュアンス、茜は返したハズだった……

 「えっ? やった! じゃぁ終わったら会いに行くね! 何科に行けば会えるかな? 」

 「…… 」

 ハズだった、ハズだったのに間違って伝わった。 これには茜自身諦めた。

 「自分、は、商業、科、で、す 」

 聞き取れる声で言うと、茜は商業科の建物へ小走りした。

 「あたしは普通科だからねーーー 」

 茜に比べたら大きい声で後姿を笑顔で見送った。


 校長先生の話は凶器であると口々に学生は語る。

 眠くなる生徒もいれば、トイレに困る生徒もいる、果てには貧血で倒れる生徒もいる。

 そんなカオスな時間が終わってさえしまえば、詩穂の感覚で言うならバカンスモード(夏休み)の突入となるわけだが、その前に商業科の連絡通路を目指す冒険者になった。

 音楽が好き、お洒落が好き、勉強大嫌い!

何処にでもいる普通女子のはずなのに、どこか普通とは違う。

 それは茜も同じだった。 お互いを知るのはもう少し後の事。

 今は詩穂が茜の元へ走り出す。

 「商業科の棟って広いな…… 」

 言うほど広くもない建物内を小さく文句する詩穂。

 まずまずのわがまま娘と言うのは解るとおり。

 「商業科って、おにゃの娘多くね? 」

 説明すると可愛い女の子が多いようで、詩穂の視線は定まらないまま泳ぎまくった。

 そうしてすれ違う女の子の、胸とか脚とか胸とかを一通り見ると詩穂は呼び止められた。

 「川井さ、んって、女の、子、の事、見、てな、い? 」

 透き通る声だった、天使だ! 天使がいると詩穂は思った。

 そのまま振り返り視線を合わせる事無く誤解を訴えた。

 「み、見てないもん! 茜ちゃん探してただけだもん 」

 強がってそう言ったものの、両頬のニヤケ跡は隠せないままだった。

 「自分、は、普通科、の、渡り、廊下、で、待って、まし、た、よ? 」

 すぐ探せる位置にいたと茜は主張した。

 「いや、ほら皆チェックのスカートで紺ソでしょ? 中々探せなかったの 」

 どれも一緒の特徴のない格好の中、中々探せなかった、そう言いたかった。

 「自分、こ、の、時期で、も、、オーバーニー、で、す、よ? 」

 そうなのだ……

 茜はこの季節でもニーハイのロングソックス、周りの子はシャツ一枚なのに、何故かシャツの上に黒色のストールのようなものを纏っている。

 誰にも見せないような笑顔を茜は見せて、その場をくるっと回り制服姿を詩穂に見せた。

 「可愛すぎて気付かなかったょ 」

 誤魔化し方が、中年のノリを感じさせる中、レーダーアイと呼ぶ詩穂の女の子観察レーダーを茜に向けた。


 絶対領域からのニーハイ! にじゅうまる。

 スカート丈が短くないから露出が少ない。 マイナス!

 胸大きくね? ぇ? そして黒髪おかっぱボブカットの狐目ちゃん。


 獲物はまだかと待ち構える獣の気持ちと似た詩穂の視線は茜を見ていた。

 「詩穂、さ、ん、って…… 女の子、好き、な、の? 」

 怖いのか引いてるのか、そもそもこういう喋り方なのか? 後ろめたい詩穂は判断出来ず、正直に言うしかなかった。

 「あっ…… 可愛い女の子は好きです 」

 素直な事は良い事、万人がそれを受け入れるとは別として……

 「そ、う、なん、だ……? 」

 茜は間のある喋り方と答え方で彼女を受け入れた。


 これが渡り廊下の夏の陣である。

 鼻血が出る展開など無い。


 しばらくの静寂が二人を包み詩穂が耐え切れず口を開いた。

 「茜ちゃんが一番可愛かったよぉぉぉぉぉ! 」

 両目は瞑ったまま、地面のほうへ顔を俯かせて続けた。

 「だって茜ちゃんも、可愛い女の子がいたら見ちゃうでしょぅ? 」

 語尾をやや弱く言うことが、可愛いをアピール出来ると思うのか、強引ではあるが茜に同意を求める。

 「見ちゃ、うか、も、だけ、ど 」

 そう言うと茜も詩穂を観察した。

 視線を向けた先には自分よりも小さな前髪ぱっつん女子がいる。

 金髪に近い茶髪はゆるふわカール、瞳はカラコンぱっちりお目目、付けマツゲで胸キュンキュン。

 紺のハイソ、学校指定のチェックスカートに白ワイシャツ。

 左手にリストバンドがギャルっぽくないなとは思うくらいで、観察の途中ではあったが詩穂が否定されなかったと喜び笑顔を見せた。

 「でしょう? でしょう! 」

 茜の手を握り、可愛い女の子見ちゃうよね? ね?

 とやや、やり過ごされた感があるものの、茜には初めての事で何だか小さく心が躍った。

 この時に同じ物と言えば、白シャツにローファーくらい。

 自分と似ている場所を二人は探し始めていたのかも知れない。


仲良くなれるかな?

どちらが思うまでも無い、お互いが意識し合う瞬間だった。

渡り廊下を商業科から普通科へ向かいながら、二人は何故か噛み合わないラノベについて話し出していた。

もう少しお互いの距離を近付ける話題はありそうだったのに、何故かそれらを考えることは無くラノベから会話は続いた。

普通科の階段を降りる頃には、茜のお勧めの本を借りる話まで出来た。

なのに校門を目の前にして茜は話題を有らぬ方へ変えた。

「自分、友、達な、んて、い、ら、な、いんで、す、よ 」

 話の流れを根本から折りに来た。

 空気を読まないのか、ポジティブでいられたからなのか、詩穂は臆せず我が道を歩いた。

 「じゃぁ、あたしが友達だね? 親友だね? 」

 茜の決意よりも、前向きな詩穂の行動が、今まで人付き合いを避けてきた本人からしたら避けることの出来ないイベントになってしまっていた。

 「ふぁ? 」

 中二病対決である。

 どちらがより、中二病か対決するよりも茜からしたら詩穂はまぶしかった。

 詩穂は茜に萌え萌えだった。

 噛み合わない話題の中、詩穂は茜を見てはニヤケて頬を赤くして話に夢中だった。

 「今日予定無かったらウチ来ない? 」

 「ふぁっ? 」

 女の子好き好きオーラ全開の詩穂の発言。

 茜は予想外の斜め下辺りを攻められた気にもなった。

 自分の脚を右足にクロスして、腰の後ろに手をまわして俯いた。

 「行って、も、良い、です、よ 」

 「ふぁ! 」

 あえて空気読まない女の子大好き少女も、これには小さな胸が大きくドキドキである。

 「い、良いのかい? 」

 両手を軽く握りこみ校門を背に棒立ちになった詩穂。

 発言だけで考えたら、この状況は中年男性のプロポーズでしかない。

 気付いたり意識したりは茜にはないまま、特に間は開くこと無く返事をされた。

 「一度、帰って、シャ、ワー浴び、たら、行き、ま、すね。 自分、の、連絡、先、教え、た、ら良い、で、す、か? 」

穴という穴から何かが出てしまうんじゃないか?

興奮が抑えられないような、ワクテカ展開にハンカチを口元よりやや上のほうにあてた。

「あ、あたしの携帯とアドレスはこれね? 」

何だか可愛いなと同性相手に思い、連絡先を赤外線で交換。

茜からしたら詩穂は最初のお友達なのかも知れない。

「後で、連絡、し、ま、すね 」

相変わらずの独特な喋り方で言われたが、詩穂の好きな声だったし慣れた。

「あたし超待ってるからね? 」

小動物を代表する愛玩動物のように茜にお願いした。

「う、ん 」

茜には謎いっぱいな一日の始まり。

詩穂は大いに喜んだ。 校門前茜を見送る……

詩穂の肌を少しずつ黒くしようと時間と陽射しが焦らせる。

「超やっべ! 」

小走りにバス停を目指す茜を見送った詩穂は、暑さのせいだけではなく、確実にこの後のお楽しみを想像して手が汗ばんでいる。

催眠術師に手を叩かれたように、瞬間我に返った少女は走った。

「あたしも早く帰って着替えなきゃ! 」

学期末の寂しさを感じる事よりも、何かの始まりに期待感だけが先走りして駅を目指した。 時刻表を呪いたいほど、数分のロスすら焦る中で携帯は鳴った。

【待ち合わせの駅まで一時間くらい掛かりそうです 】

落ち着いた一行のメールを茜がくれた。 好みの女の子から来たメール即レスが基本。

【大丈夫だよ、気をつけて来てね? 】

【待ってるよ、超待ってるからね 】

一分たりとも可愛い女の子を待たせてなるものか!

電車に揺られ茜から来たメールを読み返し更にもう一度メールした。

【あたしも超ダッシュしてるよ 】

周りの障害物も人の流れも気にする事無く、駅から降りた詩穂は全力で走り続けた。


「にゃーーーーちゃーーん! 」


誰を呼んでいるのか当人にしか解らない大きな声は、昭和モダン焦げ茶色の重そうな木材の扉を開けた。

ゆっくりと詩穂の呼びかけに応じ外へ向かい扉は開いていく。

夏の空気が室内の空気と交じり合うと同時に、詩穂のつま先が敷かれた絨毯の上へ着地した。 いつもならこのやり取りの直後決めポーズをする詩穂。

「シャワー行ってくるね! 」

数メートル先の薄暗い階段を目指す為、見慣れた景色の空間と人の間を過ぎ去った。

駆け抜けた後に風が店内を追いかける。


「ただいまも言わないのか…… 」


呆れたと言うよりは、こういう日があっても良いと思える言い方を、小さく放って詩穂を迎えた男がいた。


「にゃーちゃーん! 」

「着替えはそこにあるだろう? 」

浴室から男を呼ぶ声は階下まで響く、動じる事無く着替えの場所を知らされて感謝しつつ、急いで着替え髪を乾かす。

誰が見ても記念すべき日、それは解る。

焦って行動するのはいつものことに思えるが、足取りや顔つきから今という時間を意識しているのが取れた。

詩穂が通り過ぎた空間は、温もりのある木材が特徴的なバーカウンタ。

そこから見えるパノラマは四テーブル十六脚、白と黒を基調にしたテーブルクロスが敷かれている。 それより多くのサイドテーブルが目立ち、何かしらのお店であることは見て取れた。 カウンタ内にはガラス容器から小気味良い音を立てた、琥珀色の液体が出番を待っている。

「シフォン置いておくよ 」

白と黒を基準にした昭和モダンな空間、カウンタテーブル中央に詩穂のお気に入りマグカップ、それはデビューした。

「熱いの嫌―にゃー 」

 猫舌気味の詩穂、せっかく登場した飲み物を見て逆の飲み物を希望したが……

 「シャワー上がりに合わせて淹れたから飲みなさい 」

 「はい 」

 この男の判断に乗っかる格好で即答した。

 口の中で苦味と香りを楽しんで、一息ついてマグカップから手を離す。

 口元を痺れさせた様にもごつかせる。

 「にゃーちゃん。 今日お友達が来るよ。 めさめさ美少女 」

 一言、一言に感情と瞳に力を入れて詩穂は男に言う。

 「そうか、席外そうか? 」

 特にイベント事に捉えず、男は詩穂の話を受け入れる。

 詩穂は思い出したかのように、二階へ駆け上がり男に携帯画面を見せ付けた。

 「にゃーちゃん! 」

 男の顔に向けて定位置のカウンタ席から、握ったメール画面を腕伸ばして固定する。

 「そろそろ時間かな? 迎えに行かなくて良いのかい? 」

 この事を良い事として迎える姿勢を感じない、流した発言が詩穂につく。

 それを気にする事無く詩穂はお店の扉を開けて外へ出た。

 迷い無くゴールへ走り抜ける運動会の少年のように……


 気温差10度以上、真夏日の昼過ぎ……

 駅につく頃には汗だくになるだろうが、着替えたスカートにハンドタオルが入れられていた。

 「今日は今からが二人の始まりの時かな? 」

 雫を拭いながらグラスを並べる間に女の子二人はこの場所へ帰ってくる……


「あーかーねーちゃー 」

まだ茜の姿が確認出来る距離とは思えない駅前の直線上。

蜃気楼が視界の先を霞める奥に茜はいた!

 見える、見えるぞ!

 詩穂の、おにゃの娘レーダーは茜だけを捉えていた。

 きゃわわわ……

 紫色の蝶のヘアピンをしたゴスロリ服の茜。

日傘を差して、絶対領域が気になる丈のフリルスカート。

 全体黒と紫色のコーディネートは詩穂の露出高いギャル服とは差があったが、そもそもゴスロリも好きだしニーハイも好き。

ローファーまで好きな詩穂なのだから幸せ至極であり、感ここに極まるわけである。

 「ご、機嫌、よ、う? 」

 茜の間のある喋り方にはもう慣れた。

「うん。今日は来てくれてありがと 」

 不安だった。 詩穂は友達が少なく、高校も違うこともあり不登校がちであった。

今日この日、茜と出会い毎日が楽しくなる予感がしてニヤケが止まらなかった。

 「お、か、しい、ですか? 」

 茜は、自分の服装を見た詩穂が何か思うところが有るのか気になったのかもしれない。

 「ううん、めっちゃ可愛いよぉぉぉぉぉ 」

 詩穂が語尾を伸ばし終わるまで、力なく微笑む表情で茜は詩穂を見ている。

 「そう? 自分、あまり、人と、関わ、ら、ない、から 」

 褒められた事の嬉しさを隠してはいるものの日傘はくるくると回っていた。

 その日傘を詩穂の頭上に重ねて、二人の距離が近づく。

 「ふにゃっにゃ! 」

 大好きな主人に撫でられた飼い猫の顔をした。

 可愛い娘大好きな詩穂の事だから鼻血も出たくなる。

 「あたしの部屋近いから案内するね 」

 出もしない鼻血を気にしながら、部屋を目指すために体を反対方向へ向けると、茜は詩穂の手を取って握った。

 「迷っちゃい…… そ、う? 」

 鼻血が出てしまうのではと思った。 しかしポケットにはハンドタオルが忍ばせてある。

 とても近い部屋までの道を、本屋さんやケーキ屋さん、お花屋さんと寄り道をしては、小さく長くのんびりと部屋を目指した。

 赤茶色の扉が二人を迎える頃には、二人は好きな事のお話が出来るようになっていた。

 出会いが二人をどう成長させるのか、誰も知らない狭間の世界に繋がれた手を離す事無く足を踏み入れた。


繋いだ手を離したのは、二人に声が届いた時だった。

 「おかえり 」

 声のした方へ自然に体を向けると、自分達と対して変わらない大きさの男性が氷の入ったグラスに飲み物を注いでいる。

それが何かはこの位置では解り辛いほど、外と室内の明るさの差が感じられた。

 目が慣れてきて男性が黒っぽい和服のような着物姿。

やや長めの黒髪を無造作に流しているのは確認できたが、近付くまで首に巻いてる十字架も右手人差し指のリングも気付かなかった。

 室内は幾つも照明が有るようで光度の調整は自在なのだろうと安易に解った。

時間帯に合わせた照明をつけているんだろう。

「にゃーちゃん 」

詩穂は声の相手に向けて言うと、飛び付く姿勢を見せるが直ぐに思い出して口を開く。

「茜ちゃ、あたしのにゃーちゃん…… にゃーちゃん? この子がお友達だよ! 」

にゃーちゃんって何?

当然思う茜だが、フラットにそれを聞けるほど茜は強くなかった。 受け入れた上で勝手に解釈し、きっと猫田さんとか名前から来てる呼び名なんだと思い込む。

こう思い込めば中二病の茜であるから言い方は決まった。

「はじ、め、まし、て? 猫さ、ん? ごき、げん、にゃ、ん? 」

小さい胸と鼻を膨らませて、ニヤケを止められない詩穂だったが、にゃーちゃんを茜という美少女に盗られまいか同時に不安になる。

「はじめまして…… かな? シフォン、飲み物持って行きな 」

用意された物は紅茶だった。 匂いからも見た目からも解った頃には、グラスに水滴が芽生えて滑り出した。

「はいにゃ 」

 両手で飲み物と軽く盛られたお菓子の器をトレイで受け取ると、室内を観察して回る茜に近付いた。

 「私の部屋ね、この奥の二階なの 」

 にゃーちゃんの立つ場所の隅に、何となく階段のような奥行きが見えた。 二人は階段へ向かい、白と黒のテーブルクロスが掛かったテーブルたちをかわして奥へ進む。

 このテーブルは何なのか茜は気になって仕方なかったが、この室内自体が何かしらのお店であることは鈍い茜でも見てとれた。

 出来るだけ足音を立てないように階段を急ぎ上る二人だったが、相変わらずドジっ子の詩穂は音を鳴らす。

 行き止まりの壁、右手の部屋に案内された茜は詩穂の散らかった部屋を想像したが、割と片付いていて壁に貼られたギターヒーローに目をやった。

 「詩穂、さ、んの、部屋よ、り、ここが、な、にか、気にな、る? 」

 あっさりと興味の的を自分の部屋以外に言われた詩穂だが、相変わらずのテンションで返す。

 「茜ちゃ? あたしの部屋は興味ない感じかな…… にゃーちゃんのお店はね、喫茶店とか軽食屋さんとかそんな感じだよ? んで売れない作家さんなの…… にゃーちゃんのお話は難しいんだよ 」

 そういう雰囲気とも取れなくは無いけど、茜は核心に触れる。

 「テーブル、変わって、る、よ、ね? 」

 そうなのだ。

テーブルクロスの大きさといい、汚れを気にする為のクロスではない気がしてならない。

わざわざ包んで隠している何かでしか感じない。 市松模様とでも言うだろうか、それはきっと本来の目的にカモフラージュされてるテーブルであることは間違いなかった。

 「うぅ…… 茜ちゃ、鋭過ぎるよ 」

 もう少し引っ張れば良いものを、すぐに吐き出してしまう詩穂はすんなり認めて言った。

 「にゃーちゃんのお店のテーブルはね? 雀卓なの…… 」

 俯いて茜に視線を向けることなく呟いた。

 「麻雀……? 」

 意外にも点と線が結ぶように茜は答えた。

 「うん、そう。茜ちゃ知ってるの? 」

 不思議なのと、受け入れられた反応を感じた詩穂は認めつつ真実を口開いた。

乾いた音が少しガラスの中と室内にリフレインして茜に言う。

 「あっ飲み物どぞ 」

 茜の反応は口角を上げて手を伸ばしながら詩穂に続けた。

 「自分、麻雀、出来、ま、す、よ?」


 ええっ!?


茜の発言に詩穂は、本気手前までバビッた……

目をまあるくした詩穂は言う。

「ふええ、茜ちゃ? 麻雀知ってるんだ? 」

高校生が麻雀?

あの絵合わせのような細かく呪文が切り出されるやり取りを、ゴスロリ巨乳前髪パッツン女子が出来ると言う。

本人解釈だが……

詩穂は好きなアニメの話や洋服の話、それらを最初にしたかったはずなのに、茜の麻雀を知ってる発言が詩穂の世界に核爆弾を落としたようだ。

「ネ、ト麻、で、は自分、高段、者、ですか、ら、ね? 」

えす、ゆう、じい、いいいいいい……

「すげええええええ! 」

詩穂のヲタク精神も小さな胸もきゅんきゅんずっきゅん、高鳴るばかりで何処から何を話せば良いのか解らない。

取り敢えず落ち着け、もちつけである。

二人とも気持ちが噛み合ったのか、ガラステーブルを挟んで向き合い座る事にした。

「茜ちゃ…… 何でも出来るね。凄いね 」

心からの一言だった。

「ネト、麻、くらい、誰でも、やっ、てるで、しょう」

大した事も無いし褒めてくれるなと表した一言だったが、茜の黒タイツを纏う爪先は行き場も無くフラフラとテーブルの下で伸ばされていた。

「あっあたしもね? 麻雀打つんだよ? ネト麻とかはあまりしないし、にゃーちゃんに勝てたこと無いけど…… 」

「ほ、ほう? 」

反応が良いのか悪いのか、二人の間でしか解らないやり取りが続き、アニメの話までこぎつけて声優を語りだす頃には、着物姿の男が部屋を数回軽く叩いた。

「大分良い時間だけど夕飯食べていくかい? 」

にゃーちゃんと言われる男性は直接的な事しか言わず数秒そこに立ち、間を確認してドアを開けた。

「夏バテしないように、キーマカレーにしようかなって…… 」

カレー嫌いな子供はそうはいないのだ。

そう聞かされたら遠慮がちだとしても、考える隙は出来てしまう。

詩穂は乗っかって茜に言う。

「茜ちゃ? カレー嫌い? 」

「す、き? 」

 例外なく二人とも食べる気はあるようだと確認せずにドアを閉めながら男は言う。

「夏休みに入ったからといって、長々お友達を引き止めちゃ駄目よ。 シフォンはちゃんと勉強もしなね? 」

「はいにゃ 」

即答しつつ茜を気に掛けて詩穂は口をもごつかせる。

「にゃーちゃん、怒ると怖いんだあ…… 」

「そう、なの? 」

茜からしたら聞きたい事の数は、普段使いすらしない辞書のページ数を凌ぐほど謎だらけ。 怖いも不安も感じなかったようで、その先の話が止まらずカレーが出される頃には二人とも下の名前で呼び合って笑顔を作る社交辞令すら忘れた。

自然体になれた、良く出来た作り笑いなんかもう必要としなかった。

この時間で止まれば良いのにと何処かでは思っていた。

それでも時間は過ぎてしまうのに、詩穂は少し気になって聞く。

「茜ちゃ、そのニーハイってタイツなのかな? 」

ニーハイと思っていたのに茜の動きで、全くよれないソレを見て詩穂は大分妄想を膨らませた。

解り易く伝えるなら、はあはあしちゃった。

「そ、う、だけど? 」

触ってみたい……

当然言えるはずのない詩穂だが、若干の間をモジモジと手なり身振りなりで繋いだ。

だが、言えない!

それは詩穂のマナーであったから。

「触って、み、たい…… の? 」

駄目だ……

詩穂の頭はリミットブレイクを迎える所だった。

刹那、頭の中では詩穂の詩穂たる中二の限界を超えて、鼻の奥から赤い妖精達がロケットスタートを切ろうとした。

それは三秒前で二秒前一秒…… 前をカウントするかの時に

「シフォン? そろそろ帰しなさい。 親御さんの気持ちも考えてあげないと駄目よ 」

ドアを挟んだ向こう側で、シフォンからしたら般若のお面を着けた百獣の何かが行動を制止した。

諦めたくなかった、諦める以外無かった。

詩穂の欲求よりも何よりも、言葉は理性を呼び覚ます。

 「にゃーちゃん送ってくれる? 」

 返事は、はいとは返せなかった。 せめてもの抵抗は大事なお友達を終電最中の大人達の群れへ放りたくは無いこと。

 「二人とも出る準備しておきな 」

 車を廻しておくという意味だろう、彼の返事は決まっていた。

ドア越しに金属が響く小さな音の繋がりが聞こえる。 彼の手には最初から、鍵が握られて部屋まで来ていたと今更ながら解った。

「茜ちゃ…… そろそろ帰らなきゃ 」

 話しは続くつもりだったのを遮ったのは茜の行動だった。 茜に向けた体から詩穂の左手を茜が取り、茜のニーハイの終わり部分で在ろう場所へ掌を軽く当てた。

 「ほら、ね? タイツで、しょ、う? 」

 詩穂の地球が二つに割れた。

 割れた後に昔見たアニメの色んなエンディングを思い出した。

 名シーンも沢山流れた。

 要は、訳が解らなかった。

 眼鏡を額に掛けているのに、眼鏡を探すボケたコントのように詩穂がティッシュを探す。

 「出て、な、い、でしょう? 」

 出てないは出てないかもしれない、気持ちの上では魂まで出かかった。

 最早、ティッシュ所では無かった。

 「う、うん。柔らかかったよ 」

 詩穂は女の子が大好きだ、本人からしたら悪意なんて無い。 ただ好きなのだ。

 「そっ 」

 口角を上げて笑顔を見せた、茜からは嫌悪も感じなかった。

 それを見てまたもう一回と言いそうになったが、部屋の外から車のエンジン音が聞こえてきて詩穂は我慢せざるを得なかった。

 「か、帰らなきゃだからね 」

 後ろ髪を引かれる思いを数段越してカツラをひっぺがされる気持ちで、茜の手を取り外へ向かう。

 「二人とも後ろだね 」

横付けした車から降りて、二人の乗るドアをゆっくり開けた。

 男は安全を確認した後ドアを閉めると、運転席のある右側のドアを開けて、慣れた様子でハンドルを握る。

 「シフォン? 少し遅い時間だから、お友達に連絡してもらいな 」

 思っていることを直接的にしか伝えないのか、あまり関心がないのか後部座席に乗せた二人に聞こえるように家に連絡を入れるよう諭す一言を向けている。

 「茜ちゃ…… お母さんに電話して 」

 連絡ぐらい言われる前に伝えてあげるのが当たり前だった。

と無い胸を痛める詩穂は茜に電話するよう話しかけた。

 「パパは、帰って来ないし、ママは遅くに、帰ってくるなしか言わない 」

 珍しく言葉を繋いで茜が続いた。

 「別に、連絡な、ん、て、しな、いで、いい…… 」

スカートの裾を小さな手で握る茜は、帰ることすら嫌なのが分かる。

「にゃーちゃん…… 」

詩穂は無理に連絡させたくない気持ちと、言われる前に言えなかった自分の行動が心苦しく判断を求めるように助けを待っていた。

「茜ちゃん? ママの連絡先を僕に教えなさい 」

何用かも伝えずに単刀直入するにゃーちゃんと言われる男。

疑問を持たずに連絡先を呟いた茜。

車から降りたにゃーちゃんが五分か十分程度席を外し、無駄に長く感じる時間とチカチカと光るハザードランプが二人の心の心音を速くさせていた。

「猫、さ、ん、何して、るんだろう、ね? 」

「きっと、茜ちゃんの家に連絡してると思う…… 」

「別、に良い、の、に 」

そもそも十代頃の男の子だろうが女の子だろうが、大なり小なり悩みも家庭不和もあるもので、それが誰しもが通る道なのは今の二人にも気付き辛いのはこの男には解っている事だった。

「茜ちゃ…… ごめんなさい 」

最初に時間を意識して茜に言うべきだった。

それが友達なら尚更だし、相手の状況を考えてあげるべきだった。

 詩穂は茜が可愛くて仕方ないのに、考えてあげるべきを考えられてなかった事に価値観を改めて反省した。

 「別に…… 」

 渇いた返事だった。

詩穂の気持ちを汲み取るよりも、この後の親のやり取りが面倒だ。

考えたくもない。 何もしたくなかった……

 そう思いつつ、視線の先に気付いた事を茜は言う。

 「詩穂、さん? 何で、その格好で、リストバ、ンド? 」

 詩穂の服装は首から肩を露出した服装で腕も肌も出しているのに、左手の手首にはリストバンドを着けているものだった。

 「あたしリスカだったんだ。 にゃーちゃんに出会うまでね? 」

 とある人間のポピュラーな自傷行為の一つ、リストカットは詩穂の今までが刻まれている証なのかもしれない。

 それを感じたかどうか、全く感じさせない茜は続ける。

 「ラ、ノベ、み、たい、だね? 」

 「そ、そうかな? 」

 告白は詩穂の中では大分重い告白だった。

 茜はラノベという何処か妄想で綴られた世界の出来事のように浅く触れて返した。

 少しだけ、雰囲気だけで言えば冷たい空間を詩穂は感じていた。

それでも、もう一度謝った。

 「茜ちゃ? ごめんね 」

 茜が何を応えるか詩穂は解らなかった。

茜が応えるよりも行動が詩穂を縛り付ける瞬間。

考えるよりも感じることが体感出来る窮屈感。

 「帰り、た、くない 」

 そこまで苦しくはない、だが苦しい……

 愛だ、きっと愛の力や思いや、愛の重みが今あたしを包んでいる。

 「うん…… う、ん。一緒にいたいよ 」

詩穂は終電を逃した恋人が一度は聞くであろう台詞を今聞いた。

リア充? その言葉は今あたしの中にも確かにある。

そう思うし、茜といたかった気持ちが躊躇わず自覚できた詩穂だった。

ほんの僅かな時間を過ごしただけの二人なのに。 妙というか気が合うのか、お互いが解らないまま気持ちだけが素直に二人を磁石のように引き付ける。

「茜ちゃ? あたし茜ちゃと一緒にいるよ。 ずっと仲良しだよ 」

「…… 」

詩穂の告白を受け止めたのかどうか、考える思考など無かった。

夢中で茜を繋ぎ止めたかった。

正直な気持ちだし、失いたくないほど可愛くて仕方なかったから……

茜が詩穂の体を両手で抱き締めたまま。

口を開くことはなく、俯いて時間が過ぎるのを待つ雰囲気を詩穂も感じる。

瞬間、運転席のある右側のドアが開いた。

「二人とも車から降りなさい 」

にゃーちゃんの用事が終わった。

内容も何も二人には告げず、結論だけが二人の頭の中を支配する。

考えることも疑うことも二人にはなく、素直に返事をしてアスファルトに足を着けた。

「はい 」

二人が車から降りたと同時に両手を胸の高さ前に重ねて握り合う、詩穂は跳ね上がり茜も片足を背中側へ折り曲げて嬉しいを表現した。

割って入るように、にゃーちゃんが口を開いた。

「夏休みの勉強会をしたいと思うと伝えたよ。 茜ちゃんのママは悪い気はしてなかったと思うから、一日一回は必ず家に連絡を入れること。 シフォンも茜ちゃんも夏休みの課題は先に終わらせてね。 解るかな? しばらく二人一緒に住んでなさい。 但し僕との約束は守りなさい 」

ミラクル過ぎる。

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