生と死の狭間に生きる者
「怪物がそもそもどう言った生き物なのか気にしていたな」
夕飯の片付けを済ませたイシュメールは、大テーブルに向かい合わせにして座るリーチに尋ねた。
「動物とは違うの?」
首を傾げたリーチに、イシュメールは「そもそもの成り立ち方からして違う」と説明した。
「簡単に言うと、奴らは一度死んだ生き物だ。動物や植物とは元々の住み分けからして違う。だから奴らは生き物とは呼ばずに怪物と呼ばれている」
「一度死んだ?」
怪訝に思ったリーチはイシュメールの言をおうむ返しにしたが、イシュメールは訂正しなかった。
「順を追って話そう、全ての生き物は体に魔素と霊魂を備えている、霊魂は思考をまとめるためのもので、魔素は実際に体を動かしたり、ルーンにして体外に放つ事によって消耗する」
オカルトの話かと、リーチは肩をすくめた。リーチの育った世界では、脳が人の思考を司ると教えられていたからである。しかし、イシュメールの話に真実味を感じたリーチは、居住まいを正して耳をそばだてた。
「生き物が瀕死の重症を負うことでも、魔素は少しずつ排出される。そして体から全体量で八割の魔素が排出されると、霊魂も共に排出される、この状態に陥いると、動くことも聞くことも感じることも出来なくなる。そのため仮死状態と名前がつけられている」
では、排出された霊魂はどこへ行くのだろう?
幽霊の事など信じていないリーチだったが、この時ばかりはおぞましい話に体を震わせた。
「体を離れた霊魂は空気に触れて、やがて気化する。だが、中には未練を遺して長く留まろうとする霊魂もいる。この状態の霊魂を負の霊魂と呼んでいる」
イシュメールは「ここまでは理解できたか?」と中断した。
「要するにルーンを使いすぎたり怪我をすると死ぬ。死んだら、魂が体を離れる。悪い魂は負の霊魂になって現世に長く留まるってことだね」
イシュメールは頷いて話を続けた。
「この時点で負の霊魂は無害だ、だがもうひとつ近くに負の霊魂が存在した場合、二つの霊魂が混ざり会い、お互いの持つ微量の魔素を掛け合わせて、どちらかの体に戻ろうとする」
一つの体に二つの魂が入り込む様子を連想したリーチは、予想だにしない光景を目の当たりにした気がして、生唾を飲み込んだ。
「そして自分の足で立ち上がり、不足した魔素を補うように、獲物を追いかける亡者、怪物となる」
「それじゃあ、狼憑きは人の霊魂と狼の霊魂が混ざりあって出来るんだね」
イシュメールは口角をつり上げ、「半分正解だな。生き返ってすぐ狼憑きになるわけではない」出し抜けに指を一本立てた。
「怪物にはフェイズ1からフェイズ4までの形態が存在する、まずフェイズ1、別名死霊。死霊は生きる上で最低限の魔素しか持ち合わせていない上に、一度は死に貧した体を無理矢理動かしているから、力は人よりも劣る」
「じゃあどうやって獲物を捉えるの?」
「死体のふりをして通り掛かる獲物を待ち続けるんだ、さて続いてフェイズ2」
イシュメールは指を二本立てた。
「魔素がある程度回復すると怪物は二つの霊魂の特徴をあわせ持つ異形の姿に変異する。死霊と違って、自力で獲物を探し回り、追い詰める力を持つこの形態は、まだ成長する可能性もあるという畏怖の念を込めて、雛と呼ばれている」
「僕を襲った狼憑きは、フェイズ2の雛だったんだね」
「フェイズ2になった怪物は、より多くの魔素を持った獲物を探すようになる、だが、奴らは決して民家や群集には手を出さない上に、夜目を活かすために夜行性であることが多い」
怪物も生前の教訓を持っているのだと、イシュメールは解説した。
「そして生前の魔素量を完全に取り戻すとフェイズ3。別名、成体に変異する。姿が雛よりも大きく成長し、全身に赤色の斑紋が浮かぶのが特徴だ。成体に成長すると怪物は生きたまま獲物を補食するようになる」
リーチは顔をしかめ「生きたまま!?」と叫んだ。
「なんでそんなにおぞましいことをするの?」
「確かな情報はないが、フェイズ3からフェイズ4に進化するためという説が有力だな」
「まだ強くなるの…?」
リーチはうんざりした様子で弱々しく言った。
「フェイズ3が生きたまま獲物を補食し、補食された獲物が負の霊魂になった場合、フェイズ3の二つの霊魂に新しい霊魂が混ざり会う。これが、フェイズ4だ」
イシュメールは声音を落としていた。どうやら怖がるリーチを見て楽しんでいるらしい。
「フェイズ4に突入した怪物は熟練のモンスタースレイヤーでも敵わない事が多い、奴らはその特徴と脅威からこう呼ばれている…」
イシュメールがその先を口にしようとしたその時、玄関の戸口を盛大に叩く音が家中に響いた。