第五話
「君だろう? 俺を助けてくれたのは。礼を言う」
青年は確信を持っているように、リリアの肩から手を離して軽く礼をした。その声は先程と違い、高めで少し鼻にかかったような甘い声。
リリアはその流れるような仕草に、反応が一拍遅れてしまった。そして、それとほぼ同時に聞こえてきた声にぞわりと悪寒がはしる。
「――え? な、何の事でしょう?」
何とか躱そうと言葉を返すが、リリアの全身には鳥肌が立っている。
気持ち悪い。とにかく声が気持ち悪い!
「昨晩の話だ。ああ、もしかしてこの姿だから分からないのか? 倒れた時はまだ狼の姿だったからな。しかし、あんなにひどい傷だったのに、そんなものはなかったように綺麗になっていて驚いた。どうやって治したんだ? ああそれと、ここはどこなんだ? 出来れば正確な位置を知りたいんだ。というのも……」
そんな様子のリリアに構うことなく、一人でどんどん話を進めていってしまう青年。質問口調で話しているのに、相手の回答を待つことなく喋り続けるため、口を挟む隙もない。
その間もリリアのぞわりとする感覚は続く。
どうやらこの類いの声は苦手――どころか、生理的に受け付けないらしい。
だが、このままずっと聞き続けているだけでは埒が明かないし、彼の中でリリアが助けたということが確定してしまう。
「あ、あの!」
「ん? なんだ?」
大きな声で遮ると、青年は喋るのをやっと止めてくれた。
漸くこれで話ができる。
「私が助けたと仰有いますが、勘違いなされているのでは? 香りがということですが……このような香りの匂袋なら、この村の女性は大抵持っております」
リリアは左腰の辺りに下げていた、桃色の小さくて可愛らしい袋を青年の前に翳す。
「この村の特産品、レクーリの匂袋です」
レクーリは新月の夜に咲いて、昼頃には枯れてしまう不思議な花だ。大抵どこの国の森でも生えているのだが、群生しているのはこの神秘の森だけ。
他の地では匂袋をいくつも作れる量が採れないため、ここが唯一の産地なのである。
稀少価値が高いため、本来であれば余所者に教えていいことではないが――狙われるため――王族だしどうせ知っているだろう。
「ああ、確かにこの匂いだ。だが知らないのか? これは、持つ者によって微妙に匂いが異なることを」
「ど、どういうことですか?」
初耳だ。
そんな話、聞いたこともない。
「まあ、仕方がないか。人以外の動物、もしくは俺のような人狼にしか嗅ぎ分けられないと言われているからな。レクーリは人の纏う気に影響を受けやすい。その者が善良であればあるほど甘く、不良であればあるほど甘さの中に苦味が出てくる。まあこれは一例で、もう少々個性豊かなのだが……このような匂いのものは今まで嗅いだことのない。君のは甘いのにくどくなく、春に吹き抜けていく風のように爽やかなんだ」
「そんなはずは……」
リリアは自分の匂袋を顔に近づけ、くんくんと嗅いでみるが……普通の何の変哲もないレクーリの香りにしか感じない。
「まあこれに関しては、俺の感覚的なものだからな。理解されるとは思っていない。だが、勘違いなどではない。助けてくれたのは君だ。何故、それを隠そうとする」
「隠そうなどと……」
リリアは言葉に迷い、視線を彷徨わせる。
「まさか、俺を助けるためにしたことのせいで何かがあったのか? レクーリを特産とする村ともなれば、近くにあるあの森は神秘の森。助けようとした君が、不可思議な現象を引き起こしてしまったとしてもおかしくはない。それで俺を巻き込むことがないよう、俺が恩に感じることのないよう隠すことにしたのだろう?」
「いえ、あの――」
「ああ、先ほどは傷が何故治ったのかと聞いてしまったが、森が関係しているんだろう? だったら無理に言う必要はない。だが、恩人である君に何かしたい。俺に出来ることはそれほど多くはないが――」
また一人で語りだしてしまった。
人の話を聞くと言うことはしないのだろうか? ああもしや、都合の良いこと以外は無視?
この人狼くん、リリアが絡み出すと台詞が長いこと長いこと……
魅力的な女の子を前に饒舌になってしまうようです。というか、暴走しすぎだよっ!
次回のあとがきには小話を書く予定です。
一応、読まなくても大丈夫な仕様になっておりますが、読んでもらえたら嬉しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。ではでは、次回もお楽しみください!