第四話
<前回のあらすじ>
満月の夜、従者兼護衛を一人連れて森の開けた場所へとやって来た王族の男。うっかり上を見上げてしまい、狼へと変身してしまう。
運悪くそこは狼たちの縄張り。狼たちから嫌われる人狼は、気付かれたために逃げなければならなくなった。
何とか逃げ切れはしたが、大怪我を負い、倒れて動けなくなってしまった。
そこへ人がやって来る。助けてくれようとしているのが分かったが、もう目を開けることもできず、そのまま意識を失った。
そして、気が付けば見知らぬ家のベッドの上。家に人の気配がなく外へ出て……。
朝の光が部屋に差し込んできたのに気付き、リリアは目が覚めた。そしてその光の眩しさに、空色の瞳を細める。
どうやらいつもよりも早い時間に目覚めたらしい。昨夜は人狼やら何やら色んなことがあり過ぎて、疲れて早く寝てしまったせいだろう。
「ん、ん~!」
ベッドの上で半身を起こし、伸びをする。そして窓の外を見てみれば、雲一つない青空が広がっていた。
(大丈夫だったのかしら? ちゃんと誤魔化せるといいけれど……)
父が帰って来た時には、まだ人狼の人は目を覚ましていなかったと聞いた。どんな状況なのか訊きたいが、今ばば様の家に近づくわけにはいかない。
(まあ、今気にしても仕方ないよね)
リリアはベッドを出て動きやすい服に着替え、身支度を整える。そして、朝食の準備をしに台所へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
台所には、水を溜めるための小さめな樽が置いてある。昨日汲んだ水が、その樽の中にまだほんの少し残っていた。
リリアはまず、その中に残っている水を捨てると、汲んで来るために桶を持つ。そして外に出ようとしたところで、はたと気付いた。
井戸は村の中心部にあるのだ。
ばば様の家の傍へ近づくつもりはない。だが、井戸に行くにはどうしても距離が近付いてしまう。
というのも、リリアの家は村の入り口近くで、ばば様は森側に近い所なので対極ではあるが、ばば様の家から井戸は遮るものがない。もし、人狼の彼が目覚めていたとしたら、見咎められてしまう可能性がなくはないのだ。
(でも、お父さんには行ってほしくないしなあ)
先日ぎっくり腰をやったばかりな上、以前水桶を持ち上げる際にもやったことがある。
昨日はつい、疲れていて泉の水を頼んでしまったが、極力そういったことは避けたい。
(まだこんなに朝早いのだし……大丈夫、よね?)
さっさと済ませてしまおうと、リリアは桶を持って足早に家を出て井戸を目指した。それから井戸へと出る曲がり角で様子を伺い、人がいないことを確認する。
(大丈夫そうね)
リリアは井戸へと近付き、井戸へ取り付けられた桶を下へ下へ下ろして行った。そして、横についたハンドルを回して紐を巻き取る。桶を地上まで持ち上げると、自分で持ってきた桶へと移した。
その作業をもう一度繰り返し、さあ帰ろうとした時。何だか後ろから見られているような気がした。
リリアはバッと反射的に振り向き、ばば様の家の方角を見た瞬間後悔した。一目でこの村の者ではないと分かる、若い長身の男が立っている。
(嘘、でしょ!?)
目が合うと、その男――端整な顔立ちをした青年は、白金の髪を靡かせながらこちらへ一直線に向かって来た。その服装は、昨日リリアが持っていった父の服だ。
(何でこんな朝早くに人狼が出て来てるの!? とにかく、逃げないと)
回れ右して桶も置いたまま逃げようとしたのだが、行動を起こすのが遅かった。
すぐに追い付かれ、肩を掴まれる。
「おい、何故逃げようとする」
その声は、無理して低く出しているような感じだった。とても違和感を覚えるが、今はそれどころではない。
「いえ、早く家に戻ろうとしただけで……」
「桶を持たずにか?」
「……率直に言わせていただくと、見知らぬ人がこちらへ向かってきたからです。この村に知らない人がいるなんて、滅多にないことですから警戒しておりました」
振り向き、毅然とした態度で言い放つ。
もう出くわしてしまったのは仕方がない。早くこの場を脱し、関わりを最小限にする他ない。
「そんなことで……ん? この香りは……あの時のか?」
突然言葉を切った後、思わずといった風に漏れる呟き。どうやらリリアが振り向いた瞬間、何かがふわっと香ったようだ。
微かなその呟きは、辛うじてリリアの耳にも届く。
「そうだ。あの時、この香りがしていた……!」
あの時とはどの時だろう?
何だか嫌な予感しかしないのだが。
全力で逃げたい。耳を塞ぎたい。聞きたくない。
近々、登場人物の紹介を作ろうかと思ってます。
人物の容姿描写入れ忘れが多発で申し訳ない感じになっておりますので、それを少しでも補えたらと。
細かい設定は書きすぎるとネタバレになってしまうので追々……
ではまた次回、お会いできたらと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!