閑話ー狼視点 ~後編~
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――ドサッ。
俺は逃げ疲れ、倒れた。
もう身体に力が入らない。
何とか彼らの縄張りから出て、逃げ切ることには成功した。だが、ひっかかれたり噛み付かれたりしたために、全身傷だらけで立っているだけでもやっとだったのだ。
それに加え、逃げ惑う内に知らない場所へ来てしまったようだ。最初はテリーゼの町に向かっていたはずが、どこともわからない森の中にいる。
「くっ……」
意識が遠のいていく。
一度閉じてしまえば、重くなった瞼は上がらなかった。
(このまま、死ぬのだろうか……)
そう思い、諦めかけた時だった。
どこからか、足音と共に人の話声が聞こえてくる。
「これは……」
「……怪我……」
「出血が…………」
「助けてあげ……」
途切れ途切れにしか聞こえないが、どうやらそばで男女が話しているようだ。しかも、助けようとしてくれているらしい。
それからいくらもしない内に、誰かが近づいてきてふわりと甘い香りが漂った。そして、手が優しく俺の身体に触れる。
すると、ひどい怪我だった場所がポワンと温かくなり、痛みが引いていった。
(安心、する……)
優しい力に包まれたかのようなその感覚は、ひどく心地が良い。そして、意識を保つために張っていた気を緩めるのには十分だった。
そのまま俺は意識を失った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ん……」
目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。俺はベッドから半身を起こし、辺りを見回す。
まるで物置のような小さな部屋には、ベッドが一つとその側に小さな丸テーブル。テーブルには水差しとコップが置かれていて、他には小さなクローゼットがあるくらいだった。
ベッドから抜け出すと、ズボンがずり落ちそうになって慌てて押さえた。
サイズがあっておらず、ウエストが緩いようだ。しかも、少し肌触りが悪い。
どうしてこんな格好を……と思ったところで、昨夜の出来事を思い出した。そうだ、昨夜は大怪我をして倒れたのだ! そして、そこへ人が来て……。
(って、何故だ。傷がない……?)
四肢にあった無数の傷も、背や脇腹にあった大きな傷も。跡形もなく消え去っている。
(ああ、そう言えばあの時……)
誰かに身体を触れられた時、痛みが引いていったことを思い出した。あの時に傷は癒されたのだ。
では、ここはあの男女の家なのだろうか?
今いる場所や助けてくれた者などを確認したくなり、俺は部屋を出た。
だが、家の中に人がいる様子がない。
俺はそのまま外へと向かい、辺りを見渡す。すると、遠くの方で井戸水を汲んでいる濃紺の髪の女性を見つけた。
そしてその女性が振り向いた瞬間、俺は何故か彼女の元へ足早に向かっていた。