第二話
傷だらけの狼は、どうやら意識がない様だった。
父が先に警戒しつつ近づいてみたが、胸の辺りが上下しているだけだ。驚いたり警戒する様子もない。
「出血量が多い……血は止まりかけているようだが、傷口が汚れてしまっているな。このまま放っておいたら死んでしまうぞ」
「……助けてあげなきゃ」
リリアも後に続くと、狼の体を素早く観察する。
深い傷は3つほど。浅い傷は至る所にあり、非常に痛々しい。元々は白だったであろう毛はほとんど赤黒く染まっており、土や木屑等が付着してしまっている。
リリアはまず、一番傷が深くまだ血が止まりきっていない傷に触れた。すると、触れた傷口に柔らかな緑色の光が灯る。ほんの一瞬だったが、傷口だったそこには新しい皮膚が薄くできていた。
リリアはそれを他の深い傷にも施すと、ふうっと息を吐いた。
「これで、すぐに死んでしまうことはないはず。あとは泉の水の力で治せると思う」
「そうか、お疲れ様」
父はそう言うと、労わるようにぽんぽんっと頭を撫でてくれる。
森巫女となった者は、森のエネルギーを使うことができる能力を授かる。だが、それを使用すると非常に疲れてしまうのだ。
リリアは、父に疲れた笑みを返す。
「泉の水は俺が汲んでくる。お前はその間、ここで休んでいるといい」
「うん、ありがとう」
父が一旦家に桶を取りに帰ると、リリアは傍の木に寄り掛かって一息つく。
森のざわめきで呼び出されることはたまにあるが、今回の様な事は初めてだ。普通だったら、狼一匹が傷だらけで倒れていた程度で呼び出されるようなことはない。森で火事が起こっただとか、木々を大量に伐採されそうになった時だとか……と、彼女はそこまで考えたところでふと違和感を覚えた。
(あれ? 普通、狼って群れで行動しているはずよね? どうして一匹だけここに……?)
もう無理だと見捨てられた可能性もあるだろうが、妙に引っかかる。何か大事なものを見落としているような……。
リリアは狼に近づくと、もう一度よく観察する。
「ん? あれは?」
埃だらけの毛に埋もれていてよく見えないが、左前足の方で何かが光ったような気がした。
まだ狼が起きていないかを確認し、そちらへそうっと手を伸ばす。そして慎重に毛を除けると、血で薄汚れてしまった金のバングルが現れた。
幅が一センチほどのそのバングルは、真ん中に何かの紋章が刻まれた緑の宝石が嵌め込まれていた。他に装飾らしい装飾はないが、バングル表面の滑らかさと紋章の緻密さから高価なものだろうことが窺える。
(もしかして……)
ある考えが浮かんだ時、袋を担いだ父が桶を手に戻ってきた。
「水を汲んできたぞ……って、どうした」
娘の様子がおかしいことに気づいた父は、桶と袋を置くと傍へ近づく。
父を仰ぎ見たリリアは、見えるように左前足を持ち上げた。
「これ、どう思う?」
父はリリアの手元を見て、息をのんだ。
その様子を見て、リリアは嫌な予感が的中したことを悟る。
「そのバングルは人狼一族の……」
「やっぱりそう、だよね。ってことは、この狼は……」
「ああ、人だ。それもこの国の王族。先祖返りなんだろうな……」