第一話
アルペシア王国西南西に位置する小さな村、ベルーシュカ村。
そこは西側が『神秘の森』と言われる森と接しており、森と共に生きる人々が暮らしていた。
その村で七歳の頃から森巫女として生きてきたリリアは、今日も巫女としての務めを果たすと、家で夕飯の支度をしていた。
リリアは現在十七歳。兄弟はおらず母は既に他界しているため、父との二人暮らしだ。
「ただいま」
「あ、お父さん。おかえりなさい」
「……リリアは母さんに益々似てきたなあ。料理する後ろ姿なんて、本当に母さんそっくりだ」
リリアよりも遅れて帰ってきた父は、リリアの方を見て少し瞳を潤ませながら言う。
最近、父はそんな風に瞳を潤ませることが多い。
だからリリアは、もしや自分が母を思い出させて悲しませてしまっているのではないか。そう思って悩みに悩んだ後、数日前に思い切って訊いてみたのだ。
「最近、お父さんが私を見る時に目が潤んでることがあるのって、お母さんを思い出して……悲しいの? 私が悲しませてしまっているの?」と。
それを聞いた父は目を見開いたあと、違うと言って強く首を振った。どうやら、リリアの成長が嬉しい反面ちょっと寂しかったらしい。
少し恥ずかしそうに、頭を掻きながら言っていた。それから、「母さんのことを思い出せるのは嬉しいから悲しいはずがない」とも。
そんな様子の父に、リリアが我が父ながらちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒の話である。
それから父は、潤んだ目元を一旦ごしっと拭うと、外套を脱いで今日釣った魚を籠から取り出した。そしてリリアの隣へ来ると、慣れた手つきで魚を捌き始める。
「それ、アメマス?」
「ああ、今日は上手く釣れたんだ。なかなか大きいだろう?」
「うん! あっ、そうだ。せっかくだし、今日は贅沢にムニエルにしてみようかな?」
そうやって喋りながら、二人で楽しく作っているとあっという間に出来上がった。
アメマスのムニエルに野菜スープ、ライ麦パン。デザートに摘んで置いた野イチゴと、今日はなかなかに豪勢だ。
野イチゴが群生している場所へ行けたのと、父が珍しくアメマスを釣ってきてくれたのが大きい。
「このアメマス、本当に美味しいね! ムニエルにしてよかった」
「ホントだな、美味い。よし、また頑張って捕ってくるかな!」
「あ、無理はしないでね。お父さんって、調子に乗ると腰やっちゃうし」
「そんなことは――」
「この間大漁だった時のこと、忘れたの? 売りに行こうとして、勢いよく籠を背負った瞬間にぎっくり腰になったんでしょ?」
リリアがジトっとした目で見ると、「それは……」と言いながら父は目をそらす。
どうやら忘れていたようだ。リリアは深い溜息を吐く。
「と・に・か・く! お願いだから……って、あれ?」
リリアは途中で言葉を切ると、神経を研ぎ澄ませる。
家の中にいるからか、あまりはっきりとは分からないのだが……森が何かおかしい気がするのだ。
(何この感じ……)
「どうしたリリア?」
「何か、森の方であったみたい。確認してくる」
「お前一人では危ない。俺も一緒に行こう」
父と頷き合うと椅子から立ち上がり、外套を取って外へ出る。
今度ははっきりと異常が森の方から伝わってきた。どこかというのも分かったので、そちらへ急ぐ。
「これは……」
「酷い怪我だわ……」
辿り着いてみると、そこには傷だらけの狼が倒れていた。