序章
「リリア・ベルーシュカ! かの者を私の婚約者とする」
雲一つなく、美しい満月の光が優しく降り注ぐ春の夜。
このアルペシア王国の王太子、アーネスト・バルト・アルペシアが声高らかに宣言する。
多くの紳士淑女が招かれた王宮の夜会で、だ。
「いえ、私はなりません。何度もお断りを――」
「ああ、リリア。何故辞退しようとするのだ。君は僕の恩人ではないか。案ずることはない。愛し合う私たちを阻む者などおらぬ」
アーネストはキラキラと眩しい笑顔で決め台詞のように言っているが、リリアの心にはちっとも響かない。むしろ、鳥肌がたってくるレベルだし、この聞く耳を持たないバカ王子をぶっ飛ばしてやりたいなどと物騒なことを考えていた。
そもそも、彼女は平民である。この夜会に参加しているだけでも分不相応なことなのに、王太子妃にしようとするなんて、王太子の頭は大丈夫なのだろうか。
「いえ、あの、私は…」
「ああ、愛しいリリア。少し困ったようなその表情も愛らしいが、せっかくの婚約披露パーティーだ。笑顔を見せてはくれまいか?」
何故だかリリアの困り顔は、彼にとって都合のいいように捉えられてしまっている。
いつものことながら腹立たしい。何故、この王子はこうも頭の中がお花畑なのか。
リリアは心の中で悪態を吐く。
しかし、この場で拒否ばかりしていても埒が明かない。
今日の内に婚約をなかったことにするのは諦めて、仕方なくリリアは笑顔を張り付ける。
(とにかく、味方を作った方がいいわね。このままじゃ、バカ王子の暴走を止められず、死を覚悟するしかなくなるわ)
この王子の妻になるだなんて死んだ方がましだし、タイムリミットもある。
どちらにせよ、半年以内……いや、四ヶ月以内に婚約破棄に持ち込まねば。
リリアは新たな決意を胸に、この夜会と言う名の戦場へと向かっていくのだった。
最初はさらっと短めに。
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