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ポーションは知識がなければ作れない。

鑑定は知らないことまで教えてはくれない。

それはこの国…いやこの世界の常識で、調剤スキルや鑑定スキルを持たない者でも知っている世界の当たり前だったのだろう。けれど。


「つまりシハブキヤミがどういった病気か深く理解していなくても、鑑定キットがどういうものかわかっていれば付与は可能だと?」

「そうみたいですね。事実、これにはちゃんと鑑定が付与されてますし。ただイルザさんが得たスキルは付与は付与でも、シハブキヤミ鑑定の付与という限定スキルのようです」


私にしてみればそんな常識は知ったこっちゃないし、常識にとらわれない生き方って大事だと思うんですよ。うん。


「これで鑑定キットの方はなんとかなりそうですよね?あとはポーションの方ですが、実際どれくらい作れそうですか?」

「他の材料はともかくレッドドラゴンの涙はなかなか仕入れるのが難しいだろう。国中の在庫をかき集めてもどれくらいあるか分からない」

「冒険者ギルドも協力して少しでも多く集めてもらうつもりだ。ただ、それでも例年シハブキヤミに罹る人数分を作るには到底足りないだろう」


ロヒシさん曰く、野生のレッドドラゴン捜索だけでなく、王都の騎士団の中にはレッドドラゴンを使役している者もいるそうで、そこにももちろん協力を仰ぐらしい……文字通りこれからたくさん泣くことになるであろうドラゴンたちの未来を思って思わず心の中で合掌した。


「あとは感染者自体を減らす努力をするしかないですね。このページにある通り、手洗いうがいを徹底し、シハブキヤミに罹った人だけでなく、周囲の人にもマスクをつけるよう徹底してください」

「わかった。このマスクとやらはすぐに職人ギルドに依頼し、大量生産してもらうつもりだ」

「詳しい作り方や適した材料があれば教えてくれないか?」


ですよねー。こうなったらもう1枚印刷が増えたところで大して変わらないと開き直ってスマホで調べた作り方をイフェルさんに差し出す。


「じゃ、とりあえずこれで。ああ、あと言い忘れてましたけど一つお願いがあるんですが」

「なんだ?」


渡した途端、エルフの2人が視線だけで会話し、ロヒシさんが無言で紙を持ち、出ていこうとしたところをみると、たぶん職業ギルドに向かおうとしたのだろう。でもその前に言っておかなきゃ。


「今回の件はすべて私の名前を一切出さないでいただきたいんです」

「は?」

「本気か?これだけの知識や技術があれば爵位を得られるのは当然のこと、それどころか領地の一つや二つも貰うことができるんだぞ」


2人の信じられないものを見る目に、ここまで目立つことをしておいてですよねーと自分でも思わないわけじゃない。それでも私にとっては地位や名誉なんかより大切なことはいくつもあって。


「いりませんよ、そんなもの。だいたい7歳児にそんなもの与えてどうしたいんですか。絶対それ今後の人生に足枷にしかならないやつですよね」


せっかく与えられた異世界でのセカンドライフ。

どうせなら平穏に自由に生きたいと思うのは当然の事だろう。まあ、前世も割と自由に生きてたけどね。


「だがこれだけの技術や資料を匿名で国に上げるのは無理だ」

「絶対出所を探られるに決まっているし下手に隠せばそれを暴こうと躍起になると思う」


エルフコンビの言い分ももっともだろう。誰だって匿名の技術を信じようとはしないだろうし、記載者のない資料などただの空論と切り捨てられても仕方がない。それでも異世界生活初日でやらかしたために今後が生きにくくなるなんてあまりにお粗末すぎる。


「ですよねー……じゃ、呪いと亡命、どっちがより効果があると思います?」

「なに?」

「どういうこと?」


ギルド中に緊張が走ったのが分かった。あ、やばい。言葉を間違えたかな。


「呪いと言ってもそんな命の危険にさらされるようなものじゃないです。ただこれらの出所が私だと調べようとするだけで2m歩くたびに家具に足の小指をぶつける呪いとか、常に耳元で黒ば……じゃなくて、キーキー音が鳴り続ける呪いとか」


黒板を爪でひっかいたときに鳴るキーキー音。あれを不快だと思う理由をちゃんと研究してる人たちもいて最も強い不快感を呼びおこすのは、2000~4000ヘルツの周波数帯っていう実験結果もあるらしい。あ、でもそれって、人間だけ…か?種族によっては効果は微妙なのかな。


「なんだその珍妙な呪いは。亡命というのは?」

「もちろん、他の国にですよ。私は静かに穏やかに暮らしたいんです。それを叶えてくれる国や街なら住むのは別にどこだって構わないので」


要は余計な詮索をするならこの国を出てほかの国に行ってやる!っていう脅しなんだけど、これはこの国が今回の件をどれくらい評価してくれるかにかかっている気もする。だってこれだけの知識を有してるんだからもっと利用価値があるはず!だからこの国にいてもらわなければと判断されない限り、この脅しは、どーぞどーぞで終わってしまう可能性もある。


「そのためなら名誉などはいらぬと?」

「ですね。名誉や名声が欲しいならそもそもこの街に来たりしませんよ」


目立ちたいなら最初からもっと大きな街で大々的にやるべきだっただろう。それこそ7歳児の姿ではなく大人にでも変身してもっと上手に売り込んだはずだ。……まあ、私の検索不足が招いたお粗末な行動がそもそもこんなことになった原因なんだけどね。


「……わかった。君の名は一切公表しないと誓おう」

「イフェル!?」

「ギルド長!?いくらなんでもそれは無理では!?」

「ただし、条件がある。先ほど言っていた呪いという案だがそれは君が知られたくないと思っていることを我々が聞かれても話すことも書くこともできないというものにすることは可能か?」


イフェルさんの提案にふむっと一瞬考えて


「可能だと思います。……そうですよね、私自分の事しか考えてなかったですけど、考えてみたら私が雲隠れしたらここにいるみなさんが狙われるに決まってますよね」


確かに本人が捕まえられないなら本人を知っている者を捕まえようとするというのはあり得る話だろうし、自由気ままなぼっち民な私と違い、それぞれギルドという公的機関に勤めていて家族もいるであろう彼らがそう簡単に逃げられるとは思えなかった。


「となると、分かりやすく呪いにかかってることがわかるものがあったほうがいいですよね?」


喋れないんじゃなくて喋らないだけだろうがこの野郎!!と力業に出る奴がいないとも限らないし、この呪いが目に入らぬか!ってできる形のあるものがあったほうがいいと思うんだよね。となると。


「ちょっと待っててくださいね」


思いついた私がスマホを取り出してすぐさま購入したのは人数分のミサンガで。すぐに届いたそれをバッグから取り出してイフェルさんが言っていた呪いに加え、万が一に襲われた時に防げるよう防御の魔法も込めておく。あとは鑑定されたときに呪いのミサンガと表示されるように命名しておけばばっちりだろう。


「これを皆さんの手か足に着けてもらえませんか?」

「これは?」

「わーかわいい!」


数珠とか水晶のブレスレットも一瞬考えたけど、あえてミサンガにしたのは糸さえあれば作れるためこの世界産のものではないとバレにくいだろうというものと、一見するとその切れやすそうな見た目が逆に良いと思ったからで。


「ミサンガと言います。私の故郷ではお守りみたいなもので、これが自然に切れたときに願い事が叶うって言われてるんです。まあこれについている機能は先ほどイフェルさんが言われた呪いと、万が一襲われた時用の防御くらいですけど。あとはこの見た目を利用して万が一切れた時は私の命が……なんて言っておけばどうにかならないかなと」


実際は早々切れるものではないけれど、もしこれが切れれば死んでしまう呪いすらかけるような恐ろしい相手だと上手く誤解してくれれば私を検索する強欲者さんたちも少しは二の足を踏んでくれるかもしれないし。


「ちなみに防御ってどれくらいまで耐えられるの?」

「え?うーん、そうだなぁ」


ルルンさんに聞かれて考える。先ほど防御を付与したときは地球で言うところの雷やミサイルや爆弾が直撃しても耐えられるくらい強いのをと願ったから大抵の攻撃は防げるとは思うけど…


「ドラゴンブレス数回分くらい?」


なんちゃって?言い過ぎたかな

なんて、死んだ表情筋の下でてへぺろした私につっこんでくれる人は誰もいなかった。

そんな驚いた顔で見ないでよ!冗談だよ!………たぶん








******************






(イフェル視点)



こういうとき、女性というものは種別関係なく誰もが強いものだとつくづく思う。

彼女……ホヅミ氏が取り出したミサンガなる色鮮やかなそれをどれがいいと楽しそうに選ぶイルザやルルンはすっかりホヅミ氏に適応した……というよりは驚き疲れたのか、深く考えることを放棄したというべきか。

とりあえず渡されたそれの尋常ではない防護力も聞かなかったことにした二人はいつまでも選ばない男性陣たちにそれぞれこれを着けてくださいと配り終えたあとお互いの腕に着け終え満足そうな笑みを浮かべていた。


「ナツさんこれ本当に可愛い!ありがとう」

「みんなに自慢したい」

「どういたしまして。喜んでいただけて何よりです。ただルルンさん、それ一応呪いのミサンガなので自慢するようなものでは…」

「そこよね!こんなに可愛いのに自慢できないなんて…」

「残念」


すっかり仲良くなったらしい3人を尻目にイルザ達から渡されたミサンガを苦笑いしながらおとなしく足首に巻いたロヒシは今度こそ職人ギルドに行くと出ていき、残った職員達もそれぞれ腕や手に巻いて仕事に戻った。さて、残る仕事は。


「ホヅミさん、あとは今回の報酬の件ですが」



規格外の低級ポーション10本に中級ポーション5本。

それにアイテムバッグ5枚と、シハブキヤミに関する資料に、治療薬と鑑定キットの作成方法、ブラックスパイダーの養殖方法と挙げていけばきりがなく、これらを買取ろうとしすれば正直商業ギルド内のお金どころか、この街中の金を集めても足りないだろう。


「あ、それなんですけどもしその報酬金をギルドに預けた場合、それってギルド職員が私の持っている残高を調べようと思えば調べられるってことですよね?」

「基本的にはカードが手元になければたとえギルド長であろうとも一個人の預金額を見ることはできない。ただお金をおろす際は当然カードの提示が必要だから、手続きの際、窓口の者はいくら持っているか見ることはできる」

「じゃあこの街のギルド以外でおろすとなると大金を持っていることがばれるわけですよね」

「そうなるだろうな」


目立ちたくないというホヅミ氏の希望には合わないのだろう。


「うーん………ちなみに商業ギルドって土地も売ってたりしますか?」

「あぁ。この街に限らず、街の中の空き家や空き地は基本的には領主から委託された各地の商業ギルドが管理し売買を行っているが。それが?」

「それじゃ、この街で空いている一番大きな敷地をください。それが報酬ってわけにはいきませんか?もちろん足りない分は払います」

「足りないどころかこの街の空き地全てを購入したとしても余るが、本当にそれでいいのか?」


本当にこの少女には欲というものがないのだろうか。


「え?そんなに!?…じゃ、ポーション分だけは現金で買取ってもらえますか?値段は普通のポーションの2割増しで。売値はおまかせします」

「本当に2割でいいのか?2倍でも足りないくらいだが」

「いいんです。迷惑料ってことで。これから私のせいでいろいろ忙しくなったりご迷惑をかけるでしょうし」

 

それは否定はしない。が、このギルドでそれを嫌がる馬鹿は1人もいないだろう。私の部下たちは彼女がもたらした多くの物の価値を正当に理解できないような愚か者ではない。


「イルザ、契約書を」

「はい。ナツさん、ではこちらにどうぞ」


この街で一番大きな空き地。

それは街の南側に位置するこの街で唯一の孤児院の隣にある5ヘクタールほどの広大な敷地で草一本生えていない沼地だった。

その悪条件故に誰も買取らなかったそこを何の説明もなく本当に譲っていいのかとイルザの視線が問いかけてくるが、構わないと黙認したのは決してホヅミ氏への嫌がらせなどではない。

今回の契約に限っては彼女が破棄したいといえば応じるつもりであえて説明せずにいたのはあの不毛の地が彼女であればもしかしたら変えられるのではないかと期待したからだった。そしてこの期待は数日と経たず叶うことになるのだが、この時の私はまだ知る由もなく。


「それじゃギルド長、ナツさんを案内してきますね」

「いろいろ、お世話になりました」

「いえ。またのお越しをお待ちしております。ホヅミさん」


恭しく一礼した私に、ホヅミでいいですよと無表情のまま答えた少女が、この街を…いやこの国を大きく変えてしまうであろうことを予感せずにはいられなかった。





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