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上司命令とパワハラって紙一重だよな。と目の前で繰り広げられるやり取りを見て思う。
「気合で?本気で言ってます?ギルド長だって無理だって思ってますよね?」
「やらないうちから無理と決めつけていたらできるものもできない。いいから、やってみろ。たとえできなくても文句は言わない」
私実験台ですか!?と半泣きのイルザさんになんだか申し訳なく思いながら、それでも他の方法も思い浮かばず、先ほどから数分間ずっと黙って状況を見守っていた。
本当は、たぶん私のチート能力を使えばイルザさんどころかここにいる全員に鑑定スキルを付与することも、それを無機物に付与できるようにすることも可能なのだと思う。けれどこれ以上、チートさを発揮してしまったらそれこそ私が実験台になりかねないし、面倒なことに巻き込まれそうな気がして、言えずにいたのだ。
ごめんね、イルザさん
でも、たぶん付与ならきっと想い一つでできるようになると思うんだよ。
「イルザさん、これを読んでもらっていいですか?」
「なんですか、これ?」
不思議そうに受け取ってそれでもちゃんと目を通してくれるイルザさんに渡したのはシハブキヤミに関する説明書……ではなく、私が2人のやり取りを見守っている間にスマホのメモ機能でさっと作った鑑定キットの取り扱い説明書だった。
糸の巻き付けられた部分を舌に数回擦りつけ、10秒ほど放置。その後、糸が赤くなれば陽性。つまりシハブキヤミに感染しており、青くなれば陰性という、薬液もいらない、超お手軽でシンプルな異世界産インフルエンザ鑑定キットの使用方法が書かれた説明書である。
「読みました?」
「ええ、まあ。」
「じゃ、イルザさん、これちょっと握ってもらっていいですか?」
「はい?」
続いて取り出したのはみんなの視線がイルザさんたちに集まっている隙にスマホで購入した長めの綿棒に森でちゃっかりゲットしていたらしいブラックスパイダーの糸を巻き付けたもので。それを戸惑っているイルザさんに差し出す。
その差し出された先端部分を不思議そうにしながらも素直に握ってくれたイルザさんはこの中で唯一、鑑定キットの作り方を聞いていないため、それが何か分かってはいなかったけれど、イルザさん以外の全員がそれが何か分かったようで、固唾を吞んで私たちを見守っていた。
「イルザさんの周りでシハブキヤミで亡くなられた方はいますか?」
「……友達のおばあさんが去年。あと隣の家の5歳年下の子も数年前に」
「それじゃ、目を閉じて。その方たちと、その方の家族や友人など悲しんでいる人達の顔を思い浮かべてください」
自分でやりながら胡散臭い宗教みたいだなと思う。
「シハブキヤミはこれから早期に発見すれば死なずにすむ、そんな病になります。もう2度と誰も失わずにすむ、だれも怯えることも泣くこともない病気にきっとなります」
「…本当に?」
「はい。ただそのためには鑑定し、シハブキヤミと特定することが大切です。そのためにも鑑定キットは非常に重要なものとなります。簡単に鑑定できるようになれば、多くの命を救えるんです」
嘘をつけないという制約が発動しないよう、慎重に、気をつけながら言葉を重ねる。
「鑑定できればもう、誰も泣かなくてすむの?……ニチカのような思いをせずにすむ?」
「はい。だから鑑定したいと、してほしいと強く強く思ってください」
え?ニチカさん?と内心思いながらぎゅっと強く握りこむイルザさんの指先がうっすらと光るのを見守る。そうか、ニチカさんもシハブキヤミに大切な人を奪われた1人なのかと冒険者ギルドで出会った綺麗な人を思い浮かべた。
「目を開けてください」
さっと鑑定して無事付与できたことを確認してイルザさんに声をかけた。
「はい、これで鑑定キットの完成です」
ね?簡単でしょう?
できてよかったと内心安堵しながら笑っていった言葉に、残念ながら返事が返ってくることはなかった。