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冒険者ギルドを出たところでふと、そういえば朝から何も食べていないことに気が付いた。


「ていうか今何時なの…一体」


森で目覚めてから体感的には5~6時間は経っている気がするが正確な時間はわからず、そういえばスマホでいろいろ調べてた時にも時間は確認しなかったな…と思いながらスマホを取り出した。

周りに誰の目もないし大丈夫よね。たぶん。


「12:49か…」


ついでにこの世界の時間を調べたところどうやら地球と同じく1日は24時間で1年は12か月だが、1か月は30日で固定されているらしい。

時間もわかり昼を過ぎたとわかったことで余計にお腹がすいてきたような気がしながら、さて。と思う。

普通ならここで屋台などで買い食いをするかお店に入って異世界の料理に舌鼓をうつところであるが、残念ながら私は超がつくほどの偏食家だった。つまり何が言いたいかというと好き嫌いが多く、なおかつ食べたことのないものに積極的にチャレンジするタイプではない。そんな私が知らないお店に入って食べたことのない異世界の料理を口にできるはずもなく、かといって屋台の料理もな…と思い結局選んだのはスマホで購入したコンビニおにぎりだった。それを行儀悪く食べながら歩いて、2つ目を完食するころようやくたどり着いた商業ギルドは見た目は冒険者ギルドとほぼ変わらないが、それよりは少し大きい建物だった。


「こんにちはー」


今度は迷わず挨拶して入ったそこは、閑散とした冒険者ギルドとは違い、ぱっと見ただけでも5、6人はいるようで何やら賑やかだった。


「いらっしゃい。登録ですか?」

「あ、はい。そうです」

「ではこちらにどうぞ」


その中でも一番近い窓口にいた猫の獣人さんに声を掛けられ、冒険ギルドでニチカさんが見せた戸惑いが嘘のようにあっさりと通されたことに商業ギルドってそんなに誰でも登録させちゃうくらい人手不足なのかな…と余計な心配をしながら、これもすっと差し出された登録票を記入する。


「ありがとうございます。ナツ ホヅミさんですね。ナツさんとおよびしても?」

「え、あ、はい。どうぞ…」


ニチカさんがホヅミさんと呼んでくれたからてっきりこの世界でも苗字呼びが一般的なのかなと思ったのだけれど、ニチカさんがそうなだけだったのか、この猫のお姉さんのほうが変わっているのだろうか。 


「もし冒険者ギルドや職業ギルドにも登録されているようでしたらカードを1枚に集約することもできますが、どうされますか?」

「え?そうなんですか?」

「はい。その場合は1枚に名前と登録されているギルドのランクが表示されることになり、預けていただいたお金も登録しているギルドでしたらどこからでもおろせるようになります。ただその分、落とした時は再発行料も倍となります。」

「そうなんですね。じゃ、1枚でお願いできますか」


お金を預けるつもりはないけれど1枚のほうが便利なのは確かだろう。たとえ落として誰かに拾われたとしても本人以外には引き出せないようになっているそうで、なにより私ならそもそもバッグへの自動返還機能を付けてしまえば落としたとしても自動的に手元に返ってこさせることができる。


「では、カードをお預かりしますね。ところでナツさんはお店を開かれる予定などはありますか?」

「あー、今はそこまで考えてないです。とりあえずポーションなどの買取をお願いしたいと思っていて…それである程度お金がたまったら考えようかなって。」


ポーションと口にしたとたん、ギルド中の視線が一瞬向いたような気がしたけれど、気のせいだろうか。気になって周りを見渡してもにこにこしている猫のお姉さん以外とは目が合わなかった。


「そうですか。ちなみに今作られたポーションはお持ちですか?」

「あ、はい。何本か」


あ、やばい。そういえば私スキルに調剤系も光魔法も表示させてないんだった。

うっかり自分が作ったと認めてしまったことに焦りながら、まぁ、いざとなったら黙秘と魔法で逃げればいいかと思い、取り出したのは森で用意しておいた低級ポーション10本と中級ポーション5本。それにマジックバック機能をつけたウエストポーチを5枚。


「これは…?」

「こちらの10本が低級ポーションで、こちらが中級ポーションです。あ、この入れ物は蓋をこうやって開けて、必要分だけ飲めばまた蓋をして保管できるようになってます」

「ふた……ほかん……」


ドヤ顔で自信満々に説明したのに猫のお姉さんはポーションを凝視したまま何かつぶやいただけで停止してしまった。……あれすべった?


「おねえさん?」

「このポーションは飲み切らなくてもいいということですか?」


固まってしまったお姉さんにどうしようかと声をかけた私に未だ反応のないお姉さんの代わりに声をかけたのは後ろのほうにいた人の1人、神経質そうな、けれどとびっきり整った顔立ちの美形さんだった。人間?と一瞬思ってその尖った耳にエルフだろうかと思いなおす。


「傷の深さや病気の種類にもよりますが、通常の低級ポーションで治せるものなら一口飲めば治るはずです」

「病気の種類……?治る“はず”というのは?」


あ、と思わず思ったのは指摘されるまですっかり頭から抜け落ちていたことで。確かにこんな小さな子供がこれ低級ポーションだよ!ドヤアと持ってきたところで嘘つけと思うだろう。しかしこの世界に来て以降、すでに倒した魔物は100を超えていてもいまだにチート能力のおかげで怪我一つしていない私は残念ながらポーションを作っても試すということはしておらず、その結果を証明できるものがなかった。でも。


「自分では使ったことがないので……でも鑑定してもらえばわかるはずです」

「イルザ、鑑定盤を」

「あっ?は、はい!ただいま!!」


すっと猫のお姉さんに向かって手を差し出したエルフさんの手にお姉さんが慌てて差し出したのは先ほど冒険者ギルドでニチカさんが薬草を乗せていたそれだった。

かんていばんとは?と思ってもゲームなどのシステムとは違いすぐに空中に説明書きが出ることはないので、スマホで調べなければわからない私は後で絶対調べようと思いながら低級ポーションを板に乗せるエルフさんを見守る。


「………………………」


える しってるか、びけいはまゆをひそめてもうつくしさをそこねない。

眉間すら美しいエルフの綺麗なそこにくっきりと浮かぶしわに、美形でもしわってできるんだと現実逃避しながら、さてどうやってこの場から逃げるかと考え始める。


「これは……」

「はい?」

「これは1本いくらで売るおつもりですか?」

「え…いくらって…」


てっきり冒険者ギルドでそうであったように向こうから金額を提示されるものとばかり思っていたから、考えていなかった。でもそうだな…たしか普通の低級ポーションの相場が銀貨1枚だったはずだから。って、あれ?その相場って売値だっけ?買値だったけ?


「銀貨1枚と銅貨2枚とか?」

「!!」

「ひぃっ!」


銀貨1枚が仮に売値だったとしてもペットボトルと分けて飲めるという利点を入れてそれぐらいになりませんかと交渉したつもりが、くわっと目を見開いたエルフさんに思わず悲鳴を上げた。ビケイコワイ。


「これをその値段で売ると?」

「ご、ごめんなさい!ならこのバッグもつけるのでどうですか!?アイテムバックなのでそのポーション5本くらいは入ります!」


蛇に睨まれた蛙の気分を味わいながらさきほど取り出しておいたウエストポーチをだす。


「アイテムバック…?これが…?」

「こ、これ見た目は小さいですけど腰にこうやって巻いて使うバッグで短剣とかナイフや食料、あとはポーションくらいなら余裕で入ります!はい!」

「それもナツちゃんが作ったの?」


ポーチを無言で見つめるエルフさんの後ろからひょっこり現れたのは、今日会った異世界人の中でも一際小柄な、けれど私よりは当然大きなねずみの獣人の女性だった。


「はい!……あ、いや。まあ、一部そうというか…えーっとアイテムバッグにしたのが私というか…」


美形エルフさんとは違い柔らかな雰囲気のねずみさんが小首をかしげる姿はなんとも愛らしく思わず力強くうなづいたあとでしまったバッグ自体は中古品で買ったものじゃんと気づいた。ただ嘘がつけないという制約も私がアイテムバッグを作ったというのは一部正しいため仕事をしないらしい。ほんとややこしいな。


「そうなんだ。でもアイテムバッグ付きってなるとそのポーション金貨でも買えないよね?」

「え、いや!そこまで高くするつもりは…」


何せ元値70円の水と10円のウエストポーチだ。それのセットで1万円とかぼったくりにもほどがある。


「それにポーションっていざというときに飲むものですよね?それが高いと気軽に飲めないじゃないですか」

「気軽に?」

「はい。小さな傷でももし飲まずに放置して化膿でもしたら最悪切断や命の危険だってありますよね?風邪だってただの風邪だと思って放置してたら肺炎で命を落とすなんてこともあるわけじゃないですか」


前世で勤めていた病院でもそんな患者さんを何人も見てきた。タンスにぶつけた傷を放置して結局足の指を切断しなければならなくなった透析患者さんとか、いつまでも咳が続くからと家族に連れてこられた病院嫌いの患者さんが実はずっと具合が悪いのを我慢していて肺炎をこじらせ結局入院して2日後に息をひきとったとか。医療が発達しているといわれている日本ですら当たり前にあることが、ファンタジーな世界で魔法があるとはいえ、衛生面では決して日本に勝っているとは思えないこの世界でもそれは決して他人事ではないはずだ。


「かのう…はいえん…」

「はい。とはいえ、私も善人ではないのでただでは売りませんし当然お金はもらいますけど」


綺麗ごとを口にしてみたもののどちらかといえば私は本来医療機関に居てはいけない血も涙もない人間で。人はいつか必ず死ぬし、それが多少早いか遅いかだけという最低な考えだから特に親しくもない誰かの死を嘆き悲しんだこともない。

さて、ここまで話したことでようやく私の残念な頭は冷静になることができたようで、彼らの反応次第では記憶を消して瞬間移動で逃げればいいと退路を確保したことにより開き直った私は未だ無言のままのエルフさんに挑む。


「それでこれ、いくらで買取ってくれますか?」


まっすぐと見つめる私にエルフさんはどういう結論をだしたのだろう。

一瞬の間の後、はぁー………と大きな、深い息を一つはいて。


「イルザ」


エルフさんが呼んだのは私…ではなく猫のお姉さん。


「このポーションをターリヤのところの子供に飲ませなさい。もちろん前後に鑑定することを忘れずに」

「……!はい!!行ってきます!!」


指示されたイルザさんは、私の前に置かれていた低級ポーション1本を手にし足早にギルドを出ていった。


「あなたが言いたいことはわかりました。けれど価値のあるものには当然、それなりの価格をつけなければなりません。特にポーションは同じ低級だとしても作った薬師や魔術師のレベルに応じて雲泥の差が出ます。それを一律にすればどうなるか、賢い貴方なら想像できるはずです」


眉間のしわはいつの間にか退散したらしい。けれど厳しいままの声音に若干ビビりながらも確かにおっしゃる通りですねと軽くうなずく。確かに良いポーションとそうでないものが同じ値段で売ってたら誰も質の劣るものなんて買わなくなるもんね。そしたら、ますますレベルを上げるために必要なお金を儲けられない薬師さんたちはいつまでたっても成長できないことになる。


「それで先ほどの話の続きだが」

「ちょーっと待った!」

「………なんだ、ロヒシ」


睨んでいるのか、それとも美形だけが使える威圧なのか厳しい表情のままのエルフさんが話を続けようとした瞬間、それを止めたのは今までずっと後ろのほうに控えていた職員さんらしき別のエルフのお兄さんで。


「せっかくだからお茶でもいれてゆっくり聞こう?あと、イフェルはさっきから顔、怖すぎだから。ね、ナツちゃん?」


ギルド内の重かった空気を一掃するような明るい声と笑顔で、むにゅっとエルフさんのほほをつまんだ勇者に誰も逆らえず。


「あ、自己紹介がまだだったね。僕はこの街の冒険者ギルド副長のロヒシです。よろしく」


この人絶対マイペースな人だと場違いに確信した私だった。





***************





この国には冒険者ギルド・商業ギルド・職人ギルドと3つのギルドが存在しているが、その仲は決して悪くはなかった。

もちろんそれぞれ街によっては個性もあるため折り合いの悪いギルド同士がないわけではなかったが、少なくともここヴァルツロクの3ギルドの仲は良好で、情報交換という名の飲み会や食事に行くこともままあることだった。それでも。


「イフェル!!」

「……ロヒシ、ノックくらいしろ」


いつもと変わらない昼下がり、そろそろ休憩時間ですよねと目を輝かせるイルザに目の前の山積みの書類を無言で分けていたそのとき、大きな音を立てて突然入ってきたのは冒険者ギルド副長のロヒシだった。酒好きなロヒシが今夜の飲み相手を誘うべくこの商業ギルドを訪れるのは月に数回あることとはいえ、こんな時間に来るのは珍しいと思いながらも注意する。


「あ、ごめん。…って!そうじゃなくて!ここにもうすぐ7歳の子がギルド登録に来るんだけど」

「7歳…?街の子か?」


冒険者ギルドと違い商業ギルドに子供が登録することはそう多くはない。例外といえば商人の子だが、この街の商人の子で該当するような年齢の子供はいなかったはずだ。


「いや、おそらく外の子だ。それも黒髪と黒い瞳をしたアイテムバッグ持ち」

「なに…?どういうことだ」


百年以上生きてきて一度としてお目にかかったことのない、黒い瞳の者。

それも黒髪だと聞けば冗談か夢物語だろうと思うところだが、ロヒシは軽い男だがそんなくだらないことをいうタイプではない。


「ついさっき、その子が冒険者ギルドにきて登録していった。鑑定しても呪い持ちでもないのにその見た目でレベル2のMPなし。鑑定水晶すら欺ける魔力をもつ人間の子供だ」

「あれを…!?」  

「その子、本当に人なんですか?」


いつも騒がしいイルザだけでなくのんびり屋のねずみの獣人、ルルンすら驚くほどのそれは普通なら決して信じられるものではない。


「そんな子がなぜここに?」

「わからない。けれどその子は光魔法も、調剤スキルもないが、ポーションの作り方を知っていた。それも薬師のおばあさんすら知らない方法をね」

「まさか、7歳がポーションを?」

「わからない。ただその子が口にした方法はいまうちのサントスがおばあさんに伝えに行ってる」


通常、ポーションを作るには光魔法の属性を持っているか、その作り方を知っており尚且つ、調剤スキルを持つものしか作ることができない。前者は生まれ持ったものがほとんどだが、実はこの属性を持っているだけではポーションは作れず、病気やけがに対する知識がなければ治療の効果は乏しいものとなる。一方後者は薬師などに弟子入りし、経験を積み重ねることで取得可能なスキルだがそれを得るまでにはそれ相応の努力と知識が必要で並大抵の者が得られるものではなかった。そんな力を有しているかもしれない子供。


「こんにちはー」


ロヒシの言う通り入ってきた子供は黒髪に黒い瞳の………7歳?どう見ても4、5歳にしか見えないが…


「いらっしゃい。登録ですか?」

「あ、はい。そうです」

「ではこちらにどうぞ」


まだここでは一番若手とはいえイルザももう数年ここで働いている立派な商業ギルドの職員で。動揺一つ見せずに案内する姿にこんな場合でなければ成長したなと声をかけるところだろう。


「ありがとうございます。ナツ ホヅミさんですね。ナツさんとおよびしても?」

「え、あ、はい。どうぞ…」


感情を見せない少女に笑顔で接するイルザがいつも通り手続きを進める。


「もし冒険者ギルドや職業ギルドにも登録されているようでしたらカードを1枚に集約することもできますが、どうされますか?」

「え?そうなんですか?」

「はい。その場合は1枚に名前と登録されているギルドのランクが表示されることになり、預けていただいたお金も登録しているギルドでしたらどこからでもおろせるようになります。ただその分、落とした時は再発行料も倍となります。」

「そうなんですね。じゃ、1枚でお願いできますか」


そういってバッグから取り出した冒険者ギルドのカード。

あれがアイテムバッグだと?あの大きさならたとえ容量が小さなものでも金貨5枚はくだらないはずだ。だが冒険者ギルドで薬草を何十本を難なく出したというなら確かにおそらくあれは普通のバッグではないのだろう。


「では、カードをお預かりしますね。ところでナツさんはお店を開かれる予定などはありますか?」

「あー、今はそこまで考えてないです。とりあえずポーションなどの買取をお願いしたいと思っていて…それである程度お金がたまったら考えようかなって。」


彼女がポーションと口にしたとたんギルド内に緊張が走った。まったくこれくらいのことで反応しそれを気づかれるようではあとで説教だな。


「そうですか。ちなみに今作られたポーションはお持ちですか?」

「あ、はい。何本か」


マジックバッグから出されたのは見たことのない容器に入ったポーションだった。


「これは…?」

「こちらの10本が低級ポーションで、こちらが中級ポーションです。あ、この入れ物は蓋をこうやって開けて、必要分だけ飲めばまた蓋をして保管できるようになってます」

「ふた……ほかん……」


表情を変えずに淡々と語られるそれに今度こそイルザが動揺し言葉を失った。…が、まあイルザにしては及第点だろう。


「このポーションは飲み切らなくてもいいということですか?」


イルザの背後から、つまり小さな少女からは見えない位置から近づき声をかけた私に、けれどやはりその子は表情一つ変えなかった。


「傷の深さや病気の種類にもよりますが、通常の低級ポーションで治せるものなら一口飲めば治るはずです」

「病気の種類……?治る“はず”というのは?」

「自分では使ったことがないので……でも鑑定してもらえばわかるはずです」

「イルザ、鑑定盤を」

「あっ?は、はい!ただいま!!」


もっと鑑定盤を丁寧に扱えと、いつもならイルザに怒るところであるが、今はそれどころではなかった。


低級ポーション

多くの怪我や病に効く。HPを60%まで回復。



低級ポーションは確かに怪我にも病気にも効くものがある。けれどそれを両方兼ね備えたものが存在するだと?


「これは1本いくらで売るおつもりですか?」

「え…いくらって…銀貨1枚と銅貨2枚とか?」


遠慮がちに告げられた金額に、ふざけているのかと口にしかけて、これは何か試されているのではないかと気づいた。この国で一番多く出回っている低級ポーションはその多くが大体、買取値で銅貨8枚、ギルドなどでの売値が銀貨1枚である。そのポーションのおそらく数倍は効果があるであろう、いやものによっては上級ポーションにも近い効果を持つであろうこれを、たった銀貨1枚と銅貨2枚というのはあり得ない話だろう。

これはこちらが正当な評価を下し、きちんとした料金を払うかどうか見極めるためのものではないだろうか。


「これをその値段で売ると?」

「ご、ごめんなさい!ならこのバッグもつけるのでどうですか!?アイテムバックなのでそのポーション5本くらいは入ります!」


しかし子供はさらなる攻撃を仕掛けてきた。


「アイテムバック…?これが…?」

「こ、これ見た目は小さいですけど腰にこうやって巻いて使うバッグで短剣とかナイフや食料、あとはポーションくらいなら余裕で入ります」


アイテムバッグを作れる者が確かにこの世に存在することは知っている。空間魔法を持っており、さらにそれを付与できる能力があればできるというのは知識として聞いたことがあったが、そもそも長年ギルドで働いてきた私ですら空間魔法を持った者に出会ったことがなく、この広い国中を探しても一人ないし二人いるかどうかという能力をまさか目の前の子供が有しているとでもいうのだろうか。

思わず言葉を失った私の代わりに少女に話しかけたのはこんな時もマイペースなルルンだった。


「それもナツちゃんが作ったの?」

「はい!……あ、いや。まあ、一部そうというか…えーっとアイテムバッグにしたのが私というか…」

「そうなんだ。でもアイテムバッグ付きってなるとそのポーション金貨でも買えないよね?」


普段あまりやる気を見せず、マイペースにのんびり生きたいが口癖のルルンがこれだけしっかり話せたのかと呆れたようなけれど感心したような気持ちになりながら、何よりこれらの一級品を買取ることが先決と判断したルルンの選択は正しい。これは何が何でも買取り、なおかつ今後の取引継続を得られるよう交渉するべきだろう。

低級どころか中級ポーションすらあるこの現状で果たして今すぐギルドが用意できるお金で足りるかと計算しかけて、いざとなればロヒシ経由で冒険者ギルドの力も借りねばと算段をつけた。が。


「え、いや!そこまで高くするつもりは………それにポーションっていざというときに飲むものですよね?それが高いと気軽に飲めないじゃないですか」

「気軽に?」

「はい。小さな傷でももし飲まずに放置して化膿でもしたら最悪切断や命の危険だってありますよね?風邪だってただの風邪だと思って放置してたら肺炎で命を落とすなんてこともあるわけじゃないですか」

「かのう…はいえん…」


この子供は何を言っているのだろう。

エルフという種族ゆえに長い時を生きてきて、知識量もこの中でも誰にも負けないと自負してる私すらわからないその言葉を少女はなんでもない当たり前のことのように話す。


「はい。とはいえ、私も善人ではないのでただでは売りませんし当然お金はもらいますけど。

それでこれ、いくらで買取ってくれますか?」


まっすぐと私を見つめる瞳に感情は一切見えない。

この子供が一体何者で、どんな能力を持っていて、何を隠しているのかここにいる全員のスキルをもってしても暴ける気がしなかった。それでも。

今、一番大事なのは目の前の少女がこの街だけではなく、国を、そして世界を大きく変えてしまうかもしれないという現実で。ならばすべきことはただ一つ。これの効果を確かめ正当な評価をし、少女と対等に取引することだ。


「イルザ、このポーションをターリヤのところの子供に飲ませなさい。もちろん前後に鑑定することを忘れずに」

「……!はい!!行ってきます!!」


3日前に高熱を発症し、薬師のばあさまの薬も効かず、今この街で最も死に近い場所にいる幼い命。それを救えるかもしれないと数時間前まで、一体だれが信じただろう。


「あなたが言いたいことはわかりました。けれど価値のあるものには当然、それなりの価格をつけなければなりません。特にポーションは同じ低級だとしても作った薬師や魔術師のレベルに応じて雲泥の差が出ます。それを一律にすればどうなるか、賢い貴方なら想像できるはずです」


少女の言うことは正論だ。どんなにいい薬でも高価で手に入らなければそれはまったく意味のないものだろう。仮に買うことのできる貴族や王族たちがいたとしても結局、多くの者が買えなければそれは低級ポーションと呼ぶべきものではないのかもしれない。それでも、もし少女が最初にいった通りの値段で買取り、販売してしまえば今後この街に多くの者が押し寄せ、その薬を得ようとし、また少女自身の身にも危険が及ぶこともあるだろう。


「それで先ほどの話の続きだが」


とりあえず、かのうや、はいえんといった聞き覚えのないそれらの説明をしてもらえないかと、その知識を得られるのならばそれなりの対価を払うつもりで交渉に入ろうとした私を止めたのは、すっかり空気とかしていたロヒシだった。


「ちょーっと待った!」

「………なんだ、ロヒシ」

「せっかくだからお茶でもいれてゆっくり聞こう?あと、イフェルはさっきから顔、怖すぎだから。ね、ナツちゃん?」


む。失礼な。私は生まれてからずっとこの顔だと反論しかけた言葉は、頬を引っ張られたことにより音にはせず、代わりに軽く睨んでみても、慣れているロヒシには効果はなく。


「あ、自己紹介がまだだったね。僕はこの街の冒険者ギルド副長のロヒシです。よろしく」


いつのまにかお茶をいれ始めていたルルンにこのマイペースコンビはと頭が痛くなるのを感じずにはいられなかった。


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