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さて異世界にきてまずすることの1つといえば、ギルドへの登録だろう。

この世界には3つのギルドが存在するが、その中でも私が選んだのは冒険者ギルドと商業ギルドだった。職人ギルドは登録するとこういうものを作ってほしいと依頼があったときに斡旋してもらえるらしいので、いずれ登録することもあるかもしれないが、とりあえず冒険者ギルドと商業ギルドを選んだのはもちろんお金のためだ。

冒険者ギルドで買い取ってもらえる多くのものは商人ギルドでも買取可能なことが多いらしいけど、依頼に応じて支払われることも多いため、どちらも登録しておけばより高いほうで売ることができるし、なによりレベル上げなどの作業が好きだった私としてはランクを上げるという作業はなんとなくわくわくせずにはいられない物で。せっかくチートをもらったんだし、目立たない程度にランク上げして儲けたって良いよねと内心にやにやしながらまず向かったのは冒険者ギルドだった。

ナビ機能のおかげで迷うことなくたどり着いたそこは、周りと同様カントリー調の建物で看板一つなく、知らない人が一見しても外からではギルドとはわかりにくい何とも不親切な建物だった。とはいえ、さっきから街の中を歩いていても看板なんて見かけないから、別に冒険者ギルドだけが特別そうではないのだろう。


「………こんにちはー」


直前に何と言って入るべきなのか迷ったせいで、先に体が動いて扉を開けてしまい、入口からまっすぐ先にいた窓口に座るお姉さんと目が合ってしまった。

失礼します?面接か。お邪魔します?いや、邪魔すんなよって絡まれそう。たのもー?いや、道場破りじゃないんだから。そんなくだらないことを考えていたせいでおざなりになった挨拶に、けれど一瞬驚いた顔をした受付のお姉さんはすぐに笑みを浮かべ。


「こんにちは。もしかして初めましてかな?」

「あ、はい。さっき街についたばかりなので。初めまして」


薄い焦げ茶色の三角耳にカウンター越しにちらっと見えたもふもふの尻尾。たぶん狐さんだな。もふりたい。しかも先ほど街の入口で出会った門番さんとは違い、受付のお姉さんは顔は人型で耳と尻尾のみという半獣人さんだった。うん、これはこれで可愛い。

とチラみえする尻尾を凝視しながらぺこりと会釈してようやくギルド内に入った。

中は思ったより綺麗で、5つほどあるカウンターのうち今はお姉さんのところしか空いていないのも他に冒険者らしき人が誰もいないのもおそらく昼前だからだろうと思いながらお姉さんがいるカウンターに近づいた。……あ、やばい。思ったよりカウンターが高くて近づきすぎるとお姉さんが見えなくなる。


「ごめんなさい、こっちのカウンターで聞くわね。冒険者ギルドへようこそ。今日は依頼かなにか?」

「あ、いえ、登録に来ました。」


5つあるカウンターの中で唯一他より低い位置にあるそこにわざわざ移動してくれるお姉さんは優しいもふもふさんだなぁとほっこりしながら実は買取専門用のカウンターからさらに見えるようになった尻尾に釘付けになる。

それでも聞かれたことにちゃんと答えるだけの理性は残していたつもりだったのだが、私の答えがおかしかったのか先ほど私が入ってきたときよりもさらに驚いた顔をしたお姉さんはすぐに申し訳なさそうに笑い。


「ごめんなさい、ギルドは7歳にならないと登録できないの」

「あ、はい。知ってます。…………あぁ、ごめんなさい、私もう7歳です」


最初言われた言葉の意味が分からず、いや、正確には意味は分かるんだけど意図が分からずお間抜けな返答をした私はようやく誤解されていることに気づいた。


「え?いや……あの、ね?」

「ちっちゃく見えるかもしれないですけど、嘘じゃないです。鑑定してもらえれば分かるかと…」


大人になってうん十年過ごしたせいですっかり忘れていたが子供のころの私は周りと比べても小柄な子で、7歳…つまり小学1年生だった当時も1m以下という小さい者順で圧倒的に前から数えたほうが早い小さな子供だった。いやむしろ前倣えで前に誰もいないから腰に手を当てることが多い小学生時代だったのだ。

そんな私が転生して幼くなったこと以外、容姿がさして変わっていなかったことを考えると、身長も前世の頃と同じくらいと考えるべきだろう。つまり何が言いたいかというと小学校低学年まで幼稚園料金で過ごしていた私が異世界人に年齢を信じてもらえるわけがないという話なのである。あれおかしいな。自分で言ってて泣けてきた。


「そ、そうなのね。ごめんなさい。それじゃあとりあえず登録票から書いてほしいんだけど、文字の読み書きは大丈夫?代筆も可能だけど」

「あ、はい。できます」


動揺したせいかすっかりだらりと下がってしまったお姉さんの尻尾に申し訳なく感じながら受け取った紙は、無事事前に創っておいた能力のおかげで私には日本語で書かれているようにしか見えなかった。

えーっと、名前と年齢と出身地か。とりあえず名前はナツ ホヅミで年齢は7歳として……出身地どうするかな。嘘をつけないが嘘はかけるんじゃないかと思って適当な地名を書いてみようとしたが手は動いても文字にはならず。なら仕方ないと、不詳と書いてお姉さんに渡すとまたお姉さんの笑顔が一瞬曇った気がした。本当に申し訳ない。


「そ、それじゃ次にこの水晶に両手を置いてもらって」

「こうですか?」

「そう。あとは10秒ほどでカードが発行されるからそのまま待っててね」


6㎝ほどの切れ込みが入った水晶はどうやら鑑定機能付きカード発行機だったらしい。お姉さんの言う通り10秒ほど待ってゆっくりとお姉さん側にある切れ込みから出てきたのはクレジットカードとほぼ同じくらいのサイズのカードとなにやら事細かに書かれたレシートのような細長い紙だった。


「…………………………」

「あのー?」

「はっ!ご、ごめんなさい。今確認するからちょっと待っててね」


どうやら鑑定結果が書いてあるらしい紙を見た瞬間、固まってしまったお姉さんに恐る恐る声をかけると慌てたようにカードと紙を見比べ始めた。

……ちゃんと隠したはずなのにそんな変な鑑定結果だったのかな?


「問題なさそうね。はい、じゃこれがホヅミさんのカードです。なくした場合は再発行できるけどその場合は金貨3枚かかるから気を付けて。ランクの説明とか細かくしたほうがいい?」

「あ、説明書があるって聞いたんですけど、それをもらえたら大丈夫です」


事前に調べたのである程度分かってはいるんだけど聞かないのはおかしいだろうしせっかく説明書なるものがあるならそれを持って保管しておけた方が良いよねと思う私は買ったものの保証書や説明書をきちんと保管しておく程度にはまめだけど、目を通したりはあまりしないという物ぐさな大人でした。


「それじゃーえーっと、あ、あった。はい、これ。説明書ね。もしわからないことがあったらいつでも聞いてね」

「ありがとうございます。依頼って今日からでも受けられますか?」

「大丈夫だけどこの時間だともうFランク向けの依頼は常設依頼くらいしか残ってないかな」


そう言いながらわざわざ立ち上がってカウンターから出てきてくれたお姉さんは何枚もの紙が貼られた壁まで案内してくれると隅のほうにあった依頼書を示した。


「スライムか薬草収集。この2つみたいないつも出てる依頼を常設依頼っていうんだけど、これを受けるときは事前にカウンターを通さなくても大丈夫なの。それ以外は一度カウンターに紙を持ってきてもらってこちらで受理してから依頼をこなしてもらうことになるから。あと依頼は1つ上のランクも受けられるから、Eの常設依頼も可能ではあるけれど…どうする?」


Eの常設依頼はFより高い位置にあるため残念ながら私には見えず。見える位置にあったFランク向けの常設依頼書に書かれていたのはスライムを退治して10個スライムの核という名の魔石を集める依頼か、何種類か指定されている薬草のうち同じものを10本集めるという依頼だった。

森でさんざん退治した中に確かスライムも山ほどいたと思うけど、登録初日でそんなものを出したら怪しいだろうし…ここは薬草にしておくか。


「ここにあるカッコンとタイソウは持ってるので買取ってもらえますか?」

「大丈夫よ。じゃ、カウンターの方に出してくれる?」


森で自動収集しておいた薬草があったはずとバッグに手を入れると無事手の中につかんだ感触があって取り出す。その際、ちゃんと10本ずつ束にされてるように意識するだけでその通りになるんだから本当便利な能力だよね。


「お願いします」

「はい、お預かりします。ちゃんと綺麗にまとめてくれてるのね。汚れも痛みもないし、今朝とってきたの?」

「え?あぁ、まあ…」


嘘ではないけれど取ったばかりに見えたのはたぶんバッグにつけた時間停止機能のおかげだろう。


「ときどき葉っぱがかけた状態で持ってきたり、適当に引きちぎったような状態でもってくる人もいるんだけど、それだと支払額が規定より下がっちゃうからトラブルの元なのよね。ちゃんと10本ごとにまとめてくれる子なんて久しぶりにみたわ。」

「あー確かに葉っぱや根っこまでちゃんとないと価値は変わっちゃいますよね。意外と根っこが長いから適当に引き抜いちゃうとちぎれちゃうでしょうし」


まあ私は引っこ抜いてないので関係ないんだけどね。


「根っこ?」

「ええ。これ初級ポーションの材料ですよね?葉より根っこを多く入れたほうがいいポーションが作れるのに、せっかくの長い根がないんじゃ勿体ないですよね」


ふるふるしてポーションを作った私とは違い、薬草を使用してのポーション作りの場合、この2種類を使って作るらしい。


「?どうかしました?」

「え!?あ、いえ……なんでもないの。それじゃカッコンが30本にタイソウが20本ね。どれも状態がいいから銅貨5枚でどうかしら?」

「お願いします」


難しい顔をしたお姉さんに声をかけるとはっとしたお姉さんが慌てて計算してくれた結果は日本円にして500円というまずまずのものだった。普通に採取してたら少ないなと思うのかもしれないけど楽して集めた身としては十分だよね。


「お金は手渡しかカードに入れることができるけど、どちらにする?」

「手渡しでお願いできますか」


この世界のギルドカードは銀行のキャッシュカードのような機能をもっているのだが、残念ながらSu〇caなどのような支払い機能は持っていないので結局お金が欲しければギルドでおろして現金化する必要があるのだ。


「はい、じゃ銅貨5枚ね」

「ありがとうございます!」


10円玉のような色で100円とかややこしいなと思いながら受け取る。


「この後はどうするの?」

「とりあえず商業ギルドに行こうと思ってます。依頼を受けたいときは何時くらいまでにくればありますか?」

「良い依頼は早くになくなっちゃうから8時くらいって言いたいところだけど、そのくらいから11時ごろまではすごく混んでるから気を付けて」


確かに。今、お姉さんしかいないから忘れてたけど普通ギルドって厳ついおっさんにからまれる通過儀礼があるところだよね。

え?偏見?いや異世界あるあるでしょ。


「ありがとうございます。あ、あと最後に」

「なあに?」

「お姉さんのお名前、聞いてもいいですか?」


鑑定すればすぐわかるけどせっかくならかわいいお姉さんと仲良くなりたい。あわよくばもふりたい。


「ニチカよ。よろしくね」


そう笑ったお姉さんは今日一綺麗な笑顔でした。






***************






ここヴァルツロクは比較的平和なのどかな街だ。

冒険者ギルドに就職して早3年経つというのに未だに大きな怪我一つせずに務めていられるというのはこの国でも稀なことで、やれスタンピードだ、やれドラゴンだ、やれ冒険者が暴れたと問題が尽きない他のギルドに比べれば生まれ故郷でもあるこのヴァルツロクのギルドは平和すぎるほどだった。だから今日もいつもと変わらない1日だと思っていた。


「………こんにちはー」


その小さな少女が来るその瞬間までは。


「こんにちは。もしかして初めましてかな?」


入ってきた彼女を見た瞬間の動揺を引きずらないよう気を付けながら浮かべた笑みは失敗したのだろうか。


「あ、はい。さっき街についたばかりなので。初めまして」


言いながら下げられた小さな頭を上げてもその子は柔らかな声音とは対照的に表情一つ変えずまっすぐに私を見ていた。

黒い髪に黒い瞳。これほどの色をまさか自分が直接見る日が来るなんて思ってもおらず、ちょうど今日勤務している私以外の全員が昼休憩に入ってしまっているこのタイミングに現れた小さなお客さんに驚きと動揺を隠せなかった。


「ごめんなさい、こっちのカウンターで聞くわね。冒険者ギルドへようこそ。今日は依頼かなにか?」

「あ、いえ、登録に来ました。」


子供が依頼に来ることは決して多くはないけれど、それでも忙しい親に代わりおつかいなどで来ることはあるので、依頼かと尋ねた私に返ってきた答えは予想外なもので。え?と咄嗟に聞き返さなかった自分を褒めてあげたい。


「ごめんなさい、ギルドは7歳にならないと登録できないの」

「あ、はい。知ってます。…………あぁ、ごめんなさい、私もう7歳です」

「え?いや……あの、ね?」


決して暴れるような子には見えないけれど、それでも自分の要求が通らないときに暴れるのは馬鹿な大人に限ったことではないわけで。見た目だけで魔力が高いとわかる彼女をできるだけ刺激しないよう穏便に断ろうとした私は、申し訳なさそうな声音で、けれどやっぱり表情一つ変えない彼女の言葉に今度こそ言葉に詰まらずにはいられなかった。


「ちっちゃく見えるかもしれないですけど、嘘じゃないです。鑑定してもらえれば分かるかと…」


確かに嘘をついているようには見えないけれど、それでもその小さな体は比較的小さい種族といわれることの多い人間の中でも間違いなく小さなもののはずで、7歳という言葉を素直に飲み込むことができない。


「そ、そうなのね。ごめんなさい。それじゃあとりあえず登録票から書いてほしいんだけど、文字の読み書きは大丈夫?代筆も可能だけど」

「あ、はい。できます」


とりあえず彼女が言う通り鑑定さえすればわかることだからと登録票を取り出して彼女の前に出しながらもその紙の向きを自分のほうに向けていたのは、もちろん書くつもりでいたからだ。

平和な街と呼ばれるここヴァルツロクでも他の街と同様、識字率は高くない。王都にある貴族や魔力の高い者だけが通うことのできる学校などにでも通っていれば別だが大抵の者は大人になるまでに親などから教えられるか独学で覚えるしかなく、大人でも読めても書けない者や、そもそも読むことすらできない者もいる。

けれどなんの気負いもなくペンを受け取った彼女は確かに迷うことなくすらすらと書き始め、その字は書きなれていないのか所々インクが滲んでいたりと決して綺麗とは言えなかったがちゃんと読める字だった。

その中でも一際目を引く不詳という文字。子供でこんな言葉を知っていて書く子がいることに驚いたらいいのか、それとも出身地:不詳と書いたことに驚けばいいのか。

もうだめ。むり。私には荷が重いとこっそり押したのはカウンターの内側に設置してあるこのギルド内でも特定の人物にしか聞こえない呼び鈴だった。短く3回。忍んで大至急来てくださいという合図は私が勤めて3年目で初めて押したものだった。


「そ、それじゃ次にこの水晶に両手を置いてもらって」

「こうですか?」

「そう。あとは10秒ほどでカードが発行されるからそのまま待っててね」


今日このギルドにいるのは私を含めて4人。

ギルド長のラマさん、副ギルド長のロヒシさん、それに鹿の獣人であるサントスくんと私の4人だ。その中でその兎の獣人という耳がいい種族ゆえに唯一、呼び鈴の音が聞こえるギルド長が他の2人を連れて2階の休憩所から早く降りてきてくれるのを祈るしかない。

この明らかになにか事情を抱えていそうな子が無事登録終了できることも祈りつつ水晶から出てきたステータス表を見た私はすぐに気を失いたくなった。


名前 ナツ・ホヅミ

種族 人間

年齢 7歳

Lv 2

HP   50/50

MP  

DEX  75

LUK 48


属性 水魔法、風魔法



あ、ほんとに7歳なんだと安心したのは一瞬で、すぐに下にならんだ数値に意識が遠のいた。

HPが50はまだいい。7歳の平均値から見てもかなり低いだろうが、小さな体を思えば納得できないことはない。けれどMPの空白はどう考えても異常で。

確かにこの世界には生まれつき全く魔力がない者も存在する。しかし、黒髪と黒い瞳をもつ彼女が魔力を持たないわけもなく。そうなってしまうような何かが彼女の身に起こったのだろうかと考えるよりまず思い浮かんだのはこれが偽造された数値であるというものだ。

通常、この国にある各ギルドに置かれた鑑定用の水晶が出す結果は偽れるものではない。それはこれを作った今は亡き魔術師がかつて国一番の魔力を有していたからだといわれていて、実際にMPは85万は超え、レベルは93だったという灰色の瞳にほとんど黒に近い茶色い髪をした魔術師が国からの依頼に全力で創った力作と胸を張ったという水晶はいまだかつて間違った鑑定結果を出したという話は聞いたことがなかった。けれど、それでも。その可能性があるとするならそれはただひとつ。鑑定された者がかの魔術師よりもレベルが高いか、より高い魔力を有していた場合だ。


「…あのー?」

「はっ!ご、ごめんなさい。今確認するからちょっと待っててね」


目の前の幼い彼女がどれほどの魔力を有しているのか、残念ながら真実を知ることはできない。なぜならこの街にも何人か鑑定スキルを有したものはいるが、かの魔術師を超える者は当然おらず、彼女が隠したものを暴けるわけがなかった。

それでも。どんなに偽の情報だとしても水晶がカードを発行してしまった以上、彼女はギルドに登録した冒険者となるわけで。


「問題なさそうね。はい、じゃこれがホヅミさんのカードです。なくした場合は再発行できるけどその場合は金貨3枚かかるから気を付けて。ランクの説明とか細かくしたほうがいい?」

「あ、説明書があるって聞いたんですけど、それをもらえたら大丈夫です」


誰からだよ。とかもうつっこむ気力すらない。確かにあるにはあるけれど、ギルド登録時に文字を読める者が少ないこともありほとんど使用されたことのないそれはギルド職員ですら存在を知らないものもいるであろうレアもので。このギルドにもあることはあるが、私は一度も触れたことはなく、埃かぶってんじゃないかなと思わず遠くを見たのは現実逃避だ。


「それじゃーえーっと、あ、あった。はい、これ。説明書ね。もしわからないことがあったらいつでも聞いてね」

「ありがとうございます。依頼って今日からでも受けられますか?」

「大丈夫だけどこの時間だともうFランク向けの依頼は常設依頼くらいしか残ってないかな」


そう言いながら立ち上がる際、鑑定票をカウンター越しには見えない机の上に置いたのはおそらく今どこかから隠れて見ているであろうギルド長たちに見てもらうためだった。彼女からは見えない位置から、すっと出てきた白い影は小さな兎の姿をしたギルド長で。鑑定票を手に取り素早く元の場所に引き返す姿を視界の端におさめながら彼女に気づかれぬよう依頼書の貼られた壁まで案内した。


「スライムか薬草収集。この2つみたいないつも出てる依頼を常設依頼っていうんだけど、これを受けるときは事前にカウンターを通さなくても大丈夫なの。それ以外は一度カウンターに紙を持ってきてもらってこちらで受理してから依頼をこなしてもらうことになるから。あと依頼は1つ上のランクも受けられるから、Eの常設依頼も可能ではあるけれど…どうする?」


たとえ彼女が私以上の魔力を有しているとしても、もしかしたら私以上のレベルだったとしても、彼女は今の時点ではただの新人の冒険者で。だからFか一つ上のEランクの依頼までしか引き受けることはできない。そのことに不満を漏らされたらどうしようと一瞬思ったけれど、やはり彼女は顔色一つ変えず無表情のまま、けれど声音は穏やかだった。


「ここにあるカッコンとタイソウは持ってるので買取ってもらえますか?」

「大丈夫よ。じゃ、カウンターの方に出してくれる?」


カウンターに戻り薬草を置いてもらうようの板を取り出す。これは上に乗せたものの状態を自動で鑑定し支払額を決めるという優れもので、これもかの魔術師が考案したものだ。この鑑定盤ができるまではギルド職員の主観で値段が決められていたためトラブルが絶えなかったというが、これが普及したおかげで今はほとんどそういったことはなかった。


「お願いします」

「はい、お預かりします。ちゃんと綺麗にまとめてくれてるのね。汚れも傷みもないし、今朝とってきたの?」

「え?あぁ、まあ…」


見るからに状態がよさそうな薬草は、乗せるまでもなく良いものだと分かった。

が。


「ときどき葉っぱをかけた状態で持ってきたり、適当に引きちぎったような状態でもってくる人もいるんだけど、それだと支払額が規定より下がっちゃうからトラブルの元なのよね。ちゃんと10本ごとにまとめてくれる子なんて久しぶりにみたわ。」

「あー確かに葉っぱや根っこまでちゃんとないと価値は変わっちゃいますよね。でも意外と根っこが長いから適当に引き抜いちゃうとちぎれちゃうでしょうし」


もう動揺しないと心に誓ったはずなのに不覚にも思わず一瞬動きを止めてしまったのは明らかな失態だろう。けれど。


「根っこ?」

「ええ。これ初級ポーションの材料ですよね?葉より根っこを多く入れたほうがいいポーションが作れるのに、せっかく長い根がないんじゃ勿体ないですよね」


先ほどの鑑定結果では彼女のスキルに調剤や光魔法などのポーション作りに関するような能力は一切なかった。だから彼女が言っていることが真実だと普通なら到底思えないし、なによりこんな小さな子供が何十年と薬を作り続けている者たちより知識を有しているとは普通は思えない。でも。


「?どうかしました?」

「え!?あ、いえ……なんでもないの。それじゃカッコンが30本にタイソウが20本ね。どれも状態がいいから銅貨5枚でどうかしら?」

「お願いします」


思わずギルド長たちの方を振り向きかけて慌てて抑えた。

彼女が何気なく口にしたそれが真実かどうかそれを今確認するのは私の仕事ではない。


「お金は手渡しかカードに入れることができるけどどちらにする?」

「手渡しでお願いできますか」


今の私にできるのは謎の多い彼女が今後このギルドに有益な存在となる可能性を秘めているという事実を第一に少しでもいい印象を彼女に与えること。


「はい、じゃ銅貨5枚ね」

「ありがとうございます!」


そして後ろに控えているギルド長たちに少しでも多くの情報を残すことで。


「この後はどうするの?」

「とりあえず商業ギルドに行こうと思ってます。依頼を受けたいときは何時くらいまでにくればありますか?」

「良い依頼は早くになくなっちゃうから8時くらいって言いたいところだけど、そのくらいから11時ごろまではすごく混んでるから気を付けて」


商業ギルド。

たしかにギルドを掛け持ちする者は多いけれど、7歳の子がそうであることは稀で。


「ありがとうございます。あ、あと最後に」

「なあに?」

「お姉さんのお名前、聞いてもいいですか?」


どうかこの子がこの先齎してくれるものが良きものでありますように


「ニチカよ。よろしくね」


去っていく小さな背中を見送った瞬間、緊張の糸が切れ、一気に脱力した。


「大丈夫か、ニチカ」

「ギルド長~!」


自分でも情けないくらい涙声になったのは許してほしい。


「とりあえずサントスは薬師のばあさんのとこに行かせた。あの人ならまあ数日中には結果を出してくれるだろ」

「職業ギルドを通さなくていいんですか?」

「それは後でやっておく。今はなにより確かめることのほうが先決だろ…もうすぐまたあの時期がやってくるからな」


ギルド長のいうあの時期。

それはこれから寒くなるこの時期に毎年流行る病のことだった。普通の風邪よりも高い熱が出るうえ、すぐ他人にもうつるためこの街でも毎年多くの者がかかり、子供や老人などか弱い者が毎年数人は亡くなっていた。そんな病にはポーションは気休め程度しか効かないけれど、それでも飲まないよりはずっとましで。毎年この時期が来る前に多くの薬師が薬草を求めていた。


「ロヒシさんは?」

「商業ギルドに行かせた。あいつならあの子がたどり着く前にあらかた事情を説明できるだろう」

「そうですか…………あの子の言ったこと本当だと思いますか?」

「さあな。けど本当なら今までの倍は作れるようになるし、効果も高いってんなら試さないわけにはいかないだろう。……今年はもう誰も死なずに済めばいいんだがな」

「そう、ですね」


おととしの冬。辛そうに、けれどうつしてはいけないからと最後まで笑って大丈夫だからと家族を避けていたおばあちゃん。

今でも大好きな祖母が亡くなったその時期はもうすぐそこまで迫っていた。





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