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子供たちがそれぞれさっそく勉強を始める中、私はなぜか初めてお会いしたはずの冒険者ギルド長、職人ギルド長、そして商業ギルド長代理という偉い人たちになぜか囲まれていた。
あぁ、今すぐ子供たちに混ざりたい………
「これはすげぇな。こんなのがあればうちのギルドの職人たちが欲しがってる素材も簡単に見つけられそうだぜ」
「この絵っていうのも分かりやすくていいですね」
「なによりこの情報量だろ。王都の図書館の本、何万冊分の情報がのってんだ」
へぇ、この国にも図書館なんてあるんだ…そのうち行ってみたいなと現実逃避しながら冒険者ギルド長のラマさんの質問に答える。
「何冊分かはわかりませんが、大体25万語ほどは載っているかと思います」
日本で一番有名な辞苑をもとに作ったこの辞書は、本家同様、この国内からこの世界の社会情勢や地図なども載った百科事典を兼ねているのだ。
「25万!?」
「膨大過ぎて想像ができない…」
「これが1冊白金貨3枚とは安すぎないか?」
「それなんですけど、これは子供たちの勉強用に作ったので音声が出るよう魔法をかけましたが、ギルドに置くものは音声機能をなくした代わりに白金貨1枚でどうですか?」
正直、複写でいくらでも同じものが作れる私としては音の有無で使う魔力が変わるとか、手間が増えるなんてことは一切ないのだが、さすがに1冊30万で売るのは忍びないと少しでも安くできる方法を考えてみた。
「いや、音声はあったほうがいいだろ。文字を読めないやつらでも簡単に理解できるし」
「だがギルドの規模によっては白金貨3枚は確かに払えないところもあるかもしれない。…とはいえ、音無しが1枚は安すぎるとは思うが」
「まあ確かに、音声の有無によって1冊にかかる時間も魔力も違うでしょうし、ホヅミさんの負担を考えれば半々用意してもらってはどうでしょうか」
いや、負担はまったく一緒です。むしろ精神的なものだけです。
とは言うまい。
下手に話して深く突っ込まれれば嘘のつけない私には説明できないことが目に見えていた。……というか、あれ?
「半々って、必要なのは各ギルド分の3冊ですよね?それぞれ希望を言ってもらえば音ありか音なしで用意しますけど…?」
「「「?」」」
「……あぁ、もしかしてこの街のギルド分だけってことか?」
私の言葉に一斉に不思議そうな顔をする大人たちに何かそんな変なことを言っただろうかと不安になる私にふっと思いついたように答えてくれたのはラマさんだった。
「え、だって各ギルドに1冊でいいんですよね?職員につき1冊とかじゃないですよね?」
「さすがにこれだけ高価なものを1人1冊は無理だな」
「だから3冊用意するんじゃ……」
「ホヅミさん、できればこの国の、全ギルド分をお願いしたいです」
商業ギルド長代理のフィールさんの困ったような表情に、え、と言葉を失った。
全ギルド……!?それ一体何冊になるの!?
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ラマ視点
商業ギルドのルルンからの使いに呼ばれ訪れた孤児院で昨日顔を合せなかったホヅミ嬢への挨拶もそこそこにルルンが見せてきたのは辞書なる分厚い本だった。
呼び出された時点で、きっとまたホヅミ嬢が何かとんでもないものや知識を披露したのだろうとは思ってはいたが、孤児院の子供が俺たちへの説明のため快く貸してくれたという辞書という本はこれまたとんでもないものだった。
この国にだってもちろん本は存在する。
紙が高価なため、数自体は多くないが、王都の図書館などにいけばこの国にあるあらゆる本を読むことができる。らしい。
というのも文字を読むのがあまり得意ではない俺には本は無縁のもので、図書館もどこにあるかは知っているが、足を運んだことは一度もなかった。
そんな俺とは違い、大昔によく通ったといっていたイフェルがこれを見れば、たぶん俺よりもよほど驚き、この辞書の価値を正確に評価できただろうが、あいにく奴は今その王都へ向かっていて不在だ。
冒険者ギルド…冒険者が所属するギルド。冒険者に依頼を斡旋する組織
試しに使ってみたところ、どうやらすべての言葉に対し絵がついているわけではないらしい。それでも所々ついているそれらは目を疑うほどそのものの特徴をよく捉えたものばかりで。
なにより1つ1つの説明文は短く簡潔ではあるものの、書いてあるものの多さが半端なかった。
「けどさすがに作り方までは書いてないんだな」
なぜかこの街のギルド分である3冊だけ用意すればいいと思っていたホヅミ嬢にその必要性を滾々と説明している商業ギルドコンビに説得を任せ、辞書を開いた俺が次に探したのが昨日ホヅミ嬢が革命を起こした低級ポーションの項目だった。
低級ポーション……HPを2~3割回復させる薬。また怪我や病気に効くものもある。効果は製作者の能力に応じたものとなる。
ホヅミ嬢仕様のポーションではなく、ごくごく一般的な低級ポーションの説明としては間違っていない文書だが、そこには作り方などは書かれておらず、思わず少しだけ落胆してしまったのは事実で。それでもこれだけの情報量なら、いくら払ってでも欲しいと思う奴はこの国だけじゃなく世界中にごまんといるだろう。
「もちろん、用意していただくのには何か月、何年とかかることは承知しています。けれどこれは絶対必要なものなのです」
「いらないっていうギルドのほうが絶対少ない。むしろ欲しがって取り合いになる」
「えぇ…?」
ジェノーイや俺はこういった交渉には向いていない自覚があるため、余計な口は挟まない。
困惑しているホヅミ嬢に申し訳なさそうに、けれど絶対逃がさないと背中で語るフィールと、普段話すのもめんどくさそうなマイペースなルルンがぐいぐい迫る姿にさすがイフェルのところで鍛えられているやつらは違うなと感心した。
あとホヅミ嬢、そんなに押しが弱くて大丈夫か……?
その人の良さに付け込んでいる側が思うことではないが若干心配になりながらホヅミ嬢が諦めて頷くまでのんびりと待つこととなった。




