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瞬間移動というか、転移魔法というか、とにかく一瞬で目的地に着くのは非常に便利で。でもこれを多用していると太りそうだなと思いながら街までの徒歩5分の道を歩く。
目指すヴァルツロクは、高い城壁などに囲まれていないし、日本のような高層ビルが立っているわけでもない。もちろん舗装された一本道なんてものも存在しておらず、そのため普通は気配察知系のスキルやそれがなければ地道に地図とコンパス等を使うか、獣人であれば匂いを辿るなどして街を探すらしいのだが、ナビ機能があるほうが便利だよねと創った能力のおかげで今、私の3mほど先には私にしか見えない矢印がある。街まで最短かつ安全なルートで案内してくれるナビを最初はスマホにアプリとして入れるつもりだったのだが、よく考えれば手のひらサイズの見たこともないものを凝視しながら歩く人間なんて注目をあびるだけだろうし、歩きスマホはよくない。そのため一応盗難防止機能と私しか画面が見えないように覗き見防止機能、あと防水・防塵・耐衝撃性能は当然つけるとして落としてしまったときや万が一盗まれた時には自動でバッグに戻ってくるよう機能をつけ、なるべく人目の少ないところでのみ使うこととした。
そうしてきっちり徒歩5分歩いたところでようやく見えた街は高さ1.5mほどの壁に囲まれた中世のヨーロッパ…いや、普通にファンタジーな世界観でよく見るような街並みだった。その入口にはもちろん門番がいる。第一異世界人発見。
「こんにちは」
「………こんにちは。見かけない顔だね。旅の人かい?」
一瞬不思議な間があったけれど、どうやらいい人のようで。わざわざしゃがんで目線を合わせてくれたその人はもふもふとした茶色い耳とその顔立ちから察するに熊の獣人なのだろう。
「うーん、ずっと森の中にいたんですけど、この街に住めたらと思って。だから身分証もないんですけど、入れますか?」
「その場合にはこの水晶に手をかざしてもらったあと、金貨1枚を支払ってもらえば入ることができるけど…きみ1人なのかい?」
事前に調べていた通りの通行料だが、1万円はやはりどう考えても高い。けれど簡単に怪しい者を街にいれるわけにもいかないし、水晶で犯罪歴を調べられるとはいえ、この水晶は過去に窃盗や軽犯罪で捕まった者や、魔物以外の者を殺めたことがある者に反応して赤く染まるという程度の精度しかないため、通行料を高くせざるをえないのだろう。
「1人です。家族はいないので」
嘘はつけない。表情筋は仕事を放棄した。そんな子供に真顔で言われた心優しき門番さんの顔が悲痛に歪むのを申し訳なく思う。
ごめんね、そんな悲壮な過去があるわけじゃないんだよ。
何か聞きたそうに口を開きかけて、それでも言葉にせずに止める姿に嘘を語ることも過去を捏造して話すこともできない私としてはありがたく気づかぬふりをするしかない。
「金貨は持っているかい?なければ借りなければならないが…」
「大丈夫です。1枚ですよね」
「ああ、……たしかに。それじゃ、手を水晶にかざしてくれるかい?」
バッグから出したお金にほっと安堵した様子の門番さんが後ろから出してくれた水晶に手をかざしていた私は知らない。この国ではもし水晶が赤くなった場合、それがどんな犯罪歴なのかを調べるため、鑑定スキルを持った人が調べるまで街に入ることができないことを。もちろん調べた罪がパン一つ盗んで捕まったという軽い罪でも入ることはできないし、よほどやむを得ない事情でもない限りほとんどの場合は街に入ることはできず追い返されるらしい。
一方お金がなかった場合はまず最初にいずれかのギルドに連れていかれ、お金を借りなければならない。そうして5日以内にお金を稼いで返さなければ、即奴隷落ちというなんともシビアな世界なのだ。しかも子供がお金を借りる場合は保証人が必要で、返せなければともに奴隷落ちということもあり、大人達から断られることも多かった。
ちなみにたとえ後日身分証を作ったところで払った通行料は返ってくることはない。街生まれではないものには何とも不利な制度なのだ。
「問題ないね。では、ようこそヴァルツロクへ」
心優しき門番さんに導かれ、私は、ヴァルツロクへと足を踏み入れたのだった。
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俺の生まれ故郷でもあるここヴァルツロクはチヴィーフォイ国の東に位置する比較的のどかな街だ。
王都から馬車でも7日ほどかかり、周りを森で囲まれてはいるが、上級の魔物が出ることはほとんどなく、魔物による死者も1年を通して数えられるほどしかいない平和な街だ。貧富の差もそれほどなく、窃盗などの事件すら稀で、たまに事件として街を賑わすのは酔っ払い同士の喧嘩くらいという本当にのどかな街だ。
それでもそんな街にも当然、荒くれ者や盗賊のようなものが入らないよう警備は必要で、この街ではB~Cランクの冒険者がギルドからの依頼という形で週替わりで南北に2か所ある門などの警備を担当することになっていた。
もっとも、平和な街ゆえに、高ランクの冒険者は限られており、大抵20人程の面々で交代して行われているため割と頻繁に回ってくる仕事ではあったが、ほとんどがこの町出身の冒険者であったため、街のためだと思えば嫌がる者は少なかった。
そうして今日も比較的組むことの多い顔なじみの男と門前に立っていたのだが、朝街から出ていく冒険者や商人達を見送ってしまえば、あとはいつも通りぽつぽつと帰ってくる人々等を迎え入れるだけで、少し早い昼飯を食べに行った今日の相棒を見送ってしばらく経ったころ、やってきたその子は見覚えのない小さな女の子だった。
もちろん、それなりに大きな街であるためすべての子供を把握しているわけではない。
それでも、その一度見れば決して忘れないであろう容姿は間違いなく街の子ではないと一瞬で判断できるもので。
黒い髪に黒い瞳。
冒険者として旅をしていた頃にすらお目にかかったことのない色は高い魔力を示すものだった。
様々な種族が存在するこの世界で種族間で多少、魔力の多い少ないはあるものの、共通しているのは髪や目の色が黒に近ければ近いほど魔力が強いというものだった。だから一流の魔術師と言われる者達のほとんどは黒に近い髪か黒っぽい瞳をしているものが多かった。それでもその両方を兼ね備えているものはほとんどおらず、また多くは黒に近いというだけで目の前の子供ほど黒くはなかった。
「こんにちは」
「………こんにちは。見かけない顔だね。旅の人かい?」
熊の獣人でしかも冒険者としてそれなりに鍛えているせいで厳つい見た目である俺はどちらかといえば初対面の子供には怯えられたり怖がられたりすることのほうがずっと多くて。けれどその子供は表情一つ変えることなく、まっすぐと目をあわせてくる。
「うーん、ずっと森の中にいたんですけど、この街に住めたらと思って。だから身分証もないんですけど、入れますか?」
子供らしくない丁寧な言葉遣いに、身綺麗な恰好。これがエルフなどであれば見た目通りの年齢ではなく俺よりも年上なのかもしれないと推察するところだが、どう見ても人間である彼女は大きく見積もっても5歳ほどだろう。そんな子供がたった1人で街を訪れる。しかもその容姿と淡々と話す姿にこれまで彼女が過ごしてきた短い人生がどんなものだったかを簡単に想像できた。
数か月前に風のうわさで聞いたある国で行われていた人体実験の話。魔力の強い子供たちを集め、日々限界まで魔力を放出させ枯渇状態にし、無理矢理魔力を増強させ続けた結果、そのうちの1人が魔力を暴発させて施設ごと大勢の命を奪ったという話だった。そんな胸糞悪い事件に飲んでいた酒が一気にまずくなったことを覚えているが、それ自体はあまり珍しい話ではない。どこの国でも魔物が出現する以上、力の強いものが求められるのは仕方ないことで、多かれ少なかれどこの国でも力の強い者を囲って育てるというのはやっていることだった。もちろん、その中には親元から無理矢理引き離された者も少なくない。
「きみ1人なのかい?」
できれば聞きたくはない質問だった。
それでもギルドに登録できない年齢の子供たちは身分証をもっていないため、身分証明できる大人がともにいなければ入ることはできない。
「1人です。家族はいないので」
案の定返ってきた答えに胸が痛くなる。
身分証のない子供は街に入ることはできない。唯一例外は大人同様金貨を1枚支払えば入ることは可能だが、家族のいない子供がそれだけの大金を持っていることは非常に稀だった。そのお金を借りるという方法もあるにはあるが、返せるはずのない大金の保証人になるほどのお人よしはおらず、子供が借りれたというケースはほとんど聞いたことがなかった。
だから多くは街に入ることを諦めて森で暮らすか、もしくはこっそり忍び込むのだ。ただ前者のほとんどは魔物に襲われ命を落とすことが多く、後者は結局街でも飢えなどから犯罪を犯してつかまり、街への不法侵入という罪を上乗せされ奴隷落ちするものがほとんどだった。
「金貨は持っているかい?なければ借りなければならないが…」
「大丈夫です。1枚ですよね」
「ああ、……たしかに。それじゃ、手を水晶にかざしてくれるかい?」
しかし、その子があっさりと取り出したそれは間違いなく金貨で。ほっと息を吐いたものの今度はそのお金が盗んだものではないだろうかと一瞬疑ったが、それも犯罪歴を調べれば変化することのない水晶に今度こそ安堵の息を吐いた。
「問題ないね。では、ようこそヴァルツロクへ」
小さな彼女が通れるよう街への道を開けた俺に結局最後まで表情一つ変えることなく、けれど頭を下げていった彼女のこれからの人生が少しでも幸福でありますようにと願わずにはいられなかった。
検索機能は万能でも聞かれないことには答えない。