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シダッオ視点


この街は元々、私の曾祖父が先々代の王から戦の褒美にと賜った土地だった。

もともと一介の騎士でしかなかった曾祖父は、けれど剣の腕だけはチヴィーフォイ国屈指と呼ばれたほどの人で、隣国との戦争の際もその前線で多くの武功を立て、その功績で爵位を得た人だった。

けれど私が幼いころ父がよく話してくれた曾祖父は、その功績を決して誇らず、むしろ英雄談を聞きたがる父たちを優しい大きな手で撫でながら、多くの命をその剣で殺めた自分は決して褒められるべきではないと何度も諭したという。


『戦争とはいえ、私は多くの命を奪った。時に命乞いする相手の命を容赦なく奪い、背を向けて逃げ出す者の無防備な背に切りかかり、敵の罠にかかった仲間を見捨てた』


そうして生き残った曾祖父は、戦の褒美にと決して大きくはないが王都から近い領地を与えられた際も、それを固辞し、当時はまだ魔物にたびたび襲われて荒れていたこの辺境の地、ヴァルツロクを選んだ。


『魔物だから殺していいとは言わない。けれどせめて今はもう誰かを守るためだけに剣を振るいたいのだ』


曾祖父を成り上がりと馬鹿にした貴族はもちろんいた。

一介の騎士でしかなかった曾祖父が当時は小さな村だったとはいえ突然領主として土地を任されてうまくいくはずがないと口さがない者たちは噂したという。それでも曾祖父はこの地を魔物から守るため壁を築き、人を襲う魔物が出るたび自ら先頭に立って討伐し、戦争で得た褒章金と、国から支給されるわずかなお金のすべてを村のために使い、この地の発展に尽力した。

だからこそこの街は特別裕福とは言えずとも、貧富の差は少なく、多くの人が暮らし、各ギルドも設置され、魔物の脅威にも怯えることのない平和な街になったのだ。

そうしてその街を祖父、父が受け継ぎ、数年前に父が亡くなってからは私がその意思を受け継いできた。


『私たちは貴族だから偉いのではない。肩書で人の価値は決まらない。力が強い者が偉いわけでも、魔法に秀でたものが偉いわけでもない。命を奪うより、守ることのほうがずっと困難で尊いこともある。領主であれば、強さや賢さを求められることもあるだろう。けれど誰かを貶めるための賢さや、暴力にしかならない強さを持つくらいなら、たとえ弱くとも、周りから蔑まれても、愚直でいなさい。そういう者にはたとえ、力が及ばない時がきても、きっと力や知恵を貸してくれる者が現れるものだ。そしてそういう相手を決して裏切らぬよう、恩に報いるよう、より一層努力しなさい』


そういう戦い方をしていくのだと、そう教えられて育った祖父は、決して力も魔法も秀でてはいなかったけれど、だからこそ知識を磨くため、王都の学園を卒業後は様々な領地へ行き、領主とは何か、統治とは何かを学び、曾祖父から譲り受けた地を活気あふれる街へと発展させた。

その祖父も亡くなり、跡を継いだ父は魔力が高く、唯一適性のあった水魔法を極め、2人が守ってきた地をより住みやすく豊かな土地に変えるため奮闘していたが、志半ばで、4年前に病に倒れ息を引き取った。

そうして私が領主になって4年。

魔力も、剣も、知識も特に秀でたもののない私にはどんなに日々努力しても現状維持が精一杯で、目まぐるしく過ぎていく日々に、翻弄されるばかりだった。

それでもこの街を愛し、人々を愛し、平和で穏やかな街を望む私には有難いことに手を貸してくれる者たちも多くいて、決して裕福ではなくても、誰も飢えて死ぬものが居ない程度にこの街は未だ、豊かだった。

けれど。それでも。

どんなに手を尽くしてもやはり平凡な私にはどうしようもないことが多々あって。


「シダッオ様、商業ギルド長イフェル氏より至急謁見の願いが届きました」

「イフェルさんから?珍しい。要件は?」

「詳しくは。ただポーション等の件について3ギルド長そろっての謁見を希望しています」


父が子供のころにこの街にやってきたという商業ギルドの現ギルド長、イフェルさんは当時、形ばかりでほとんど機能していなかったこの街の商業ギルドを変えるため、祖父が直接スカウトして引き抜いてきたという逸材で、その手腕は数十年立った今でもこの街のため大いに振るわれていた。

さらに王都の学園に入学する前の幼い父にとっては基礎を教えてくれる教師の1人であったことから我が家とも交流があり私も幼き頃に色々教わった先生の1人だった。


「ポーション?まさか上級が手に入ったのか?」

「わかりませんが…いかがなさいますか?」

「わかった。一辰刻後3人揃ってくるよう伝えてくれ」

「かしこまりました」


王都でも月に数本しか取引がないという上級ポーションはここヴァルツロクのような辺境地では滅多に手に入れられるものではなく、数年に1度手に入るかどうかという代物で。

上級ポーションには大きく劣る中級ポーションすら月に2~3本しか手に入らなかったが、それらがギルドなどを通して入荷した際は、この街では重症者から優先して使用するという曾祖父が決めた明確な決まりがあった。

立場や職業、収入や家庭環境に関係なく、薬師などの見立ても参考にその時一番必要な者から優先的に使うと決めた時、もちろん反発する声もあった。

けれど曾祖父は断固として譲らず、結局それを許容できない者はこの地を去っていった。

そうして最期まで命は平等だと譲らなかった曾祖父は魔物討伐で怪我を負った数日後、突然この世を去った。

もし中級ポーションや上級ポーションがあれば助かったかもしれないと悔やむ街の人の声は絶えなかったが、それでも死ぬ前日も、共に戦った者の怪我を治すためポーションを手に入れられるよう奔走していた曾祖父はたぶん後悔などなかったのではないかと思う。

そうして祖父や父も代々守り続けてきたこの街特有の規則は私の代となった今でも変わることはなかった。けれど。


「もし上級ポーションがあれば…」


大切な一人娘、ターナの目を治せるかもしれない。そう思いながらすでに3年の月日が流れた。

愛しい妻の命と引き換えに生まれてきた娘は、生後間もなく両目が見えなくなって以降、長くは生きられないだろうとずっと言われてきた。それは娘だけでなく目が見えない者のの誰もが当てはまることで、ほんの小さな怪我ですら命を失いかねないこの世界で、目が見えない者が健康に暮らすということは非常に難しいことだった。

だからこそ幼いころから一切外には出さず屋敷内で乳母や護衛が常に控え、万が一にも怪我をすることのないように細心の注意を払って育ててきた。

そうしてなんとかもう少しで4歳を迎えるターナは、幼子とは思えないほど聞き分けの良い優しい子に育ってくれたが、それでも時折窓がある方を向いては寂しそうな表情を浮かべていると報告を受けるたび、なんとか上級ポーションが手に入らないだろうかと願わずにはいられなかった。

もし、薬師やギルドを通してではなく、この手に直接ポーションを手に入れることができたなら、きっと私は規則を破り、その貴重な1本を娘に与えずにはいられないだろう。

だから、今回もしイフェルさんの用件が上級ポーションが手に入ったという話であれば、また規則を破らずに済んだことに安堵し、けれどそれと同時にまた一番にポーションをこの手にできなかったことを悔いるのだろうと思っていた。

しかし。


「報告したいことは多々ありますが、まず本日、商業ギルドに一級品の中級ポーション3本と低級ポーション10本が納品されました」

「中級ポーションが3本も?どこからだ」

「それは後程お話ししますが、この中級ポーションをターナ様に飲んで頂きたく持参いたしました」

「なに…?」


その日私は奇跡と出会った。









***********************









(イフェル視点)


かつての教え子によく似たこの街の現領主、シダッオ様は武力に秀でていた曾祖父や叡智にあふれた祖父、そして魔法に優れていた父と比べれば、どれも平凡な悪く言えば才のない男だった。けれど誠実な人柄で知られているシダッオ様は街の者からも愛されていたし慕われていた。

まだシダッオ様が領主となる前に当時冒険者ギルドの受付嬢だった女性と結婚した際も街中が祝福し、領主となってしばらくして奥方が妊娠したと発表されたときも街は夜通し祝いの声であふれていた。しかし、その数か月後、奥方の命と引き換えに生まれてきたターナ様は生後数日で病に倒れた。高熱に侵され、運良く手に入った中級ポーションすら効かず、街の人々からの寄付金も使いなんとか王都の治療師に来てもらい命だけはとりとめたものの、彼女の目はそれ以降、強い光をぼんやりと感じられるくらいで、あとは何も映さなくなった。

最愛の妻を亡くし、一人娘の視力が失われそれでも領主としてこの街のために懸命に働くシダッオ様をこの数年、街の誰もが見てきた。

誰よりもポーションを欲し、ターナ様の回復を願いながらも、傷ついた者のため、いつだって自分や娘を後回しにしているシダッオ様に、中にはもう老い先短い自分が使うべきではないと病に侵されながらもポーションを飲むことを拒む者もいた。そのたびに誰よりも親身にその想いに耳を傾け、それでも飲むべきだと諭してきたのもまたシダッオ様で。

その愚かなまでの誠実さを街の人々は愛した。だから。


「報告したいことは多々ありますが、まず本日、商業ギルドに一級品の中級ポーション3本と低級ポーション10本が納品されました」

「中級ポーションが3本も?どこからだ」

「それは後程お話ししますが、この中級ポーションをターナ様に飲んで頂きたく持参いたしました」

「なに…?」

「おい、イフェル。一体どういうつもりだ?」


事前にロヒシから事情を説明されたであろうラマが黙って見守る中、怪訝そうなシダッオ様と、ほとんど何の説明もないまま同席を求められたジェノーイが声を低める。


「中級ポーションでは娘の目は治らない。それはイフェルさんたちも知っているはずだ」

「ええ。ですがこれは通常の上級ポーション……いえ、もしかしたら特上級ポーションに匹敵する効果があると思われます」

「正気か、イフェル」

「当然です」

「まぁ、ジェノーイ落ち着け。シダッオ様、俺からもお願いします。イフェルの言う通り、このポーションをターナ様に飲んで頂けないでしょうか?」


ジェノーイが怒る理由も分かる。私がもし逆の立場であれば、そんなポーションがあるはずがないと信じなかっただろうし、なにより娘の治癒を願うシダッオ様の前でそんな冗談をと決して許さないだろう。しかし、嘘だと思うような現実(ポーション)がいまここにはある。


「しかし、本当にそのような効果があるのであれば、ターナより先に使うべきものがこの街には多くいるはず」

「もちろんその者たちにも順次行き渡るよう商業ギルド内で手配しております。…今この街で必要な者すべてに投与したとしても充分賄える量があるのです」


通常、1本のポーションでは1名しか治すことはできない。

1本を半分ずつ飲むことも可能ではあるが、それでは効果はほとんど得られず、意味がなかった。しかしホヅミ氏が用意した容器に入れられたそれはほんの一口含むだけで効果を発するもので。


「それがポーション……?」

「ずいぶんと変わった入れ物だな」


興味深そうに私が取り出したホヅミ氏のポーションを見つめるジェノーイは職人ギルドに勤める前は武器を作る職人だったこともあり、全くものが違うとはいえ新たな素材や物に興味を惹かれたようだった。


「これは今までのポーションと違い、飲み干す必要がありません。現に、ターリヤの子はたった一口飲んだだけで治ったと当ギルドのイルザが鑑定済みです」

「なんと!?」

「治ったのか!!」

「ええ。それも、低級ポーションで」

「え!?低級!?」


シダッオ様やジェノーイだけでなく、そこまで詳しくは聞いていなかったらしいラマまで驚愕していることに、私も逆の立場なら驚き、決して信じなかっただろうと思わずにはいられなかった。


「ですからこの中級ポーションをターナ様に。必ず治せるという保証があるわけではありませんが、もしこれで治らなければ、これを用意した者なら他の治療法を知っているやもしれません」

「………ヤーラム、ターナをここに」

「っ……はい、かしこまりました」


カライガ家に仕える優秀な執事はこれまでの話の間も表情一つ変えず、声を発することなく存在感を消し、主の指示があった瞬間、初めてわずかに動揺を見せた。

その優秀さを商業ギルドに欲しいとこれまで何度思っただろう。しかし、ただ家柄が代々カライガ家に仕えているからという理由ではなく、心の底からシダッオ様を主として慕い、支えるため日々身を粉にして働くヤーラムはたとえいくら金を積まれたとしてもその職を離れる気はないだろう。

それがますます羨ましいと思うのは優秀ではあるが落ち着きはないイルザや、マイペースがすぎるルルンなど癖の強い部下をもった者としては仕方ないことで。

そしてそれから数分後、幼いターナ様の瞳に宿った光に、最愛の妻を失って以降、決して泣かず、弱音を吐かなかったシダッオ様の涙をこの目にすることとなったのだった。




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