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さて話は、ナツとイルザが商業ギルドを出てすぐのところまで遡る。
「ルルン、至急シダッオ様に手紙を。今晩中に謁見可能ならラマとジェノーイにも同席願いたい」
「はーい」
「ロヒシ」
「分かってる。ラマさんだって今日はさすがに飲みにいかないよ。そろそろ薬師のばあさまのところに行ってたサントスも帰ってきてるだろうし、俺はいったん冒険者ギルドに戻るよ」
2人の背中が見えなくなった途端、次々と指示を出すイフェルにギルド内が一気に慌ただしく動きだした。
「だれか、職業ギルドへ行ってジェノーイに予定を空けておくよう伝えてきてくれ」
「はい!行ってきます」
「頼んだ。おそらく私は明日からしばらく王都に行って留守となる。急を要する案件はフィール。頼む」
「はい」
「ギルド長、内容確認おねがいします」
「ああ。問題ない。ザン、これを届けてきてくれ」
「大至急行ってきます!」
ルルンが用意した手紙、それはこの街を治める領主、シダッオ・カライガ宛の手紙だった。
子爵であるカライガ家の現当主、シダッオは人族でまだ30歳を過ぎたばかりの若き領主であったが、街の者たちから慕われている、心優しき領主であった。
とはいえ、相手がどんなに穏やかな人柄で、親しかったとしても相手は貴族であり、いきなり屋敷を訪れて会える相手ではなく、今日中の謁見を願い出る手紙を急ぎ届け、その返事を待つしかなかった。
「ホヅミ氏が持ってきた低級ポーションを3本と中級ポーション2本、あとマジックバッグも3枚ほど一緒に持っていく」
「わかりました。ターリヤからポーション代の支払い相談と、残った分の買取り希望が出ていますがどうされますか?」
「すでに飲んだ分の料金は銀貨1枚と伝えてくれ。残った分は今どこに?」
「イルザが持って帰ってきましたので、他の分とともに保管してあります」
「ではしばらくは買取りは保留と伝えてくれ。ホヅミ氏がどれくらいのペースで納品できるのかもう少し話を詰めてからにしたい」
「わかりました」
イルザがターリヤ家から戻ってくる道中、走りながら書いたであろう簡単なメモには一口飲んだだけで病気が治ったことも書かれていて、ナツの言う通り、これまでのポーションとは違い飲み干す必要がなく、余った分も保管でき、減った分だけ効果が変わるということもないことは鑑定し確認済みだと記されていた。
「本当に普通のポーションと同じ値段でよろしいんですか?」
「とりあえず今はそれでいい。あとホヅミ氏への支払いだが、白金貨1枚をカードにいれておいてくれ」
「え、本人の希望と違いますけど、いいんですか?」
「かまわない。今日だけで彼女が齎した利益の半分にも満たない金額だ。が、本人が目立ちたくないという以上、これくらいが妥当だろう」
「普通は金額を上げてほしいって交渉するものなのに逆ですもんね。初めてみました、買取額を値切る人」
「私もだ」
苦笑いを浮かべる部下の言葉にイフェルは深いため息を零さずにはいられなかった。長い時を生き、その半分以上の時間をギルド職員として過ごしてきたイフェルすら出会ったことのない不思議な幼子。その子供が今日だけで齎した情報だけでも今後一生お金に困らず生きていけるほどだというのに、当の本人は目立ちたくないという理由だけで受け取り額を減らすよう望むというありえない状況に驚きを通り越して呆れてしまっていた。
「ところで、孤児院の子供たちの件ですが、どうしますか?」
「シスターの話ではチコリーが数日以内ではないかとのことですが…」
「分かっている。一応明日、低級と中級ポーションをもって誰か孤児院へ向かってくれ」
「今日じゃなくていいんですか?」
「ないとは思うが、ホヅミ氏が今日、あの隣の敷地を買い、そこに向かったとなると、今日中に解決するのではないかと思ってしまってな」
「あー………」
「たしかに」
「ナツちゃんならありそう」
幸いなことに今、この街で一刻を争うほどの重症な病人はそう多くはない。
この街では常に各ギルドや領主が重症者の情報を把握し、互いに共有するようになっており、上級ポーション等が手に入ったときは優先的に提供できるようになっていた。
その優先順位の1番にあったターリヤの子供は無事に治った。
そうなると次に上位にいるのは孤児院の子供たちで、少しでも早くポーションを届けるべきだと思う反面、それすら必要ないのではないかという予感がイフェルにはあった。
「当面、私が戻るまでは重症度の高い者から順に、ターリヤ家から持ち帰った分を販売するようにしてくれ。あの1本分あればしばらくは賄えるはずだ」
「わかりました」
領主に報告に行けばそのあと、おそらく数日間はギルドを空けることになる。それはイフェルだけでなく、その場にいた全員の認識だった。
低級ポーションの品質向上法。これだけでも今すぐ国に報告すべき案件であり、本来領主が至急王都に早馬を出すようなことであったが、そこにシブキハヤミの特効薬や、その鑑定キットの作成法まで加わるとなれば、王都に出向いて謁見し直接報告する必要があり、そこにギルド長としての同行が求められるのは確実だった。
と、そこにカライガ邸へ向かった職員が戻ってきた。
「ギルド長、領主様からのお返事です!!」
「ご苦労」
息を切らせて走ってきた職員を労いつつも、差し出された手紙を至急開封すればそこには一辰刻後、謁見可能との簡潔な返事がしたためられていた。
「至急、ラマとジェノーイにも時間を伝えてくれ」
「はい!」
「ルルン、私も王都へ向かう準備のため一度家に戻る。謁見時刻前にイルザが戻るようなことがあれば、私の自宅へ来るよう伝えてくれ」
「わかりましたー」
かつてない忙しさに追われながら、商業ギルド内は希望に満ち溢れていた。




