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前世では誰もいない静かな家に夜に帰るのはあまり好きではなかった。
大学進学を機に姉や兄が家を出て行き、祖父母が亡くなるまで誰かしら常に家にいる環境で育った所為か、成人してもずっと家の鍵を持ったことがなく、両親と3人だけの暮らしになって初めて持った家の鍵も、両親が旅行などで不在時以外はほとんど持ち歩くことのないものだった。
だから、たまに家に一人となると、その自由さが嬉しい反面、暗く寒い家に帰るというのは何となく怖くて、電気代が勿体ないと思いながらも玄関の電気をつけて出かけずにはいられなかった。
だから家を買い、新しく造り変えた時、カギはオートロックで私以外が触れても開かないようにしたし、扉を開けた瞬間、一つ一つ電気をつけていかなくても一瞬で家の中が明るくなるようにした。もちろん気温は冷暖房機器を使わなくても一年中私が過ごしやすいと感じる気温になるよう設定してあるから、暗くて寒い家で1人、部屋が暖まるまで凍えるなんて必要もない。
そんな便利な家に帰って、まず手洗いをしようとして、ふとそれも魔法ひとつですむことに気づいた。
本当はお風呂に入りたいところだけれど、さすがに今日はもう遅いし疲れたからと手だけでなく口の中なども含めた全身にクリーンをかけたついでに、料理に使った洗い物も一瞬で終わらせた。
魔法って本当に便利だな。
「さて、問題は明日の朝食だな」
朝が弱いわけではないが、せっかく作ったものを出来立ての状態で保存しておけるなら何も朝に急いで作らなくても今作ったほうがゆっくりメニューを考えられると思い、とりかかろうとしたのだが、問題は私の料理のレパートリーの少なさにあった。
もともと料理は年に数回。それもカレーやシチューしか作らない私が何も見ずに作れるものは極端に少ない。しかもこの世界に来てまだ一度も地球産以外の物を買っていない私はこの世界にどんな野菜や作物があるかも当然知らない。
それでもこれ以上ネットで買い続けたら出費がかさむだけだし、今私が持っている材料で作るとなると、使えそうなのはいろんな魔物の肉と孤児院で分けてもらったもち米だけだった。
「餅に肉をまくか…餅を肉ではさむか」
去年のをまだ捨てていなかったからと大量にもらってきたもち米は子供たち全員のお腹を満たしてもなお余りそうなほどの量があるし、肉もまだまだたくさんあるはずとスマホのリストを表示した私は。
「んん!?」
オーク丼を作った時よりも明らかに増えている量に思わず声を上げた。
「え!なんで?」
家と孤児院との往復の間に何かと戦った記憶も倒した記憶もなく、いや、ある意味イルザさんと戦い、キビくんの純粋さに負けたものの、それで肉の量が増えるはずもなく、なぜと考えて、ようやく浮かんだ可能性にすーっと血の気が引いていく気がした。
「もしかして、森の罠…解除し忘れてた?」
私の居た位置から半径300m以内と設定した例の罠はてっきり私がその場から離れた時点で無効になるものだと思い込んでいた。……というか、解除しなければ消えないなんて可能性自体考えもせずすっかり忘れていた。
けれどこの量の増え方は明らかにそうだろうと検索くんで調べたところ、案の定罠は発動したままとなっていた。
「やばい…解除解除」
肉だけじゃなく大量の魔石の数からいっても今日1日で天に召された魔物は1,000体以上といっても過言ではなく、異世界生活一日目にして行ってしまった大量殺生に私の地獄行きが確定したような気がした。
本当にあの森、どんだけ魔物が多いんだよ!
まさか次々と魔物が消えている領域に森にいた中間種や一部の好戦的な上位種たちがあえて挑んでいたことなど知らない私は、当然超優秀な罠が、それらの魔物すら一瞬で凍らせて電流を浴びせたことも知るはずもなく。
「これだけ肉があるなら肉巻きも肉を挟んだ餅も両方つくるか……」
現実逃避もかねた餅づくりにとりかかったのだった。
まず中古の激安炊飯器を購入し魔法で一瞬で美味しく炊ける炊飯器化し、一度に大量に炊けるよう中だけ容量を10倍化させたそれにもち米と水を投入しボタンをぽちっと押す。そうして次の瞬間には炊きあがったそれを取り出して本来は棒などでついて餅にするところを風魔法で回転させながらぼこぼこ叩けばあっという間に出来立てのお餅の完成である。
「やばい、今すぐ食べたい」
白く光る餅に食欲をそそられつつ、なんとか食べたい欲求を抑えて次は肉にとりかかる。
肉巻きのほうには焼き肉のたれで味付けした薄切りのオークの肉を巻き付けることにして、餅で挟むほうはオーク以外の肉で味付けも変えたいと思い、今私が持っている肉の中で適した肉を検索したところ、グアンナという地球で言う牛肉のような魔物の肉を塩コショウしてはどうかとおすすめされた。検索くんマジ万能。
あとは作ったお餅を丸くしてそれぞれ巻き付けたり、挟んだりすれば完成である。
野菜?それはちょっと知らない子ですね。
とはいえ、炭水化物やたんぱく質だけでは体によくないのは明白だし、さすがに明日は、誰かに街を案内してもらって野菜を買いに行こうと心に決め、出来上がった料理を念願の岡持ち(中古品で購入し容量無限化、時間停止機能等は付与済み)に入れる。
あとは日本人としてはお味噌汁があればいいと思うけど、検索くんで調べたところこの世界に存在はしているものの、この国ではほとんど知られていない味噌を子供たちに出すのは微妙だろうし、スープは即席以外ほとんど作ったことのない私には思い浮かばず、2品と水魔法で出した水を出すことに決めた。せめて魔法で作った氷も水にいれようかな。
「さて次は問題作りか」
文字と計算方法を覚えてもらうと決めた時、一番最初に思い浮かんだのは子供のおもちゃでよくある50音表だった。それもただの紙でできたものではなく、頭にアンコのつまったパンなキャラクターの書かれたような文字を押すと「あ」とか「い」とか音の鳴るおもちゃだった。
それを小さな子達向けに作ってはどうだろうとまず大量にある魔物の皮の中からA4サイズよりすこし大きいものを選び、長方形に採寸する。
そこに魔法でこの世界の文字を50音のように並べ文字を軽く押すだけで音が鳴るように作れば異世界版の文字表の完成である。
あとは音を押した本人と、押した本人が聞いてほしいと思った特定の相手にのみ聞こえるように設定すれば、いたずらっこが連打しても「ああああああああああああ」なんて孤児院に鳴り響くことはないだろう。
これをトイレや食堂の壁に貼ってもらえば…と思ったところで、それだとなかなか覚えられないかもしれないとせっかく皮も大量にあることだし、人数分作ることにした。
さくっと21枚作り、検索くんで調べた子供たちの名前を魔法で焼き付け、ついでにもし失くしたりしても本人のもとに必ず戻ってくるように設定し、耐久性もあげておく。
あとは元々文字表の必要のない子や、覚えられた子ように自動で辞書にアップグレードするように設定すればたぶんみんな使ってくれるんじゃないかと思うんだよね。
とはいえ、単語や文字に自信がない子が最初から辞書を引けるわけもないため、考えたのはアップグレードする際、サイズをA4からカードサイズに小さくなるようにし、それに知りたい単語を話しかければ絵付きで候補を表示してくれるというものにした。
え?なんで絵付きかって?
だって考えてほしい。たとえば日本語で言うと箸という漢字を知りたくて話しかけたのに橋を表示されたって困るし、分からないから調べているのに、間違ったまま覚えてしまっては元も子もないだろう。
だから「はし」と話かければいろんなはしが絵付きで出るようにしておけばそんな間違いもないんじゃないかと思うんだよね。
あとは読み方が分からない文や単語があったときはカードを翳すだけで音声解説してくれる機能もつけておく。
これでギルドとかの依頼書で分からない文字があっても翳した本人だけ聞こえるようにセットもしてあるため困ることはないだろう。
「あとは書き写したいときようにノートも用意しておくか」
この世界には紙もちゃんとあったからノートくらいならそんなに目立たないだろうとA4サイズの激安ノートを子供たちの人数分購入。
あとはこれにも名前を焼き付け、本人のみが使用でき、失くしても手元に必ず戻ってくるように迷子防止機能をつける。……これ、前世でできたら老眼鏡をすぐ失くす母に喜ばれただろうなぁ。
さらにページを使い切っても厚さが変わらないまま自動でページが増えていくように魔法をかければ永遠につかえる便利ノートの完成である。
ちなみに見たいページが分からなくなった時用に、一度閉じて開けば自動でそのページを開いてくれる機能もつけておいた。
さて、問題はこのノートに何で書き込むかということなんだけど…ギルドで登録したときに渡されたのは当然ぺン先にいちいちインクにつけて書くタイプのペンだったし、この世界にインクを内蔵するタイプのボールペンのようなものや、シャーペンなどがあるとは思えない。
案の定検索くんで調べればえんぴつすらないという結果に、ですよねーと思いながら思い浮かべたのはイルザさんの凄みのある笑顔で。
またきっと色々言われるだろなぁと思いながらそれでも安価な鉛筆とけしごむを大量購入したのはやっぱり書いても消せるという便利さを手放せないからだった。
せめて詰め寄られたときにすぐに差し出せるよう、この国で代用品を作ろうと思ったときに必要な材料と、その作成法を検索くんで調べて印刷しておく。
……これでどうにか許してくれないかな。
「問題は計算方法の教え方だよね……」
1+1=2。
知識としては知っているし、覚えているけれど、それを記憶にインプットしたのが遥か昔すぎて、正直どうやって覚えたのか、どうやって教えてもらったのかまったく覚えていなかった。
掛け算にしても九九を順番に口頭で答えるテストがあったことは辛うじて覚えていても、そのテストのためにどうやって覚えたかなどまったく記憶になかった。
だからこそ、さてどうやって覚えてもらおうかとしばらく考えて、けれどいい案は思い浮かばず、とりあえず足し算、引き算、掛け算、割り算のそれぞれを一番覚えやすい日本のドリルを検索くんで検索し、購入。
それを魔法で1冊にし、問題が読めない子ように自動音読機能を付ける。
もちろん読み上げられた問題はそれを選らんだ子にしか聞こえないように設定し、答えをドリルに書き込めば自動で採点してくれる機能もつけ、間違えた場合には懇切丁寧に優しく教えてくれる機能もつけておく。
これを人数分複製魔法で作成し、またそれぞれの名前をつけて…と一連の魔法をかけて、最後にそれぞれのレベルに合わせたページを自動で選択してくれるようにすれば完成だろう。
「とりあえずこれであとは本人たちのやる気にかけるということで…」
勉強するしないはあくまで本人の自由だと思うし、やりたくないものを強制するつもりはまったくない。そもそも一番最年少でまだ1歳だという子供の分まで用意したのだ。全員が使ってくれるなんて思っていない。
けれど少しでも彼らの未来の役に立てればと思うのは、当たり前のように教育を受けてきた者のエゴなのかもしれないけど。
「さーて!そろそろ寝ますか」
作ったものをすべてバッグにしまって、安価で購入し、安眠できるよう魔法をかけたベッドに横になり、ようやく私の異世界生活1日目が終わったのだった。




