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ご飯は1人で食べるより、誰かと食べたほうが美味しい。
そんな話を物語の中ではよく目にしたけれど、私が実感したことは今まで一度もなかった。
生まれた時から上に姉と兄がいて、さらに祖父母も一緒に暮らしていたため大人になるまで食事を一人で食べるという経験をほとんどしたことがなく、むしろ1人で食べるほうが好き嫌いに口を出してくる相手がいない分楽なのにと思うほどだった。
だから私には誰かと食べる食事のほうが良いなんて経験はないし、1人じゃないことの有難みを感じたことも1度もない。
それでも。
「おいしい!」
「こんなの初めて食べた!」
「こっちのふわふわなのもおいしいよ!」
「あのね、あのね!さっきたべたにくもすごくおいしかったんだよ!」
「ちゃんと、みんなの分も残してあるから明日出してやるよ」
「これ、本当に私たちも作れるの?」
「ああ!頑張って作っていっぱい売ろうぜ」
試食用に出したはしまきとわたあめを囲んで楽しそうに話す子供たちが、先ほどのオーク丼よりさらにおいしそうに食べているのは、物珍しさや味そのものよりも、やっぱりみんなで食べられたことが大きな要因じゃないかなんて思うんだよね。
「ナツさんこれいくらで出すつもりですか?」
「こっちのはしまきが銅貨5枚でわたあめが銅貨2枚です」
「安すぎます。どんなに売れても赤字じゃ意味ないですよ」
「アタシももう少し高くても売れると思うわ」
そんな子供たちをしり目に、初めて見るそれを初めて食して数秒間固まっていた大人達は味への感想もそこそこにすぐに3日後の市の話へと移った。
「薄利ではありますが、赤字にはならない値段設定にはしています。それにお金のやり取りも子供たちにお願いしたいので、あまり計算しづらい値段にはしないほうが良いと思うんです」
「お金をこの子たちに?」
「ナツさんそれはちょっと…そういった人手が足りないようでしたらギルドで信頼できる人を紹介することもできますよ?」
「でもそれだと結局、人件費がかかりますよね?そこで提案なんですが、市までの間に子供たちに勉強してもらって計算を覚えてもらおうと思うんです」
前もってキヌアくんに確認したところ、買物に行く際はほとんどムギさんがいるため、子供たちがお金のやり取りをすることはほとんどなく、キヌアくんなど年長組は何度か子供だけで買物に行ったことがあるものの、お金を差し出せばあとは店の人が計算してくれるため、あまり細かい計算には自信がないとのことだった。
でも考えてみて欲しい。この街は確かに優しい人が多いから大丈夫なのかもしれないけれど、悪い奴は必ずどこの世界にでもいるもので、相手が分からないことをいいことにお釣りをちょろまかす奴だっているだろうし、値段を吹っかけてきたり、詐欺のような手口を仕掛けてくる奴がいないとも限らない。
そんなときのためにも計算を覚えて損はないと思うのだ。
「勉強?この子たちが?」
「え、ナツさんが教えるってことですか?」
「それでもいいですけど、時間もないので、とりあえず明日の朝までに簡単な問題集を用意しておくのでそれを使っての自習が主になると思います。その上で分からないところは私が教えるつもりです。もちろん向き不向きはあると思うので強制はしませんが、できれば休憩用の交代要員も考えて3人くらいは欲しいですね」
やる気のない子に覚えろってどれだけ強制したところで身につかないことくらい私でもわかる。だから本当は年長組の中でも得意そうな子に絞って覚えてもらったほうが効率がいいとは思うんだけど、でも計算と文字くらいは覚えておいても損はないと思うし、苦手っていうだけならたとえ市までには覚えきれなくても、時間をかければそのうち覚えられると思うのだ。
「あと、字の読み書きってどれくらいの子ができますか?」
「簡単な単語ならいくつか読める子もいると思うけど、…正直、書くとなるとアタシもそんなに自信ないわ」
「識字率自体それほど高くないんですよ。私もギルドに入ってから必死に覚えました」
貴族向け以外の学校がないのはなんとなく予想していたけど、当たり前に教育を受けられる前世を過ごしてきた身としては大人も読み書きができないというのは慣れない感覚で、どれくらい自分が恵まれていた環境で育ったのかを身に染みて感じる。
「とりあえず今日はもう遅いので、みんなには明日話しますね。あ、でももし子供たちにも毎日やらなきゃいけない日課とか仕事があるようならそちらを優先してください」
「大丈夫よ。1日分くらいの畑仕事なら手分けすればすぐに終わらせられるし、なにより、みんなやる気だもの」
優しい瞳で盛り上がる子供たちを見つめるムギさんに、ここの子供たちがムギさんを慕う理由がわかる気がした。
「私も明日も来ますから、それまで始めないで待っててくださいね」
「いや、イルザさんはギルドの仕事があるじゃないですか」
「大丈夫です。今日のうちにギルド長には報告しておくので。絶対来ますから」
「……まぁ、イルザさんが良いならいいですけど」
とりあえず明日からの準備を行うため、私はみんなに笑顔で見送られ、一人家へと戻ったのだった。
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(イルザ視点)
今日はもう遅いからと家に帰っていったナツさんをみんなで見送ったあと、ムギさんが興奮冷めやらぬ様子ではしゃぐ子供たちにも明日に備えて今日はもう眠るよう伝えた。
「えー!!」
「まだいいでしょーシスター!」
「ぜんぜんねむくないよ!」
普段であればもう眠っていてもおかしくない時間にこれほど元気に騒げるのはもちろん久しぶりにおなかいっぱい食べられたということもあるとは思うけれど、なにより、病気や怪我で苦しんでいた子供たちが元気になったという喜びが大きいのだろう。
「ダメよ。明日から忙しくなるもの」
「ナツさんがみんなに色々覚えてもらいたいことがあるんだって」
市までの間に勉強してもらって計算を覚えてもらおうと思うんです。
そう何の気負いもなく口にしていたナツさんはおそらく、文字の読み書きだけでなく、計算も何の問題もなくできるのだろう。
貴族以外の子供が学ぶ場所などなく、勉強という言葉などほとんど聞いたことも口にしたこともなく、ほとんどが必要にかられた時に必死になって覚えるそれらを7歳ですでに可能にしているナツさんはやはり特別な事情の持ち主なのだろう。
そもそもこの国では家名を持たないもののほうが圧倒的に多く、姓を持つのは大抵貴族やそれに準ずる者がほとんどだった。
もちろん、国によってはそうでないところもあると聞いたことはあるし、出身地が不詳となっていたナツさんがこの国の生まれでないことはなんとなく予想できているけれど、それでもその圧倒的な知識量と教養にナツさんに対する謎は深まるばかりだった。
ただ。
「おぼえることって?」
「なぁーに?」
「みんなに市で売ってもらうために計算を覚えてほしいんですって」
「え?それってナツちゃんが教えてくれるってこと?」
「計算できるようになるの!?」
「ほんとに?わたしにもおしえてくれる?」
「ぼくでもおぼえられるかな?シスター!」
まったく警戒する気が起きないのはナツさんのびっくりするようなお人よし具合の所為だろう。
教えてもらえると聞いただけで目を輝かせる子供たちを見たらきっとナツさんは大げさだと無表情に、けれど柔らかな声音で呟くのだ。そんな大したことじゃないのにと。
自分が与えるものの価値をナツさんは全く評価しようとしない。
「ええ。だからそのためにも今日はもう休みましょう」
「はーい!」
「あ、寝るところどうする?」
「そっか、もうチコリーたちと一緒の部屋で眠れるんだもんね!」
「場所決めしようぜ!」
「ん?なあにキビ?」
「チコ、いっしょにねてもいい?」
「………うん。もちろん」
みんなが大きな声で笑いあえる日がくるなんて、みんなで満面の笑みを浮かべられる日がくるなんて、一体だれが予想できただろう。
「ムギさん、私も今日は帰ります。ギルドなどには私のほうから報告しておきますので」
「ありがとう、イルザ。……本当に、心の底から感謝してるわ」
「いえ、私は何も。すべてはナツさんの力ですから」
たった1日で子供たちの未来を大きく変えた小さな少女を思って自然と笑みが浮かんだのだった。




