15
対等に交渉しようと思ったらまず何が必要か。
一番はやっぱりその条件だろう。
私が当分の食料を提供する代わりに望むのは3日後の市で店を出すための労働力だ。
初期投資といって今日だけですでに500万円近いお金を使ってしまったため、貯金大好き、お金儲け大好きな私としてはしばらくは稼ぐことに力を入れるつもりで、3日後に市が開かれると聞いた時から何を売ろうかずっと考えていた。
一番いいのはもちろん食べ物だろうけど、そうなると一人で店を切り盛りするのは大変だし、アイテムバッグ等の雑貨にしようかとも考えていたのだが、もし一緒に働いてくれる人がいるなら話は別で。
「つまり貴方が用意する食べ物をこの子たちに売ってほしいと?」
「ええ。できれば大きい子たちには作る方も手伝ってもらえると助かります」
案内された孤児院の食堂のような部屋で話を聞こうとしたおネエさんことムギさんの許可を得て私がまず差し出したのは部屋の入り口からこっそりこちらをのぞいていた子供たちへの賄賂だった。
キビくんにその味を聞いていたらしい彼らはその匂いに我慢できない様子であったが、ちゃんとムギさんがいいわよ、頂きなさいと答えるまで中に入らず遠巻きにしていたところを見ると、前世でみた躾のなっていないクソガキどもよりよほどお利口さんなようで。
しかしざっと見ても十数人しかいないその子供たちにふむっと思いながら交渉に入った。
「貴方の話はこちらからしたら正直とてもありがたい話よ。けれどだからこそ、分からないの」
「ムギさん」
「いいんですよ、イルザさん」
ムギさんが警戒するのは当然のことだ。
この孤児院に身を置き、子供たちを守る唯一の大人として、いい話に簡単に食いつく方が心配になるし、警戒して当然だろう。だから咎めるようにさえぎるイルザさんに大丈夫ですよと小さく首を横にふる。
「この話の前提として、私は無償で人を助けるような聖人君子ではないというのはわかってください。食べ物を売って得たお金の9割は私がもらいます。残り1割と市の次の日の朝ごはんまでの計7食が私が皆さんに払う報酬です」
ちなみに今日のオーク丼はこれからお隣さんになるのでよろしくね。という挨拶である。
「つまりそれだけを支払ってもなお余りあるほどの利益を得られる算段があるということ?」
「ええ。実際に今から作りますので、少し調理場をお借りしてもいいですか?」
「キヌア、案内してあげなさい」
ムギさんが指名したのはオーク丼を食べていた子供たちの中でもお兄さんな犬の半獣さんだった。
***********************
(ムギ視点)
「イルザ、あの子一体何者なの」
キヌアと調理場に向かった子供を見送って声をかけたのは先ほどからずっと黙って状況を見守っていたイルザだった。
「今日この街に突然現れた子です。出身地不明。身寄りがないのは確かなようで、本日付けで冒険者ギルドと商業ギルドにそれぞれ登録しました」
「あの子、7歳以上ってこと!?」
子供を見慣れているアタシですらどう見ても5歳以下にしか見えないあの子がそんなと思う反面、確かにあの話し方は5歳とは思えないほど達者で。まあもちろん7歳でも充分に異常なのだけれど。
「ん?」
「シスターこれおいしいよ」
「シスターの分もあるんだ!たべよう」
驚いていた私の袖を誰かに引かれて振り返ると、そこにはすでに自分の分を食べ終えたらしい愛しい子供たちがいて。
「チコリーたちも食べれたらいいのに」
「シスター、これチコリー達が元気になるまでとっておいていい?」
ナツと名乗った子供が用意してくれた不思議なソースのかかったオークの肉とゴハン呼んでいた白いそれはまだたくさん残っていて。一杯ずつしか食べていないそれを、本当はみんなまだまだ食べたいはずなのに、ここにはいない他の子供たちやまだ食べていないアタシのためにと誰もそれ以上食べようとはせずに残していた。
「ありがとう。アタシも後でもらうわね。チコ達にも少し持っていってみましょう」
よほど美味しかったのだろう。だからこそみんなで味わいたいと喜ぶ子供達を愛しく思いながらもここには居ない他の子供たちのことを考えると胸が痛んだ。
確かに目の前の食事はおいしそうだし、久しぶりに見る大きな肉は見ただけでも元気になるだろう。けれどこの場にいない子供の中でこれを食べられるような子が一体何人いるだろうか。
病気で臥せっている子たちだけでなく、食堂には出てこられないほど大きな怪我を負っている子もいて、明日の命とまではいかなくても、いずれまた見送ることになるだろう小さな命を前にアタシは無力でしかなかった。街に住む薬師のばば様も手を尽くしてくれてはいるものの、状態は日々悪化する子ばかりで。
「ムギさん、その件ですがもしかしたら治る子もいるかもしれません」
「なんですって?」
子供たちの状況はこの街の大人なら誰でもある程度理解していて、だから薬代がなくて買えないなんてことは今まで一度だってなかった。それでも治せる薬自体がないのが現状で、それを知らないはずのないイルザの言葉に訝しげに聞いたアタシに。
「ナツさんはこの国一番……いえ、世界一の薬師です」
「イルザ、あんた正気?」
あんな幼い子供が薬師というだけでも驚きだというのに、それが世界一優秀などと、ギルドで働かされすぎておかしくなったのだろうかと疑いの目を向けずにはいられなかった。
「ムギさんの気持ちはわかります。ただ詳しくは話せませんがナツさんの知識と力は本物です。そのうえ、こちらが心配になるほどのお人好しで……うちのギルド長がここの隣の敷地を譲渡したほどです」
「イフェルが?」
この孤児院の隣にある広大な敷地は沼地ゆえになかなか買い手が現れなかったというのももちろんあったが、実は過去に何度か買いたいと商業ギルドを訪れた者もいたらしい。ただそのほとんどは街の外の者で、新たに商売を始めたい等の理由で面積の割りに格安な土地を欲しいと願い出る者がほとんどだった。にもかかわらずそのたびに様々な理由で商業ギルドが売らずにいたのは、その土地の隣がこの孤児院だからだ。
万が一、孤児院に手を出すような可能性のある者や粗忽者に売るわけにはいかないと、素性はもちろん、素行などイフェルが認めた相手にしか売らないというのがこの街全体の共通認識だった。
そのイフェルが認めた相手。
「ほんとうに、あの子たちが治るっていうの?」
もともとこの孤児院出身で15歳の成人を機に冒険者として独り立ちし、5年後、世話になった院長が病気で亡くなったと聞いて戻ってきて以来十数年、何人もの幼い命を見送った。
中には7歳をすぎて冒険者となり、仕事中に負った傷を軽い怪我だと隠していて悪化させ亡くなった子もいたけれど、圧倒的に多かったのは病気で亡くなる子供たちで。
それがつらいと辞めていった同僚を無責任だと責められないほど、ここでは死は身近なものだった。
小さな、小さな身体を埋めるために何度土を堀っただろう。
元気に笑っていた子供の、つい先ほどまで温かった亡骸を何度抱きしめて泣いたただろう。
居なくなった仲間を心配する子供たちに、怪我の治療のため、元気になるため他の街に行ったのだと、そう何度嘘をついただろう。
そのどれもが、つらくて、無力な自分を恨んで、憎んで。
それでもここを去ることができないのは愛しい子供たちがいるからだ。
「本当はもう少しナツさんの信頼を得てからここの状況を説明し頼むつもりでした。でも、キビをきっかけにナツさんが今日、ここに足を運んだ。これも何かの縁なのかもしれません……ナツさんはきっと事情を説明すれば力を貸してくれるはずです」
ここには、アタシには、あの子たちの命の代価となるようなものはなにもない。
この命を差し出してあの子たちを助けてくれるならこんな命いくらでもくれてやるけれど、現実はそんな甘くないし簡単じゃない。それでも。
「それでアタシは何をしたらいいの?」
あの子たちが笑って明日を迎えるためならアタシは、たとえ幼い子供に魂を売ることだって厭わないのだ。




