13
さて、異世界転生や転移小説のあるあるといえば、話の序盤に魔物に襲われていた現地民を助けて仲良くなるとか、逆に襲われていたところを助けられて知り合うというものではないだろうか。
だから私もいつかはそういうことがあって、そこからの縁で仲良くなる人たちがいるかもしれないと思っていたのだが。まさか
「それであまりにいい匂いがしたからなにかと思って見に来たと?」
イルザさんの問いに、こくこくと頷く小さな頭。
幼い私と同じくらい小さなその子供は、さきほどイルザさんを起こそうとして振り返った私が見た、窓に張り付いていた張本人。
キビと名乗ったその子は、こっそり鑑定したところモモンガの獣人で、お隣の孤児院の子供らしい。
窓越しに目が合った瞬間、悲鳴すら上げられないほど驚いた私と、逃げる様子もなく首を傾げ、窓に張り付いたままだったキビがたっぷり10秒は見つめあったかというころ、タイミングよくゆっくりと目を覚ましたイルザさんは、若干寝ぼけたような表情で辺りを見渡した後、見つめあったまま固まった私たちを見て。
「すみません、どういう状況でしょうか?」
混乱した様子のイルザさんに、どこから説明したものかなと思いつつも同時に、ごめんね、イルザさんそれは私も聞きたいことだよと思う。
その後とりあえずキビのことを知っていたイルザさんの紹介で招き入れられたキビは、ところでここはどこですかというイルザさんの問いをかき消すように、ぐうっとお腹の虫を鳴かせてしまい。
「とりあえずご飯にしましょうか」
私は急遽もう一人分のオーク丼を作ることとなったのだった。
その間に先にキビから事情を聴くことにしたらしいイルザさんとの会話の結果、キビはお隣にある孤児院にすむ子で、オークを焼く匂いとタレの匂いにつられてやってきて、見慣れない建物の中をのぞいていたらしいと判明した。
新築以上の気密性を意識して家を直したつもりだったけど、さすが獣人。嗅覚が半端ない。しかもモモンガってたしか夜行性だもんね。
そうして作り終えた3人分をもともとこの家にあった4人掛けテーブルの上に並べ、スマホで購入した木でできたスプーンを添え、同じく買った木でできたマグカップにコーンスープの素を入れ、魔法で出したお湯を注いだものを置く。
「これ、ナツさんが作ったんですか!?」
「はい。簡単なもので申し訳ないですけど」
野菜?だから一日くらい食べなくても死なないってば。
「これ食べていいの?」
「どうぞ?ここに座って?手だけちょっとかしてね」
椅子に座る前にキビがされるがままなのをいいことに手を取ってクリーンをかける。
…ごめんね、感じ悪いかもしれないけどでもせっかくのご飯は綺麗な状態で食べたほうが美味しいと思うんだ。
「?いまの?」
「ナツさんクリーンも使えるんですか?」
手だけでなく、ごわっとしていた毛並みが艶を取り戻し、その平べったい尻尾がもふもふ感を取り戻したことに自分の手を見ながらくりっとした目をぱちぱちして驚くキビの横で、驚き疲れたのか、いい加減慣れたのかイルザさんがどこか呆れたような表情でつぶやく。
「まあいいじゃないですか。とりあえず食べましょう」
キビの手を引いて椅子に案内し座ってもらい、イルザさんにその隣の椅子を示して自分はキビの向かいに座った。
そうしてようやく、異世界生活2回目の食事ができると思ったのだけれど。
「キビ?」
「……嫌いなものだった?」
遠慮しながらそれでも匂いに我慢できなかったのかすぐに食べようとしたイルザさんとは違い、いつまでたっても動かないキビに、匂いにつられてきただけで実は好みじゃなかったのだろうかと問いかけても、ふるふると無言で首を横に振られるだけで。
「えーっと……」
「……………」
「キビ、貴方の言いたいことはなんとなくわかるわ。でもそれは違うでしょう?
ナツさんがせっかく用意してくれたんだから自分が幸運だと思って頂きなさい」
イルザさんの厳しく、けれど優しく諭すような、声音にふむ。と考える。
これは嫌いなものを出されたか見慣れないご飯とタレに警戒しているというよりは。
「イルザさん、お隣さんって何人家族ですか?」
「はい?………ナツさん、それは」
私の質問の意図が分かったのだろう。それでも施しとも取られかねないそれを、しかも今後もと期待されかねないそれを与えるようなことはすべきではないとイルザさんの瞳が語っていた。
それはわかる。
先ほどまでのキビの状態を見れば、決してお隣の孤児院が裕福ではないことは明白で。
ここで私が善意で彼らに食事を差し出したところで、この先続けられるはずのないその善意はむしろ残酷なことだと言うのももっともだろう。
でもね、イルザさん。私は思うんだよ。
「大人が飢えるのは大半は本人に非があると思うんです」
働けないとか、お金がないとか、前世でもよく耳にしたけれど、そんなの特殊な例を除けば結局は本人の問題で、やれ世の中が悪いとか、時代が悪いとか、現代の日本では通じない言い訳だと思うんだよね。でも。
「けど、子供は違う。子供が飢えるのは大人の所為です」
子供は親を選べない。子供は生きる場を選べない。
それは幼ければ幼いほど当然の摂理で、けれどだからこそ決して看過してはいけないことだと思うのだ。それに。
「大丈夫、ちゃんと食べた分働いてもらいますから」
ただほど怖いものはない。
ならちゃんと報酬として、働いてもらうための前払いなら施しにはならないだろうと考える私はやっぱりたぶん偽善者なのだ。
「そのためにまず食べちゃいましょう。キビくん、大丈夫。それはきみの分だし、まだお肉は残ってますから。それを食べてからお隣を案内してください」
オークの肉だけじゃなく、正直10人以上で食べても数か月分はあるであろう大量の肉が保管されているリストを思い浮かべながらオーク丼を食べ始めた私は、まさかこの後訪れることになる孤児院で
「それで、あなたは食事の対価にこの子らに何をさせようっていうのかしら?」
この街最強のおにシスターと出会うことになることをこの時はまだ知る由もなかった。




