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私という人間は本当にうっかりが過ぎる。
種族間差別がほとんどないと知った時点で、つい見た目に関する差別などはないと思い込んでしまい、まさか髪色や目の色で魔力が分かるなんていう異世界あるあるを見落としていた。
「じゃ、この国には黒い瞳と黒髪の持ち主はいないってことですか?」
「どちらか一方だけであれば数人はいると思いますが、少なくても私は一度もお目にかかったことはないですね」
まじか。
「じゃ、これ隠したほうがいいですよね?」
「え!?」
「え?」
あれだけ色々やっておきながら目立ちたくないとせっかく呪いのミサンガまで用意したのに、この見た目では即バレてしまうだろうと思い、聞いた私にイルザさんは予想以上に大きく驚いていて。
「あ、いえすみません。普通、黒髪や黒い瞳をもつ人はそれを誇るものなので…灰色や濃い茶色ですら一種のステータスなんですよ?」
「知りませんでした……私が前にいたところではどちらも当たり前だったので」
でも確かに言われてみればこれも異世界テンプレの一つではあるかもしれない。
黒が最強?俺TUEEEEEEEEE!!!!ヒャッハー!みたいな。
「その方たちはいまどちらに…?」
「え!?あ……うーん……元気だと思います。ただ2度と会えない、遠くにいるので」
イルザさんの問いに、当たり前に前世の話をしてしまったことに気づいて慌てて答える。そうだよね。本当に黒髪黒目集団が存在していたらとっくに噂になって世界中に知られててもおかしくないのに、一体どこにいるんだよ!?ってなるよね。
それにしても嘘をつけないって本当に不便だな。
「……っ!それは」
「あ、いやそんな深刻な理由じゃないんですよ、ほんと。ただ……色々あって」
私の言い方が悪かったのだろう、悲痛に歪むイルザさんの顔に慌ててそんな悲しい事情などないのだと説明しようとするも、まさか刺されて一度死んで転生したのでもう会えませんなんて言うわけにもいかず。というか充分悲しい事情だったなこれ。
「そ、そういえばさっきから誰とも一切すれ違いませんけど、いつもこんなに静かなんですか?」
これ以上色々聞かれてもうまく答えられる気がせず、話題を変えようとさきほどからずっと気になっていたことを問いかけた。
この街に入ってからずっと門番さんやギルドの職員さん以外とは誰ともすれ違わないのが不思議でならなかったんだよね。
大通りを通ってないからといわれればそれまでだけど、こんな街中で一人も会わないというのは違和感で。
「ああ、それは3日後に街の西側にある広場で大きな市が行われるからだと思います」
「いち?」
「ええ、この街では月に一度、大きな市が開かれ、その日だけは誰でも希望すればお店をだせるんですが、その準備のため遠くの街まで買い付けに行っている方や家で売りものを作っている方が多いので、市の前はいつも人気が少ないんですよ」
「へえ……」
面白そうだとなんとなくわくわくしてしまう私は、前世でもフリーマーケットとかバザーが好きなタイプの人間でした。まあ、ほとんど見るだけで買わないんだけどね。
それにしてもそのおかげで今まで運よく誰ともすれ違わなかったとはいえ、これ以上誰かに見られる前に早めにこの髪と目を隠したほうがいいよねと思い、変えたい色を思い浮かべてパチンと指を鳴らす。
いや、本当は思うだけで魔力発動できるんだけどね。気分の問題だよ。
「ナツさん……!?」
「髪と目の色、変えてみたんですけど、どうですか?」
ミルクティーのような淡い茶色い髪に、灰白色の瞳。
どちらも薄いとはいえ茶色も灰色も本当はあまりよくないんだろうけど、純日本人顔な私にはピンクとか青は似合わないだろうし、これが目立たなくてすむギリギリのラインくらいじゃないかと思うんだけど
「これくらいの濃さなら目立たずにすみますかね?」
「…………………………………」
「イルザさん?」
「はっ!そ、そうですね…!それくらいの濃さならそれほど目立ちはしないと思います」
「よかった」
反応のないイルザさんにこの色でもダメだっただろうかと、一瞬ショッキングピンクヘアーの自分を思い浮かべてしまったが、どうやらこれくらいであればこの世界でもそれほど目立たずにすむらしい。
ちなみに変えたのは色そのものではなく、見え方というのが正しく、私が発動させた魔法は誰が見てもその色に見えるというだけのものだった。別に本当に色を変えてもよかったのだけれど、前世ですら面倒で一度も髪を染めなかった私が異世界にきて黒髪黒目を変えるというのもなんだかな…という謎のこだわりの結果である。
ちなみに見方を変えただけなので嘘の制約にはひっかからないらしい。ほんと抜け道の多い制約だなこれ。
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ナツさんがまさか魔力と色の関係を知らないとは思わず、その上、同じ色を有している人たちに囲まれていたと聞いて、これ以上ないほど驚いていたのに、まさかそれが二度と会えない人達だなんて思いもせず、何も考えずに聞いてしまった私にそれでもナツさんは気遣うようにすぐに話題を変えた。
自分よりもずっと幼く、そのうえ、そんな悲しい身の上の子に気を使わせてしまったことに不甲斐なさを感じていた私はまさか
「これくらいの濃さなら目立たずにすみますかね?」
「………………………………」
「イルザさん?」
ぱちんと小さく指のなる音が聞こえた途端、隣を歩いていた小さな頭がその色を変えるなんて思ってもみず。
無詠唱
魔術師の中には使える者がいると聞いたことはあったものの、まさかそれを自分が見ることになるなんて思いもしなくて。
無表情のまま首をかしげるナツさんに慌ててそれほど目立つ色ではなくなったことを伝えながら、やっぱりナツさんはすごい子なのだと再認識したのだった。
それからさらに15分ほど歩いてようやくたどり着いたそこは。
「ここですか?」
「はい…………」
ただでさえ普段から泥状のそこは昨日の夜に雨が降っていたこともあり、一面に水溜まりができ、土も見えないほどになっていた。
その光景に驚いているであろうナツさんに、内心謝罪せずにはいられなかったが。
「こんな大きい敷地、本当にもらってもいいんですか?」
「え?」
まさか驚いていたのがその土地の状態ではなく、大きさだとは思いもせず。
「も、もちろんです。もともとこの土地は何も建っていない分、それほど売値も高いものではないので……ただ、本当にここでいいんですか?」
「そうなんですね。商業ギルト側さえ問題ないなら私はここがいいです。広さも申し分ないですし、もともと建物は自分で用意するつもりだったので」
「でもこの状態ですよ……?」
街の中心部からは離れているとはいえ、それでも本来であればそこそこ一等地であるこの土地が長年利用されずに放置されていたのはその土地質にあった。
沼地のような状態のそこは、到底建物を建てられるような状態ではなく、ここよりは多少ましだとなんとか隣に建てられた孤児院も時が経つにつれ所々床が沈んだり、異臭がしたりと酷い状態だった。
だからナツさんが契約する際も本当にこんな土地を紹介してもいいのかとギルド長に視線で問いかけたものの、渡された契約書が実際に土地を視察して気に入らなければ破棄可能なものであったため、何も伝えずに案内したのだが。
「あーまぁ、確かにこの状態だと家は建てられそうにないですよね。でも大丈夫です」
そういってパンッと両手を合わせたナツさんのその手が次にバッと地面にたたいた瞬間
「え?」
「おーなかなかいい具合になりましたね」
一瞬まぶしい光に目を瞑ってしまった私が、次に目を開いた時そこには、手前3分の1程が岩盤状態となり、真ん中辺りには畑のような耕された土が見え、そのさらに奥には、大きな湖が存在していて。
「案内ありがとうございました。あとは…………イルザさん?」
あまりの非現実的な光景に、立ち上がり振り返ったナツさんの言葉が耳に届く前に私の意識は暗転したのだった。




