初投稿になります。よろしくお願いします。
死んだと思ったら、気づいたら役所にいた。
何を言っているかわからないだろうが、安心してほしい私もだ。
真っ白いワンピースだけを身にまとい、持っているのは29と書かれた番号札だけ。
数年前に親に強制的に連れていかれた選挙の期日前投票時以来のそれっぽい施設の待合室で28と表示された大きなテレビサイズの電光掲示板を見上げた私の視界の端に映る時計。それが指している14:29という中途半端な時間に、そういえばついさっきそんなような時間に刺されたんだったなと、冷静に思い出した。
「この泥棒猫が!!!」
仕事先の病院でロビーを横切っていた最中、突然聞こえてきた叫び声に振り返る暇もないまま首に感じた痛み。
いくつもの悲鳴と、視界すべてが赤く染まる中、あ、これ死ぬやつだ。と冷静に思ったのが多分最後の記憶で。どれくらいの痛みだったかを覚えていないのは脳が思い出すことを拒否したからか、私の語彙があまりに少ないから表現する言葉を見つけられないだけかはわからないけれど、とりあえず痛みに弱い私としては覚えていなかったことに安堵するしかなかった。
ただ覚えていないといえば、それは犯人の顔も同じことで。
せめてどこの誰だかくらいは思い出せる程度に顔を見てやりたかったと思うのは、こうして死後の世界があるなら呪うチャンスがあるかもしれないと思うからだ。倍返し?そんなかわいいもので済ませると思うなよ。
ピーコーン
軽快な音が鳴り電光掲示板に視線を戻せば“お待たせいたしました。29番の番号札の方、5番窓口までお進みください”と表示されていて。視線を窓口に向ければ、そこには数名の白い背中と一人だけ立ってこちらを見ているスーツ姿の男性の姿があった。
どうやら呼ばれたらしいと立ちあがった私は左右を白い壁で仕切られた5番と書かれた窓口へと向かう。
「29番さん…えー、八月朔日なつさんでお間違いないですか?」
「え、あぁ…はい」
「どうぞおかけください」
タブレットを見ながら初対面にも関わらず名前を言い当てる職員にさすがあの世と感心しつつ、なによりあの世もデジタル化していることに一番驚きながら促されるまま椅子に腰かけた私は。
「それでは改めまして。………ゴホンッ!ようこそ、死役所へ」
「……………は?」
「ここは天国にも地獄にも行けない中途半端な人間が立ち寄る死後の役所。死役所です。あ、わたくし八月朔日さんの担当をいたします、山田谷と申します。短い付き合いではございますが、どうぞ良しなに」
これ、名刺です。と渡されたそれをぽかんと見るしかなかった私の反応は、ここに来ることとなった人間の半数がするそれだと知る由もなく。ちなみにもう半分は怒って大声を出したり、名刺を破り捨てたり、攻撃的な反応が多いらしいことも私が知ることはない。
「まずは八月朔日さんの最期から説明させていただきます。八月朔日なつさん、享年30歳1ヵ月。死因は勤務先の病院にて頸動脈を切られたことによる出血性ショック。貴方が倒れた後、すぐに救急室に運ばれましたが、お亡くなりになられました」
「………犯人は?」
「外科の田所先生ご存知ですよね?彼の奥様です。とはいえ夫婦生活はずいぶん前に破綻していたそうで、浮気相手が事務員だと知り、夫の愛もお金もすべてを奪われた妻が刃物を手に乗り込んできて、貴方はいまここです」
「はぁ!?私が浮気相手!?冗談じゃない!!」
確かに挙げられた名前は知っているものだ。なんだったら外科の仕事もしていたから話したことだって何回もある。女性ならどんな不細工だろうがおばあちゃんだろうが等しく優しい先生は、普通以下の容姿でしかない私にも等しく接してくれる女好きだけど、気の優しい、それなりにいい先生だ。だからといって、妻子がいる相手と不倫した覚えなどない。だいたい。
「そもそもあの先生の奥さんって前の奥さんと結婚してた時の不倫相手ですよね!?
私が勤める前に病院で派手なキャットファイトを繰り広げたっていう!!」
しかも本妻VS浮気相手ではなく、本妻がいるにも関わらず浮気相手VS浮気相手という争いは、ついには院長先生まで駆り出されてスタッフ総出で止めたというある意味伝説の人だ。
「残念ながら私ども資料にそこまでは。ただ、今回の事件は八月朔日さんの言われる通り完全な勘違い。人間違いの犯行だったようです。貴方の後姿を見て浮気相手と勘違いしたそうです」
「勘違いで殺されたってこと?」
「ええ。ちなみに八月朔日さんの身の潔白は周囲の人がすぐに証明してくださったのでニュースでは巻き込まれて刺されたことになっていますのでご安心ください」
「安心する要素がどこにあるのかわかんないんだけど。復讐する方法は?」
「ないですね。ただの人が生前でもできないことを死んでできるわけないじゃないですかぁ」
「ふざけんな。殺され損か」
「いえいえ、案外そうとも言い切れないかもしれませんよ」
そう言って山田谷さんが差し出してきたタブレットには私の顔写真とともにA+と大きく書かれ何やら細かな数値もたくさん書いてあった。
「先ほども申しましたがここは天国にも地獄にも行けない人が来るところ、死役所です。
ご存知ですか?国や宗教によっては天国は極楽扱いされていますが、そんなところに大勢が行けるほど死後の世界も甘くはありません。天国に行けるのはごく一部の善人のみ。割合で言えば…そうですね1割にも満たないごくわずかな人のみです。多くは地獄、とはいえ地獄にも色々なコースがありますので、ちょい悪ぐらいなら最短で半月ほど地獄で罪を償えばまた生まれ変わり新たな生を受けます。所謂輪廻というやつですかね。ただ最近はこのちょい悪すら満たさない中途半端な人間が増えてきてるんですよ。多少悪行を働いてもそれを補う程度には善い行いもしているとかね。そういう天国にも地獄にも行けない人のためにここ数十年の間に作られたのがここ、死役所です。天国でも地獄でもない新たな道を提案させていただく場所となります」
「新たな道?」
「そう。異世界です」
頭大丈夫か、この人
「大丈夫、正気です。本気と書いてマジと呼びます」
「心を読むのやめてもらっていいですか」
眉をひそめて深いため息を吐き出しても山田谷さんは表情一つ変えずにこにこと話をつづけた。
「まさか。心が読めるわけないじゃないですか。僕らはただの役人。あなた方に素敵なセカンドライフを提案するために雇われたただの職員です。それでここに書かれている評価、つまり八月朔日さんの場合A+とありますが、この評価が良ければよいほど転生先で与えられる能力がより良いものとなります。八月朔日さんの場合16段階中上から2番目となりますので、かなりいい能力がもらえます」
「異世界に行くのは決定事項ってこと?」
「そうですね。でも嫌いじゃないでしょう?異世界。八月朔日さん生前そういった話を好んで読んでいたんですよね?こういった方々は話が通じるのが大変早いうえに、次の世界でも長生きして下さる可能性が高いのでどこの世界神からも引く手あまたなんですよ」
それまでこちらに向けていたタブレットを手元に戻し指先1本で扱いながら弾んだ声を向けられても出るのはため息ばかりだった。
「で、私が行く世界っていうのは?」
「さすが話が早い。安心してください、S、A+、A、A-の方まではご自身で次の世界を選ぶことができます。といっても最終的な決定はこちらで致しますが。具体的な希望はございますか?」
「魔法が使えるファンタジーな世界がいい。でも魔王討伐とか勇者とか聖女とかはなし。乙女ゲームみたいな学園中心世界とか向いてないし、殺伐としすぎてるとまたすぐ死にそうだから戦争もない世界で」
「体力も運動神経も平均以下ですもんね、八月朔日さん」
「余計なお世話」
自覚はもちろんあるが他人から言われるとムッとせずにはいられなかった。
「安心してください。A+評価なのでどれも生活するのに問題のない程度にはなります。あとA+の方はお好きなスキルかギフトを3つまで選ぶことができますが、何かご希望はありますか?」
「創造魔法と魔力MAXで。あとは…検索機能と地球の物が買える買物機能が付いたスマホとか?」
「えげつないもの頼みますね。チートする気満々ですか?」
「せっかくだからね。無理そうなら変更したいんだけど?」
「いえ、その程度でしたら。ただ買物機能ですが日用品程度に限定されるものだと思ってください。さすがに武器や化学兵器を異世界に持ち込むわけにはいかないので。あと言い忘れましたが亡くなる前に所有されていた貯金と所持金はそのまま向こうの世界で使える軍資金としてお持ちいただけます。八月朔日さんの場合………え、なんでこんなに持ってるんですか?」
タブレットを二度見する山田谷さんに思わずニヤケてしまったのは、こういう反応が見られるほど頑張って貯金していたからだ。
「17,980,324円って八月朔日さんのご年齢を考えるとかなり多いほうだと思いますが」
「貯金が趣味みたいなもんだったから。使わずに死んだのが残念と思ってたんだけど向こうでも使えるってことはスマホでの買物でも使用可能ってこと?」
「ええ。ちなみに向こうで稼いだお金を換金してスマホ決済で使用することも可能にしておきますね」
「ありがとうございます」
収入は決して多いほうではなく、むしろ少ないほうだったけれど、実家ぐらしだったこともあり貯金に励んだのが無駄じゃなかったのは正直ありがたいことで。ただ老後の生活資金のつもりがまさか異世界での生活資金になるとは思ってもみなかった。
「それにしても天国に行けない半端者にもずいぶん優しいんだね」
「地球人……とくに日本人は転生先の神々からも本当に人気が高いんですよ。知識や教養がそれなりにしっかりしていて、評価が下のほうの人でも異世界でいきなり悪に手を染めるような人は滅多にいません。実際、転生後の平均寿命もそれぞれの世界のそれを大きく超えて亡くなる方が多いです」
話しながらタブレットを慣れた手つきで操作して、しばらくすると、作業を終えたらしい山田谷さんは、よしっと満足げにつぶやき。
「ああそれと、言い忘れましたがS評価以外の方は願いを叶える代わりに前世で特に秀でて持っていたものを頂くことになります。所謂等価交換というやつですね」
「え、なにそれ、私そんな人より秀でたものなんて持ってないんですけど?貯金能力とかそういうの?」
「八月朔日さんの場合、望まれた3つがそれなりのものですので、代償として頂くものも大きなものとなります。えー、まず一つ目が血縁者」
「は?」
一つ目から予想外すぎてついていけなかった。
「本来であれば転生ですので両親の庇護のもと幼少期を過ごすこととなりますが、八月朔日さんはいきなりぼっちスタートです」
「えぇぇ……どういう状況よ、それ」
「さすがに赤子でぼっちは無理ですのである程度の年齢でのスタートとなりますがご希望はありますか?」
「うーん、さすがにギルドとかに登録できないほどの年齢だと厳しいんだけど…」
「では登録可能となる7歳ですね。そこそこに危険な森でのスタートになりますが、創造魔法で頑張って乗り切ってください」
「それ転生って言わずに転移って言うんじゃ……」
「細かいことはいいんです。あと残り2つですが、嘘と表情筋ですね」
「なんて?」
思わず聞き返した私は悪くない。絶対に悪くない。
「八月朔日さん嘘をつくのが本当にお上手だったんですね。その割に人を傷つけたり貶めたりするものはほとんどついておられなかったことが高評価の能力となった理由のようです。まあ嘘をつけなくなるのはある意味では大変かと思いますが、そこは黙秘等で頑張ってください」
「私そんな嘘ついてた記憶ないんだけど」
「嘘つきは皆さんそう言うんですね」
生温かい視線にとっさに否定の言葉すら出てこず思わず頭を抱えた私に山田谷さんの無情な説明は続く。
「表情筋の方は瞬きなど生きていくのに最低限必要な分は動くのでご安心ください。あとはよほど笑ったときや怒ったときに多少表情が変わったかな?という程度になると思われます」
「対価ってまさかみんなこんな感じなの?」
「まあ、大体似たり寄ったりですね。一芸を極めた方ならばそれを対価とされる方もいますが、多くは裁縫や料理スキルですとか暗算能力など、ああでも日本の方ですと血縁者っていうのはそれほど珍しいものではないです。日本人は比較的親や親類から愛情深く育てられているケースが多いので」
「なのに嘘と表情筋?」
「もらった能力を考えれば決して高い代価ではないかと。さて、そろそろお時間ですので終わらせていただきたいと思いますが」
「えぇ……?」
「最後に一つだけ、運が良ければ代価なしに願いが叶いますが、なにを願われますか?」
「運が良ければってなに?抽選とか?」
「まさしく。まあ本来は評価が低すぎて願いも望みも聞いてもらえない人に与えるチャンスだったのですが、一部だけにそういったチャンスを与えるのは平等ではないとクレームがでまして」
「死後の世界も大変なのね……で、それはどんな願いでもいいの?」
「ええ…次の世界で生きるためのものでも、もしくは……あなたを殺した相手の不幸でも。当選すれば文字通り何でも叶います」
「ちなみに、次の世界で死んだらどうなるの?」
またここに戻ってくるのだろうか
「その時は地球で過ごした時の評価と異世界で過ごす間の行いを数値化して評価し、天国か地獄へ送られることとなります。たとえ地獄に行くほどの悪行を行わなくても、天国に行けるほど徳を積んでいなければ次は強制的に地獄です。ここへは2度と来られません」
「じゃ、うちの……、私を生んでくれた母のこれからの人生を、幸せに満ちた、大切な人たちに囲まれた優しい穏やかな世界にして。もちろんちゃんと寿命まで長生きさせてよ?」
「おや、いいんですか?自分のことを願わなくて」
意外そうな様子を隠すことなく口にする山田谷さんに自分でも偽善者だなと思わずにはいられなかった。それでも。
「いいよ。……親より先に死ぬなんて最大の親不孝だって何度も聞かされてたのに、結局親孝行しないまま実家にさんざん寄生したあげく、あっさり死んだわけだし。泣き虫な母さんが私が殺されてもちゃんと笑って生きていけるならいっそ、私のことを忘れてもいいから」
わがままばかり言って、大人と呼ばれるような年齢になっても本気で喧嘩して、正直早く死ねばいいのにとか思ったことも1度や2度じゃないけれど、それでもこの先幸せになってくれればいいなと思う。せっかく私の姉夫婦や兄夫婦に子供が生まれて孫もいることだしね。幸せな、かわいいおばあちゃんになってほしいと、先に死んでしまった親不孝者の最期の願いとしては及第点ではないだろうか。
「ちなみにお父様もご存命ですけど?」
「あんな自由人はどうでもいい。むしろ母さんの幸せのためにそれほど長生きせずにぽっくりいけばなおよし」
夫婦仲が悪いわけではないが、とにかく自由人すぎる父親は正直今までさんざん好き勝手やってきたんだからもう充分だろう。
「了解しました。やはり、貴方はA+ですね」
「それほめてます?」
「もちろん。それでは、これにて手続き終了とさせていただきます」
山田谷さんが立ち上がり恭しく一礼した瞬間、ふっと意識が遠のいて、ああ、本当に異世界へ行くのかと改めてふっと思った。
「良い異世界ライフを」
そう微笑んだ山田谷の笑顔を最後に、私の意識は完全に落ちたのだった。