8
いつもより早く警察署に来ていた島崎は、昨日の捜査で新たな発見がなかったかの最終確認を行っていた。結果は予想通りの進展なし。ここでなにか新たな発見があれば、大人しくデスクワークをしてもいいと思っていた。これも事件の展開の一部なのだろうと島崎は決意を新たに立ち上がった。
向かったのは警察署内にある拳銃の保管庫だった。銃の腕に自信はないが、これから凶悪犯と対峙するのに警棒だけでは危険すぎる。そう思いながら島崎は一丁拳銃を手に取った。日本警察で正式に採用されている拳銃で装弾数は五発。拳銃のサイズは小さめで日本人の体型に合い扱いやすいとされているらしい。銃を撃ってみたくて刑事になったが今は持ちたくもない。過去に銃を携帯して捜査したことはあるが、実際に撃ったのは訓練の時だけだ。そもそも銃なんて使わないに越したことはない。銃弾がまともに当たればそれだけで大怪我。最悪の場合死に至る。島崎には拳銃がとても重く感じられた。
島崎は警察署を後にすると薄井陸の家に向かった。しかし薄井陸は外出していた。行き先を告げなかったらしくどこにいるかは不明。入江正を問い詰めた時点で予期していたことが現実に起こっているかもしれない。次に斉藤光貴の家を訪ねたが薄井陸と全く同じだった。どうやら入江正が息子に情報を流したと見て間違いないだろう。そこから他の子供たちにも情報が回ったということだ。そう考えるならもうどの家に行っても無駄だろう。だがそう考えることを予想して家に匿っている可能性もある。とりあえず全員の家に行ってみることに変わりはない。恐らく徒労に終わるだろうが、可能性を潰していくのも捜査の基本と言えるだろう。次に島崎は入江大地の家に行ってみた。呼び鈴を鳴らすと出てきたのは入江正だった。「大地はいませんよ」島崎が聞くよりも先に答えた。やはり犯人と断定されたことを伝えたようだ。入江は島崎が来て怯えているが慌ててはいない。大地がいないというのは嘘ではなさそうだ。島崎は何も話すことなくお辞儀をして踵を返した。昨日の時点で犯人を捕まえていればこんなことにはならなかった。だが島崎は入江に情けをかけずにはいられなかった。こんなことは間違っているし、もしかしたらより残酷なだけなのかもしれない。だがそれでも島崎は入江に一日だけ猶予を与えた。あわよくば犯人を自首させてくれるかと思ったのも事実だが、父親としての入江を島崎は嫌いになれなかったというのが本音だ。残念な結果だったと言わざるを得ないが、島崎はこの結果に満足していた。
最後に向かったのは小林琳人の家だ。先程回ってきた家も大きな家だったが、この家が一番大きいので隠れているとすればこの家の確率が高い。あまり期待はしていないが。島崎が呼び鈴を鳴らすと琳人の母親が出てきた。あからさまに嫌そうな顔をしている。「琳人くんはいらっしゃいますか」気にすることなく島崎は質問した。「琳人は出掛けました。友達と遊ぶと言ってましたがどこに行くかは聞いてません」誰よりも冷たい言い方だったが、言ってることは他と変わらない。だが雰囲気から察するに入江正と子供たち以外は事実を知らないようだ。「あなたの息子さん。小林琳人くんには殺人の容疑がかかっています」躊躇なく島崎はそう告げた。琳人の母親は何を馬鹿なといった態度だ。当然と言えるだろう。「今世間を騒がしているぞわぞわさん。小林琳人もその一人なんですよ。心当たりありますよね?小松直子さん」小松直子。その名前を聞いた時、琳人の母親は驚きを隠せない様子だったが。「一体なんのことですか」「ある人に聞いたんですよ。小松直子さんという人が先頭に立って蔵和田想和子さんをいじめていたと。写真も見せてもらいました。かなり整形されたようですが昔から変わらず同じ目をしている。嘘つきの目だ」それを聞いた琳人の母親は憎悪の目を島崎に向けた。遂に凶暴な本性を現したようだ。「確かに私の旧姓は小松、小松直子です。蔵和田想和子とも同級生でした。でもだったらどうだというんですか?私がいじめていた証拠でもあるんですか?」どうやら反省する気など毛頭ないようだ。「いじめが原因で想和子さんは自殺したのに罪悪感はないんですか」冷たい言い方で島崎は質問した。無意味だと思った。だが聞いてみたかった。「はぁ?だから私がいじめたっていう証拠を出してから言ってくださいよ。それよりも琳人のことを人殺し呼ばわりしたことと、私を侮辱したことを正式に抗議した後訴えますから」「お好きにどうぞ。ただどういう経緯で伝わったかは知りませんが、あなたの息子さんがぞわぞわさんのことを知ったことで四人も人が殺された。今回の殺人事件が起こった原因。その一端はあなただということは覚えておいてください」冷淡なやり取りだった。島崎は別に小松直子に更生してほしいわけではない。ただ自らの行いが原因で息子が殺人犯になってしまったことを死ぬまで後悔すればいいと思った。「いい加減にして。これ以上そんなことを言うなら今すぐ警察を呼びますよ」俺が警察だと思った。何より島崎の言うことなど全く気にしていない様子だ。これも一つの結果だろう。別に構わない。「では失礼します」島崎はそう言って小松直子に背を向けた。もう会うことはないだろう。
予想通りどの家にも子供たちはいなかった。ならできるのは刑事の勘を総動員して犯人を見つけることしかない。ここまでは欺かれ続けた。子供の心を理解するのは島崎には難しい。だが被害者たち、生嶋新、蔵和田想和子、島崎加奈のためにも必ず見つけるという思いだった。思い当たる場所としてまず殺人現場を回ってみることにした。まずは豊田龍彦が殺された公園に向かう。相変わらず背の高い木に囲まれている。確かに人目にはつかないが、隠れる場所がないこの公園に隠れようとするほど間抜けではなかった。次は三村徹の殺害現場へ向かった。街頭の少ないこの道は夜は確かに人目につきにくいが、昼間にここでかくれんぼは到底無理だ。ここにもいない。次の現場は武井久仁子が殺害された歩道橋だ。ここなら歩道橋の階段下のスペースに隠れるのも無理ではないとも思えたが、車道からは丸見えなのでやはり隠れ場所としては適していない。犯人は現場に戻ると言うがそう上手くはいかないか。次の現場に向かうならこの歩道橋を渡るのが近道だ。この階段の昇り降りはキツそうだと思ったが、島崎は歩道橋を渡ることにした。次の場所は生嶋が殺された空き地だ。だがあの場所こそ一番隠れる所がない。人通りが少ないのは人を殺す場所としては適しているが、隠れる場所として考えたときはその限りではない。だがしらみ潰しに探すしかないのも事実だ。現場に向かいながら次の場所を考え、歩道橋の階段を下っていたその時。背中に衝撃を受けた。正確には誰かに押された。島崎は為す術もないまま歩道橋の下まで転げ落ちた。一体誰がこんなことを。島崎は体を起こして確認しようとしたが全く力が入らない。なんとか犯人の顔をと自分なりにもがいていると、階段を降りる足音が聞こえてきた。足音はどんどん島崎に近付いてくる。そして島崎の目の前で止まった。島崎はなんとか力を振り絞って上を向き犯人の顔を見た。その顔は人を階段から突き落としたとは思えない楽しそうな顔だった。「細川匠音...」島崎はそのまま動かなくなった。




