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ぞわぞわさん  作者: 大河 亮
第四章
31/37

6

 翌日出勤した島崎はすぐに本田の元に向かった。すぐに調べたいことがあったからだ。しかしいつもならとっくに出勤しているはずの本田の姿が見えない。昨日の夜に電話もしていたがその時も繋がらなかった。結局本田不在のまま捜査会議が始まってしまった。本田不在のため松井が司会を務めている。所轄の刑事たちは皆本田を心配している様子だ。いつも通り捜査に進展がないことを皆が伝え終わり、そのまま解散になるかと思われた時。「皆さんにご報告があります。本田課長が胃潰瘍になりまして昨日の晩から入院されました」さっぱりと松井がそう言った。捜査官たちは一様にざわつく。遂に本田も無理が祟ってしまったようだ。島崎は申し訳ない気持ちになったが、事件を解決することが最も本田のためになると思った。


 会議が終わると島崎は松井に呼ばれた。「島崎くん。本田課長が倒れてしまわれたので、島崎くんには相棒がいなくなってしまいました。なので少しの間島崎くんはデスクワークに専念してください」言うと思った。島崎は心の中で溜息をつく。こいつにはなにを話しても無駄だろう。そう判断した島崎は。「わかりました」そう返事をして会議室を後にした。


 島崎は自分の机の上に捜査資料を並べていた。その中から必要なものを選別していく。その一つには最新の資料である薄井陸の両親に関する資料も入っている。資料によると薄井陸の父親は曽祖父の代から続く庭師の跡取りで、現在は修行中の身だがなかなか羽振りがいいようだ。母親は午前中だけコンビニのパートに出ている。これで第一発見者四人の両親の職業がわかった。情況証拠にもならないが島崎には十分だった。あとはもう一つ調べたいことがある。入江大地の両親が勤める病院にそれぞれ行かないといけない。事件の流れから見るに父親の病院の方が確率が高いだろう。島崎は早く出かけたい気持ちを押さえ込みながら、松井に言われたとおりデスクワークに勤しんだ。


 昼になると島崎はいそいそと警察署から入江大地の父親が勤める病院へ向かった。多少戻るのが遅れてもいいだろう。もう島崎にそういったことを気にする感覚はない。気になるのは真実だけだ。電車に揺られながら島崎は考えていた。もし真実が自分の予想通りだったらどうなるのだろうか。犯人を逮捕し罪を償わせる。そう思って捜査してきたのに、それは叶わないかもしれない。じゃあ思っていることを無かったことにしてこれからも生きていくのか。そんなことはできない。生嶋を殺したこと。ぞわぞわさんを騙り蔵和田想和子を、加奈を侮辱したことを許すことはできない。犯人がどんな奴だとしても絶対に報いを受けさせる。それが自分にできる全てだと島崎は思った。


 病院に到着した島崎は受付で入江正がいるかを尋ねた。いれば話が早いし、いなくても他の人に話を聞けばいい。受付をしていた女性は島崎が刑事だと聞いて少し慌てていたが、すぐに入江正の居場所を教えてくれた。受付の女性は案内を申し出てくれたが、島崎は丁重に断って受付を後にした。


 受付の女性が言っていた部屋のドアをノックして中に入ると、入江正が一人で椅子に座って待っていた。「いきなり押し掛けてすみません。少しお話を聞かせていただきたくて」島崎の言葉に入江は。「構いませんよ。救急の患者が来たりしなければ時間はありますから」そう笑顔で返した。だがその笑顔に島崎は違和感を感じた。島崎は椅子に座るとまた話し始めた。「いかがですか、息子さんの様子は」「人が殺されるところを目撃したんです。少し暗い顔をしているように感じるときもあります。ただ私は家にいないことが多いので、正直あまりわからないんです。父親失格でしょうか」「いえいえそうでもないでしょう。きっと私の方が酷い父親だ」「お子さんがいらっしゃるんですか。今おいくつなんですか」「いえ、娘は5年前に死にました。ぞわぞわさんと言われていじめられ自殺しました」島崎がそう言うと入江は黙ってしまった。誰でもこういった話を聞けば言葉が浮かびにくい。だが入江はそれだけではない様子だ。「すみません。本題に入りましょう。この病院で注射器と毒物、ニコチンが紛失しませんでしたか」この質問に入江は顔色を変えた。「確かに紛失しました。ですが返ってきたんです。ですので紛失の届出をしませんでした。私は毒物と劇物の管理を任されている身。これが公になれば私の責任が問われる。そう思って思わず口をつぐんでしまいました。大変申し訳ございません」上手い言い訳だと島崎は思った。言っていることのほとんどが事実だろう。だが肝心なところが嘘だ。医者になるような人物なので頭はいいだろうが、さすがに刑事は騙せない。「なるほど。でも誰が犯人かはわかってるんですよね?」また入江の顔が青くなる。「いいえ。知りません」「隠しても無駄です。この病院で防犯カメラに映らず毒を盗むのは不可能でしょう。さすがに防犯カメラも確認していないとは言わないでください」島崎がそう言うと入江は下を向いてしまった。「もう嘘をつくのはやめませんか。もし病院の中の人間が毒を盗んでいたのなら、あなたは追及したことでしょう。でもそうしなかった。寧ろあなたはその人を庇っている」入江の手が震える。もう隠しごとをすることはできない。「ニコチンを盗み出したのはあなたの息子さん。入江大地くんですね」島崎の言葉を聞いた入江は震えながら俯いている。だがそれでも首を横に振っている。「そうなればほぼ間違いなく注射器も大地くんが盗んだんでしょう。あなたはわかったはずだ。ここ最近起こっている連続殺人。その二件目の目撃者である息子さんが注射器と毒を盗んだ。そして三件目の被害者は毒を注射器で注入されて殺されていた。新聞やニュースでは何の毒が使われたかまでは報道されていなかったが、それでも賢いあなたなら関連付けれたはずです」島崎はお構いなしに推論を並べていくが、入江は首を横に振るばかりで何も答えない。入江からは供述を取れそうもないがもう話を聞く必要はない。「お手間を取らせました。これで失礼します。ご協力ありがとうございました」そう言って島崎は立ち上がり部屋を出ようとした時。「待ってください!私を逮捕してください!私がやったんです!私が四人を殺したんです!」島崎の手を掴み必死に懇願する入江。その顔は立派な医者のものではなく、絶望し悲壮感に溢れた顔だった。これが父親というものだろうか。いや違う。この人は間違っている。父親なら自分の子供が間違ったことをしたならきちんと叱るべきだ。その子の代わりに罪を背負うなんて間違っている。これが正論だろう。だが自分は入江のような父親にもなれなかった。そういう意味ではこの人を悪い父親だとは言えない。島崎はそう思いながらも入江の手を振り払って部屋から出ていった。


 時刻は14時丁度。警察署に戻れば松井のお叱りを受けることになるだろう。事件の捜査をしていたことを悟られないための言い訳は考えてある。もう叱られるのは怖くない。いや、寧ろもう怖いものなど何も無い。事件の証拠は何も得ていない。だが確信は得ることができた。もう十分だ。刑事として失格だろうが証拠など必要ない。犯人を見つけて捕まえる。それからのことはわからないが今はそれでいい。こんな事件はもう終わらせないといけない。そんなことを考えながら島崎は電車に揺られて警察署へと戻るのだった。

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