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〜2ヶ月前〜
島崎秀幸は殺人事件のあった公園に現場検証に来ていた。いつもなら閑静な住宅街にひっそりとある公園だが、今日に限っては多くのパトカーと刑事たちによって賑わっている。「島崎さん。どうぞ」去年から島崎とコンビを組んでいる生嶋新が、缶コーヒーのブラックを島崎に手渡した。島崎はブラックコーヒーを一気に飲み干すと、ブルーシートの中に入っていった。
被害者は豊田龍彦。38歳。財布にあった免許証を見るに間違いないだろう。腹部を何度も刺されて死んでいる。検視官の見立てによると、死亡推定時刻は今から約2時間前の17時から18時頃の間。傷の形状から凶器は出刃包丁のような片刃の刃物。財布の中には現金が残っていたため強盗ではない。通り魔、愉快犯、怨恨。可能性としてはそのあたりが妥当だろう。何にせよここまで派手な殺し方をしたのならすぐに犯人は捕まる。これは島崎の見立てだ。
「なんでここまでするんですかねぇ」生嶋が溜息をつきながら目を細める。「なんだ、吐きそうなら出てていいぞ」島崎の真顔の冗談に、生嶋は細めた目を向けて無言の抗議をした。そんなやり取りをしていると突然二人の背後から。「あなた!」声を張り上げて一人の女性が遺体に駆け寄った。慌てて制服警官たちが止めに入る。女性はそのままその場に座り込んで泣き始めた。いつ見ても無情なものだと、皮肉にも近いことを思い浮かべる島崎。すると生嶋が女性に近づき肩に手を置いて。「旦那さんで間違いありませんね」労る気持ちが伝わる声で聞いた。女性は顔を上げなかったが、何度も頷いていた。
改めて島崎は豊田の遺体を見る。何度も刺されていたために多少乱れてはいたが、きちんとしたスーツ、しっかりと締められたネクタイ、短く切り整えられた黒髪、装飾品も左手薬指の指輪だけ。免許証の証明写真から見ても真面目な雰囲気の男だ。島崎は泣き続けている豊田の妻に近づくと。「奥さん。旦那さんはいつもこの公園を抜けて帰ってたんですか」何の感情も込めずに質問した。生嶋がまた目を細めて島崎を見る。豊田の妻は聞こえているのだろうが泣いたまま答えない。島崎はもう一度同じ質問をしようかと思ったが、そのタイミングで島崎の携帯電話に着信があった。相手は島崎と生嶋が勤務する所轄の本田博智刑事課長だ。「はい、島崎です」「あぁ父さん。今豊田龍彦さん殺しの現場だよね。悪いんだけどすぐに戻ってきて欲しいんだよ。目撃者って子供が来てんだ」それを聞くと島崎は生嶋に説明をしてすぐに現場を後にした。生嶋は少しだけ豊田の妻に声を掛けていたが、すぐに島崎の後を追った。
「なんであのタイミングで質問するんですかねぇ」移動中の車の中で生嶋が嫌味を言う。「気になる所はとことん聞くんだよ。捜査の基本だろ」島崎は座席に深く腰掛けて淡々と言い返す。慣れたやり取りだ。「まぁ豊田の嫁さんはお前に任せるよ」これ以上この話を続けるつもりはない。島崎は目を閉じた。「あんなにメッタ刺しにされてたなんて怨恨ですかねぇ」「さあな」「それとも通り魔とかですかねぇ」「知らん」「あんな風に旦那さんを殺されるなんて、本当に気の毒ですよねぇ。いや、どんな死に方でも辛いか」あからさまに話を終わらせようとした島崎に、生嶋は質問攻めという形で報復した。寝るつもりはなかったが、結局警察署に着くまで生嶋の質問攻めは続いた。一年前は従順だったのが、今では意見し、睨みつけ、報復まで行ってくる。半人前ぐらいには成長したかというのが島崎の思いだった。
二人は取調室ではなく応接室として使っている部屋に向かった。扉を開けると既に目撃者と思われる少年と、母親と思われる女性がソファーに座っていた。女性は島崎と生嶋の顔を見ると立ち上がって頭を下げた。少年は出されたオレンジジュースをストローで飲んでいる。「お待たせしてすみません。生嶋と申します。こちらは上司の島崎です」生嶋は簡単に挨拶を済ませると早速テーブル越しに少年の向かいに座った。「小林琳人くんだね。辛いかもしれないけど公園であったことを教えてくれないかな」生嶋は優しく事情聴取を始めた。琳人はまだストローでオレンジジュースを飲んでいた。そのうちジュースが無くなったが、それでもストローで吸い続けたためズズズと音をたてた。それを見ていた母親は優しく琳人の肩を叩いた。すると琳人はコップを置いて。
「ぞわぞわさんがやった」
一言そう言った。島崎は眉間に皺を寄せていたが、生嶋は笑顔のまま更に質問した。「ぞわぞわさん?その人は誰かな?近所の人?」生嶋の質問に琳人は首を横に振った。「幽霊だよ」琳人の言葉に思わず島崎は大きな溜息をついた。すると母親が。「この子は今日の5時半頃に家に帰ってきたんですけど、その時は血まみれだったんです。それで慌てて病院に連れて行こうとしたんですが、この子が自分の血じゃないと言って。事情を聞いて公園に見に行ったら血まみれの人が倒れてたんです。それで救急と警察に通報しました」島崎には母親が嘘をついているようには見えなかった。「じゃあそのぞわぞわさんはどこに行ったのかな?どんな格好してた?」生嶋がまた琳人に聞く。「パーカーを着てフードを被ってた。おじさんをグサグサ刺した後消えちゃった」琳人は俯いたまま答える。島崎は扉の方を向いて嫌な顔をしていた。「じゃあぞわぞわさんの顔は見てないかな?」生嶋の質問に琳人は小さく頷いた。生嶋と琳人に業を煮やした島崎は鼻から息を吐くと、スタスタと琳人に近づきテーブルに手をついて。「今までの話をまとめると、ぞわぞわさんていうパーカーを着てフードを被った人が、あぁごめんね幽霊が、坊やの目の前で被害者を刺してスっと消えた。残念ながら顔は見てない。そういうことだね」琳人はまた小さく頷いた。「おじさんの顔を見なさい」島崎が琳人に詰め寄る。すると琳人は怯えた表情で島崎の顔を見た。島崎は特に凄んでいるつもりはないが、ベテラン刑事特有の鋭い目つきに琳人はもちろん、母親までもが怯えていた。「おじさん達はね幽霊だとか妖怪なんかよりも怖い奴らを相手にしてるんだ。坊やの変な思いつきに付き合ってる暇はないんだよ」島崎の辛辣な言葉に琳人はとうとう泣き出してしまった。すると母親が琳人を抱き締め島崎を睨みつけながら。「あの!もう帰っていいですか!」と聞いたので生嶋は慌てて。「どうぞ。ご協力ありがとうございました」と言って応接室の扉を開けた。母親は琳人を抱いたままそそくさと部屋を出て行った。「琳人くんが浴びた返り血はどう説明しますか」生嶋は冷静な態度で島崎に質問した。「犯人が見つかればすぐにわかる。あの坊やが嘘をついてるのか、あるいはショックでそう思い込んでいるのかはな」生嶋はもう何も言わなかった。
結局殺人事件に関する情報を何も得られないまま、この日の仕事を終えて島崎と生嶋は帰宅することにした。明日から忙しくなる。島崎はそう思った。




