5. 崖の上の発見
食堂’狼の晩餐’を後にすると、街で一番高い建物の教会の鐘が鳴った。午後3時を告げる鐘だ。
俺は、マギーさんにもう1つ質問をしていた。薬屋の場所だ。
食堂で料理を出していたときに、お客の薬屋に行ったという話を聞いていた。
この辺りにあるはずなのだが、周りを見回す。オレンジ屋根の家は減り、2階建の茅葺屋根の家が増えてきた。その茅葺屋根の上にはところどころ草が生えているのだが、1軒だけ、屋根が覆われるほどの草を茂らせてる建物があった。マギーさんによると、これが薬屋のようだ。
ちょうど木の扉が開いて、5歳ぐらいの女の子と母親が出て来た。入れ違いで店に入ると、ドアに取り付けられたベルが、店主に来客を告げる。
中は、1ルームほどの広さで、カウンターの奥には白いフリル付きの丸いキャップと白いシンプルな前掛けを身につけた、ばあちゃんが座っている。腰が曲がり、かなりの歳のようだ。商品は、カウンターの後ろの棚にあるが、どんな商品があるかまでは分からなかった。
「こんちわー。ばあちゃん、ポーションは置いてる?」
「いらっしゃい。嬢ちゃんは、海を渡って来た冒険者かい?それなら、道具屋に行きな。あっちにポーションを卸しているからね。ここにあるのは、子供用のポーションと風邪薬ぐらいさ。他にあるのも病気の薬だよ。」
しゃがれた声で、疑いもなく嬢ちゃん呼ばわりされたけど、そのまま流す。幼女だと思われていたほうが、事が上手く運ぶ気がする。
子供用のポーション?道具屋には無かったぞ。普通のポーションと何が違うか気になるところだ。この店は冒険者じゃなくて、地元の人が通ってる店なのか?さっき出てった親子もNPCだったな。
「じゃあ、その子供用のポーションを1つ頼むよ。それと、調合用の道具って置いてる?」
道具屋にも調合用の道具はあったが、餅は餅屋だ。薬屋の方が、より良い物がありそうだ。
ばあちゃんは、子供用のポーションと交換に100Gを受け取って、俺の質問に目を細めた。
「なんだい、嬢ちゃんは調合をするのかい?」
「実はこれから始めるところなんだ。それに薬師じゃなくて、魔女だけどな。」
魔女というのはあえて、言ってみた。
冒険者ギルドで聞くと、戦闘職には訓練講座や道場、生産職には講座や工房があり、スキルに関する教えを請えそうなところがあるんだけど、魔女にはそれらしきものはなかった。もしかしたら、この町にたまたま無いのかもしれないが、もし教えをもらえるとしたら、調合については薬屋ではないかと考えていた。
「ほぉ、嬢ちゃんは、魔女か。」
ばあちゃんは感心したようにつぶやいて、何か考えている。
ひとまず、魔女に悪い印象は無さそうで、安心した。中世みたいな時代設定で魔女狩なんかあったら、どうしようかと思ってた。
「この町にも昔、魔女がいてね。町の裏に住んでたのさ。
・・・嬢ちゃんは冒険者だったね。ここの依頼を受けてくれるなら、調合の道具一式を少し安くしてやってもいいよ。どうする?」
へぇ。魔女がいたのか。本当に関係する情報が出てくるとは。
食堂の一件に続き、小さいとはいえ、イベントがホイホイ起こり過ぎな気もするけど、普通なら、狩りに行って1日で道具を調達できちゃう話だもんな。金欠のために奔走した結果がこの小イベントを起こしてるとしたら、融通を利かせてくれるゲームに感謝だぜ。
それに、NPCとのやり取りが楽しくなって来てる自分がいた。実際、俺の中ではマギーさんもこのばあちゃんも、普通の人となんら変わらないしな。
即決で話を受けて、依頼の場所へ向かう。
ばあちゃんに指示されたのは、町の北。門番が1人しかいない小さな門を出て10分ほどの場所に、数百mの絶壁がそびえ立っていた。下から見た感じ、東京タワーよりかは低そうだ。
始まりの町オーネンの周りには、いまも初心者プレイヤーが多いそうだが、北側は絶壁があるだけなので、人っ子1人いない。海は西側なので、冒険者の多くは東と南を開拓する。
辺りを見回すと、雑草が生い茂り、絶壁のすぐ前には1本だけ腰高ぐらいの木が生えていた。その木をじっと見ると、鑑定結果が出た。この木が俺の探している木だ!
ばあちゃんから聞いた話によれば、昔いた魔女は空飛ぶ箒に乗って町に降り立ち、薬を卸しに来たらしい。俺もそのうち、飛べるようになるのか?!それはさておき、魔女はこの木にあることをして、来訪者を断崖絶壁の上の家に招き入れたらしい。
俺が取り出したのは、道具屋で買った水袋。さすがにゲームだけあって、見た目以上に大量の水が入る。ちなみに温石というのを入れると、お湯も出る。
この水袋の水を少し木の根元に振りかける。そして、木に手で触れると、スキル’グリーンフィンガー’が緑のエフェクトを放って発動した。MPが消費される。
腰高だった木があっという間に俺の背を追い越したのを見て、慌てて木の枝に捕まり、飛び乗った。ほんの数分で数百mの絶壁を超えたところで、成長が止まった。
この木は’ラダーツリー’と言って、成長すれば、はしごのように登れる木だ。
グリーンフィンガーで急成長させている間に飛び乗らないと、はしごを数百mも登る羽目になる。エスカレーターが使えるのに、何百段も階段を上がるなんてまっぴらごめんだ。ちなみに30分ほどで元の腰高の木に戻る。
同じ魔女ならば、同じように登れるようになるかもしれないと、薬屋のばあちゃんが教えてくれた。
そして、ばあちゃんの依頼は、絶壁の上の魔女の拠点にある薬草の採取だった。
魔女の卸していた薬草やポーションは、品質が良かったらしい。それに、廃墟となった魔女の拠点は町の外にあるから、もう誰にも所有権がないので、薬草を取るのも問題ないという。
俺はラダーツリーから、絶壁の上へ降り立った。その先には、数百mほどの奥行きがあり、広い土地が広がっていたが、周りは全て崖だ。
中心には掘立て小屋のような廃屋があって、その周りには草が茂り、土地の向こうには数本の木が生えていた。
ふと、登って来た崖の方を振り返って絶句した。眼下に広がるのは、大パノラマだ!
右には海の水平線が広がる。水平線から眼下の港までは、点々と船が見えた。きっと俺が乗ってきたのと同じような、開拓者を乗せた船なのだろう。
その船が入港するオーネンの町は、オレンジの屋根が連なり、塊になっていて、宝石のようだ。青い海との対比で、オレンジの色が映える。
町の周りには草原が広がり、その先の森へとつながって行く。西側の海に対して、東側はほぼ森。
森の始まりは青っぽく、さらに紫、緑、黄、オレンジ、赤と、北へ行くほどグラデーションで木の色が変わっていく。虹色の森だ!
赤い森の向こう、さらに北側には、半分ほど雪の積もった山脈が見える。
この距離感であれだけの高さなら、あの山脈は、富士山よりも標高が高そうだ。もしかしたら、エベレストよりも…?!
広大な森の中には、町や建造物があるんじゃないかと思い、目を凝らしたけど、オーネン以外の町は見つけられなかった。
あまりの絶景に、体がムズムズして我慢できなかった!
「やっほーーーーー!
やっほーーーーー!」
大声は広い青空に吸い込まれたように感じた。
山が遠過ぎて、やまびこは返ってこなかった。
絶景を見て大声を出したら、開放感がすごい!
しっかり写真撮影もしておいた。
北側から冷たい風が吹いたのを感じて我に帰り、探索に戻る。
廃屋の方へ歩くと、廃屋の前に1mほどの小さな泉があった。コポコポと水が湧き出ていて、水が澄みきって透明だ。泉の周りの緑の草も相まって、見てるだけで清々しい気分になるな。空気が美味しく感じるー。
泉から流れ出した小川は、子供でも飛び越えられる幅で、登って来た崖とは違う方面の崖へと流れて行った。その小川の水も、もちろん、底の砂まで見えるくらい透明だ。
小川の側に生えている草をじっと鑑定で見ていく。お!これが、ばあちゃんに頼まれた傷薬草だな。品質は10段階中6が多かった。町の周りには平均3ぐらいの草が生えているらしいから、やはり品質は高いな。10本ほど採取し、インベントリに収めた。
次に廃屋へ向かう。
廃屋は、数十本もの植物のツルに守られるように覆われている。しかもそのツルは太さが3cmもあり、棘でいっぱいのものもあった。ナイフの1本でも持ってくれば良かった。
試しに棘をよけて掴んでみたら、緑のエフェクトが発生し、グッと引っ張ると、呆気ないほど簡単に廃屋からツルを引き剥がすことができた。グリーンフィンガーが発動したみたいだな。なるほど、これが”植物を扱いやすくなる”という効果か。今度は棘のない数本のツルを一気に引っ張ると、これも簡単に取り除くことができた。
そうして、棘の付いたツルをどかし終えたので、廃屋の中へと警戒して入って行く。
木造の家は、半壊と言えるほど壊れていた。中に入ると、物が散乱していたが、確かに人が住んでいたようだ。
棚だったところを見ると、古びた本があった。手に取って開くと、ホコリが舞って、思わず咳き込む。ホコリで咳き込んだのか、俺の思い込みで咳が出たのか、本当にリアルな世界だ。
パラパラめくると、ウィンドウが飛び出して来た。
ベラのレシピ帳を取得しました。
魔除けの境界のスクロールを習得しますか?
やった!初のスクロールだ!
すぐに俺はYesと返事をして、習得した。スクロールは通常は羊皮紙の巻物の形が多く、調合方法や魔法を習得することができるのだ。
さらに、廃屋内を探し回ると、調合に必要な初歩の道具を見つけた・・・!運がいいな!!
出てきたのは、すり鉢、すり棒、コンロ、鍋、空き瓶だ。全部ホコリを被っていたが、使用するには問題ない。ばあちゃんのところで見たのと同じ道具だが、鑑定結果は少し違う。全て「ベラのお下がり」と出て、品質が10%増しになる。ベラというのがここにいた魔女の名前かな。薬屋のばあちゃんの話だと所有権はもう無いそうだし、道具はさっそく使わせてもらおう!




