36. ハロウィーン小話/ お兄ちゃんと猫 〜りん視点
私とお兄ちゃんは、7歳差だ。
一番最初のお兄ちゃんとの記憶は、私が4歳でお兄ちゃんが11歳の頃。
近所の公園で私が猫を可愛がっていたら、お兄ちゃんが家から猫の餌になりそうなものを持って来た。多分、かつお節だったと思う。
私が猫に喜ぶ姿を見て、もっと喜ばせようと思ったのだろう。
けれど、当時11歳にしては小柄なお兄ちゃんの体は、あっという間に10匹近い猫に埋もれていってしまった!しゃがんでいたはずの姿は、仰向けになり、猫の海に沈んでいる。足蹴にされたり引っかかれたりしながら、お兄ちゃんは、かつお節を持ったまま、「りん、ほら!こんなに猫がいっぱいいるぞ!」と嬉しそうに私を呼んだ。
お兄ちゃんの無謀さに呆れたのと、そこまでしてくれた喜びと、猫の可愛さが記憶に残っている。
そんなことを、ミントさんの描いた絵の黒猫をじっと見て、思い出していた。
私は、さっき、World’s Frontierにログインして、オーネンの町で友達との待ち合わせに向かっているところだった。そこへ現れたのが、お兄ちゃんの猫だ。
「お兄ちゃん、なんで猫に名前をつけてあげないの?」
この間、ふと不思議に思って聞いてみた。
たまに「怖ネコ」と言うのは聞くけど、それは、”猫”や”にゃんこ”と言うのと同じで、名前ではないのだ。
すると、お兄ちゃんは不思議そうに言った。
「なんで野良猫に名前をつけるんだ?
昔の偉い人も言ってるだろ?
”我輩は猫である。名前は無い”って。」
・・・あれって、そういうことではないんだと思うんだけど。ちょっと間違ってるし。
猫を動けるようにしたのはお兄ちゃんの”使い魔”という魔女のスキルなのだけど、動けるようになった猫は、お兄ちゃんのホームからよく飛び出して、オーネンの町をうろついている。お兄ちゃんの中では、あの猫は、飼い猫というか野良猫なのだ。そして、野良猫に名前をつけるというのは考えにないようだった。うちで飼っていたのも、犬やハムスターだったからなぁ。猫は飼っていなかったんだよね。
「ニャ”ー」
目の前の猫が鳴いたところで、女性プレイヤーが3人現れた。
レイピアを持った鹿の獣人とローブを着たエルフ、それに弓を持った人間だった。初期装備ではないので、私と同じぐらいにゲームを始めたのかも。
「きゃー!赤ずきんちゃんの猫よ!!」
「ほんとだ!」
「可愛い!」
3人はしゃがみこみ、猫をもてはやし始めた。
「やっぱり、赤ずきんちゃんの猫はツレなくていいわ〜。」
「何その、M発言(笑)」
「そうなんだよね〜。赤ずきんちゃんの猫って、猫らしいんだよね。私もゲーム内で猫飼ってるんだけど、すぐ懐いたの。それはそれで嬉しいけど、こういうツレない猫っていうのもまた捨てがたくて!」
「そうなのよね〜。私もすぐ懐いちゃったのよ〜。
・・・この話知ってる?
最近、赤ずきんちゃんの猫が”どうして猫らしいのか”を検証した人がいるんだって。
その人の実験によると、猫に名前をつけないと、より猫らしく、野良猫らしくなったらしいわよ・・・!」
「え!初めて知った!私、もう1匹飼おうかな?!」
「・・・猫好きの人って、たまに分からなくなるわ〜。」
お兄ちゃんは、私よりも後にゲームを始めたのだけど、話題性のあるものを立て続けに見つけたために、知らず知らずに話題になることが増えた。不思議な気分だ。”有名人の妹って、こんな気持ちになるのだろうか?”なんて、明後日の考えが浮かんだ。
女性プレイヤー達が去り、猫がこちらへ寄って来て、「ニャ”ー」と私に向かって鳴いた。
そして、猫は、私が行く予定の方向へと歩き出し、振り返ってまた、「ニ”ャー」と鳴く。
付いて来るってことなのかな?
私は猫と一緒にオーネンの町を歩き始めた。
待合せ場所に近づき始めた時、周りの人たちの視線が私に向いていることに気づく。
始めは、お兄ちゃんの猫が有名だから見られているのかと思ったのだけど、どうも違うようだ。私の方を見ている。
しかも、驚いた顔をして、その後、身構えて武器を手に取る人までいる。なんだろう?
その時、後ろから、くぐもった低い声が聞こえた。
「Trick or Treat ?」
振り返ると、そこにいたのは、ゾンビだった・・・!
「アン ギャーーーーーーーーー〜ー!!!」
私の叫び声がオーネンの町に響き渡り、驚いたリスのベンジャミンが私の肩を飛び跳ねたところで、タイミングよくお兄ちゃんからチャットが入った。
「ハッピーハロウィーン!
りんがハロウィーンをやりたいって言うから、わざわざ”湖の洋館”でゾンビを捕獲して、使い魔で連れて来たぞ〜!
そのゾンビには、カボチャのパンケーキを持たせてある。友達と仲良く食べろよ。」
ハロウィーンをやりたいとは、確かに言ったよ・・・。
だけど、こんなに全力で脅かしてくるなんて・・・!
お兄ちゃんは、今も私を喜ばせようとしてくれる。たまに空回るけれど・・・。




