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06 これはいわゆる、マカロン様

 と意気込んだは良いが、特に何も考えていない私は、とりあえず姫様のもとに向かった。

 姫様はそろそろ昼食の時間だ。姫様専属の料理人たちが、姫様のために作った料理を私が(あらかじ)め試食しておく必要があるのだ。言ってしまえば私は毒味役だ。

 だが、ここの料理は素晴らしく美味しい。例えそれに毒が混ぜ込まれていようとも、私は構わない。これほどに美味しい料理を味見させてもらえるのだからプラマイゼロだ。――いや、死んだら元も子もないか。マイナスにもほどがあるわ。

 ともあれ。


「こーんにっちは!みんなのアイドル、アイリスちゃんが味見に来たよー!」


 厳かな雰囲気を(かも)し出すこの王宮、そして姫様に食べてもらう料理を作るこの料理場。そんな荘厳な場所に突如として現れた私を、料理人たちは誰ひとり一瞥(いちべつ)することなく、「よぉ、アイリスさん」「今日も元気だねぇ」「ほら、さっさと食え」と言い放った。酷い。


 ちなみにこの茶番はお約束だ。無表情ながら私は声とテンション高めに入室する。とんだ迷惑だな。――お恥ずかしいことに、この謎テンションは前世の私そのものだ。

 ……おっと、そんなことを言っている暇はない。これは姫様に届けられる料理なのだ。早く食べねば。


 ちなみに余談だが、王族の料理は大抵、毒味役を介して出されている。それ故、出来たてであろうと王族たちに届く頃には冷めているのだ。もったいない話だが、致し方がないことだろう。


 私は料理人たちに言われるまま味見を始めた。

 なんかよく分からないスープ(美味しそう)やら肉料理(柔らかそう)やらが所狭しと置かれた机。そこに置かれているもので私が正式な名前を知っているのはパンだけだ。……とりあえずそれなりに柔らかくて美味しい丸パン。正式名称は知らない。


 だが、料理の種類だとか名前だとかは関係ないということを、彼らから学んだ。

 どんな料理か、あるいはどんな名前の料理かを問わず、彼らが作る料理に「美味しい」以外の言葉は必要ないのだ。


「いただきます」


 パンをちぎっては食べ、肉をナイフで切り分け、口直しにスープを飲む。

 なんの食材が使われているのかはさっぱり分からない。しかし、これは美味しい。

 これだけは確実に、ハッキリ言えよう。

 もぐもぐ咀嚼(そしゃく)していると、料理人のひとりが私に話しかけてきた。彼の名前は確か、カルラだったはずだ。

 ちなみに彼は、攻略対象ではない。だが、何故彼が攻略対象でないのか不思議なくらいに顔が整っている。アレか、続編とかで攻略できるようになっちゃうのか。そうなったら私は最推しとクロームの次に攻略しちゃう。

 だって料理上手で、普段は自分のことを「俺」っていうのに、アイリスがいる時は「お兄さん」という、いかにもな優しい兄ちゃん的存在で、美味しい料理を振る舞ってくれるんだよ。嫌いになる要素がない。――あれ、私もしかして胃袋掴まれてる?


「どう、味は」

「美味しいですよ」

「だろうな。俺たちが作ったんだから、美味しくないはずがない」

「そうですね。わたくしも、強くそう思います」


 彼らは本当に優秀な料理人だと思う。

 私は前世オタ活と仕事で忙しかったために、料理はからっきしだったのだ。この世界に来てから、姫様のために必死に勉強した。彼らにも手伝ってもらい、その甲斐あって私は、クッキーなど茶菓子は楽々作れるようになった。私でもここまで成長出来たのは、ひとえに優秀な料理人たちのおかげだ。

 その時にお世話になったので、私はこの料理場は気心が知れている。自然な私でいられるのだ。


「アイリスちゃん、こっちも毒味(つまみ食い)するかい?」


 少し離れたところにいる料理人に声をかけられた。

 ちなみにだが、私は料理人たちとは姫様に出す用ではなく、新作の毒味――もとい、つまみ食いを勧められるくらいには仲が良い。


「食べます」


 間髪入れず返事をすると、彼らは声を上げて笑った。


「いいねぇ、そうやって美味しく食べてくれるからこっちも作りがいがあるってもんよ。お兄さんたち、そうやって美味しい美味しいって言われながら食べてもらうのが本望だからさ、すっごい嬉しい」


 そう言いながらカルラは、冷蔵庫から皿をひとつ取り出して私に差し出した。


 それは、紅色(べにいろ)をした円形のお菓子だった。二枚の紅色が、少し固まったクリームを挟んでいる。


「……これはいわゆる、マカロン様!?」

「様って……、そうそう、マカロンだよ。最近街で食べてさ、作れないかみんなで色々試してたんだ」


 私はマカロンが大好物なのだ。前世でもスイーツ部門で一、二位を争うレベルで好きだった。

 それ故、私はマカロンのことを呼び捨てになどできず、『マカロン様』と呼ぶに至ったのだ。

 だが、この世界に来てからマカロン様を見かけたことはなかった。きっとこの世界にはないのだろうと落ち込んでいたが、そんなことはなかった。ナイス、料理人たち。愛してる。


「いただきます」と言ってから私はマカロン様を口に含む。

 そうそう、この味だ。

 ほろほろ、いやサクサク……どちらとも言い難いこの、マカロン様らしい食感がたまらない。


「……アイリスちゃんって何か、リスみたいだよな」

「むぐ……っと、わたくしがリス、ですか?」


 良くてもゴリラだろう。


「……こーれだから天然は。おかげで何人落とされたと思ってんだよ。……ま、お兄さんもそのひとりだけどな」

「ふふ……っ、それを言うなら姫様のことでしょう?姫様がリスのように可愛らしいですものね。落ちてしまうのも分かります」

「……そういうとこだよ。はー、前途多難だな」


 それから私たちはしょうもない会話をし続け――たかったが、私には姫様に料理を、なるべく温かい状態で届けるという使命があった。


「これで失礼します!料理もマカロン様も美味しかったです。ご馳走様でした!」


 そう言って私は走り出した。目指すは姫様……!



 そしてそのほんの数秒後。


「……ほんっと、可愛いよなぁ」


 うんうん、と同調の声が上がるそれに、私は気付けるはずがなかった。

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